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地獄の人生も天国にできる


佐藤優・田原総一朗(2022)『人生は天国か、それとも地獄か』白秋社

田原 振り返ってみれば、米寿を迎えた私が私語尾を現役で続けていられるのも、不器用であり、決してエリートではなかったことが、逆に功を奏したのかもしれません。特に不器用だからこそ、唯一の趣味たる「人と会うこと」を大事にしてきました。

本書 p.23

田原 ついに私は、「実は、外務省は有本恵子さんや横田めぐみさんらが生きていないことを知っているはずだ」と畳見かけてしまいました。(中略)私は非常に心が痛み、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。私は、この発言について、有本さん、そして横田さんたちに対し、何度も謝罪しました。

本書 p.119

佐藤 また透析を始めたのを機に、公演やラジオ出演は控えるようにしました。これまでの仕事全体を見たときに、私はやはり文章を書くことを優先すべきだと考えたからです。

本書 p.153

佐藤 何がいいだろうかと迷っている人には、私は「地元の歴史や文化を調べる」ことを勧めています。日本全国、それぞれの地方や地域には、独自の歴史や文化があるからです。

本書 p.174

作家の佐藤優とジャーナリストの田原総一朗がお互いの人生について「対談」している本です。対談と言っても、お互いが短い言葉を語り合う対談本ではありません。時には数ページにわたって片方の話(エッセイ?)が載り、そのあとに片方の話(エッセイ?)が載る、といった形をとっている、一風変わった対談本です。

田原総一朗は42歳で原子力の賛成派と反対派に関する連載を書き、電通から圧力をかけられて東京12チャンネルを退職後、フリーになります。その後フリーになり、文字が読めなくなってチームの仲間に口述筆記を頼んで原稿を書いたり、2人の妻に先立たれ、娘の子育てをするなど苦労を経験しています。それでも人と会うことが好きな田原は、娘にご飯を食べさせている横で宮澤喜一や堤真一などの政財界の大御所にインタビューをして、仕事をし続けました。そして現在も、滑舌が悪くなり記憶力も衰えたことを自覚しつつ、「朝まで生テレビ」に出演しています。

佐藤優も42歳で鈴木宗男事件に巻き込まれ、外務省からパージされた後、作家として花開いて現在まで仕事をし続けていますが、腎機能が低下して人工透析をしているほか、前立腺がんも発覚し、自身の仕事に優先順位をつけて作家業と後進の育成に軸足を置くようになりました。

二人は人生が地獄に思えるぐらいの試練を受けています。田原は妻に2回も先立たれ、絶望の淵に追いやられたものの、今では同窓会で出会った彼女と仲良くしているそうです。佐藤はこのまま腎臓の透析をし続けても平均余命は8年、妻からの腎臓移植を決意したそうですが、それまでには多数のハードルがあるようです。

二人に共通しているのは、どんな境遇においても自分を見つめなおし、やりたいこと見つけ、自分の活躍できる範囲で活躍していることです。私たちの多くは彼ら二人ほどのバイタリティはないかもしれません。ですがやりたいことの全くない人もいなければ、できることの全くない人もいないはずです。自分のできる範囲で、できることをして余生をいじけず生きる指南書に、本書はなっています。


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選挙協力で権力を狙うしたたかな共産党



「知の巨人」が暴く 世界の常識はウソばかり 単行本(ソフトカバー)

佐藤 地方には、地道に土建屋をやっていたけれどお、土建屋はもうダメだから、介護施設でもカラオケバーでもパン屋でもなんでもやろう、というコングロマリットがたくさん生まれています。そういう経営をしている人は、船井総研のファンです。

本書 pp.37-38

副島 ダボス会議への日本人の招待状は、竹中平蔵が許可を出していると言われている。日本の首相にすら竹中平蔵が許可を出す。だから竹中平蔵が日本国の代表です。いつも民間人有識者として動き回っています。公人になったら逮捕される恐れがあるからです。

