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朝日新聞の記者が迫った中国の内実


すでに7時間は過ぎていた。トイレに行くたびに取調官がついてくる。慣れているとはいえ、中国語での事情聴取は思った以上に神経をすり減らした。

本書 p.32

「落ち着いて聞いてほしい、将軍がなくなった。しかも数日前のようだ。」
(中略)いつも冷静な人物が焦っている。すぐに確認に走ると、2日前の12月17日朝に死去していたことが確認できた。
 12月19日正午、朝鮮中央放送が金正日の死去を伝える特別放送を流した。

本書 p.177

特に朝日新聞の中国報道について、「親中的」だという批判は根強い。1960年代の文化革命期に(中略)朝日新聞は当時の社長が「歴史の目撃者になるべきだ」として、追放されるような記事を書かないよう北京特派員に指示。当局に都合の悪いことは書かず、北京に残り続けた。

本書 p.238

朝日新聞記者だった著者が2000日にわたる中国特派員時代のうち、主にその成功談を書いたものです。最近は朝日新聞の記者だからと言って中国も手を緩めてはくれない様子がよくわかります。

しかし、著者は一般客に紛れるために鈍行列車に乗り、5つ以上の携帯電話を使い分け、時には変装をして取材に臨んだ結果、中国の奥深くに入ることができました。その結果、上にあるように金正日の死去は朝鮮中央放送の特別放送より前に知ることができました。アントニオ猪木ですら10分程度前にしか知らなかったというので、中国での情報網の太さが分かります。

北朝鮮の当時の指導者、金正日訪中をめぐる取材は執念とも言えます。北京国際空港で平壌発の北朝鮮国営高麗航空のタラップから降りてくる朝鮮労働党幹部(おそらく崔龍海か?)を確認し、過去の例から考えてその約2~4週間後に金正日が訪中すると踏みました。そしてまさに1か月後、金正日は訪中し、その幹部が下見したホテルに泊まりました。植え込みから撮影していた著者と共同通信のカメラマンは撮影後拘束され、写真の消去を命じられました。共同通信のカメラマンは何とか切り抜け、写真を報じ、2010年の新聞協会賞を受賞しました。

図們市外の中朝国境にある鉄条網

著者は北朝鮮の国境地帯に行っては十数メートルの距離で兵士を撮影し、銃を構えかけられたりなど、無礼にも見える取材をしています。しかし北朝鮮と中国の国境では韓国人や中国人が缶詰やカップ麺を投げ、それを取りに来る北朝鮮の人々を見て楽しむ「人間サファリツアー」をやっていることを苦々しく書いています。

あなたはすでに国境区域に入っています。自覚して国境の法規を遵守してください。

著者は本書末尾に新聞記者を続けるようなことを書いていますが、「週刊ダイヤモンド」に掲載する予定だった安倍晋三元首相へのインタビューを事前に見せるよう迫るなどし、退職目前に控えて1か月の停職処分となりました。今は青山学院大学の客員教授をしています。

本書は成功談の断片が多く、面白いですが、やはり同じ著者の『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』のほうが断然面白く読めました。


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琉球の言葉は彩り豊か


日本語と琉球語が祖語からいつごろ分岐したのかは明らかになっていないが、西暦500年ごろだという研究者もいる。現在存在する多種多様な琉球諸語・方言は言語学的な特徴に基づき分析すると、奄美語、国頭語、沖縄語、宮古語、八重山語、与那国語の6つの言語に分類できる。

本書 p.53

日本語以外に琉球語と同系統である言語はあるのだろうか。これまでの研究によると、琉球語と直接的な同系統関係にある言語は日本語だけである。

本書 p.191

本書は北は奄美諸島から南は南西諸島まで、琉球弧を描く島々の言葉を横断的に見て、そこから祖語を再構築するための入門書です。

本書では琉球語を北琉球語と南琉球語に分け、前者に奄美語、国頭語、沖縄語を、後者に宮古語、八重山語、与那国語を設定します。前半では沖縄語を例にして、日本語との違いを示します。たとえば「っ」や「ん」(っんじゃん(行った))で始まる語があるなど、代表的な違いを概説します。

中盤以降、琉球祖語の再構をしていきます。これらはすべて同じ言語だから内的再構(あるいは内的再建)と言っていいのか、それとも違う言語として扱うべきなのか、私にはよくわかりません。しかし与那国語と奄美語では相互理解不可能でしょうから、内的でない再構と言ったほうが適切かもしれません。

