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世界を立体的に把握して時代を先読みする

池上彰 佐藤優(2015)『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書』文藝春秋

佐藤 (前略)入学歴ばかりを求めるのは、いまの日本では、何もビリギャルに限った話ではありません。そういう人間がいくら大学に集まっても、国は強くならない。国力と教育は密接に関係しています。その意味では、日本とちがって、トルコやイランには本物のエリートがいます。(本書 p.213)

池上 無闇に英語で授業をしても、自ら英語植民地に退化するようなものです。そもそも大学の授業を母国語で行えることは、世界的に見れば数少ない国にしか許されていない特権です。その日本の強みをみずから進んで失うのは、これほど愚かなことはありません。(本書 p.227)

大世界史 現代を生きぬく最強の教科書 (文春新書)

世界を立体で把握してこそ、私達のいまとこれからが分かります。

よくわからない文章になりました。しかし、これが本書のエッセンスです。本書は『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方』 (文春新書)以来の、佐藤優と池上彰による対談です。二人の冷静な眼で世界を見ると、今後の世界情勢が少し見えてきます。

二人は今の不安定な世界情勢を、中東を中心に据え、それを取り巻く中国、ヨーロッパ、米国、日本の状況を見ていきます。

中東情勢はイスラエルの情報機関ですらさじを投げたほど、近い将来の結果が予測不可能です。米国とイランの歴史的な和解により、イランは核開発を継続し、核保有国になるのも時間の問題となりました。するとイランの国教であるシーア派と対抗するスンニ派の国家、サウジアラビアやバーレーン、エジプト、ヨルダンといった国々も核兵器を持つ可能性が高まります。もしかいたらISですら持つかもしれません。世界中で核保有のハードルが下がれば実際に核開発をしていた韓国だって持つかもしれません。世界はますます混迷を深めます。

そんな状況で、米国の次期大統領(ヒラリー・クリントン?)が「公共事業」として戦争を行えば世界はますます混迷を深めます。

混迷を深めないためにはどうすればよいか。答えは簡単です。改めて世界の歴史を見返し、過去を鏡として現代に生かせばいいのです。そのためには教養を持ち、自らの能力を社会に還元することができる本当のエリートの働きが重要になります。しかし、今の日本では「すぐに使える学問」ばかりが優先されて、教養が顧みられていません。世界史的な動きを左右するときに本当に必要になるのは、「すぐに使えない学問」の代表である教養であるにもかかわらず。

今後の世界情勢と自らの立ち位置を考えるには、世界を地理的な広がりといった2次元で見るだけではなく、さらに時間を遡って歴史に目を向ける3次元的な視野が必要になります。近視眼的な発想では乗り越えられない課題が目の前にあることを知る教養が、今一番必要とされています。

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佐藤優論の取っ掛かりはコレ

佐藤優(2015)『知の教室』文藝春秋

この十年間、無我夢中で走ってきたが、このあたりで自分の作家生活について中間総括をしたいと思っていた。(本書 p.475)

佐藤優がこれまであちこちの本に掲載してきた論考をまとめたものです。

上手な構成になっていて、「読みたいな」と思っていた文章がまとまって入っている、佐藤優のエッセンスとも言える本です。月刊佐藤優ともいわれるぐらいのペースで本を出しているので、彼の思想を全部フォローするのは大変です。手っ取り早く知りたい、または一部分の論を深く掘り下げるために全体を見渡したい、そういう方に最適の本といえます。

構成としては最初に佐藤優の一日の仕事の配分、次に情報の集め方と使い方、情報を使うための基礎教養の付け方、そして最後に教養を用いた情報分析実践、となっています。これでサラリーパーソンが生き抜くための、一通りの手段と知識が見渡せるようになっています。

分量と値段を考えたら、お得な本だと思います。

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資本主義の暴走を生き残るには

田原総一朗、佐藤優、宮崎学(2015)『「殺しあう」世界の読み方』アスコム

宮崎 田原さんも僕も早稲田大学だけど、いまや早稲田も金持ちの子弟しかいけなくなりつつある。
田原 昔は、役人だけは貧富の差なんて関係ない、貧乏でも東大に入って大蔵省に行けば出世できる、という話だったけど。
佐藤 いや、中高とカネのかかる進学校に行き、大学でもダブルスクール(予備校や専修学校などにも通う)ができる経済力がなければ、公務員試験にも合格しなくなってきた。
宮崎 カネがないと教育できない、教育がないとカネが稼げない。ということは、貧困が家庭ごとに固定化する。これは深刻な問題です。これまで差別や貧困は社会や本人の努力に寄ってある程度は変えることができた。可変的だったのが、固定的になってしまっている。(本書 p.38)

