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レビュー

朝日新聞の記者が迫った中国の内実

すでに7時間は過ぎていた。トイレに行くたびに取調官がついてくる。慣れているとはいえ、中国語での事情聴取は思った以上に神経をすり減らした。

本書 p.32

「落ち着いて聞いてほしい、将軍がなくなった。しかも数日前のようだ。」
(中略)いつも冷静な人物が焦っている。すぐに確認に走ると、2日前の12月17日朝に死去していたことが確認できた。
 12月19日正午、朝鮮中央放送が金正日の死去を伝える特別放送を流した。

本書 p.177

特に朝日新聞の中国報道について、「親中的」だという批判は根強い。1960年代の文化革命期に(中略)朝日新聞は当時の社長が「歴史の目撃者になるべきだ」として、追放されるような記事を書かないよう北京特派員に指示。当局に都合の悪いことは書かず、北京に残り続けた。

本書 p.238

朝日新聞記者だった著者が2000日にわたる中国特派員時代のうち、主にその成功談を書いたものです。最近は朝日新聞の記者だからと言って中国も手を緩めてはくれない様子がよくわかります。

しかし、著者は一般客に紛れるために鈍行列車に乗り、5つ以上の携帯電話を使い分け、時には変装をして取材に臨んだ結果、中国の奥深くに入ることができました。その結果、上にあるように金正日の死去は朝鮮中央放送の特別放送より前に知ることができました。アントニオ猪木ですら10分程度前にしか知らなかったというので、中国での情報網の太さが分かります。

北朝鮮の当時の指導者、金正日訪中をめぐる取材は執念とも言えます。北京国際空港で平壌発の北朝鮮国営高麗航空のタラップから降りてくる朝鮮労働党幹部(おそらく崔龍海か?)を確認し、過去の例から考えてその約2~4週間後に金正日が訪中すると踏みました。そしてまさに1か月後、金正日は訪中し、その幹部が下見したホテルに泊まりました。植え込みから撮影していた著者と共同通信のカメラマンは撮影後拘束され、写真の消去を命じられました。共同通信のカメラマンは何とか切り抜け、写真を報じ、2010年の新聞協会賞を受賞しました。

図們市外の中朝国境にある鉄条網

著者は北朝鮮の国境地帯に行っては十数メートルの距離で兵士を撮影し、銃を構えかけられたりなど、無礼にも見える取材をしています。しかし北朝鮮と中国の国境では韓国人や中国人が缶詰やカップ麺を投げ、それを取りに来る北朝鮮の人々を見て楽しむ「人間サファリツアー」をやっていることを苦々しく書いています。

あなたはすでに国境区域に入っています。自覚して国境の法規を遵守してください。

著者は本書末尾に新聞記者を続けるようなことを書いていますが、「週刊ダイヤモンド」に掲載する予定だった安倍晋三元首相へのインタビューを事前に見せるよう迫るなどし、退職目前に控えて1か月の停職処分となりました。今は青山学院大学の客員教授をしています。

本書は成功談の断片が多く、面白いですが、やはり同じ著者の『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』のほうが断然面白く読めました。

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サントリー学芸賞 レビュー

中国人がはじめて西洋音楽を聴いたのはいつ?

北京は長らく清朝のお膝下であり、近代になってからは軍人が幅をきかす埃くさい街であった。少数の大劇場(映画館)を除けば、音楽会の開けるような場所もなかった。
(中略)
この中国に、西洋は存在していたのである。
上海であった。

本書 p.72

始めは渋々ながら教えることに同意したザハロフも、次第に学生の情熱に動かされ、後にこう語ったといわれる。「私は自分の予想が間違っていたことを、嬉しい気持ちで認めなければならない。私はこれからも喜びをもって教えていきたい。中国の学生は私に大きな楽しみをくれるから」。

