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日本語の起源はウラル・アルタイ語?


田中克彦(2021)『ことばは国家を超える ――日本語、ウラル・アルタイ語、ツラン主義』筑摩書房

大野さんの著書にはよくあることだが、その節の提唱者、発明者のことに触れられることは一言もなく、まるで全部がご自身の発明かのようにしてどんどんと話が進められるのである。だから大野さんの話はしろうと受けしやすいのである。

本書 p.156

日本語のように、「持っている」ではなくて「だれだれには~がある」という言い方をするきわめて多くの言語があり、ウラル・アルタイ語族のすべてがhaveではなく、「ある」という言い方を共有し、それが覆う地帯は、ユーラシアの半分以上を占める。

本書 p.186

御年88歳の言語学者、田中克彦の新書です。おそらくは口述筆記に典拠資料を加えたものだと思いますが、それにしてもこの年で新たな本を書くバイタリティは尊敬に値します。

本書で主なターゲットとなっているのは印欧語比較言語学です。印欧語の比較言語学はラテン語のような屈折語こそ発達した言語とし、中国語のような孤立語はまだ未発達な言語で、最終的には屈折語に行きつくという前提を持っています。印欧語の祖語の推定は音をもとにした再建で行っていきます。

これに対し、田中は異を唱えます。ウラル・アルタイ語が持つ特徴と、語族ではなくそうした特徴を共有する言語同盟こそがもっと注目されるべき、という意見です。

例えば上述の引用に書いたように、日本語をはじめとするウラル・アルタイ語やロシア語ではhaveにあたる動詞を印欧語ほど使いません。「私は辞書を持っている」ではなく「私には辞書がある」という言い方をします。こうしたものの考え方の共通点こそ、言葉の真相に潜む類縁性に迫る可能性があるのではないかと指摘します。

私もその点については賛成で、もっと累計論的立場から言葉を深く掘り下げていってもいいような気がしますが、日本の学界では日本語の起源の問題などはあまり論じられていないようです。

そもそも、田中は専攻したモンゴル語のほかにロシア語、留学したドイツ語、さらにエスペラントができますが、近年はここまでできる学者は少なくなってきています。それが類型論を語る人の少なさにもつながっている気がしてなりません。


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サントリー学芸賞 レビュー

中国人がはじめて西洋音楽を聴いたのはいつ?


北京は長らく清朝のお膝下であり、近代になってからは軍人が幅をきかす埃くさい街であった。少数の大劇場(映画館)を除けば、音楽会の開けるような場所もなかった。
(中略)
この中国に、西洋は存在していたのである。
上海であった。

本書 p.72

始めは渋々ながら教えることに同意したザハロフも、次第に学生の情熱に動かされ、後にこう語ったといわれる。「私は自分の予想が間違っていたことを、嬉しい気持ちで認めなければならない。私はこれからも喜びをもって教えていきたい。中国の学生は私に大きな楽しみをくれるから」。

本書 p.107

本書はおそらく数年ぶり二度目の読書だが新鮮に読めました。何度読んでも面白い本は面白いです。

本書は1999年にサントリー学芸賞を受賞しています。当時の選評にもある通り、本書は多くの読者にとってあまり興味を抱かないテーマを扱っているといえます。

この若さにしての文章の明快さ、切れのよさ、論点の手渡し方のうまさに舌を巻く。
 副題に「近代中国における西洋音楽の受容」とあるように、本著のテーマは今世紀初頭から1930年代までの中国で、西洋音楽がいかに受容され、発展したかということにある。ただし、その分野の専門家はともかくとして、おおかたの人にとっては関心が薄いことだろう。

https://www.suntory.co.jp/sfnd/prize_ssah/detail/1999gb1.html

本書では中国人が西洋音楽を受け入れ、さらに中国人の手によって西洋音楽を奏でていくようになった過程を、音楽学校の設立という公的機関の歴史を通して明らかにしていきます。

中国では、例えば北京に1652年に建てられた最初の天主堂にパイプオルガンがあり、またアヘン戦争敗北後、1842年の南京条約で設定された租界で教会学校が建てられます。そうやって西洋人の手で西洋音楽が導入され始めました。