「ありがとう」を表す語も奄美語では「おぼこりょーた」、沖縄語の今帰仁方言では「かふーし」、与那国語では「ふがらさ」と、一般的に沖縄語学習者が学ぶ那覇方言(あるいは首里方言)の「にふぇーでーびる」とは大きな違いがあります。琉球弧の言語は多様です。

祖語の再構はまず小さな単位から始めます。例えば「鏡」という語を例にとり、名瀬ではkagan、湾ではkagami、伊仙ではkagamiということから、*kagamiと再構するなど、奄美祖語や国頭祖語を再構し、最後にそれぞれの祖語を比較して琉球祖語を再構します。

丹念な手続きに則って再構するのは比較言語学の鉄則です。琉球語の概観を知るほか、比較言語学の入門書としても本書は良書ではないかと思います。


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20ヵ国語をマスターした日本人


本書は『外国語の水曜日―学習法としての言語学入門』の著者としても知られる言語学者、スラブ語学者の黒田龍之助の愛読書で、あちこちの出版社に持ち掛けてようやく再販が実現したらしいです。その新聞記事を読んでから注文しましたが、もうすでに第3版でした。筑摩書房も大喜びでしょう。

本書は20ヵ国語がペラペラになった通訳者、翻訳者の種田輝豊さん(1938-2017)の自伝的語学学習経歴書です。

本書によれば種田さんは中学時代にハマった英語のほか、フランス語、スウェーデン語、フィンランド語、ドイツ語、ロシア語、オランダ語、中国語、イタリア語、デンマーク語、ノルウェー語、アイスランド語、ペルシャ語、トルコ語、スペイン語、ポルトガル語、古典語(ラテン語、ギリシア語)、チェコ語、インドネシア語、ルーマニア語、朝鮮語、アラビア語を学んだとのこと。

おそらく古典語、朝鮮語、中国語は自在に操れないような感じですが、それでもこれだけのヨーロッパ語を押さえているのはすごいことです。インド・ヨーロッパ語族の言語だから多少の類似性があるとはいえ、アイスランド語とイタリア語は相互理解不可能です。さらに黒田のあとがきによれば、本人が後年一番得意としたのはここに書いてないスペイン語だというのだから驚きです。

ざっと見る限りでも入門書はドイツ語は関口存男のを、アラビア語は井筒俊彦のを使っていて、そりゃあやる気があれば身に着くのが早いだろうなと思わせます。

肝心の語学学習方法ですが、これもまた根性の一言です。まずはアメリカのペンフレンドと文通をする、気になる表現があったら覚えていく、500の例文を覚える、学校にやって来るGI(駐留米軍)と話して発音を教えてもらう、ギリシャ大使館に連絡してギリシャ語のできる留学生を紹介してもらって録音する、ミスアイスランドにお願いしてホテルでアイスランド語を録音する、映画館に通って気になるフレーズがあったら録音してあと何度も聞き返す(今やると著作権法違反です)、などなど今でも使える方法もあれば、今では使えない方法やずいぶん迷惑な方法もあります。

しかも東京外国語大学在学中は大学にはあまり行かず、外国人の集う喫茶店などでいろんな言語で交流をして言語の腕を磨いたというのだから驚きです。

やっぱり語学は根性と異国への愛情なのだな、と思わせる一冊でした。


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選挙協力で権力を狙うしたたかな共産党



「知の巨人」が暴く 世界の常識はウソばかり 単行本(ソフトカバー)

佐藤 地方には、地道に土建屋をやっていたけれどお、土建屋はもうダメだから、介護施設でもカラオケバーでもパン屋でもなんでもやろう、というコングロマリットがたくさん生まれています。そういう経営をしている人は、船井総研のファンです。

本書 pp.37-38

副島 ダボス会議への日本人の招待状は、竹中平蔵が許可を出していると言われている。日本の首相にすら竹中平蔵が許可を出す。だから竹中平蔵が日本国の代表です。いつも民間人有識者として動き回っています。公人になったら逮捕される恐れがあるからです。

本書 p.172

佐藤優と副島隆彦の対談本第5弾だそう。世界情勢を見ていろいろと話していますが、話題の中心の一つは日本共産党です。

人新世の資本論』で話題となった斎藤幸平にも、佐藤優は「旗」(しんぶん赤旗のこと)には気をつけろ、といったようです。現在、佐藤優は佐高信と名誉棄損で裁判をしているほか、共産党への批判も多く書いているようです。