グリコ・森永の「キツネ目の男」の重要参考人にしてヤクザの組長の家に生まれた宮崎学と、『国家の崩壊』 (角川文庫)で共に仕事をした佐藤優が、田原総一朗の監修のもと、対談を行っています。

宮崎学は共産党でバリバリと活躍していた活動家でした。一方で佐藤は共産党に詰められた経験があるから反射的に身構えてしまう、どちらかというと社会党よりの経歴を持っています。そんな二人の対談を、田原総一朗が朝ナマばりの進行で進めていきます。

この本を読んで逆に驚くのは、彼らの世代(50~70代)の若い頃は金持ちでなくても私学に通えて、教育を受けさせることができて、ある程度社会的な成功が望めたことです。今の時代は受験にも就職活動にもお金がかかります。お金がないと大した教育も、よい就職先もなく、まさに貧困が受け継がれていきます。

世界経済も限界に来ているし、閉塞感が漂っている。資本主義がこれでいいかという問題と同時に、米国が最大の公共事業として戦争に打って出る可能性や、若者を惹きつけて地域部族との関わりを持ちながら生き残っているISの影響拡大など、世界はまさに「殺しあう」時代に突入しています。

この本は具体的な生き方を呈示してはくれません。世界の見方を教えてくれる本です。世界を俯瞰して、急ぎ学び考えながら、私達は生き残り方を見出していかなければならない、そんな生きづらい時代であることを教えてくれる本です。

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AKB、村上春樹、宮﨑駿から見える世相

佐藤優、斎藤環(2015)『反知性主義とファシズム』金曜日

佐藤 だから、沖縄の中で『風立ちぬ』がどういう感じなのかっていうことは面白いと思うんです。
斎藤 普通に感動できなくはないでしょう。まあ、カタルシスはないですけれども。
佐藤 教養の水準が低ければ感動しますよ。
斎藤 私は感動したくちですが(笑)。
佐藤 歴史知識がなければ感動します。(後略)(本書 p.177)

斎藤 韓国では、ITはけっこう選挙への影響力はありますね。アメリカでもオバマは、ネットの力で大統領になりましたから。日本だけが違います。
佐藤 だから、日本では、ハフィントンポストが今ひとつ力を持たないですよね。
斎藤 オーマイニュースもダメでしたし。ああいうのが全然流行らないです。リアルとバーチャルをつなぐ意思がないというか。
佐藤 じゃあ、やっぱりAKBみあいなのがいいわけですね。
斎藤 せいぜい握手がリアルですよ(笑)。
佐藤 抱きつくことはできないけど、握手まではできる。
斎藤 古いセリフですが「抱けないけど、抱きしめられる」ってやつです(笑)。(本書 p.239)

みんな大好きAKB48、村上春樹、宮﨑駿を題材に、現代の知性である二人が世相を読んでいきます。彼らが流行る理由はなぜなのか、そこからどんな世相が読み取れるのか。

まず最初に、二人の基本認識に大きな違いがあることを知っておかねばなりません。佐藤優は日本でもファシズムが起こりうると考えています。一方で斎藤環は日本でファシズムは起こりえないと考えています。佐藤優の考えの基礎は中世に端を発する神学で、斎藤環はラカンを中心としたポストモダンの現代思想です。

土台の違う二人の対談が噛み合わないかというとそれが意外に噛み合います。おそらく、お互いが違うことを理解しながらも、分かり合おうと真摯に向き合っているからでしょう。

本書で語るAKB、村上春樹、宮﨑駿の話は前フリにすぎません。メインテーマはタイトルにあるとおり、ファシズムです。日本でファシズムが起こりうるかどうかという問いについて、斎藤は萌芽は見られるけれども成熟しないと言います。日本のファシズム制は天皇独裁しかありえませんが、しかし天皇は国民を映し出す形での統治しか許されていないから、ファシズムは成熟しないという立場です。一方、佐藤は能力は低いがやる気のある官僚が反知性主義的な政治家を悪用するとファシズムは起こりうるとしています。

いずれにせよ、今は生きづらい世の中です。もっと生きづらい世の中にしないためには、学びながら小さな声を上げ続けるしかありません。

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資本主義で搾取され続ける我々の上手な生き方とは

佐藤優(2015)『いまを生きる階級論』新潮社

賃金というのは天井が意外と低いところにあるんですね。だから、これまた何度もいうように、残業を300時間して、死ぬまで働くってやったところで、そこで入ってくる賃金は本質的にはほぼ変わらない。