中国人の手によって西洋音楽が導入されたのは1922年8月に発足した北京大学附属音楽伝習所が始まりと言えます。もともとは課外サークルの一つだった音楽研究会を学長である蔡培元のリーダーシップで学内組織にしたのでした。その所長はヨーロッパで音楽を学んだ蕭友梅が着きます。

そしていよいよ、1923年12月27日に伝習所初めての演奏会が開催されました。会場は大勢の聴衆であふれたといいます。これが、中国人の一般庶民がはじめて聞いた西洋音楽といえます。

その後、北京では戦争の激化が進み、不要不急の音楽伝習所は閉鎖を余儀なくされます。蕭友梅は租界のある上海に行き、その地で国立音楽院を誕生させます。

鳴り物入りで誕生した国立音楽院は高給で外国人教師を雇い、質の高い音楽教育を実施します。引用したザハロフは上手に弾けると「Good boy」と言い、悪く弾くと「I kill you!」と叫んで腕をつねるような、スパルタレッスンだったようです。

上海では当初大学の扱いだった国立音楽院が戦争の激化や蔡培元の後ろ盾がなくなったこともあり、専門学校の扱いになりました。しかし、困難な時代にありながら、若く情熱のある音楽家たちを育てていきました。

その後の中国での音楽家たちの活躍や音楽教育の研究を射程に入れつつ、1920年代から30年代の中国における西洋音楽教育を丹念に追った本書は現代中国の音楽史を考えるうえで重要な資料となります。


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習近平にクーデター計画を教えたバイデン


柴田哲雄(2021)『諜報・謀略の中国現代史 国家安全省の指導者にみる権力闘争』朝日新聞出版

周(著者註:永康)ら「新四人組」のクーデター計画の概要は次のお様なものである。2012年の第18回党大会で、薄熙来を政治局常務委員に昇格させるとともに、周永康の後釜として中央政法委員会トップにも就任させる。薄熙来は中央政法委員会トップの権限を用いて、総書記の習近平の汚職を摘発する。そして14年に開催される中央委員会全体会議において投票により習近平を罷免し、代わって薄熙来を新総書記に選出する、その際の票のとりまとめ役には、中央委員会で過半数を占める胡錦涛派を動かし得る令計画が当たりというものだった。

本書 p.182

国家副主席だった習近平は訪米して副大統領のバイデンと会談した。朝日新聞によれば、その際、バイデンは「これは友人としてのアドバイスだ」と前置きしたうえで、王立軍が米国側にもたらしたくでたー計画の概要を、習近平に伝えたというのである。

本書 p.183

本書は中国の国内外のスパイ活動を取り仕切る公安省(中国語名称は公安部)の歴史と歴代大臣の経歴を掲載し、今後の動向まで見据えて書かれた本です。中国公安省について公開資料に基づいて書かれた本の一つの到達点ともいえるでしょう。

本書では中国共産党黎明期から現在に至るまで、公安活動に従事した幹部の経歴とその活動について詳細に書かれています。黎明期の活動のほうが詳しく書かれてあるのは公開資料が多いためでしょう。

本書では中国共産党や元公安省幹部たちが出した回想録を根拠んにしているほか、日本や海外のマスメディアの記事、そして法輪功や香港のメディアの記事を引用して書かれています。特に法輪功や香港のメディアの記事は玉石混淆であるため、どこまで信用していいかは分かりませんが、引用であげた周永康は生きた法輪功信者の臓器を摘出したなど、非人道的なことが書かれています。

ほかにも天安門事件での軍事制圧に賛成したか否かで政治生命が変わった例(賈春旺)、チベットやウイグルでの弾圧活動が評価されて中央で出世した例(陳全国)など、人の命を出世のワンステップぐらいにしかとらえていない例が多く、中国共産党官僚たちの感覚の恐ろしさを感じます。