前者は電事連の広告に出たら1000万円のギャラをもらっているはずだ、という荒唐無稽な話を本の中でされたからだそうで、実際にもらった額は100万円よりもっと少なかったそう。

後者は佐藤は共産党はいまだに「敵の出方論」を堅持していて、暴力革命の可能性があること、立憲民主党などと選挙協力を通じてもしかしたら権力が転がりこむかもしれないこと、そうすると共産党にすり寄る官僚が出てきて、スターリン主義の官僚になることを恐れています。

考えたくもない恐ろしい未来ですが、自民党はもしかしたら野党になるかもしれません。しかし共産党は与党側になると決して権力を手放さないと佐藤は見ています。確かに「しんぶん赤旗」の取材力も、党としての組織力もほかの政党と比べたら強いです。スターリン主義の官僚たちが生まれる未来が来ないことを祈りつつ、選挙に臨むしかありません。


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日本語の起源はウラル・アルタイ語?


田中克彦(2021)『ことばは国家を超える ――日本語、ウラル・アルタイ語、ツラン主義』筑摩書房

大野さんの著書にはよくあることだが、その節の提唱者、発明者のことに触れられることは一言もなく、まるで全部がご自身の発明かのようにしてどんどんと話が進められるのである。だから大野さんの話はしろうと受けしやすいのである。

本書 p.156

日本語のように、「持っている」ではなくて「だれだれには~がある」という言い方をするきわめて多くの言語があり、ウラル・アルタイ語族のすべてがhaveではなく、「ある」という言い方を共有し、それが覆う地帯は、ユーラシアの半分以上を占める。

本書 p.186

御年88歳の言語学者、田中克彦の新書です。おそらくは口述筆記に典拠資料を加えたものだと思いますが、それにしてもこの年で新たな本を書くバイタリティは尊敬に値します。

本書で主なターゲットとなっているのは印欧語比較言語学です。印欧語の比較言語学はラテン語のような屈折語こそ発達した言語とし、中国語のような孤立語はまだ未発達な言語で、最終的には屈折語に行きつくという前提を持っています。印欧語の祖語の推定は音をもとにした再建で行っていきます。

これに対し、田中は異を唱えます。ウラル・アルタイ語が持つ特徴と、語族ではなくそうした特徴を共有する言語同盟こそがもっと注目されるべき、という意見です。

例えば上述の引用に書いたように、日本語をはじめとするウラル・アルタイ語やロシア語ではhaveにあたる動詞を印欧語ほど使いません。「私は辞書を持っている」ではなく「私には辞書がある」という言い方をします。こうしたものの考え方の共通点こそ、言葉の真相に潜む類縁性に迫る可能性があるのではないかと指摘します。

私もその点については賛成で、もっと累計論的立場から言葉を深く掘り下げていってもいいような気がしますが、日本の学界では日本語の起源の問題などはあまり論じられていないようです。

そもそも、田中は専攻したモンゴル語のほかにロシア語、留学したドイツ語、さらにエスペラントができますが、近年はここまでできる学者は少なくなってきています。それが類型論を語る人の少なさにもつながっている気がしてなりません。


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サントリー学芸賞 レビュー

中国人がはじめて西洋音楽を聴いたのはいつ?


北京は長らく清朝のお膝下であり、近代になってからは軍人が幅をきかす埃くさい街であった。少数の大劇場(映画館)を除けば、音楽会の開けるような場所もなかった。
(中略)
この中国に、西洋は存在していたのである。
上海であった。

本書 p.72

始めは渋々ながら教えることに同意したザハロフも、次第に学生の情熱に動かされ、後にこう語ったといわれる。「私は自分の予想が間違っていたことを、嬉しい気持ちで認めなければならない。私はこれからも喜びをもって教えていきたい。中国の学生は私に大きな楽しみをくれるから」。