本書 p.271

やっぱり、直接的人間関係にもう一回戻って、できる範囲のところで、何がわれわれはできるのか、特に子どものために何ができるのか。そういうことを考えていくあたりから、少しずつでも始めるしかないんじゃなかなと思っています。

本書 p.299

佐藤優による資本論を解説する講座の第2シリーズです。今回も6回の講義がまとまって入っています。前回の『いま生きる「資本論」』の続きです。前回よりも話し言葉が多く入っていて、講義っぽさが出ています。

資本主義社会の仕組みを明らかにして、その中でどう生きていくかを考えていく連続シリーズで、このあとは宗教の説明に入っていくそうです。

資本主義は偶然に誕生しました。イギリスでたまたま寒波が襲い、その時に余っていた農民を羊毛生産のために雇用したのが始まりです。それ以来、何故か世界のほとんどを席巻し、次第に人々を消耗していっています。

資本主義には基本的には二つの階級しかありません。労働者と資本家です。地主もいますが、不労所得で利潤を得る時点で資本家とみなしても構いません。資本家は自らの資本を最大化させることを目的としています。そのために、労働者には毎日仕事が出来るだけの衣食住、たまにリフレッシュするためのレジャー、そして技術革新についていけるだけの教育の費用を盛り込んだ額を給料として渡します。それ以上のべらぼうな額は渡しません。

結局、年収5千万円を得ることはないのです。ましてや100円ローソンでだいたいが揃う世の中、月15万円あれば東京でも一人で暮らしていけます。そうすると、資本家は賃金を下げようとしてきます。そこで現政権みたいに、政府が企業に給料を上げろというわけですが、それは国家の統制ですから、健全な資本主義とは言えません。そんな国ではまともな企業活動を起こす気になれませんし、長期的に見て経済力が衰退します。それを見通して手を打つのが、政治の役割のはずです。

では、そんな中で私達は何ができるか。資本主義の性質を理解し、市場主義経済の外にある友人や家族の人間関係を大事にする。そしていつか来る資本主義の次の制度に期待して、準備をすることが、唯一の対策です。そのために資本論を読み、資本主義の限界を知ることが必要になってきます。

本シリーズは非常に良く出来ていて、資本論が分かりやすく解説されています。買って損はない2冊です。


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格差社会を生き延びるために

副島隆彦、佐藤優(2015)『崩れゆく世界 生き延びる知恵』日本文芸社

副島 きっと次の大統領はヒラリーか、あるいは別の女性でしょう。大きな流れで、次は女性と決まっているようです。ヒラリーが、”女性の時代”を、盛んにブランド化しようとしています。「黒人の次は女性」が標語になりつつあります。(中略)黒人の次は女性で、その次はヒスパニックを大統領にする。それからユダヤ系の大統領が出る。こういう大きなデザインを、彼らはつくります。そして一旦決めたら、巨艦ですからなかなか急に方向は変えられない、と私は見ています。(本書 pp.183-184)

政治・経済の本を多く書いてきた副島隆彦と、元外交官の佐藤優による3冊目の対談本です。

副島隆彦は振り幅の大きな人です。月面着陸はなかったという本で第14回日本トンデモ本大賞を受賞していると思いきや、リーマンショックを予言しています。外れるときも大きいけれど、当たるときも大きい。本書でもずいぶんと飛ばした発言をしています。それに比べて、元役人の佐藤はやはり慎重な物言いをしていたり、対談の話題を変えるなどしています。

本書のポイントは事実関係を追うのみではなく、なぜ彼らは対談したのだろうか、と考えながら問題意識を掴んでいくことです。

生きづらい世の中をどう見るか。生きづらさの原因はなにかを探ることが、本書の対談の目的です。

米国の政治は二大政党ですが、実はそれぞれのハト派とタカ派で組んでいるという話は興味深く読めます。だから同じ民主党でもハト派のオバマは全力で戦争を阻止するが、タカ派のヒラリーはおそらく戦争を始めるだろう、と見立てています。この時代、戦争へのハードルは下がってきていますし、世界経済も縮小の動きが見えていますから、米国最大の公共事業である戦争が出てくるのも時間の問題です。だからこそ、中国との戦争は日本にやらせるために、米国は日本に安全保障関連法案の成立を急かしている、というのは穿った見方な気もしますが…。

しかし、世界的には戦争、そして貧富の格差拡大という流れであることには間違いありません。どこに問題があるかわかると、阻止する方法、または逃げる方法も見えてきます。その問題に対応するために、少し穿って悲観的な見方をするのも、一つの姿勢といえます。