耿恵昌(2007~16年公安大臣)などはたたき上げの公安大臣ですが、1951年生であり河北省出身であること、大学卒であること以外のプロフィールは伏せられました。これまでどういうことをしてきたかなぞの人物が大臣になったのです。そんな彼も周永康との不即不離の関係が問題視されたのか、習近平政権では退任を余儀なくされました。

中国の党官僚として出世するには能力はもちろんのこと、誰と仲良くするか(派閥)と仲良くしていた人の風向きが悪くなった時にどう対応するか(すぐに乗り換えるか否か)が大事なのだということがひしひしと伝わります。命までかかってくるのだから、高級官僚は必死になるはずです。

本書の著者はなぜか本書では書かれていませんが、おそらく愛知学院大学の研究者です。次に中国に行ったときは無事に済むのでしょうか。ここまで赤裸々に書いた本を出版したら、身の上を案じてしまいます。


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脳のクセと限界を知る


小林朋道(2015)『ヒトの脳にはクセがある 動物行動学的人間論』新潮社

「人間はさまざまな測定機器や、数式を含めた理論を作り上げ、生身では知覚できないような物質の構造や宇宙の歴史などについて理解を深めてきたが、結局のところ、実在(真の外界)に到達できるのか、実在を真に理解できるのか?」
 動物行動学の視点から言えば、無理である。

本書 p.36

「相対性理論」も「量子力学理論」も、われわれの外界の事物・事象という同一の”象”の断片を正しく反映する把握を行っているのである。

本書 p.174

本書は動物行動学者の著者が人間の脳のクセについて書いた本です。人間の脳のクセは興味深く、特定の画像の中からヘビを含む画像を見つけるスピードが顕著に早いのは世界的にみられます。また、現代人にも特定恐怖症といわれる精神症があり、「猛獣」「ヘビ」「クモ」「高所」「水流」「落雷」「閉所」に対する恐怖症が先進国、発展途上国で共通してみられます。

本書ではそうしたクセは狩猟採集時代の名残と言います。しかし、本当にそうなのでしょうか。ヒトの場合、狩猟採集のあとに農耕や漁撈を生業としてきた人々も多くいるはずです。上記の特定恐怖症は何も狩猟採集に限りません。生業が濃厚や漁撈に移っても、それらが生命の危機と直結するものだったことは容易に想像できます。

一方で、現代の主な死因である刃物や拳銃、自動車に対する特定恐怖症が見られないというのは興味深い指摘です。数万年たてばまた数万年間の生き方に適応した特定恐怖症が出てくるのかもしれません。

本書で述べられている、「真の外界」や「意識」などは、オオカミがオーロラを見ても理解できなかったり、月へ到達するロケットを作れないのと同様、人間の脳には理解できないと述べているのはなるほどと納得させられました。


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グラフもアートも同じ技術で読みとける


吉岡友治(2021)『ヴィジュアルを読みとく技術-グラフからアートまでを言語化する』筑摩書房

このような理解の仕方は、別に文字情報やスポーツに限らない。メディアが変わっても、人間の理解である限り、たいして方法が変化するものではない。

本書 p.24

20世紀以降のアートは、それが置かれた環境・文脈に大きく依存する。(中略)それが美術館に置かれればちゃんと「美術作品」になるということを示したのはフランスのアーティスト、マルセル・デュシャンだった。

本書 p.171

本書では技術さえあれば何でも読みとけるという前提に立ち、ビジュアルに焦点を当ててその実例を取り上げています。私たちも日々、技術をもっていろいろなものを楽しんでいます。それは音楽で会ったり、文学作品であったり、スポーツであったりします。いずれも文脈を知れば知るほど楽しめます。具体的にはアーティストの個性やスポーツのルールなどです。

本書でメインとなるビジュアルについても同様です。紹介されるのは早稲田大学MBAの入試問題から藤田嗣治の「アッツ島玉砕の図」、モンドリアン「コンポジション No.10」まで、多岐にわたっています。

