カテゴリー
レビュー

米中対立のはざまに船出した「手抜き」の菅政権

手嶋 (中略)超大国アメリカは、じつに様々な問題を抱えています。アメリカ版永田町政治のような腐敗も見受けられます。深刻な人種間の対立も抱えている。しかし、ことアメリカ大統領を選ぶ過程では、これまで大がかりな不正が行われた例はありません。

本書 p.87

佐藤 (中略)今の日本の法律では、ダミー会社を使えば、簡単に戦略上の要衝を買えてしまう。それを規制する法律はありません。こうしたケースでは、一般の官庁では手も足も出ない。ところが公安調査庁は、水面下で進行するこうした事態を調査し、精緻な情報を取りまとめて官邸にあげることができる唯一のインテリジェンス機関なんですよ。

本書 p.196

本書は前回の『公安調査庁 情報コミュニティーの新たな地殻変動 (中公新書ラクレ)』に続く手嶋龍一と佐藤優による対談本です。本書では日本を取り巻く現在の国際社会の中、菅義偉政権誕生で日本がどういう方向に行くのか議論しています。

現状、菅政権は安倍政権の外交方針を受け継ぐとしていますが、肝心の安倍政権の外交方針とは何ぞや、となると見えてきません。北方領土交渉も行き詰まり、北朝鮮による拉致被害者の話も止まったままです。

さらに菅政権は政治的空白を生まないため、という理由から自民党総裁選を経ず「手抜き」で成立しています。アメリカ大統領選挙は1年にわたる熾烈な選挙活動を勝ち抜いたものだけがなれます。民主主義にはつきものの面倒な手続きを踏んで、ちゃんと選ばれてきています。日本とアメリカの民主主義の差を見せつけられる気分です。

現在、日本の周りにはアメリカを中心とした「日米豪印同盟」と一帯一路構想に代表される「大中華圏」のつばぜり合いが起きています。新型コロナウイルスのワクチンをめぐって、中国が学術都市ヒューストンで諜報活動を行った結果、アメリカはヒューストンの中国領事館を閉鎖させました。そのような生き馬の目を抜く外交戦が繰り広げられている中、安倍政権のときより機動的な外交を菅総理はできるのか。本書を読むと不安が出てきます。

安倍総理はトランプ大統領とも馬が合い、プーチン大統領ともいい関係を築いていました。中国の習近平国家主席とはコロナがなければ国賓としての来日を実現させていたはずで、バランスを取りながら外交をしていました。そうした政治家個人による人脈と、安倍政権時代の官僚が変わったことで、菅総理はまた新たな外交戦略を迫られています。

コロナがあるから外交に目立った動きはありませんが、佐藤のいう「安倍機関」を引き継がなかった菅政権には一抹以上の不安が残ります。

なお、佐藤の予想では菅総理は自身の政権に疑問を抱かれないよう選挙をする、おそらく2021年1月までに行うとなっていましたが、その予想は外れました。

カテゴリー
レビュー

子供の才能を発掘するしたたかなアメリカ

ダットン, ジュディ著/横山啓明 訳(2012)『理系の子-高校生科学オリンピックの青春』文藝春秋

ブルースの病気とキャトリンの事故の治療費がかさみ、ホーニグ夫妻には娘を大学に行かせる金はなかった。奨学金を勝ち取ることは、たんなる栄誉ではなかった。それがなければ、キャトリンは大学へ行けないのだ。(本書 p.140)

フィリップはハーヴァードに進学し、十万ドル以上の奨学金を手にし、数百万ドルの利益を生む会社を設立した。常軌を逸しているとしか思えなかったストライク家の向こう見ずな計画は、結局、成功をおさめたのだ。(本書 p.284)

アメリカらしい話である。

サイエンスフェスタを舞台にした、アメリカの高校生の成功譚が収められている。ある子は貧しい家庭に育ち、トレーラーハウスを温めるためにラジエターを改造した暖房器具を作った。ある子は聴覚障害者の女の子が健聴者と話すときにも秘密の話ができるように手話を読み取る手袋を作った。

彼ら高校生のうち、大半の子たちの研究動機は身の回りの困っている人を助けたい、または身近な謎を解き明かしたいという純粋な気持ちだ。じゃあ、所与の目的を達せばいいはずだ。なぜ彼らはサイエンスフェスタに出るのか。

そこに注目すると、若きアメリカンドリームと表裏一体の暗い影が見えてくる。

後がない子が多いのだ。病気の父親の入院費と治療費で借金を背負ってしまったり、少年院に入っているために将来への希望が持てなかったり。そんな少年少女に取って、唯一未来を切り開く可能性があるのはサイエンスフェスタでの賞金だ。優秀者には主催者からのみならず、協賛企業からの賞金や奨学金がもらえたり、政府や企業からの研究支援が得られたりする。サイエンスフェスタの結果で彼らの未来がかかっている。可能性あふれる未来か、たいした希望の持てない未来か。

科学を通じてアメリカ社会の両極端なところが映し出される。親が大富豪で、さらにその息子もサイエンスフェスタで6万ドル以上の賞金を稼いで起業するような成功者もいれば、奨学金を得ないと大学に行くという選択肢すらなくなる子までいる。高校生からそのようなシビアな状況に置かれるのは気の毒にすら思える。ただ、逆に考えれば、シビアな状況にも一縷の望みを与えるのがアメリカ社会の良さであるとも言える。

しかし、そうなると世間の役に立つ短いスパンの研究に重点が置かれるのも仕方ない。一方で科学はいま成果がでなくても、50年後、100年後にパラダイムシフトが起きても即対応できるような柔軟性を持たせるべく、広い基礎研究も必要となる。本書で取り上げられていたアメリカの事例が即役に立つものばかりだったのに比べ、巻末に付けられた日本代表の女の子は基礎研究を行っていた。この研究を選んだ日本側の審査員と本書の著者に、基礎研究を重視する日本の矜持を感じた。