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反知性主義者に勝つためには

佐藤優(2015)『知性とは何か』祥伝社

反知性主義を大雑把に定義するならば、「実証性や客観性を軽視もしくは無視して、自分が欲するように世界を理解する態度」である。(本書 p.16)

英国政府がウェブサイトに掲載した「スコットランドが英国に残留すれば、住民一人あたり二八〇個のホットドッグを食べることができる」というのは、客観的な裏付けのある数値なのであろう。しかし、その数字を示すことで、スコットランド人の気運を英国残留に傾かせることができると考えた時点で、知性の使い方を誤り、反知性主義の罠にとらえられてしまったのである。(本書 pp.57-58)

佐藤優本人も書いている通り、ある種の危機感を持って書かれた本です。

今の日本には反知性主義が大手を振って歩いています。反知性主義とは引用したように、客観的な数値や事実を前にしても動じず、世界を都合の良く解釈する態度をいいます。

だから安全保障法制の話にしても、議論をせずに議論をした形にして時間数だけ稼ぎ、無理に通そうとしています。本来であれば憲法解釈すべきところを、閣議決定や法律の解釈変更などで押し切ろうとしています。こうした態度は半ば独裁のようなもので、非常に危険です。

危険なのは分かっていますが、残念なことに反知性主義は止められないのです。反知性主義者はその名の通り知性を重要視していません。だから客観的な数値や事実を示しても、「それがどうした」「気合で乗り越えろ」でなんとかなると思い込んでいます。彼らとは、基本となる土台が共有できないために、対話の余地がありません。しかも、イスラム国にあるように、彼らは暴力の行使に抵抗がありません。

ではどうやって止めるのか。知性を持つ人たちが集まって心、言葉、力を駆使して、反知性主義者たちが活躍できる場を狭めていき、実社会への影響を最低限にさせるしかない、と佐藤は語ります。もどかしいし、時間もかかります。だけども、それ以外の妙案が確かに今のところ、思い浮かびません。

ちなみに、冒頭で出てくる「ナショナリズムや愛国心なんてくだらないし、面倒くさいですよ」といったのはおそらく堀江貴文のことでしょう。インターネットの理念に沿った発言です。

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異端児が硬直化した社会を変える

佐藤優(2015)『ケンカの流儀』中央公論新社

中瀬 なるほど。佐村河内氏が助かったのは、小保方晴子さんが出てきたから。
佐藤 その前の、みのもんたさんは……。
中瀬 佐村河内氏に救われた。自分が助かるには、次の「生贄」が出てくるのを待って、導火線に火のついたダイナマイトを受け渡すしかないわけだ。(笑)
佐藤 社会に修羅場のエネルギーがある限り、それは必ずどこかで噴き出すんですよ。(本書 pp.226-227)

東京地検特捜部に逮捕されるという修羅場を経験した佐藤優が語る、ケンカの方法の本です。

前回は佐高信と『ケンカの流儀 – 修羅場の達人に学べ (中公新書ラクレ)』という本を出していましたが、こちらは対談本でした。今回は佐藤優一人による書き下ろしです。

本書では著者本人の経験による「やりすぎ」て逮捕された話、あえて厳しい環境を作って自らを鍛えた東京拘置所での話など、少し応用すれば日常生活でも使えそうなエピソードが出てきます。

普通の人は、東京地検特捜部に逮捕されたりしませんからね。

中でも面白かったのが、かもめのジョナサンのお話でした。かもめのジョナサンは飛ぶことを訓練して極めてしまいました。かもめの仲間たちは餌が採れる程度に飛べたらいいと思っていました。だからジョナサンは異端児として追放されてしまいました。しかしジョナサンの教えを受けた一部のかもめたちが彼の教えを継承し、彼がいなくなったあとで彼を神格化し始めます。この物語からは、グループの平均を外れた人たちは異端児扱いされるか神格化され、どちらかの見方に偏ったとき、その偏見を壊すのもまた、グループの平均を外れた人たちであることを物語っています。

私達の身近な組織でも、この考え方は応用できそうです。

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私達の悩みが載っているかも

佐藤優(2015)『人生の極意』扶桑社

私の場合、メディアバッシング、逮捕、投獄、裁判、失職などのどん底の経験がある。どん底からどうすれば這い上がることができるかについて、それなりの経験もある。私の経験を少しでも読者が抱えている悩みを解決するために用いてほしいと思い、私はこの連載に全力で取り組んでいる。(本書 p.5)

人生の極意 (扶桑社新書)

