カテゴリー
レビュー

嫌い。だけど、好き。


吉岡乾(2019)『現地嫌いなフォール度言語学者、かく語りき。』創元社

それでも調査へは行く。仕事だもの。わりと頻繁に、協力者を非協力者と呼びたくなるくらいに協力が得られない時期もあったりするが、彼らには彼らの日常生活があるので、咎めたりはすまい。

本書 pp.21-22

道中で頻繁に悪ガキどもが「外国人は谷から出ていけ」と言いながら透析してくるのを耐えつつ、二時間半掛けてペディシャルへ向かう。

本書 p.279

フィールドワーク(野外調査)ほど面倒なものはありません。現地の人から情報を得ないといけないし、そんな暇な人はそうそういないし、いたところで信頼関係を築くのに時間がかかります。その苦労話をつらつらと書いた本が本書です。

著者が調べているのはパキスタンで話されているブルシャスキー語・ドマーキ語・カティ語・カラーシャ語・コワール語・シナー語・カシミーリー語・パシトー語で、いずれもほとんどの日本人が聴いたことのない言語です。

具体的には風の谷のナウシカの舞台となったのでは、とうわさされているフンザ谷を含むパキスタン北部で話されている言語です。

大学でウルドゥー語を専攻した著者は紆余曲折を経て、パキスタンのマイナー言語を調べて記述する専門家になりました。しかし、調査地へ行く苦労が生半可ではありません。3000m以上の高地を通るバスで片道1日以上かけて出かけた村で、なかなかインフォーマントに出会えない、怪しい老婆に油の浮いたミルクティーを勧められる、大家と聞いていた言語学者に会いに行くも事前にアポまで取ったにも関わらず会えずじまいでアラビア海のほとりをとぼとぼ歩く。大阪で就職の面接の後も失敗したと思って岐阜の商店街をとぼとぼ歩く。苦労は多いです。でもなぜか、読み進めてしまう本です。

言語学者によるフィールドワークに関する本はかなり少なく、貴重な記録だと思います。私の知っている範囲では『アイヌ語をフィールドワークする―ことばを訪ねて』以来ではないでしょうか。こちらもアイヌの儀式に参加したりなど、興味深い体験談がいろいろと書かれている本です。


カテゴリー
レビュー

方言から言語史を知る


柴田武(1969)『言語地理学の方法』筑摩書房

わたしは、民衆語原こそ、なにかを生み出す”生きた”語原で会って、それに対する”科学的”な”学者語原”は、民衆にとって何も生み出すことのない、”死んだ”語原だと考えている。

本書 p.48

方言はいうに及ばず、民族語も地域によって分裂し独立した言語にほかならない。こうして言語に地域差が生ずれば、その地域差は秩序ある分布を示すはずであり、それによって、言語史を構成することが可能になる。その言語史構成が言語地理学の仕事である。

本書 p.195

本書は言語学、日本語学の泰斗である柴田武が若かりし頃、糸魚川に方言調査に行ったときの経験をもとに、言語地理学について思うところをまとめた本です。もちろん、海外の言語地図の動静を意識しながら書かれています。

本書で驚かされるのはその方言の多様性です。「おたまじゃくし」や『肩車」「しもやけ」「霜柱」といった語が糸魚川という地域の中でもかなりの多様性を持って分布しています。調査が行われたのは1958年なので、テレビがまだ普及していない時期(ラジオはおそらく普及済み)の貴重な資料とも言えます。

本書の白眉は「モンペ」の記述です。モンペには様々な方言があてられており、どうも通常の言語変化では考えられないような分布をしていました。よく調べたら、「ふつうのモンペ」とももひきとモンペの間のような「合いの子モンペ」の二種類があり、それぞれの導入とともに別々の呼び方をされたり、タイミングによっては同じ呼び方があっり、呼び方のうち一方だけ残ったりした結果、複雑な分布をしているのでした。

その他、「しもやけ」には古典に出てくる例をひいて京都では「ゆきやけ」あるいは「ゆきくち」と呼ばれていたことを示し、文献と方言調査の結果を照らし合わせていきます。

本書は日本語で読める言語地理学のうちトップクラスの専門書です。言語調査の大変さと分析の大変さがひしひしと伝わります。

そうした経験に裏打ちされた本だからこそ、「音韻法則に例外なし」とした青年文法学派とは違い、例外にこそ言語変化の芽(サピアのいうドリフト)があるという著者の言葉には納得させられました。