本書 p.172

佐藤優と副島隆彦の対談本第5弾だそう。世界情勢を見ていろいろと話していますが、話題の中心の一つは日本共産党です。

人新世の資本論』で話題となった斎藤幸平にも、佐藤優は「旗」(しんぶん赤旗のこと)には気をつけろ、といったようです。現在、佐藤優は佐高信と名誉棄損で裁判をしているほか、共産党への批判も多く書いているようです。

前者は電事連の広告に出たら1000万円のギャラをもらっているはずだ、という荒唐無稽な話を本の中でされたからだそうで、実際にもらった額は100万円よりもっと少なかったそう。

後者は佐藤は共産党はいまだに「敵の出方論」を堅持していて、暴力革命の可能性があること、立憲民主党などと選挙協力を通じてもしかしたら権力が転がりこむかもしれないこと、そうすると共産党にすり寄る官僚が出てきて、スターリン主義の官僚になることを恐れています。

考えたくもない恐ろしい未来ですが、自民党はもしかしたら野党になるかもしれません。しかし共産党は与党側になると決して権力を手放さないと佐藤は見ています。確かに「しんぶん赤旗」の取材力も、党としての組織力もほかの政党と比べたら強いです。スターリン主義の官僚たちが生まれる未来が来ないことを祈りつつ、選挙に臨むしかありません。


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世界を生き抜くための知識


佐藤優、岡部伸(2021)『賢慮の世界史 国民の知力が国を守る』PHP研究所

岡部 (中略)ルームサービスでボルシチを食べていたら、いつの間にか靴と服を着たまま寝てしまった。翌朝、目覚めてから驚き、パスポートは残っているのに、財布を調べるとドル札だけが抜かれている。ドアにはチェーンロックをかけていたはずで、何が起きたのかと思い、佐藤さんがモスクワに来られた折に相談しました。

本書 p.16

佐藤 (中略)あの人たちも仕事ですから、無駄なことはしない。物取りを装うわかりやすいかたちで警告を与えたのは、おそらく「会ってはいけない人間に会っている」「とってはいけない情報を入手した」「立ち入り禁止の場所に入った」という三つのいずれかに抵触したからでしょう。

本書 p.15

本書は作家で元外交官の佐藤優と産経新聞のモスクワとロンドンの支局長を務めた岡部伸の対談風共著です。対談風と書いたのは決して対談ではなく、直前の論考を受け継ぐ形でもう一方が論考をつなげているからです。

二人の話はまずは世界情勢の生々しさを伝えるところから始まります。上記の岡部のエピソードなどはまさにその典型例で、佐藤優もあまり詳細には書いていませんが、身体がしびれる薬を飲まされた経験があるようです。外交官や新聞記者といった情報戦の真っただ中にいる精鋭には常に身の危険が伴います。

また、岡部がロンドンに駐在していたことから、英国のEU脱退や諜報活動についても話が及びます。岡部は以下のように述べます。

大陸では事前に広範囲に規制をかけるのが原則であり、英米では原則を共有したうえで規制を限りなく少なくする。両者は水と油で、いずれイギリスはEUから抜け出す運命にあると以前から見ていました。

本書 p.101

あとからでは何とでもいえますが、それでも岡部の見方は慧眼です。そして団結を示すはずのEUがコロナ禍で見せたのは、いずれの国も自国ファーストであるという生々しい現実でした。医療崩壊が起きていたイタリアを救ったのは、一帯一路で良好な関係にある中国でした。

中国、ロシアといった帝国主義的な国家が大きな存在感を示す一方、トランプ政権の誕生で混乱をきたしてしまったアメリカの存在感は相対的に小さくなりました。日本は日米同盟がある以上、アメリカとの関係を強化するのが与件です。

将来的にこれからも日本が世界の中で生き抜いていくためには、現在の教育レベルを維持し、底上げしていくしかありません。岡部は自らの息子が通っていた英国のパブリックスクールを礼賛しますが、それが成り立つのは階級社会であるからだと佐藤は指摘します。そしてぱぷりっくスクールをまねた日本の中高一貫校に入るのも、比較的裕福な家の子息たちであることも指摘します。日本は階級社会ではありませんが、徐々に階級の固定化が進んでいるのは、残念でもあります。