本書 p.107

本書はおそらく数年ぶり二度目の読書だが新鮮に読めました。何度読んでも面白い本は面白いです。

本書は1999年にサントリー学芸賞を受賞しています。当時の選評にもある通り、本書は多くの読者にとってあまり興味を抱かないテーマを扱っているといえます。

この若さにしての文章の明快さ、切れのよさ、論点の手渡し方のうまさに舌を巻く。
 副題に「近代中国における西洋音楽の受容」とあるように、本著のテーマは今世紀初頭から1930年代までの中国で、西洋音楽がいかに受容され、発展したかということにある。ただし、その分野の専門家はともかくとして、おおかたの人にとっては関心が薄いことだろう。

https://www.suntory.co.jp/sfnd/prize_ssah/detail/1999gb1.html

本書では中国人が西洋音楽を受け入れ、さらに中国人の手によって西洋音楽を奏でていくようになった過程を、音楽学校の設立という公的機関の歴史を通して明らかにしていきます。

中国では、例えば北京に1652年に建てられた最初の天主堂にパイプオルガンがあり、またアヘン戦争敗北後、1842年の南京条約で設定された租界で教会学校が建てられます。そうやって西洋人の手で西洋音楽が導入され始めました。

中国人の手によって西洋音楽が導入されたのは1922年8月に発足した北京大学附属音楽伝習所が始まりと言えます。もともとは課外サークルの一つだった音楽研究会を学長である蔡培元のリーダーシップで学内組織にしたのでした。その所長はヨーロッパで音楽を学んだ蕭友梅が着きます。

そしていよいよ、1923年12月27日に伝習所初めての演奏会が開催されました。会場は大勢の聴衆であふれたといいます。これが、中国人の一般庶民がはじめて聞いた西洋音楽といえます。

その後、北京では戦争の激化が進み、不要不急の音楽伝習所は閉鎖を余儀なくされます。蕭友梅は租界のある上海に行き、その地で国立音楽院を誕生させます。

鳴り物入りで誕生した国立音楽院は高給で外国人教師を雇い、質の高い音楽教育を実施します。引用したザハロフは上手に弾けると「Good boy」と言い、悪く弾くと「I kill you!」と叫んで腕をつねるような、スパルタレッスンだったようです。

上海では当初大学の扱いだった国立音楽院が戦争の激化や蔡培元の後ろ盾がなくなったこともあり、専門学校の扱いになりました。しかし、困難な時代にありながら、若く情熱のある音楽家たちを育てていきました。

その後の中国での音楽家たちの活躍や音楽教育の研究を射程に入れつつ、1920年代から30年代の中国における西洋音楽教育を丹念に追った本書は現代中国の音楽史を考えるうえで重要な資料となります。

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習近平にクーデター計画を教えたバイデン

柴田哲雄(2021)『諜報・謀略の中国現代史 国家安全省の指導者にみる権力闘争』朝日新聞出版

周(著者註:永康)ら「新四人組」のクーデター計画の概要は次のお様なものである。2012年の第18回党大会で、薄熙来を政治局常務委員に昇格させるとともに、周永康の後釜として中央政法委員会トップにも就任させる。薄熙来は中央政法委員会トップの権限を用いて、総書記の習近平の汚職を摘発する。そして14年に開催される中央委員会全体会議において投票により習近平を罷免し、代わって薄熙来を新総書記に選出する、その際の票のとりまとめ役には、中央委員会で過半数を占める胡錦涛派を動かし得る令計画が当たりというものだった。

本書 p.182

国家副主席だった習近平は訪米して副大統領のバイデンと会談した。朝日新聞によれば、その際、バイデンは「これは友人としてのアドバイスだ」と前置きしたうえで、王立軍が米国側にもたらしたくでたー計画の概要を、習近平に伝えたというのである。

本書 p.183

本書は中国の国内外のスパイ活動を取り仕切る公安省(中国語名称は公安部)の歴史と歴代大臣の経歴を掲載し、今後の動向まで見据えて書かれた本です。中国公安省について公開資料に基づいて書かれた本の一つの到達点ともいえるでしょう。

本書では中国共産党黎明期から現在に至るまで、公安活動に従事した幹部の経歴とその活動について詳細に書かれています。黎明期の活動のほうが詳しく書かれてあるのは公開資料が多いためでしょう。