カテゴリー
レビュー

方言分布考:言語地理学へのいざない


E・コセリウ著、柴田武、W・グロータース訳(1981)『言語地理学入門』三修社

比較言語学による史的研究では、個々の細かいことは無視するか無視せざるを得ないが、こうした事柄を単純に扱う形式主義にジリエロンは反対した。ジリエロンの関心は、複雑きわまりない一語一語の歴史の探求にあった。

本書 p.71

最終的には、一言語の個性は、同系統のすべての言語と関連しつつ、このように革新と保持の緊張関係のなかで一瞬保たれる特別な平衡状態によって決まる。

本書 p.99

言語地理学は方言の分布を調べる学問分野です。最近では顧みられることがなくなりましたが、ヨーロッパの言語学の碩学、エウジェニオ・コセリウが本書を書いています。本書の底本はスペインで出た言語地理学の入門書だそうで、スペインやフランスなどの例が多く出てきます。

言語地理学はヨーロッパではフランスの言語地図を作製したジリエロンが端緒とされています。それ以前にも言語地図を作製した人はいましたが、調査者が複数人だったり、「科学的」な条件がそろっていない状態でした。

ジリエロンはフランスの言語地図を作製することが目的だったわけではありません。「言語変化に例外なし」とする青年文法学派のテーゼへの反証を示すなど、言語の変化にはもっと多様な原因があることを示すことにありました。

本書ではヨーロッパの、おもにラテン語圏の言語地図が引用されています。ラテン語圏だと過去の資料も充実しているし、比較言語学が発展を遂げたため、それなりの比較や検討はできます。

比較言語学では変化の原因には気を払いませんでした。正確にはそこまで探求できなかったのです。しかし言語地理学では現代(正確には調査時)の言語変化がわかるため、なぜそうした言語変化が起きたのか、考える余地があります。個々人やラジオ・小説などが原因となっている場合など、言語地図から様々なことがわかります。

ジリエロンは方言周圏論(首都から離れた地方ほど古い形が残る)を提唱した学者です。日本では柳田国男が『蝸牛考 (岩波文庫 青 138-7)』で日本でも同様の状況が起きていることを実証しました。地方によって「かたつむり」の呼び名が違い、その名前は京都を中心に円を描くように分布していたのです。

言語地図を作製するのは地味な作業です。そして言語変化を考えるのもまた、今ではあまりなされていない学問分野です。しかし人と言語の付き合いを考えるうえで重要なポイントであることに変わりはありません。


カテゴリー
レビュー

知らないスラヴ諸語のはなし


チェコ語字幕つきでチェコ映画を観ていたとき、わたしは思わずつぶやいてしまった。

そうか、伯爵はひなどりなのか。

さすがのカミさんも訝しげにこちらを窺う。

本書 p.90

両数のある言語なんて、一部の文法マニアくらいしか惹きつけないのかもしれない。

両数があると何かいいことあるのかな?

カミさん「魚座がはっきりする」

本書 p.217

本書は著者の東欧諸語にまつわる話をつらつらと書いたエッセイ集です。しかしただのエッセイ集ではありません。話題はポーランド語、チェコ語、スロヴァキア語、スロヴェニア語、クロアチア語、セルビア語、ブルガリア語、マケドニア語といった多くの言語に及びます。

筆者は上智大学ロシア語学科、東京大学大学院を出て、東京工業大学や明治大学で教鞭をとったあと、今は文筆業で生計を立てています。専門はロシア語をはじめとするスラヴ言語で、ニューエクスプレスプラス ロシア語羊皮紙に眠る文字たち―スラヴ言語文化入門をはじめとする本を出しています。

また、言語だけではなく実際にそれらの土地に行った思い出も書いています。言葉が話せるからか、往々にして東欧の人たちの優しさ(おせっかいさ?)が垣間見えるやり取りがほほえましく読めます。出てくるお酒の話もおいしそうだし、なぜか内陸で食べたイカフライまでおいしそうに感じます。

一方でライフワーク(?)でもある映画のDVDを買う話など、大変興味深い一方、少し古さを感じさせる記述もあります。おそらく2000年代前半の話かと思うので仕方ないかと思いますが、現在では多くがオンラインに移行しているのではないでしょうか。DVDと違って多言語での字幕は出ませんが…。

映画のDVDを見ているとき、著者は上の引用で上げたように伯爵とひなどりの共通点に気づきます。それはチェコ語で14ある格変化の型が、kure(ひなどり)とhrabe(伯爵)は同じだったのです。どうもこの変化型はかなり限られているようで、映画を観ていて感嘆してしまったそうです。