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米中対立のはざまに船出した「手抜き」の菅政権


手嶋 (中略)超大国アメリカは、じつに様々な問題を抱えています。アメリカ版永田町政治のような腐敗も見受けられます。深刻な人種間の対立も抱えている。しかし、ことアメリカ大統領を選ぶ過程では、これまで大がかりな不正が行われた例はありません。

本書 p.87

佐藤 (中略)今の日本の法律では、ダミー会社を使えば、簡単に戦略上の要衝を買えてしまう。それを規制する法律はありません。こうしたケースでは、一般の官庁では手も足も出ない。ところが公安調査庁は、水面下で進行するこうした事態を調査し、精緻な情報を取りまとめて官邸にあげることができる唯一のインテリジェンス機関なんですよ。

本書 p.196

本書は前回の『公安調査庁 情報コミュニティーの新たな地殻変動 (中公新書ラクレ)』に続く手嶋龍一と佐藤優による対談本です。本書では日本を取り巻く現在の国際社会の中、菅義偉政権誕生で日本がどういう方向に行くのか議論しています。

現状、菅政権は安倍政権の外交方針を受け継ぐとしていますが、肝心の安倍政権の外交方針とは何ぞや、となると見えてきません。北方領土交渉も行き詰まり、北朝鮮による拉致被害者の話も止まったままです。

さらに菅政権は政治的空白を生まないため、という理由から自民党総裁選を経ず「手抜き」で成立しています。アメリカ大統領選挙は1年にわたる熾烈な選挙活動を勝ち抜いたものだけがなれます。民主主義にはつきものの面倒な手続きを踏んで、ちゃんと選ばれてきています。日本とアメリカの民主主義の差を見せつけられる気分です。

現在、日本の周りにはアメリカを中心とした「日米豪印同盟」と一帯一路構想に代表される「大中華圏」のつばぜり合いが起きています。新型コロナウイルスのワクチンをめぐって、中国が学術都市ヒューストンで諜報活動を行った結果、アメリカはヒューストンの中国領事館を閉鎖させました。そのような生き馬の目を抜く外交戦が繰り広げられている中、安倍政権のときより機動的な外交を菅総理はできるのか。本書を読むと不安が出てきます。

安倍総理はトランプ大統領とも馬が合い、プーチン大統領ともいい関係を築いていました。中国の習近平国家主席とはコロナがなければ国賓としての来日を実現させていたはずで、バランスを取りながら外交をしていました。そうした政治家個人による人脈と、安倍政権時代の官僚が変わったことで、菅総理はまた新たな外交戦略を迫られています。

コロナがあるから外交に目立った動きはありませんが、佐藤のいう「安倍機関」を引き継がなかった菅政権には一抹以上の不安が残ります。

なお、佐藤の予想では菅総理は自身の政権に疑問を抱かれないよう選挙をする、おそらく2021年1月までに行うとなっていましたが、その予想は外れました。


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英MI6も一目置く- 金正男の密入国情報を事前に入手した公安調査庁


手嶋 日本の当局は、その男(筆者註:金正男)がシンガポールから日航機で成田に到着することを事前に知らされていたのです。この極秘情報は、警備・公安警察でも、外務省でもなく、公安調査庁が握っていた。

本書 p.30

佐藤 公安調査官は、「イスラム国」支配地域への渡航経験がある人物をマークしているうち、この古書店にA氏が頻繁に出入りしており、ここが何らかの形でコンタクト・ポイントになっていると考えたのでしょう。業界用語では「マル対」、観察対象の人物を根気よく追いかけていた成果だと思います。