佐藤優が週刊SPA! に連載している読者とのやりとりを書籍化したものです。

家族編、社会編、事件編、恋愛編、人生編と5つにカテゴライズして、それぞれの質問とそれに対する佐藤優の回答を掲載しています。

子どもができないことを悩む女性がいればやさしく時が来ると説き、震災のショックで泣いてばかりいる学生には文学作品で悲しみと向き合う想像力を持つことを勧め、新興宗教に入った家族を持つ人にはその宗教のヤバさの見極め方を教え、初恋の相手が忘れられない男性にはその思いを昇華させるよう勧め、ホームレスになりそうだと嘆く男性にはハローワークに行って仕事をする習慣を持つ大切を説く。

冒頭の引用にある通り、本当にまじめに、読者を諭すように答えています。神学部出身のクリスチャンだけあって、まさに牧師さんのような雰囲気を持った受け答えです。

佐藤氏の根底にあるのはどん底を経験したこととクリスチャンであることの両方に起因するのでしょうが、個人の努力ではどうしようもないこともある、という一種の限界を線引きです。その線引きの上で答えています。だから不妊症に悩んだってそれは神様が決めること、就職もまじめに勉強やハローワーク通いをしていたらいずれ見つかる、といった一種の楽観論にも似たような答えを言います。

だけど、私自身もそう思います。単なる楽観論ではなく、おそらくは事実ではないかと。落ち込まずに取り組む人は魅力的だし、その様子を世間の誰かは見ているのでいずれ良い結果に恵まれます。世の中、まじめにコツコツと続けるのは意外と難しいので、半年も続けていたらそれなりの結果が出るはずです。継続は力なり、です。

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大きな国々の隙間を生きる小さな国の人々

佐藤優(2015)『プラハの憂鬱』新潮社

その夜は将校宿舎の自室に戻ってからも、なかなか寝付くことができなかった。いま、ベーコンズフィールドの陸軍語学学校でロシア語を勉強している自分が、なにか大きな過ちを犯しているような気がしてきた。(本書 p.161)

しかし外務省での将来について、今から考えても意味がない。とりあえず、与えられた環境を活用して、英語とロシア語を修得することに全力を尽くす。(本書 p.247)

プラハの憂鬱

佐藤優の自伝のうち、英国での後半を描いたもので、『紳士協定―私のイギリス物語』の続き、『自壊する帝国』の前にあたります。

英国でのホームステイを終えて陸軍語学学校でロシア語の語学研修を受けながら、自らの専門であるチェコ神学研究への足がかりを築いていくお話です。

当時はまだまだ冷戦のさなか。だから現代の私達の皮膚感覚では分からないことも多く書かれています。たとえば、モスクワで勤務する外交官は社会主義体制にとって有害な人物ではないからチェコにも入りやすいとか、モスクワに送る荷物には禁書があってもばれないだろうといった話が出てきます。社会主義陣営と民主主義陣営の対立の隙間をぬって、佐藤氏は研究を進めていきます。

佐藤氏の先生となるのはチェコ人の古書店主です。ロンドンに留学に来たら革命が起きて帰れなくなった店主は、そのままBBCの仕事をし始め、ケンブリッジ大学でチェコ語を教える女性と夫婦になります。英国の体制側に関わった彼らは、もうチェコの土地を踏めないばかりか、迷惑がかかるからと親戚との連絡すら取りません。

そんな中できることは、チェコの思想を西側に伝えることです。チェコでは外貨獲得のためと宗教の自由をアピールするために、ある程度の宗教書が出版されていました。それをチェコ人の古書店主を介して大英博物館や米国の議会図書館に入れ、その代わりに西側の科学技術書や辞書をチェコに提供していました。

ふらりと現れた佐藤氏に、店主はチェコの思想、チェコ人の考え方、今後の見通しについてレクチャーをします。小さな国で生きているから、国家としての生き残りを考えるために長いものに巻かれることもある。そんな小さな国のことを知るためには、不愉快だけども大きな国から見た歴史を知らなければならない。一つ一つの教えを佐藤氏は虚心坦懐に聞いていきます。後の彼の著作を読むと、この頃に得た知識が大きな影響を与えていることが読み取れます。

「(前略)どの国でも知識人は自分の居場所を見つけることが難しい。特にチェコスロバキアのような小国の知識人は、この世界で生きていくことに二重の困難があります」
「二重の困難?」
「そうです。知識人であることからもたらされる困難と小国の国民であることから生じる困難です」。(本書 pp.95-96)

困難があるからこそ、チェコには傑出した知性が生まれたのでしょう。

将来について悩む佐藤氏の姿には、今も当時も若者の生きづらさは変わらないのだと実感できます。それを克服していく過程で、宗教や思想、そして何より人との出会いが重要であるということが、本書を通じで理解できます。



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