また、もう一つの引用で上げたのはスロヴェニア語にはある両数(あるいは双数)という概念についてです。英語では単数、複数と区別しますが、スロヴェニア語ではさらに2つの場合には両数というカテゴリを作ります。たとえば目や耳などペアのもの、「私たち2人」という場合に使うそうです。また魚座も魚が2匹描かれているため両数となるそうです。これは知りませんでした。もちろん双子座も両数だそうですが、天秤座は単数だそうです。中国語で魚座は双鱼座というので、こちらでもまた魚座がはっきりします。

著者の奥さんが『スロヴェニア語入門』を出している金指久美子さんだったとは初めて知りました。本書にスロヴェニア語の記述が細かく出てくるのも納得しました。

もし1985年にスコピエを訪れていたら、わたしの人生は違ったものになっていたかもしれない。セルビア語からマケドニア語、さらにはアルバニア語やトルコ語をつぎつぎと勉強し、バルカン言語連合研究していた可能性もある。

本書 p.329

私にもこうした可能性が少しあったのかな、と思いました。スコピエに興味が出ました。


カテゴリー
レビュー

王道の言語学入門書


丸山圭三郎(2012[2008])『言葉とは何か』筑摩書房

ところで、道具・手段としての外国語学習の必要性は認めるにしても、もし言葉を学ぶ意義がそんな実用性のみに限られるとしたら、いささか寂しい気がします。(本書 p.14)

言語学の入門書といえばこれで決まり。といっても過言ではないほどの名著です。丸山圭三郎は近代言語学の始祖といわれているフェルディナン・ド・ソシュールの研究者で、一流の言語学者でした。そんな彼が書いた言語学についての入門書です。数多く出ている入門書の中でも、手に入れやすさ、簡明な記述、とっつきやすさからいって、一番のオススメです。

言語を音のレベルから文法、談話レベルまで分けて説明し、その上でソシュールの打ち出した重要な概念であるラング・パロール・ランガージュおよびシニフィアンとシニフィエについても説明しています。また、近代言語学の流れを簡単に説明してあるところや、言語は名付けの総体ではなく、世界の分節の表現である、という見方を紹介しているあたり、入門書とはいえども侮れません。

丸山は最後に、言語の可能性について紹介しています。世間一般に認識されていること(ラング)があるからこそ、それを転倒させる形で新たな表現の可能性が生まれるとしています。例えば、私達は家庭用品だという前提でミシンという単語を使います。しかし詩人の手にかかると、それが手術台の上でこうもり傘と美しい出会いを繰り広げたりしてしまう。そこに、私たちは日常生活の話の中にある枠組みが通用しないことを見出します。理解できそうでできない、掴めそうで掴めない、新たな想像力喚起の可能性を丸山は指摘しています。

短いけれども、スリリングな一冊です。


カテゴリー
レビュー

200ページでウィトゲンシュタインの歩みをつかむ


永井均(1995)『ウィトゲンシュタイン入門』筑摩書房

私は、私自身が読者とウィトゲンシュタインをつなぐ梯子となることを願ったのである。もちろんその梯子は、昇りきった後は投げ捨てられるべき梯子にすぎない。(本書 p.8)

ウィトゲンシュタインの難解な哲学を理解するための第一歩に適した書。主な業績である『論理哲学論考』や『哲学探究』のみならず、『青色本』、『数学の基礎」、『確実性の問題』など、その他の業績にも配慮して、それぞれの本の特徴や思考の足跡などを明らかにしている。できるだけ簡明に書かれてあり、理解しやすい。

『論考』ではかの有名な言葉、「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」(Wovon man nicht sprechen kann, darüber muss man schweigen)の通り、言語の限界、すなわち世界の限界を示したとされている。その中で世界は現実に表現されているところのものであり、夢や希望、嘘などのナンセンス(現実に現れていない言語表現、例えば「ピンクの象」や「猛然と眠る色のない緑」など)は対象となっていなかった。

では、ウィトゲンシュタインはそれらの分析を諦めたのか? 20世紀最大の哲学者である彼だから、もちろんこの問題に気づいていた。だからこそ、彼はまずは『青本』で、そしてさらに『探求』で発展させた形で言語ゲームという概念を持ちだし、すべての言語表現とそのルールについての分析を試みた。すなわち、ルールは違っても、我々はその適用方法に縛られているということだ。