本書 p.107

本書はおそらく数年ぶり二度目の読書だが新鮮に読めました。何度読んでも面白い本は面白いです。

本書は1999年にサントリー学芸賞を受賞しています。当時の選評にもある通り、本書は多くの読者にとってあまり興味を抱かないテーマを扱っているといえます。

この若さにしての文章の明快さ、切れのよさ、論点の手渡し方のうまさに舌を巻く。
 副題に「近代中国における西洋音楽の受容」とあるように、本著のテーマは今世紀初頭から1930年代までの中国で、西洋音楽がいかに受容され、発展したかということにある。ただし、その分野の専門家はともかくとして、おおかたの人にとっては関心が薄いことだろう。

https://www.suntory.co.jp/sfnd/prize_ssah/detail/1999gb1.html

本書では中国人が西洋音楽を受け入れ、さらに中国人の手によって西洋音楽を奏でていくようになった過程を、音楽学校の設立という公的機関の歴史を通して明らかにしていきます。

中国では、例えば北京に1652年に建てられた最初の天主堂にパイプオルガンがあり、またアヘン戦争敗北後、1842年の南京条約で設定された租界で教会学校が建てられます。そうやって西洋人の手で西洋音楽が導入され始めました。

中国人の手によって西洋音楽が導入されたのは1922年8月に発足した北京大学附属音楽伝習所が始まりと言えます。もともとは課外サークルの一つだった音楽研究会を学長である蔡培元のリーダーシップで学内組織にしたのでした。その所長はヨーロッパで音楽を学んだ蕭友梅が着きます。

そしていよいよ、1923年12月27日に伝習所初めての演奏会が開催されました。会場は大勢の聴衆であふれたといいます。これが、中国人の一般庶民がはじめて聞いた西洋音楽といえます。

その後、北京では戦争の激化が進み、不要不急の音楽伝習所は閉鎖を余儀なくされます。蕭友梅は租界のある上海に行き、その地で国立音楽院を誕生させます。

鳴り物入りで誕生した国立音楽院は高給で外国人教師を雇い、質の高い音楽教育を実施します。引用したザハロフは上手に弾けると「Good boy」と言い、悪く弾くと「I kill you!」と叫んで腕をつねるような、スパルタレッスンだったようです。

上海では当初大学の扱いだった国立音楽院が戦争の激化や蔡培元の後ろ盾がなくなったこともあり、専門学校の扱いになりました。しかし、困難な時代にありながら、若く情熱のある音楽家たちを育てていきました。

その後の中国での音楽家たちの活躍や音楽教育の研究を射程に入れつつ、1920年代から30年代の中国における西洋音楽教育を丹念に追った本書は現代中国の音楽史を考えるうえで重要な資料となります。


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習近平にクーデター計画を教えたバイデン


柴田哲雄(2021)『諜報・謀略の中国現代史 国家安全省の指導者にみる権力闘争』朝日新聞出版

周(著者註:永康)ら「新四人組」のクーデター計画の概要は次のお様なものである。2012年の第18回党大会で、薄熙来を政治局常務委員に昇格させるとともに、周永康の後釜として中央政法委員会トップにも就任させる。薄熙来は中央政法委員会トップの権限を用いて、総書記の習近平の汚職を摘発する。そして14年に開催される中央委員会全体会議において投票により習近平を罷免し、代わって薄熙来を新総書記に選出する、その際の票のとりまとめ役には、中央委員会で過半数を占める胡錦涛派を動かし得る令計画が当たりというものだった。

本書 p.182

国家副主席だった習近平は訪米して副大統領のバイデンと会談した。朝日新聞によれば、その際、バイデンは「これは友人としてのアドバイスだ」と前置きしたうえで、王立軍が米国側にもたらしたくでたー計画の概要を、習近平に伝えたというのである。

本書 p.183

本書は中国の国内外のスパイ活動を取り仕切る公安省(中国語名称は公安部)の歴史と歴代大臣の経歴を掲載し、今後の動向まで見据えて書かれた本です。中国公安省について公開資料に基づいて書かれた本の一つの到達点ともいえるでしょう。

本書では中国共産党黎明期から現在に至るまで、公安活動に従事した幹部の経歴とその活動について詳細に書かれています。黎明期の活動のほうが詳しく書かれてあるのは公開資料が多いためでしょう。

本書では中国共産党や元公安省幹部たちが出した回想録を根拠んにしているほか、日本や海外のマスメディアの記事、そして法輪功や香港のメディアの記事を引用して書かれています。特に法輪功や香港のメディアの記事は玉石混淆であるため、どこまで信用していいかは分かりませんが、引用であげた周永康は生きた法輪功信者の臓器を摘出したなど、非人道的なことが書かれています。