藤田嗣治の絵画はこれまでフランスの画壇で珍しい人(東洋人)扱いされていた藤田が、日本の画壇で「珍しい人」という偏見がなくなった状況下できちんと評価されたことに喜んだ話が紹介されます。そうした文脈を知ると、フランスで裸婦像を多く描いた藤田がなぜ戦争の図を描いたのか、少しは理解できます。

モンドリアンの図も、ヨーロッパで木の絵などを描いていたモンドリアンが抽象的な表現を求めた極地がこのコンポジション No.10であること、ヨーロッパからアメリカにわたってみると結果的にはコンポジション No.10のような直線的な建物(ビル)ばかりであったことなどが紹介されます。ヨーロッパで極めようとしていた抽象画が、移住したアメリカにはそこら中にあったというのは皮肉です。

本書はそうした読みとき方を紹介した後、男女の会話形式でこれまでのおさらいをします。その会話を読み直すことでさらに理解が深まります。

本書の著者は東京大学文学部社会学科を卒業後、シカゴ大学大学院で芸術を学びました。代々木ゼミナール講師を経て、現在はインターネット講座の校長だそうです。著者曰く、シカゴ大学での授業が役に立ったといいます。シカゴ美術館に日参し、好きな芸術作品のどこがおもしろいのかを言語化し、クラスメートに伝えていくという授業での経験が本書を生み出しました。

本書はアイデアから書籍化に至るまで20年以上かかったそうです。確かに導入から基礎、応用に至るまで新書とは思えない濃さで繰り広げられる話はとても楽しく、一気呵成に読み終えることができました。


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世界を生き抜くための知識


佐藤優、岡部伸(2021)『賢慮の世界史 国民の知力が国を守る』PHP研究所

岡部 (中略)ルームサービスでボルシチを食べていたら、いつの間にか靴と服を着たまま寝てしまった。翌朝、目覚めてから驚き、パスポートは残っているのに、財布を調べるとドル札だけが抜かれている。ドアにはチェーンロックをかけていたはずで、何が起きたのかと思い、佐藤さんがモスクワに来られた折に相談しました。

本書 p.16

佐藤 (中略)あの人たちも仕事ですから、無駄なことはしない。物取りを装うわかりやすいかたちで警告を与えたのは、おそらく「会ってはいけない人間に会っている」「とってはいけない情報を入手した」「立ち入り禁止の場所に入った」という三つのいずれかに抵触したからでしょう。

本書 p.15

本書は作家で元外交官の佐藤優と産経新聞のモスクワとロンドンの支局長を務めた岡部伸の対談風共著です。対談風と書いたのは決して対談ではなく、直前の論考を受け継ぐ形でもう一方が論考をつなげているからです。

二人の話はまずは世界情勢の生々しさを伝えるところから始まります。上記の岡部のエピソードなどはまさにその典型例で、佐藤優もあまり詳細には書いていませんが、身体がしびれる薬を飲まされた経験があるようです。外交官や新聞記者といった情報戦の真っただ中にいる精鋭には常に身の危険が伴います。

また、岡部がロンドンに駐在していたことから、英国のEU脱退や諜報活動についても話が及びます。岡部は以下のように述べます。

大陸では事前に広範囲に規制をかけるのが原則であり、英米では原則を共有したうえで規制を限りなく少なくする。両者は水と油で、いずれイギリスはEUから抜け出す運命にあると以前から見ていました。

本書 p.101

あとからでは何とでもいえますが、それでも岡部の見方は慧眼です。そして団結を示すはずのEUがコロナ禍で見せたのは、いずれの国も自国ファーストであるという生々しい現実でした。医療崩壊が起きていたイタリアを救ったのは、一帯一路で良好な関係にある中国でした。

中国、ロシアといった帝国主義的な国家が大きな存在感を示す一方、トランプ政権の誕生で混乱をきたしてしまったアメリカの存在感は相対的に小さくなりました。日本は日米同盟がある以上、アメリカとの関係を強化するのが与件です。