たとえば、ある民族で「出会っても挨拶をしない」というルールがあるとする。そのルールは欧米や日本のルールとはもちろん違う。しかし西洋や日本の人々も彼らのどういうルールに従っているか理解できるし、彼らのルールに(ある程度は)従うことも可能だ。我々が多言語の文法に従うことが可能なように。

結局、人間である以上、その「ルールの適用方法」は同じになる。ルールは違っても、その従い方は同じだというメタルールの存在に気づいたところが、彼の天才たるゆえんだろう。

本書はそんなウィトゲンシュタインの思考の足跡のみならず、彼の人生のエピソードを踏まえて、どんな背景でそのような思考が生み出されたのかを語っている。200ページ強で20世紀最大の哲学者の思考と人生の概略がつかめる。大変お得な書といえる。


カテゴリー
レビュー

同時通訳はソビエト生まれ


米原万里(2003)『ガセネッタ&シモネッタ』文藝春秋

「あーら、米原さんて、最近はもっぱら通訳業の産業廃棄物をチョコチョコッとリサイクルして出版部門へ流し、甘い汁を吸っているっていう評判だわよ」
とシモネッタとガセネッタに言われてしまった。(本書 p.107)

日本語の場合を例に取るならば、万葉集から源氏、大宝律令にいたるまで翻訳してしまっていたのだから、その奥行きたるや目も眩むほどで、イデオロギーの流布やKGBによる盗聴などというプラグマチズム(?)をはるかに超えていた。(本書 p.115)

ロシア語の同時通訳者にして作家であった米原万里のエッセイ集だ。

ガセネッタ&シモネッタという題名から、ガセネタとシモネタばかり書かれているのかと思ったらそうではない。女性にプレゼントできるぐらい上品な(知的な?)内容のエッセイがメインである。

同時通訳の誕生がソ連にあったことは、本書を読んで初めて知った。同時通訳の装置の開発は1926年、IBMによるものだった。当時の国際機関は国際連盟とコミンテルンしかなく、前者は英語と仏語がメインだったのに対し、後者は万国の労働者に団結を呼びかけていただけあって、マルチリンガルな組織だった。東京裁判にやってきた同時通訳陣にもソ連チームが入っていた。コミンテルン解散後のソ連でもその遺伝子は脈々と受け継がれ、BBCが56言語、NHKが22言語で放送されていたのにモスクワ放送は最盛期に85言語で放送していた。これは利益度外視の計画経済によるものか、ソ連の多民族に対する興味によるものかは定かではないが、同時通訳者の育成と少数言語の研究には大いに役だったことは確実だ。

本書で一つの山場となっているのはフィネガンズ・ウェイクを訳した英文学者、柳瀬尚紀との対談だ。二人とも市場経済に流れないことの大切さを共通認識としてもっている。市場経済を意識しすぎていたらフィネガンズ・ウェイクなんて訳せないし、テレビのようにバカになるものばかりが流通する(易きに流れる)。その点、ソ連は計画経済だった分、我々とは才能に対する考え方が違った。音楽でもバレエでも、才能があったらそれを金儲けに利用しようとはしない。才能がある子はただその才能を美的な高みへと登らせるために磨かせるのだ。

世界第3位の経済大国の日本ですら、市場経済を無視した才能の育成はかなり厳しい。となると、社会主義で計画経済(のはず)で世界第二位の経済大国である中国は人口も多いし、条件は揃っている。しかし現状は市場経済に振り回されている。世界はいま、才能の貧しい時代に陥っているのかもしれない。


カテゴリー
レビュー

言葉は相手の暮らしを知ってこそ分かる


青木晴夫(1998)『滅びゆくことばを追って -インディアン文化への挽歌』岩波書店

一度、リズおばさんの義弟に、キイチゴを取りに行こうと誘われたことがある。彼のジープに乗ったところが、そのあとが勇ましかった。(中略)七十いくつのおじいさんとは思えない猪突ぶりである。わたしは身体髪膚これを父母に受けたけれども、きょうのイチゴ取りが終わって帰り着くまでは、相当毀傷したようだ。(本書 p.131)

涼しい高原のティーピーで一週間を楽しく過ごした経験のあるわたしには、この暑い谷間に移住をしいられ、異文化のかたまりのような文化住宅で窒息しているおばあさんの姿がこの上なくみじめに見えた。(本書 p.199)

名著である。千野栄一が『ことばの樹海』(レビューはこちら)で絶賛していた消滅の危機に瀕する言語を記録する言語学者のエッセイだ。

文章からにじみ出てくるおもしろみは、著者の個性が出ている。冒頭に引用した箇所なんて孝経の「身体髪膚これを父母に受くあえて毀傷せざるは孝の始めなり」のパロディがさらりと出ている。