本書では中国共産党や元公安省幹部たちが出した回想録を根拠んにしているほか、日本や海外のマスメディアの記事、そして法輪功や香港のメディアの記事を引用して書かれています。特に法輪功や香港のメディアの記事は玉石混淆であるため、どこまで信用していいかは分かりませんが、引用であげた周永康は生きた法輪功信者の臓器を摘出したなど、非人道的なことが書かれています。

ほかにも天安門事件での軍事制圧に賛成したか否かで政治生命が変わった例(賈春旺)、チベットやウイグルでの弾圧活動が評価されて中央で出世した例(陳全国)など、人の命を出世のワンステップぐらいにしかとらえていない例が多く、中国共産党官僚たちの感覚の恐ろしさを感じます。

耿恵昌(2007~16年公安大臣)などはたたき上げの公安大臣ですが、1951年生であり河北省出身であること、大学卒であること以外のプロフィールは伏せられました。これまでどういうことをしてきたかなぞの人物が大臣になったのです。そんな彼も周永康との不即不離の関係が問題視されたのか、習近平政権では退任を余儀なくされました。

中国の党官僚として出世するには能力はもちろんのこと、誰と仲良くするか(派閥)と仲良くしていた人の風向きが悪くなった時にどう対応するか(すぐに乗り換えるか否か)が大事なのだということがひしひしと伝わります。命までかかってくるのだから、高級官僚は必死になるはずです。

本書の著者はなぜか本書では書かれていませんが、おそらく愛知学院大学の研究者です。次に中国に行ったときは無事に済むのでしょうか。ここまで赤裸々に書いた本を出版したら、身の上を案じてしまいます。

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米中対立のはざまに船出した「手抜き」の菅政権

手嶋 (中略)超大国アメリカは、じつに様々な問題を抱えています。アメリカ版永田町政治のような腐敗も見受けられます。深刻な人種間の対立も抱えている。しかし、ことアメリカ大統領を選ぶ過程では、これまで大がかりな不正が行われた例はありません。

本書 p.87

佐藤 (中略)今の日本の法律では、ダミー会社を使えば、簡単に戦略上の要衝を買えてしまう。それを規制する法律はありません。こうしたケースでは、一般の官庁では手も足も出ない。ところが公安調査庁は、水面下で進行するこうした事態を調査し、精緻な情報を取りまとめて官邸にあげることができる唯一のインテリジェンス機関なんですよ。

本書 p.196

本書は前回の『公安調査庁 情報コミュニティーの新たな地殻変動 (中公新書ラクレ)』に続く手嶋龍一と佐藤優による対談本です。本書では日本を取り巻く現在の国際社会の中、菅義偉政権誕生で日本がどういう方向に行くのか議論しています。

現状、菅政権は安倍政権の外交方針を受け継ぐとしていますが、肝心の安倍政権の外交方針とは何ぞや、となると見えてきません。北方領土交渉も行き詰まり、北朝鮮による拉致被害者の話も止まったままです。

さらに菅政権は政治的空白を生まないため、という理由から自民党総裁選を経ず「手抜き」で成立しています。アメリカ大統領選挙は1年にわたる熾烈な選挙活動を勝ち抜いたものだけがなれます。民主主義にはつきものの面倒な手続きを踏んで、ちゃんと選ばれてきています。日本とアメリカの民主主義の差を見せつけられる気分です。

現在、日本の周りにはアメリカを中心とした「日米豪印同盟」と一帯一路構想に代表される「大中華圏」のつばぜり合いが起きています。新型コロナウイルスのワクチンをめぐって、中国が学術都市ヒューストンで諜報活動を行った結果、アメリカはヒューストンの中国領事館を閉鎖させました。そのような生き馬の目を抜く外交戦が繰り広げられている中、安倍政権のときより機動的な外交を菅総理はできるのか。本書を読むと不安が出てきます。

安倍総理はトランプ大統領とも馬が合い、プーチン大統領ともいい関係を築いていました。中国の習近平国家主席とはコロナがなければ国賓としての来日を実現させていたはずで、バランスを取りながら外交をしていました。そうした政治家個人による人脈と、安倍政権時代の官僚が変わったことで、菅総理はまた新たな外交戦略を迫られています。