将来的にこれからも日本が世界の中で生き抜いていくためには、現在の教育レベルを維持し、底上げしていくしかありません。岡部は自らの息子が通っていた英国のパブリックスクールを礼賛しますが、それが成り立つのは階級社会であるからだと佐藤は指摘します。そしてぱぷりっくスクールをまねた日本の中高一貫校に入るのも、比較的裕福な家の子息たちであることも指摘します。日本は階級社会ではありませんが、徐々に階級の固定化が進んでいるのは、残念でもあります。


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沖縄の多層な共同体を垣間見る


岸政彦・打越正行・上原健太郎・上間陽子(2020)『地元を生きる 沖縄的共同性の社会学』ナカニシヤ出版


地元を生きる―沖縄的共同性の社会学

多くの語り手から、沖縄普賢を使えないこと、家族や親せきにつながりは思われているほど強くはないこと、「三線を持ち出しカチャーシーをする」ような親族の集まりを経験したことがないこと、高校で進学校に進んだあとは、小中学校の地元の友だちとのつながりが徐々に断ち切られていくこと、模合に参加しているといっても単なる飲み会の口実のような「親睦模合」で、そこから生活資金や生業資金を調達することはないこと、沖縄社会に対するよくあるイメージのような生活を自分が送っていないということ、大学に入ってはじめて沖縄文化に目覚め、「習い事」として野村流などの古典的な沖縄芸能を意識的に習得することが語られた。

本書 p.67

監督はその場にいた島袋という沖組の従業員に「玉掛け技能講習」の修了者がいるかの確認をとった。島袋が講習を受講していないこと、そして現場監督に聞かれたので、本日の現場には有資格者がいないことを、彼は正直に答えた。(中略)島袋の班のしーじゃ(著者註:兄貴分)のよしきは作業が止まったことで激高し、島袋を呼び出し、釘の刺さったままの算木で彼の左腕をぶん殴った。島袋の腕からは血が流れていた。

本書 p.288

本書は本格的な社会学の専門書である。まず第一章で沖縄の失業率や平均給与等から見た、沖縄の経済状況と県内の不平等性について概観します。沖縄は資産の不平等性を表すジニ係数が高く、一部の者が多くの富を持っていること、経済としては製造業が極めて少なく、多くは第三次産業に偏っていることなどが紹介されます。

その後、第二章から沖縄の安定層(公務員、一流企業等のサラリーマン)、中間層(地元で居酒屋を経営する若者)、不安定層(建設業に従事する男性、性産業に従事する女性)の語りが語られます。

安定層は会社や役所勤めをしてから地元の友人たちとは距離ができ、沖縄らしい共同体に参加していません。南大東島から那覇に来た男性に至ってはよそ者はいつまでたってもよそ者だと、疎外感を感じています。その点は生まれ育った場所から就職等で違う地域に引っ越した内地の人間と変わらないのかもしれません。安定層については、沖縄でも内地でも大差ないのかもしれないように思いました。

その点、中間層は共同体を大事にします。調査者の上原の同級生が地元で居酒屋を立ち上げるに際してフィールドワークを行い、書き上げた章ですが、同級生たちはリアルの付き合いを優先させ、上原のLINEや電話などの連絡を後回しにします。それもそのはず、彼らは昼前から仕込みを始め、午前1~3時ごろに店を終え、そのあと飲みに行ったり同業者のお店に顔を出す、といったとてもハードな暮らしをしているのです。しかしそうやってハードながらも同業者という共同体の中で暮らすことで持ちつ持たれつの関係ができ、彼らは自らの居場所を作り上げていきます。

不安定層の暮らしはとても厳しいものがあります。建設現場に行くまでしてフィールドワークを行った打越が、泊まらせてもらっていた同僚のしーじゃ(兄貴分)からの深夜のお迎え(いうなればつかいっぱしり)の連絡に音を上げて共同研究者の上間の自宅に一泊させてもらうほど、大変な環境でした。この辺りは詳しくは『ヤンキーと地元』に詳しいですが、彼らは沖組という建設会社の中でお互いの収入や残金などを把握しつつ賭け事をしたり暴力を振るうなどして、うっとぅ(弟分)を搾取します。これまでは新しい不良たちが入ってくることで新しいうっとぅ(弟分)ができ、何年か我慢すれば自分がしーじゃ(兄貴分)になることもできました。しかし近年では新しい不良たちが少ないこと、沖組に入ってもうっとぅ(弟分)の取り合いが起きたり、若手がすぐ辞めてしまったりすることなどから、30代になっても深夜に使いっ走りをさせられるなど、理不尽な目にあい続けます。そんな境遇から抜け出そうと内地にキセツ(出稼ぎ)に行こうとしますが、しーじゃに説得させられて止められるなど、負の連鎖のような共同体から抜け出せません。