カリフォルニア大学の言語学教室で研究をしていたある日、主任教授から「ネズパース語を調査する気はないか」と持ちかけられたことから著者の話は始まる。車を借りて2泊3日、現地調査の始まりだ。まずはモーテルを決め、紹介してもらった人やたまたま知り合った人のおばさんなどをあたってインフォーマント(調査協力者)を決めていく。午前にインタビューを行い、午後はノートの整理。そうして少しずつ言語を記述していく。記述言語学の王道ともいえるべきやり方だ。カードゲーム用の机の上にはノートなど軽いものしか載せられないから、レコーダーは床に置いた、などと書いてあって隔世の感がある。著者の時代は電源式(コンセントにつなぐ!)テープレコーダーを使っていた。

著者のメインの仕事は言語の記述だが、本書の面白みはそれに附随する調査協力者との交流だ。一緒にタルマクスという一週間、遠い山に行って行うお祭り(だけど当時はもう宗教キャンプに成り果てていた)に参加してネズパースの人たちの暮らし方を体験したり、リズおばさんとキャマス(野草の根っこ)を取りに行ったり昔話を教えてもらったり。言語の調査はその言語を使う人々の暮らし全体を理解してこそなしえることがよく分かる。

インディアンの人たちは面で暮らしているから道なき道を進むけど、白人たちは線で暮らしているから道路から少しそれた集落のことは全然知らない。だから同じ土地に住んでいても、インディアンと白人の交流は意外と少ない。その間を著者が取り持つようになったのは、先住民と学界をつなぐ記述言語学者としての役割をも持つ著者だからこそなしえたのだろう。少し足りないぐらいで終わっている分量も、余韻があってまたいい。


カテゴリー
レビュー

大言語学者同士の交遊録


オットー・イェスペルセン(1962)『イェスペルセン自叙伝』研究社

キーン自身は守ったが、私が不幸にして常に(ことに外国語で書くときはけっして)従うことができたと限らなかったいちじるしい忠告を彼は私に与えてくれた。その忠告というのは、文の冒頭の語を書き下ろす前に、自分の脳中で全文を作り、文全体を味わって発音し、舌の上で観ずるべきだ、そして人が一旦筆を下ろした以上けっして文体を訂正すべきではないということであった。(本書 p.46)

私は老伯父Mφhlからやむを得ず借金をした。やがてMφhlは私の帰国に先立って歿したので、私の負債は私の義兄Harderに引き継がれ、数年後私はこれを完済した。しかし私は自分の呑気さ・贅沢さを後悔すべきなんらの理由を持たない。なぜならその年に自由な研究をしなかったならば私は一廉(ひとかど)の学者には決してなれなかったであろうから。(本書 p.49)

高名な英語学者のイェスペルセンの自叙伝だ。かの英語学の泰斗、斎藤秀三郎の伝記である『斎藤秀三郎伝―その生涯と業績』では斎藤が後進の育成に熱心でなく、研究に専心していたらイェスペルセン以上の学者になっていただろうと何度か書かれている。当時は世界的な英語学の大家といえばイェスペルセンとされていたようだ。

そんな人の自叙伝である。自分の仕事については詳しく書いてない。いまどきイェスペルセンのことを研究している人なんてあまりいないので別にいいだろう。amazonでは訳がひどいと書いてある。時代的に仕方ないことだろう。自分で書いているので多少のエエカッコシイもあるだろう。それらを差し引いても面白い。

一番面白いのはロンドン学派の中心で音声学の大家、ヘンリー・スウィートとの交遊録だ。ヘンリー・スウィートはオードリー・ヘップバーン主演の「マイ・フェア・レディ」のヘンリー・ヒギンズ教授のモデルになった人だ。オックスフォードを出て苦学した割にはオックスフォードの教授職に就けず、偏屈な性格になったがゆえ、「ビター・スウィート」と言われていたあの難物である。イェスペルセンが彼の家に泊まった時も二人きりでいるのにかかわらず、1時間以上何も話さないでいたこともあったらしく、やっぱり少し窮屈さを感じていたようだ。その他アメリカでは人類学の祖、フランツ・ボアズ(Franz Boas)の家に招かれたり、1910年秋のミュンヘンにヘルマン・パウル(『言語史原理』の著者)を訪ねたり、ローマではムッソリーニに会ってそのフランス語の流暢さに驚いたりしている一方、日本から来た市河三喜の訪問を受けたりしている。トムセンやメイエとも関わりがあったようで、今となっては歴史上の人物の者同士の交友が書いてあって面白く読める。