ほかにも天安門事件での軍事制圧に賛成したか否かで政治生命が変わった例(賈春旺)、チベットやウイグルでの弾圧活動が評価されて中央で出世した例(陳全国)など、人の命を出世のワンステップぐらいにしかとらえていない例が多く、中国共産党官僚たちの感覚の恐ろしさを感じます。

耿恵昌(2007~16年公安大臣)などはたたき上げの公安大臣ですが、1951年生であり河北省出身であること、大学卒であること以外のプロフィールは伏せられました。これまでどういうことをしてきたかなぞの人物が大臣になったのです。そんな彼も周永康との不即不離の関係が問題視されたのか、習近平政権では退任を余儀なくされました。

中国の党官僚として出世するには能力はもちろんのこと、誰と仲良くするか(派閥)と仲良くしていた人の風向きが悪くなった時にどう対応するか(すぐに乗り換えるか否か)が大事なのだということがひしひしと伝わります。命までかかってくるのだから、高級官僚は必死になるはずです。

本書の著者はなぜか本書では書かれていませんが、おそらく愛知学院大学の研究者です。次に中国に行ったときは無事に済むのでしょうか。ここまで赤裸々に書いた本を出版したら、身の上を案じてしまいます。


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脳のクセと限界を知る


小林朋道(2015)『ヒトの脳にはクセがある 動物行動学的人間論』新潮社

「人間はさまざまな測定機器や、数式を含めた理論を作り上げ、生身では知覚できないような物質の構造や宇宙の歴史などについて理解を深めてきたが、結局のところ、実在(真の外界)に到達できるのか、実在を真に理解できるのか?」
 動物行動学の視点から言えば、無理である。

本書 p.36

「相対性理論」も「量子力学理論」も、われわれの外界の事物・事象という同一の”象”の断片を正しく反映する把握を行っているのである。

本書 p.174

本書は動物行動学者の著者が人間の脳のクセについて書いた本です。人間の脳のクセは興味深く、特定の画像の中からヘビを含む画像を見つけるスピードが顕著に早いのは世界的にみられます。また、現代人にも特定恐怖症といわれる精神症があり、「猛獣」「ヘビ」「クモ」「高所」「水流」「落雷」「閉所」に対する恐怖症が先進国、発展途上国で共通してみられます。

本書ではそうしたクセは狩猟採集時代の名残と言います。しかし、本当にそうなのでしょうか。ヒトの場合、狩猟採集のあとに農耕や漁撈を生業としてきた人々も多くいるはずです。上記の特定恐怖症は何も狩猟採集に限りません。生業が濃厚や漁撈に移っても、それらが生命の危機と直結するものだったことは容易に想像できます。

一方で、現代の主な死因である刃物や拳銃、自動車に対する特定恐怖症が見られないというのは興味深い指摘です。数万年たてばまた数万年間の生き方に適応した特定恐怖症が出てくるのかもしれません。

本書で述べられている、「真の外界」や「意識」などは、オオカミがオーロラを見ても理解できなかったり、月へ到達するロケットを作れないのと同様、人間の脳には理解できないと述べているのはなるほどと納得させられました。


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グラフもアートも同じ技術で読みとける


吉岡友治(2021)『ヴィジュアルを読みとく技術-グラフからアートまでを言語化する』筑摩書房

このような理解の仕方は、別に文字情報やスポーツに限らない。メディアが変わっても、人間の理解である限り、たいして方法が変化するものではない。

本書 p.24

20世紀以降のアートは、それが置かれた環境・文脈に大きく依存する。(中略)それが美術館に置かれればちゃんと「美術作品」になるということを示したのはフランスのアーティスト、マルセル・デュシャンだった。

本書 p.171

本書では技術さえあれば何でも読みとけるという前提に立ち、ビジュアルに焦点を当ててその実例を取り上げています。私たちも日々、技術をもっていろいろなものを楽しんでいます。それは音楽で会ったり、文学作品であったり、スポーツであったりします。いずれも文脈を知れば知るほど楽しめます。具体的にはアーティストの個性やスポーツのルールなどです。

本書でメインとなるビジュアルについても同様です。紹介されるのは早稲田大学MBAの入試問題から藤田嗣治の「アッツ島玉砕の図」、モンドリアン「コンポジション No.10」まで、多岐にわたっています。