コロナがあるから外交に目立った動きはありませんが、佐藤のいう「安倍機関」を引き継がなかった菅政権には一抹以上の不安が残ります。

なお、佐藤の予想では菅総理は自身の政権に疑問を抱かれないよう選挙をする、おそらく2021年1月までに行うとなっていましたが、その予想は外れました。

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中国国家主席の通訳が見た日中外交

ある日の夜九時頃、日本政府の赤坂迎賓館に泊まっていた彼(著者註:華国鋒 国家主席)は、入浴後に着替えた日本式の浴衣姿で建物の後ろの庭園に散歩に行きたいと外へ出ていった。私はびっくりして彼をとめた。この迎賓館のいたるところに警備員や新聞記者が数多くいるので、もし主席の浴衣姿の写真が誰かに撮られ、明日の新聞やテレビで報道され、おまけに冷やかすような説明を加えられたりしたら、きっとお茶の時間や食後の話題になり、大きなセンセーションを巻き起こすかもしれない、と述べた。

本書 p.170

南昌空港当局が言うには、広州の天候が荒れていて、終日飛行機の着陸を受け入れていない。日本の客人(筆者註:日本作家代表団)はこれを知るとあわてた。
(中略)夕方、(著者の上司の)廖から電話があった。周(恩来)総理に指示を仰ぐと、これは自分が引き起こしたことで、自分に責任があると言って大いにあわて、民航総局と空軍司令部に非常措置をとらせ、時間通りに広州に送り届けるように指示した。

本書 p.298

中国の国家主席の通訳を務めた筆者が間近に見た日中外交の様子を描いた本です。国家主席や総理等、中国のトップの姿を描いたため、共産党から出版の許可はもらったものの中国大陸では発行されず、香港で発行されました。

著者は1934年江蘇省生まれ、高校卒業時に学校の党支部から北京大学の外国語学部に入るよう通知を受けます。憎い日本人の言語を学ぶことに抵抗はありましたが、日本と向き合う人材が必要であると説得を受け、日本語を学び始めます。しかし翌年、学業を休止して共産党員として活動するように命じられます。本人は政治生活が肌に合わなかったらしく、日本語学習野道に戻してもらうよう掛け合い、日本と日本語の専門家になっていきます。

本書で初めて明かされるのは、日中国交正常化交渉時の大平正芳外相と姫鵬飛外相による一対一の車中会談です。田中角栄総理が訪中し、周恩来総理との日中首脳会談を行いますが、二回目で暗礁に乗り上げます。日本と台湾の平和条約であった日台条約の取り扱いを巡って食い違いが起こりました。そんな中、中国側がセッティングした万里の長城への視察の道中、急遽大平外相が「姫外相と二人で話をしたい」と言い出し、同乗者を替えて車中会談を行います。車内は両外相の他、運転手と通訳である著者のみでした。そこで二人は落とし所を見つけます。日中国交正常化への情熱が伝わる貴重なエピソードです。

ほかにも文化大革命のさなか、情勢への対応に忙殺される周恩来の様子や、大平首相の招きで訪日した一ヶ月後に大平首相が亡くなり、弔問のために再来日した華国鋒は国家の情勢から大平家の返礼を受けられなかったこと、大平外相は田中角栄首相に送られた書が論語であるとすぐ分かった知識人だったことなど、国家の首脳を間近で見ていた著者ならではの話が披露されます。ピンポン外交が米中のみならず、日中関係にも大きな影響を与えたことは本書で初めて知りました。

中国では外交官が人民日報で働いたり、国家の規律上言えないこともあったなど、中国の内情が垣間見える話も出てきます。中国での出版が許可されなかったのも、このあたりに原因があるのかもしれません。

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中国のネット社会に希望はあるか?