本書 p.162

公安調査庁-情報コミュニティーの新たな地殻変動

本書ではこれまであまり顧みられてこなかった「最弱にして最小の情報機関」、公安調査庁に焦点を当てています。

公安調査庁は警察の5%の人員と予算しかあてられていません。その活動が注目されたのが2001年5月の「金正男密入国事件」でした。

職員数予算
公安調査庁1,660人150億円
警察300,000人2,600億円
公安調査庁と警察の規模比較

当時、北朝鮮のリーダーだった金正日総書記の長男、金正男氏がシンガポールから偽造パスポートを使って家族とともに成田空港に到着、日本への密入国を試みました。入国管理の段階で偽造パスポートであることが発覚し拘留され、4日後には田中真紀子 外務大臣(当時)らの判断と本人たちの希望により、中国に強制送還されました。強制送還時は全日空のジャンボ機の2階席を借り上げて金正男ファミリー専用スペースにし、マスコミに撮影されないよう細心の注意が払われました。

この事件は入国管理局の手柄ではありません。公安調査庁が金正男の密入国前にシンガポールを出国したとい情報を入手し、入管側に提供した結果でした。本来なら日本国内で「泳がせ」て出国時に取り調べればよかったものの、入管側の不手際もあり、入国時に拘束されました。

公安調査庁は一体どこから情報を入手したのでしょう? 手嶋龍一は本書で情報は出国地のシンガポールから情報がもたらされたと言っています。シンガポールの情報機関は麻薬や経済犯罪には強いけれど、金正男出国情報を把握することは難しく、また中華系が多いので日本に通報することもないはずです。当時シンガポールに拠点を置いていた情報機関はイスラエルのモサドと英国のMI6、マスコミが第一報を流した時に当時外務省にいた佐藤優にモサドの東京ステーション長から照会があったことから、モサドの可能性は薄い。となると残るは英国MI6です。MI6の目的も本書で推察されています。

このエピソードは公安調査庁が常日頃から良質な情報を入手し、海外の情報機関と交流していた実績を窺わせます。

本書ではそのほかにも自殺志願をしていた北大生が「イスラム国」に行ってテロリストになることを未然に防いだ例などが紹介されています。小規模でも過激派やオウム真理教の監視で培ったノウハウを生かし、大事な活動をしています。

手嶋、佐藤とも公安調査庁が出している『回顧と展望』を読めば、ビジネスパーソンに必要な国内外の情勢がわかると絶賛しています。

本書は公安調査庁をメインに扱った初めての本という触れ込みですが、調べてみたら以下のような書籍がすでに出版されていました。


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病、不景気-不条理な世の中を生きるには


佐藤優、香山リカ(2020)『不条理を生きるチカラ コロナ禍が気づかせた幻想の社会』ビジネス社

佐藤 多重人格者というのは日本にどれぐらいいるんですか?

香山 私はほぼ30年精神科医をやってきましたが、数人は診ましたね。疫学的な調査では、人口の1~2パーセントはいるともいわれています。97パーセントくらいまでは演技しているのかな、なんて私も思ったりしましたが、実際の症例に出会うまでは不思議な人間の一つのあり方なんだろうなとしか思えないんですよね、今は。

本書 p.191

佐藤 彼女(筆者註:小池百合子 東京都知事)が強力なイニシアチブを発揮して何かをすることはないと思う。でも、それが周囲には見えていない。
その意味では小池さんはポストモダン的なのです。

香山 長期的ビジョンがないことを「ポストモダン」と言われると、何か複雑な気持ちですけど。

佐藤 目的論がない。

本書 p.257

本書では作家の佐藤優と精神科医の香山リカが不条理について対談しています。二人とも1960年生の同い年です。佐藤優は80年代末から90年代初めにかけてのバブル期にモスクワに滞在し、旧ソ連崩壊の過程を目の当たりにしました。日本にいなかったため、当時のバブルやポストモダンの雰囲気は知りません。また、神学を学んでいたのでプレモダン(近代以前)の論理を学んできたバックグラウンドがあります。一方の香山リカは80年代後半から文化人の集まる場所に出入りし、雑誌に寄稿するなど、バブルやポストモダンに学生時代を送りました。