また、上間が描いた少女の語りは、複雑な家庭に育った少女が逃げ場所として年上の彼氏を作り、そこに居場所を見つけますが、別れてしまって自分の同級生と一緒に売春行為をして暮らします。打ち子(手配師)である同級生の男性と付き合いますがここでもまた別れ、最後は継母のところに帰っていきます。おそらくは家出をしてどういう暮らしをしていたか、ある程度見通しの立っている継母やキセツ(出稼ぎ)で内地に行っている父は彼女を受け入れます。

本書で描かれている安定層以外の暮らしは、沖縄が「ゆいまーる」(共同体)を作って相互扶助の関係で助け合っている島だという印象を覆すものです。不安定層の男性は暴力事件で警察のお世話になるなどして、地元の青年団からは距離を置かれ、用心棒としてしか声がかかりません。不安定層の女性は親族も公的扶助にも頼ることなく、同級生と暮らします。その関係が破綻したら、彼女たちは行き場がありません。

これは沖縄の一部の個人の特殊事情と見て取ることも、もちろん可能です。しかし沖縄が置かれた状況が、本土の同じような人たちよりも厳しい環境を作り出しています。ジニ係数が高い(貧富の差が激しい)こと、製造業が育たず、第三次産業の占める割合が大きいこと、建設業は結局は本土や米軍基地の下請けにならざるを得ないことなど、本土の人間として考えさえられます。

本書をどう咀嚼していいか、私はまだわかっていません。エピローグに岸が書いている「沖縄について書くときはナイチャーのくせに何が書けるんだろうといつも思います。」(本書 p.438)という言葉はその通りだと痛感します。私も沖縄について読むとき、ナイチャーとして何ができるんだろう、どう読めばいいんだろうと常に悩んでいます。


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やさしい言葉でつづる「本土への果たし状」


上間陽子(2020)『海をあげる』筑摩書房

秋田のひとの反対でイージス・アショアの計画は止まり、東京のひとたちは秋田のひとに頭を下げた。ここから辺野古に基地を移すと東京にいるひとたちは話している。沖縄のひとたちが、何度やめてと頼んでも、青い海に今日も土砂が入れられる。これが差別でなくてなんだろう? 差別をやめる責任は、差別される側ではなく、差別する側のほうにある。

本書 p.240

この本を読んでくださる方に、私は私の絶望を託しました。だからあとに残ったのはただの海、どこまでも広がる青い海です。

本書 p.251

本書で語られるのは、著者の日常です。著者の日常がエッセイとしてつづられ、1冊の本になっています。著者は『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』を書いた沖縄の社会学者で、今回は同書とは違って専門書ではありません。書かれているのはあくまでも著者の体験談であり、日常の一風景です。最初の結婚は数年で終わって離婚した時の顛末、子どもと過ごしている日々の暮らしのようす、調査で会った人々のこと…そうした中で紡がれる言葉が本書を織りなしています。

しかし、単なるエッセイ集ではありません。その日常のところどころに辺野古や米軍の話が出てきて、沖縄への差別が浮き彫りになってきます。著者は沖縄の問題を忘れないため、あえて普天間基地に近いところに住んだそうです。しかし沖縄の人は基地を語ろうとはしません。ある子どもは父親が米軍基地で働いているからであり、ある人はなぜかわからないが語りたがりません。その様子に基地問題の根深さを逆に感じ取ってしまいます。だからこそ上間さんは本書を「本土への果たし状」と書いたのでしょう。