老人がスローガンを書いた黒板の横で腰掛けている写真もある。黒板には白いチョークで次のような文句が書かれている。

美医保 没社保 心中要有钓鱼岛
(医療保険も社会保険もない でも心には釣魚島)

就算政府不养老 也要收复钓鱼岛
(たとえ政府が老人を養わなくても 釣魚島を取り戻す)

没物权 没人权 钓鱼岛上争主权
(財産権も人権もない だが釣魚島では主権を争う)

买不起房 修不起愤 寸土不让日本人
(家も買えず 墓も直せない でも寸土も日本人に譲らない)

本書 p.200

「祖国万歳! 共和国万歳! 日本帝国主義打倒! ドイツファシズム打倒! でも家電はやっぱり日本製とドイツ製が良い(後略)」

本書 p.255

中国のネット社会の現状(2016年段階)について書かれた本です。中国では官製ネット規制(金盾、グレートファイアウォール)の実情に迫るのかと思ったらそうではなく、中国のSNSやブログで起きている流れを紹介しています。著者は1966年生の共同通信社記者、97年から対外経済貿易大学に語学留学し、その後共同通信社の中国語版ニュースサイト「共同網」を企画、運営していました。

私は中国の通信規制に興味があったので本書を手に取りましたが、そうではなく、中国の言論規制とそれをかいくぐるネット民の話でした。中国ではネット回線の管理をしている工業情報化省のほか、三つの通信会社、各自治体が通信制限をしており、地域や時期で状況が変わります。また、中国中央電視台はYouTubeに公式チャンネルを持っていたり、軍部はアメリカの通信サーバにアタックを仕掛けるなど、規制を「公式に」かいくぐる党機関(どちらも国家というより党の組織)もあるなど、複雑です。そのあたりはベールに包まれており、おそらくは多くの人員が投入されていると思いますが、実情は闇の中です。

本書ではまず中国のネットの趨勢がブログ、マイクロブログを経てSNS、チャットアプリに移行したこと、現在もっとも大きな影響力のある言論空間はSNSに移ったことが紹介されます。ネット民はときには党や政府の対応を批判、暴露します。たとえば2013年5月13日、中国のある学者が共産党から通知された「危険な西洋の価値観」をミニブログで書きました(七不講(中国語))。

  1. 普遍的な価値
  2. 報道の自由
  3. 公民の社会
  4. 公民の権利
  5. 中国共産党の歴史上の誤り
  6. 資産階級
  7. 司法の独立

こうした敏感な言動を言ったり発言する人たちに対抗するため、党や政府も手を打ちます。

  • 当該アカウントの削除、敏感な単語の検索を禁止する
  • 影響力があり敏感な発言をするブロガーを「買春」などの容疑で逮捕、中国中央電視台のニュースで謝罪の様子を報道する
  • 五毛党(御用ネット工作員)や自干五(自ら進んで五毛党になる者)の養成する

しかし、ネット民たちも負けてはいません。たとえば、引用であげたような、政府の対応を賛美するように見えて、実は現状を批判するなど、「高級黒」(高度なブラックジョーク)と呼ばれる遠回しな批判を行います。また、党や政府が抗日戦争を称えると「あなたの党とは無関係だ」(主に活躍したのは国民党である)という批判はしているようです。

そうした潮流で日本はどう中国の人々と向き合うか、が本書後半のテーマです。私達も中国の現状を知りませんし、また中国の多くの人たちも日本を知りません。まずはそうした相互理解を深めることが大事であると、本書のインタビューに応じたブロガーや研究者は異口同音に述べます。

個人的には現在の中国でネット民が社会体制を変える力を持つのは難しいように思っています。中国よりいくらか通信の自由が約束されている香港でもネットを用いた社会変革は成功しているとまでは言えません。また、中国は現在も年間6%程度の経済成長をしており、現状でも今後数年は豊かな未来が約束されているからです。しかし、長い目で見ると変革が起きるかもしれません。中国で何が起きているか、私達には何ができるか。そのために相互理解が必要です。

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中国朝鮮ウォッチ 北朝鮮

2019年1月の金正恩訪中記念映画解説

2019年1月7日から10日にかけて、北朝鮮の金正恩 国務委員会委員長が中国を訪問、習近平 国家主席と会談しました。その訪中のようすが北朝鮮国営メディアである朝鮮中央放送で流れました。以下ではその詳細を見ていきたいと思います。