本書はあえて「ポストモダン」的な構成にされており、一言で要約するのが難しくなっています。プレモダンの佐藤、ポストモダンの香山、エリート教育に関心を寄せる佐藤、底上げに関心を寄せる香山、といった具合に二人のスタンスの違いを描きながら、今の不条理な世の中を生きるために、より良い世の中にするためにどうすればいいかを語ります。

80年代、日本を席巻したポストモダンは「いろいろな見方があるよね」という冷笑主義まで行きつくような相対主義を広めました。そこには本来、寛容の精神があったはずです。しかしポストモダン以来30年が経っても嫌韓、嫌中などのヘイトスピーチに代表されるように、必ずしも寛容な世の中が実現されていません。

不寛容なヘイトスピーチがYouTubeで再生回数を稼ぐなど、議論とは言えないような次元で語られた言葉が独り歩きしています。いまの長期政権も証拠に基づかない言葉を語りながら、政権を維持しています。

これが現代人の限界なのでしょうか?

一部には希望もあります。現状に不健全さを感じた一部のネットユーザーは、YouTubeにヘイトスピーチ動画の削除要請を出すなどしています。こうした社会の健全さを伸ばす方法があればいいのですが、組織だって支援するにはお金が必要です。教育はもちろん重要ですが、全体の底上げの教育を優先するか、国家の方針に影響を及ぼすエリート教育を優先するかで香山と佐藤の意見は違います。

不条理な世の中でも学び続けることは大事ですが、その学びを生かす方法については、まだ確固たる答えがないようです。


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死は救いか、無か?


中村 じゃあ、むしろ死は救いだと思いますか?

佐藤 それも思わないですね。死によってフェーズ(段階)が変わるということです。ちょうど子どもから大人に変わるのと同じようにね。その程度の感覚です。

本書 p.23

中村 しかし、生きることのほうが苦しいですよ。今回の死の体験で思ったのは、死は絶対的な「無」なんだなってね。つまり、痛くもないし、なんにも感じないわけですから。無感覚なんですよ。

本書 p.105

死ぬほどつらいけど怖くて死ねない、という人は多いと思います。

作家の中村うさぎは心肺停止で「臨死体験」をしました。目の前が突然真っ暗になり、すべての苦痛から解放されたそうです。以前からマンションにいては飛び降りたいと思ったり、もともと死ぬことに恐怖を感じていなかった彼女は、よりいっそう死ぬのは楽と思うようになりました。佐藤優は自殺することはないし、家族と猫のために生きているけれど、おそらく自身は病気で死ぬだろうと述べています。

イスラム教のジハード、ベトナム戦争中の僧侶の焼身自殺など、自殺を完全に禁止していない宗教は多くあります。しかし、現代の日本では自殺はよくないこととされています。拡大再生産を繰り返す(マーケット規模がだんだん大きくなっていく)社会で、自殺者を抱えるとその目的が達成できなくなるからです。

自殺する人としない人の違いは、何か超越的な(神様のような)ものを信じているか。自身の人生が「天と自分」との関係であるかどうかです。そういう発想を持っていると、自分がやったものごとを整理しようという気になるのでは、と佐藤は指摘します。

前回の投稿で指摘した通り、人間が生きる理由は根源的には「あなたは生きなければならない」というトートロジー(同語反復)になります。しかし自分のやったことにたいして時間をかけてでも責任を取ろう、と発想の転換をすることこそが、少しの希望につながるのかもしれません。


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「あなたは生きなければならない」という宗教の強さ


佐藤 (中略)われわれは、今三つの基本的なルールの中で生きていると思っています。それは合理主義、生命至上主義、個人主義です。

本書 pp.101-102

池上 (中略)「AIによってシンギュラリティがやがてやって来る。シンギュラリティが来たら、私たちの仕事はなくなってしまうのだ」という危機を訴えるAI教という宗教があるように感じます。