イェスペルセンが最初は法律を志していたこと、英語学者になる気はなく、たまたま英語を研究し始めたに過ぎないことなど、こんな大学者も想定外の顛末が重なって生まれたことは初めて知った。

以下の箇所にはスウィートの個性が出ていて興味深い。

スウィートの家では私は日刊新聞を読まなかった。なぜ新聞をとらないのかと私が尋ねると彼は答えた:「そうだ、僕は1年間やめている。そして毎朝タイムズ紙を通読する時間をアラビア語の独習に当てている。そのほうがよりよい時間の利用法だよ。」(本書 p.92)

はるかに興味があったのはスウィート夫人が夫の書き残した自叙伝に基づいてLife and Letters of Henry Sweetを刊行する計画を私に告げたことであった。(中略)それは当時生存していたきわめて多くの人たちに対する非難に充ち、到底出版される見込みがなかった。(中略)彼は信ぜられないほどひどい近視であったが、成人するまで誰一人眼鏡を用いて矯正できることを彼に告げる者がなかった。(中略)多年ののちスウィート夫人が歿したとき私はWyldをして自叙伝の行方を捜させたが、Wyld自身これを捜し出すことができずに終わった。(本書 pp.145-146)


カテゴリー
レビュー

考える力を身につけるために


外山滋比古(1986)『思考の整理学』筑摩書房

人間には、グライダー能力と飛行機能力がある。受動的に知識を得るのが前者、自分でものごとを発明、発見するのが後者である。
(中略)学校はグライダー人間をつくるには適しているが、飛行機人間を育てる努力はほんのすこししかしていない。(本書 p.13)

よくホンモノを読んでる/見てるのに、話すとイマイチな人がいる。ホンモノを読まないと話は面白くならないが、ホンモノを読んでいるからといって話が面白いとは限らないのだ(逆はまた真ならず!)。本書を上手に使えば話が面白くなることは請け合い。

タイトルは『思考の整理学』だが、本来は『考えのはじめ』といった内容の本。どうやって考えを培い、育て、アウトプットまで持っていくかを、数ページのエッセイ形式で書いている。だから空いた時間で少しずつ読んでいける。

本書の一番のキモはタイトルの「整理学」にもあるとおり、思考法ではなく整理法だ。

本書の示すところは簡単だ。インプットをするだけではグライダーになる。いい思考を生み出すには以下のことをしなくてはならない。インプットするときに、気になった点、思いついたことをとりあえず書いていく。書いたものを眺めて考える。煮詰まったらしばらく寝かせる。気分転換する。また取り出して考える…の繰り返し。

本書の一番のキモはタイトルの「整理学」にもあるとおり、思考法ではない。整理法だ。インプットしながら練り続けるだけでは、思考はまとまりのつかない大きなものとなる。雑味を抑えて純度を高めるためには思考を濾過せねばならない。不要な部分を「捨てる」のだ。これは難しい。つん読を称揚する一方で、「捨てる」こと(今の言葉でいうと「断捨離」かな?)の重要性を説く筆者の慧眼には恐れ入る。確かに蔵書を増やすのは簡単だが、今後ずっと後悔しない形で(ここが重要!)蔵書を捨てるのは難しい。

「入れる」、「捨てる」、「出す」の三つをバランスよく行ってこそ、思考を上手に育て上げることができるのだ。

ただ、本書には足りない記述が二つある。一つは著者自身の取り組み、もう一つは具体例だ。

著者は大学教員という立場でこの本を書いておきながら、引用した学校という制度(システム)の批判を行っている。それでは、いったい筆者は自分の教え子を「飛行機」にするために、どのような努力をしたのだろうか? その点を情熱を持って書かれればよりいっそう引き込まれる内容になるはずだ。

また、著者は思いついたことの整理方法については具体的に書いているものの、どのような思い付きをどのように整理して、どういったアウトプットにまで持っていったのかを書いていない。それは煮え切らないが、今の時代はそこまで書かれた、丁寧な本がある。それは鹿島茂『勝つための論文の書き方』だ。

本書は息の長い名著である。が、本書だけでは偏るもの事実だ。ともに鹿島の本と、梅棹忠夫『知的生産の技術』を読めば、バランスよく自分の「思考の整理学」を編み出す飛行機能力が身につく。