1月7日午後

00:04
タイトル「朝鮮労働党委員長であらせられ朝鮮民主主義人民共和国国務委員会委員長であらせられるわが党と国家、軍隊の最高領導者金正恩同志におかれては中華人民共和国を訪問なさった 主体108(2019).1.7-10」
00:39
左に見える赤いビル、広いプラットフォームから、出発駅はおそらく龍城(リョンソン)駅です。
00:47
金永南首相(右端)をはじめとする幹部たちがお出迎えのために待機しています。午後とはいえ、寒い中、大変です。後ろで脚立に乗って望遠レンズを構えているカメラマンが女性です。北朝鮮公式メディアのカメラマンはたいてい男性なので珍しいです。
01:15
金正恩・李雪主夫妻が駅に入ってきて、見送りの幹部たちに挨拶をします。
02:40
幹部たちが深々とお辞儀をする中、専用列車の開け放った扉から手を振る将軍様。照明がすごい。
02:47
手を振る将軍様の右後ろにいるのが妹の金与正という報道もありました。
03:00
最後尾あたりにある車両、妙にゴツゴツしています。通信機器が載っているのでしょうか。今回の訪問には李洙墉、金英哲、朴泰成、李容浩、努光鉄、李一煥(部長)、崔東明(部長)を始めとする人々が同行しました。

1月8日

04:13
丹東駅に到着、宋濤 中国共産党対外連絡部長の出迎えを受けます。左端の花束を金正恩から受け取るために待機している金与正も見えます。
04:43
列車内で会談をします。いわく「和気あいあいとした雰囲気」で行われたそうです。
06:23
現地時間1月8日午前10時半、北京に到着しました。映像では午前11時頃到着したようです。
06:40
北京駅で王滬寧 中国共産党中央政治局委員と蔡奇 北京市党委員会書記が出迎えます。その後、天安門の前にある長安街を通って釣魚台迎賓館に移動します。
09:10
宿泊先となる釣魚台迎賓館で王滬寧 中国共産党中央政治局委員と蔡奇 北京市党委員会書記、宋濤 中国共産党対外連絡部長が出迎えます。前二者は北京駅で、宋濤は未明に丹東駅で出迎えています。どうやって先回りしたんでしょう? 丹東からは高速鉄道や飛行機を使えば先回りできますが。
10:27
8日午後5時半、習近平・彭麗媛が人民大会堂にて金正恩・李雪主夫妻を出迎えます。
12:17
金正恩と習近平がそれぞれの政権幹部たちに挨拶をします。習近平は他の幹部とは片手で握手しましたが、金与正とだけは両手で握手をしています。重要人物であることが伺えます。
13:46
儀仗隊の閲兵式が人民大会堂の中で行われました。冒頭に国旗に一礼した習近平、金正恩の両国指導者。
15:42
首脳会談の様子です。北朝鮮側は金正恩、李洙墉、金英哲、李容浩が、中国側は習近平、王滬寧、丁薛祥、楊潔チ、王毅、宋濤が参加しました。
23:28
習近平の主催で歓迎式典が開催されました。場所は人民大会堂です。
34:25
習近平、金正恩が挨拶のスピーチを行い、出し物がありました。宴も酣のうちに終了しました。最後に金正恩は習近平に一礼します。礼儀正しいですね。

1月9日

35:22
午前、漢方薬製造企業である北京同仁堂のため、宿舎である釣魚台迎賓館を出発します。お出迎えに来たのは王滬寧と宋濤。
36:28
漢方薬製造企業である北京同仁堂を見学します。製造方法や経営状況についての説明を受けたようです。
38:11
満足して帰ります。帽子をとって挨拶をします。出口には目隠しのテントが張ってあります。
39:00
一度、宿舎である釣魚台迎賓館に戻ります。スタッフに挨拶をして、再度出発します。
39:40
北京飯店に行き、習近平と最後の首脳会談を行います。首脳会談のあとは午茶(アフタヌーンティー)を楽しみました。「家庭的な雰囲気」の中、行われたそうです。
43:09
午後3時、北京駅から帰途に就きます。お見送りには王滬寧 中国共産党中央政治局委員と蔡奇 北京市党委員会書記、宋濤 中国共産党対外連絡部長が来ました。将軍様の隣で顔を出す存在感のある女性は通訳(おそらく)です。