本書 p.194

本書は作家の佐藤優とジャーナリストの池上彰が宗教について解説した本です。特定の宗教の説明をするのではなく、宗教が現代社会においてどのような役割を果たしているかを、実例を示して説明していきます。具体的には宗教の持つ暴力性、そして資本主義、AI、国家といった概念の宗教的な性質について語ります。

宗教には人を救う側面もあれば、暴力的な側面があります。イスラム教にはISや中東でジハードをやっている団体があります。キリスト教にはかつて北アイルランドでテロ活動をしていたIRAがいます。現在、ミャンマーとバングラディシュの間でロヒンギャ問題を起こしているのは仏教徒です。

宗教の大義の前では私たちの日常で大切とされている生命至上主義(命が一番大事というルール)がないがしろにされてしまいます。宗教を知ってこそ、私たちとは違うルールで生きている人たちを知ることができ、そういう人たちとどう付き合っていくか考えることもできます。

現代日本で多くの人が無宗教かもしれませんが、国家やお金も同様です。75年前の日本人はお国のために死んでいきましたし、犯罪者はお金のために人を殺します。私たちの身の回りは「宗教的なもの」に囲まれています。だからこそ、宗教の考え方や傾向を知ることの重要性は、以下の池上の言葉に集約されています。

池上 (中略)特定の宗教を信じるも信じないも、それぞれ人の自由ですが、そうやって「ああ! そういう考え方がるのだ」と知るチャンスがある。それらを知る経験を通して、自分はどう生きるべきか、あるいはどうより良く死ぬことができるかについて考えることができるのではないでしょうか。

本書 p.84

本書ではついこの間まで世間的な話題になっていたAIの宗教性についても語られています。佐藤は2017年に出た稀覯本を紹介します。刊行の1か月後には書店で入手できなくなりました。現在、同書の著者は東京拘置所に収監されています。


人工知能は資本主義を終焉させるか 経済的特異点と社会的特異点 (PHP新書)

同書の著者である齊藤元章は国からメモリーデバイスの開発に関する助成金約1億9100万円をだまし取ったとして詐欺容疑で逮捕、経営していた会社の法人税2億3100万円の脱税容疑でも逮捕されています。

AIが人間の手を借りずに自分自身より優秀なAIを開発するようになるシンギュラリティ(技術的特異点)が来る、だからもっとAIに研究費を、といって国から助成金を得たのは、終末が来るといって不安をあおり、お金を集める宗教と本質的には変わりません。

現段階で言われているAIは、私たちより速い計算を可能にするだけです。電車や飛行機が私たちの足より速い移動を可能にし、望遠鏡が私たちの目より遠くのものの観察を可能にしたのと同じです。結局AIでは東大入試で合格できませんでしたし、家族が喜ぶ献立を作ることもできません。

佐藤 (中略)自殺を望んでいる人に対して言う場合は、「自分の命などどうでもいいというのは違います。あなたは生きなければならない。なぜなら、そうなっているからそうなのです」と、最後はトートロジー(同語反復)になってしまうのですが。

 ただ、宗教の強さはトートロジーにあるとも言えます。

本書 p.146

AIに「あなたは生きなければならない」と言われても、その人は納得するでしょうか? やっぱりそこは人の力が重要になってくるのではないでしょうか。人を相手にする以上、最後に救えるのは人であり、そこに宗教の強さがあるのだと思います。


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「下品力」と向き合うために


「明日できることは今日しない」というのがポイントです。明日できる仕事は明日に回し、どうしても今日しなければならない仕事を優先する。

本書 p.135

努力を続けない人間は劣った人間であり、排除されても自己責任だという論理は、諦めを知らない野暮な人間たちからしか生まれてきません。

本書 p.220

本書は作家の佐藤優が講演会や勉強会、読者からの手紙でメンタルの相談を受けることが多々あったことから、そうした人たちのために心が折れないような考え方をまとめた本です。