藤田嗣治の絵画はこれまでフランスの画壇で珍しい人(東洋人)扱いされていた藤田が、日本の画壇で「珍しい人」という偏見がなくなった状況下できちんと評価されたことに喜んだ話が紹介されます。そうした文脈を知ると、フランスで裸婦像を多く描いた藤田がなぜ戦争の図を描いたのか、少しは理解できます。

モンドリアンの図も、ヨーロッパで木の絵などを描いていたモンドリアンが抽象的な表現を求めた極地がこのコンポジション No.10であること、ヨーロッパからアメリカにわたってみると結果的にはコンポジション No.10のような直線的な建物(ビル)ばかりであったことなどが紹介されます。ヨーロッパで極めようとしていた抽象画が、移住したアメリカにはそこら中にあったというのは皮肉です。

本書はそうした読みとき方を紹介した後、男女の会話形式でこれまでのおさらいをします。その会話を読み直すことでさらに理解が深まります。

本書の著者は東京大学文学部社会学科を卒業後、シカゴ大学大学院で芸術を学びました。代々木ゼミナール講師を経て、現在はインターネット講座の校長だそうです。著者曰く、シカゴ大学での授業が役に立ったといいます。シカゴ美術館に日参し、好きな芸術作品のどこがおもしろいのかを言語化し、クラスメートに伝えていくという授業での経験が本書を生み出しました。

本書はアイデアから書籍化に至るまで20年以上かかったそうです。確かに導入から基礎、応用に至るまで新書とは思えない濃さで繰り広げられる話はとても楽しく、一気呵成に読み終えることができました。


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世界を生き抜くための知識


佐藤優、岡部伸(2021)『賢慮の世界史 国民の知力が国を守る』PHP研究所

岡部 (中略)ルームサービスでボルシチを食べていたら、いつの間にか靴と服を着たまま寝てしまった。翌朝、目覚めてから驚き、パスポートは残っているのに、財布を調べるとドル札だけが抜かれている。ドアにはチェーンロックをかけていたはずで、何が起きたのかと思い、佐藤さんがモスクワに来られた折に相談しました。

本書 p.16

佐藤 (中略)あの人たちも仕事ですから、無駄なことはしない。物取りを装うわかりやすいかたちで警告を与えたのは、おそらく「会ってはいけない人間に会っている」「とってはいけない情報を入手した」「立ち入り禁止の場所に入った」という三つのいずれかに抵触したからでしょう。

本書 p.15

本書は作家で元外交官の佐藤優と産経新聞のモスクワとロンドンの支局長を務めた岡部伸の対談風共著です。対談風と書いたのは決して対談ではなく、直前の論考を受け継ぐ形でもう一方が論考をつなげているからです。

二人の話はまずは世界情勢の生々しさを伝えるところから始まります。上記の岡部のエピソードなどはまさにその典型例で、佐藤優もあまり詳細には書いていませんが、身体がしびれる薬を飲まされた経験があるようです。外交官や新聞記者といった情報戦の真っただ中にいる精鋭には常に身の危険が伴います。

また、岡部がロンドンに駐在していたことから、英国のEU脱退や諜報活動についても話が及びます。岡部は以下のように述べます。

大陸では事前に広範囲に規制をかけるのが原則であり、英米では原則を共有したうえで規制を限りなく少なくする。両者は水と油で、いずれイギリスはEUから抜け出す運命にあると以前から見ていました。

本書 p.101

あとからでは何とでもいえますが、それでも岡部の見方は慧眼です。そして団結を示すはずのEUがコロナ禍で見せたのは、いずれの国も自国ファーストであるという生々しい現実でした。医療崩壊が起きていたイタリアを救ったのは、一帯一路で良好な関係にある中国でした。

中国、ロシアといった帝国主義的な国家が大きな存在感を示す一方、トランプ政権の誕生で混乱をきたしてしまったアメリカの存在感は相対的に小さくなりました。日本は日米同盟がある以上、アメリカとの関係を強化するのが与件です。

将来的にこれからも日本が世界の中で生き抜いていくためには、現在の教育レベルを維持し、底上げしていくしかありません。岡部は自らの息子が通っていた英国のパブリックスクールを礼賛しますが、それが成り立つのは階級社会であるからだと佐藤は指摘します。そしてぱぷりっくスクールをまねた日本の中高一貫校に入るのも、比較的裕福な家の子息たちであることも指摘します。日本は階級社会ではありませんが、徐々に階級の固定化が進んでいるのは、残念でもあります。