1月10日

43:36
深夜、丹東駅に到着し、列車内で宋濤 中国共産党対外連絡部長や鉄道部幹部と会談を行います。車内で習近平に宛てた親書を宋濤に渡します。北京から丹東まで高速鉄道でも6時間ほどかかるので、客車ならもっと夜遅くになったでしょう。北京駅で見送ったのにさらに国境まで見送りに来た宋濤は大変だったと思います。
44:33
お互い抱き合ってお別れです。また会うことを約束します。感動的なシーンです。金正恩の右奥には金与正の姿も見えます。6号車が専用車である可能性が一番高いですね。
45:29
行きとは違い、帰りは平壌駅に到着します。駅には「敬愛する最高領導者金正恩同志万歳!」というスローガンがかかっています。
48:00
午後3時、列車が到着します。金永南を始めとする幹部たちの出迎えを受けます。老人は口が臭いから手で覆うように、という指導を守る幹部も散見されます。
48:30
専用車で平壌駅を出発します。これにて、一連の中国訪問は終わりました。

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世界の書店

中国の書店事情

中国の書店

中国の書店といえば国営新華書店です。大規模だし品数も多いです。おそらく最大のものは北京の西単にある大書城でしょう。2010年代前半に行ったときは店内に耳の聞こえない人たちのための募金を集める人たちがいましたが、いまはそういう寄付金詐欺まがいの人たちはいなくなりました。

中国は経済大国になったとはいえ、日本と比べると物価は安いです。しかも印刷物は版を作るのが高く、刷るのは安いので大量印刷するほうが1冊あたりの単価が安上がりになります。物価安な上に大量に印刷する中国では必然的に本はかなり安くなります。

古典や辞書のたぐいはたくさん出ているし安価で買えます。ただほぼ全て簡体字なので、慣れないと違和感があります。そもそも漢文を簡体字で読む必要性も感じられませんし…。

新華書店は国営の書店だけあって、党大会のあとは報告書が平積みされる一方でほんとうの意味で面白い本は出回っていません。ちゃんと在庫管理がされています。

新華書店の他にも独立系の書店もあります。北京だと万聖書園や三聯韜奮が有名です。近年は当局の締付けが厳しく、いつまで生き残れるかわかりません。ただ、これらのお店には新華書店とは違った品揃えの本が置いてあって興味深いです。

独立系書店の一つ、PAGEONE。おしゃれ系本屋

その他、中国では大学等が出版部門を持っているため、北京語言大学には語学書が、中国社会科学院には社会科学関連書が揃った書店が、民族出版社の書店には各民族の言語で書かれた本まであります。また、古本屋といえば中国書店が有名チェーンです。北京市中心部にはあまりないですが、少し郊外に行くとあります。

民族出版社

ただ、本に限ったことではありませんが、中国では国土が広大で移動が大変なこともあり、ネットショッピングがものすごい勢いで広まっています。おそらく国営の新華書店や研究機関、出版社付属書店は大丈夫かと思いますが、それら以外の民間の書店が経営的にいつまで生き残れるのかは不透明です。

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中国 中国朝鮮ウォッチ

中国共産党の序列

中国共産党内の序列はあるのですが、あまり明らかにされません。日本語で比較的まとまっているのはWikipediaの記述です。ここでは最新の情報を随時更新していきます。(2019年10月1日の軍事パレードでもこの序列が使われました。)

中央政治局常務委員会委員(チャイナセブン)
中央政治局委員


中央政治局常務委員会委員(チャイナセブン)

序列 名前 肩書 備考
1 習近平 総書記、国家主席、中央軍事委員会主席
2 李強 国務院総理
3 趙楽際 全国人民代表大会常務委員会委員長
4 王滬寧 中国人民政治協商会議全国委員会主席
5 蔡奇 中国共産党中央書記処常務書記
6 丁薛祥 国務院副総理(副首相)
7 李希 中国共産党中央規律検査委員会書記

中央政治局委員(~2022/10)