またもう一つ、本書で見えるのは上間さんのやさしさです。調査協力者の家を掃除しに通ったり、ハンガーストライキをしている人のところに通ったり、辺野古の反対座り込みに行ったり、お母さんの面倒を見たり…おそらくお仕事も子育てもあってとても忙しいだろうに、どこにそんな時間があるのだろう? というぐらいいろんな人と関わり、甲斐甲斐しく面倒をみています。だからこそ、人の心のひだの奥に入り、いろんな言葉を聞いてくることができたのではないかと思います。

沖縄への差別、人との接し方、様々なことが学べる一冊です。また読みたくなる一冊です。


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沖縄語、まずはこれから


西岡 敏、仲原 穣『沖縄語の入門(CD付改訂版)』白水社

A:アレー ヌー ヤガ?
(あれは何ですか?)
B:アヌ フシヌ ナーヤ ニヌファブシ ヤサ.
(あの星の名は北極星(子の方星)だよ。)

本書 p.10

人生には沖縄語を学びたくなる時期があります。沖縄語または島くとぅばと呼ばれる言語は日本語と似ているため、非常に学びやすいです。

沖縄語には係り結びがあったり、豚のことをワ(ゐ(猪))というなど、昔の日本語と似ている点があります。現代語で係り結びが使われているなんて、とても興奮しますね。

本書では沖縄語を言語学的、語学的な側面から説明するだけでなく、牧志公設市場は1階で買った魚を2階でさばいて調理してくれるシステムであることや、沖縄での豚やヤギの大切さなど、沖縄の人々の日々の暮らしにかかわるあれこれも教えてくれます。

最後のほうには昔話や民謡、おもろそうしまで入っています。沖縄語や沖縄を知るためにはたいへんお得な一冊です。

近年でも方言ニュースは更新されており、この本を終えたら方言ニュースを聞くと少しずつ分かり始めてきます。


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嫌い。だけど、好き。


吉岡乾(2019)『現地嫌いなフォール度言語学者、かく語りき。』創元社

それでも調査へは行く。仕事だもの。わりと頻繁に、協力者を非協力者と呼びたくなるくらいに協力が得られない時期もあったりするが、彼らには彼らの日常生活があるので、咎めたりはすまい。

本書 pp.21-22

道中で頻繁に悪ガキどもが「外国人は谷から出ていけ」と言いながら透析してくるのを耐えつつ、二時間半掛けてペディシャルへ向かう。

本書 p.279

フィールドワーク(野外調査)ほど面倒なものはありません。現地の人から情報を得ないといけないし、そんな暇な人はそうそういないし、いたところで信頼関係を築くのに時間がかかります。その苦労話をつらつらと書いた本が本書です。

著者が調べているのはパキスタンで話されているブルシャスキー語・ドマーキ語・カティ語・カラーシャ語・コワール語・シナー語・カシミーリー語・パシトー語で、いずれもほとんどの日本人が聴いたことのない言語です。

具体的には風の谷のナウシカの舞台となったのでは、とうわさされているフンザ谷を含むパキスタン北部で話されている言語です。

大学でウルドゥー語を専攻した著者は紆余曲折を経て、パキスタンのマイナー言語を調べて記述する専門家になりました。しかし、調査地へ行く苦労が生半可ではありません。3000m以上の高地を通るバスで片道1日以上かけて出かけた村で、なかなかインフォーマントに出会えない、怪しい老婆に油の浮いたミルクティーを勧められる、大家と聞いていた言語学者に会いに行くも事前にアポまで取ったにも関わらず会えずじまいでアラビア海のほとりをとぼとぼ歩く。大阪で就職の面接の後も失敗したと思って岐阜の商店街をとぼとぼ歩く。苦労は多いです。でもなぜか、読み進めてしまう本です。

言語学者によるフィールドワークに関する本はかなり少なく、貴重な記録だと思います。私の知っている範囲では『アイヌ語をフィールドワークする―ことばを訪ねて』以来ではないでしょうか。こちらもアイヌの儀式に参加したりなど、興味深い体験談がいろいろと書かれている本です。