いまの日本では少子高齢化で働き手は少なくなる一方、規制は撤廃されて競争はどんどん激しくなります。数少ない勝ち組と多くの負け組が生まれる社会はまさに弱肉強食で、ずうずうしい人、すなわち下品な人が生き残る社会になっていきます。しかしそんな下品な人はごく一部、私たちの多くはそこまで下品になれない人、繊細な人ではないでしょうか。

働き方改革や懐かしのプレミアムフライデーといった活動も、政府が労働者の負担減を狙ってやっているものではありません。経済規模が大きくならない日本で、限られた労働を若者から高齢者、これまで働いてこなかった主婦層まで、多くの人に仕事を割り振るための施策です。こんな状況下で普通の人は勝ち組になれません。逆に副業を行うなど、一つの方法だけに絞らない「複線的」な生き方が必要だと著者は説きます。

副業ができるスキルのある人はいいですが、そうじゃない人はどうするか? 著者はコミュニティやアソシエーションの大切さを説きます。前者は趣味などで知り合った人たちの集まり、後者はボランティアや地域活動といったある目的のために集まった人たちのことです。そうした集まりで気の合う仲間を作り、将来は一緒の老人ホームに住んだり、ある程度の食べ物や仕事、住居をシェアする。そうした人とのつながりの大切さを説きます。

納得すると同時に、私みたいに人づきあいが苦手な人はどうすればいいのだろう、と思わされました。


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45歳からは得意分野を伸ばす生き方を


佐藤 (中略)重要なのは長所を伸ばすことです。何でもかんでもやろうとすると、失敗しますから。

本書 p.34

池上 (中略)相手のほうに多くを与えて、やっと向こうは対等だなと思う。

本書 p.215

本書では60歳になる作家で元外交官の佐藤優と70歳になる作家で元NHK職員の池上彰が、定年後や老いに入っていく中で、どのような生き方をしていけばよいか対談しています。

二人は人生のセカンドハーフである45歳こそ、今後の人生の方針を見極める重要な年齢だと強調します。45歳からサラリーマンであれば65歳まで約20年残っていますが、多くの企業では50歳代の役職定年の後、65歳までは再雇用という形で雇われます。45歳からだと実質的な定年までは十数年あればいいほうです。そのため45歳からの人生では新たなチャレンジはせず、これまで行ってきたことの棚卸をして自分の得意分野(できること)を伸ばしていくほうが良いと勧めます。

外務省を東京地検特捜部による「国策捜査」により退職した佐藤優と、55歳でフリーランスになった池上彰は二人とも定年より前に勤めていた組織を退職しています。二人は多くの人たちが定年を迎え、ガクッとやる気をなくす「60歳の壁」を経験せずに済んだのはよかったと言います。

定年を見据えて重要なのは、会社以外の同世代(同級生)や違う世代とのつながりを持つことだといいます。一方で結局は健康、介護、孫自慢になりがちなので、池上彰は同窓会でその話をしないというルールを作ったそうです。では何を話すか? いろんな引き出しを持ちつつ、引用で上げた「相手に多く与える(話させる)」ことが対談のコツであると、話し方の作法まで教えてくれます。

一方で二人とも人生が順風満帆だったわけではありません。今は作家として活躍していますが、退職後は大学の公開講座に通うなど、自分の得意分野を見直してフリーランスでやっていけるようになりました。

二人とも丁寧な解説をしてくれれはいますが、佐藤優や池上彰のように向こうから仕事が来るのは、それまである程度有名だったこと、そして東京にいたことが大きな要因ともいえそうです。地方の一般的なサラリーマンがどうやって「60歳の壁」を乗り越えるのか、自分たちで解決するしかありませんが、少しヒントが欲しくなりました。

本書は『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書)』、『新・リーダー論大格差時代のインテリジェンス (文春新書)』、『知らなきゃよかった 予測不能時代の新・情報術 (文春新書)』、『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書 (文春新書)』、『僕らが毎日やっている最強の読み方―新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意』、『ロシアを知る。』、『教育激変-2020年、大学入試と学習指導要領大改革のゆくえ (中公新書ラクレ)』に続く対談本です。