序列 名前 肩書き 備考
8 丁薛祥 中央書記処書記長、中央弁公庁主任
9 王晨 全人代常委会党組副書記、全人代常務委員会副委員長
10 劉鶴 国務院副総理(科学技術、工業、金融担当)、中央財経委員会弁公室主任
11 許其亮 中共中央軍事委員会副主席、国家中央軍事委員会副主席
12 孫春蘭 国務院副総理(教育、文化、衛生、体育、退役軍人事務担当)国務院党組成員、
13 李希 広東省委書記
14 李強 上海市委書記
15 李鴻忠 天津市委書記
16 楊潔篪 中央外事工作委員会秘書長兼弁公室主任
17 楊暁渡 中央書記処書記、中央紀律検査委員会副書記
18 張又俠 中共中央軍委副主席、国家中央軍委副主席
19 陳希 中央書記処書記、中央組織部部長、中央党校校長、国家行政学院院長
20 陳全国 新疆ウイグル自治区党委書記
21 陳敏爾 重慶市委書記
22 胡春華 国務院副総理(農林、水利、商務、税関担当)
23 郭声琨 北京市委書記

参考リンク

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自由に死ねない江沢民

峯村健司(2015)『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』小学館

芹が歌った「四季の歌」は中国でも流行し、胡は日本語で歌えるほどの大ファンなのだそうだ。(本書 p.154)

(江沢民は)終始ご機嫌な様子で、「日本館は大変よろしい」と日本語でおっしゃっていました。(本書 p.161)

「全国から数十人の若くて健康な軍人の血液を集めて総入れ替えもしました。軍内には江氏の影響力が根強く、亡くなってもらっては困る幹部がそれだけいますから」(本書 p.193)

「周永康らの摘発の話を聞いた江沢民があわてて習に電話をかけて『刑事責任は重すぎるので、寛大な処分にしてあげてほしい』とお願いしたそうです。すると信じられないことに習は何も答えずに一方的に電話を切ったのだそうです」(本書 pp.284-285)

中国では人類最大の権力闘争が行われています。

8600万人の党員を誇る中国共産党は世界最大の官僚組織で、党官僚のトップになれれば国、党、軍のトップになることを意味します。政治家がトップを務める民主主義国家とは違いますね。

しかも、決定プロセスは一切が非公表、会議が行われたことすら公にされません。情報公開とチェックを根幹とする民主主義国家とは違いますね。

そうした秘密のベールに阻まれた中国政治を、ボーン・上田賞を受賞した記者が明らかにしていきます。ハーバード大学に留学していた習近平の一人娘に突撃取材したほか、中国政府高官の愛人たちが住むアメリカの「二号村」にも行くなど、米中を駆け巡って取材を重ねます。

中でも注目は習近平が国家主席に選ばれた経緯を明らかにした点です。熾烈な権力闘争の末、習近平は漁夫の利で国家主席の座を射止めました。能力、実績ともに李国強の方が勝っていたにもかかわらず。多くの業績を上げた李国強はその分、敵も多かったのです。一方、目立った業績はないものの、部下の話をよく聞く習近平には敵が少なかったことが一因とされました。

しかし、それも要素の一つです。江沢民、胡錦濤といった過去の国家主席たちを中心とする派閥争い、薄熙来を首謀者とする新中国(1949年の共産党政権成立以降)最大規模のクーデター計画など、さまざまな要因が絡んでいたことを、地道な取材で明らかにしていきます。現在、そして習近平一人が強大な権力を持つようになりました。著者は派閥争いも無くなり、また一人に全権が集中する現状が逆に危険なのでは、と警鐘を鳴らします。

一方で、私たちの知らない指導部の一面も明らかにされます。江沢民は日本語がかなり上手で歌も歌えること、胡錦濤は1984年10月に3000人の日本人青年を中国に招いた事業の責任者だったことなど、彼らは意外な形で日本とつながりがあったことは初めて知りました。

また、中国の汚職は桁違いで、後ろ盾を失うと困る人が大勢出ます。そのため、現在90歳を超えて定期的に危篤説の出る江沢民も(2017年も出ましたが人民日報にある軍高官の葬式への参加者として名前が出て公式には打ち消されました)、自由には死ねません。血液を全部入れ替える延命措置をされます。そうしないと、困る人が続出するようです。元最高指導者ですら自由のない様子に、中国の現状が垣間見えます。