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保釈後も友情は続く-外務省のラスプーチンのそれから

本書は佐藤優が第38回 大宅壮一ノンフィクション賞と第5回 新潮ドキュメント賞を受賞した『自壊する帝国』の続編といえる自伝です。

著者は『自壊する帝国』の主人公であり友人であるアレクサンドル・ユリエビッチ・カザコフと保釈後に邂逅します。その過程を『自壊する帝国』を読まなくても本書を読んだだけでわかるように書いてあります。

佐藤優は最高裁で有罪判決を受けた後、保釈金を払って出所し、埼玉県の母のところに身を寄せます。その後、結婚して国立に住まいを移し、古本屋で1日千円を限度に本を買うことにして暮らします。

当時、外務省の後輩に「真実」を書き残す目的で書いた原稿を、たまたま外務省時代に知り合った編集者に見せたところ、商業出版として成り立つといわれ、『国家の罠』を上梓します。その後、『自壊する帝国』も上梓し、押しも押されもせぬ作家になります。

そんなある日、NHKの記者から電話がかかってきます。サンクトペテルブルクでサーシャと一緒にいる、との電話でした。残念ながら原稿を書いていて電話をすぐには受け取れなかった筆者は、サーシャの携帯番号を教えてもらい、久々に話し合います。

佐藤優はまだ保釈中の身で海外に行けませんでした。そのため、サーシャを日本に招待します。サーシャは日本で、靖国神社と広島に行きたいと希望します。そこでサーシャと佐藤優の、敗戦国における戦没者追悼について話し合います。

現在、サーシャはロシアでも有名なプーチンのブレインになっているようで、テレビにも毎週出演しているようです。サーシャの近影は以下のリンクにあります。

КАЗАКОВ Александр Юрьевич

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ロシアとウクライナの戦争で儲けるアメリカの軍需産業

佐藤 でも日本の現状を見ていると、プラモデルが好きで軍事評論家になったひと、アゼルバイジャンの地域研究者で、ロシアやウクライナを専門としない学者、極秘の公電に接触できない防衛研究所の研究者の論評が大半で、後世の評価に耐えるものは極めて少ないですね。

本書 p.138

手嶋 (前略)”ウクライナ戦争はアメリカが管理する戦争である”-この佐藤さんの見立てに僕も同意しますが、アメリカは初めから、そうした絵図を思い描いて臨んだわけではありません。結果として、始まった戦争に追随して、戦局を管理しているにすぎないと思います。

本書 p.193

2022年に始まって以来、1年以上も続いているロシアとウクライナの戦争について、インテリジェンスの専門家である佐藤優と手嶋龍一が自身のインテリジェンスルートを通じた情報をもとに対談をします。

二人の意見は一致して、今すぐ停戦交渉を行うべき、というものです。その経歴から、ロシア一辺倒と見える佐藤優も決して思い入れがあるからそう言っているわけではありません。ロシアのやったことは国際法違反の侵略行為です。ですが、国際社会に与える影響、ソ連時代から考えた場合の現在のウクライナの領土の正当性などを考えて、双方とも冷静になって停戦交渉をすることを呼びかけます。

ロシアが占領した原発を、自国兵士を危険にさらしてまで破壊するメリットはない、といった合理的で納得のいく分析もしています。

また、本書ではアメリカがウクライナに元軍人を送って訓練し、さらに大量の武器を提供して軍需産業が潤っている、自国民の血を流すことなくロシアを疲弊させ、目の上のたんこぶだったドイツ経済が麻痺していくことにも満足感を味わっている、と指摘されています。

戦争中の国々の情勢の読み方は非常に難しい、と二人とも口をそろえます。それはロシアとウクライナがお互いにプロパガンダ合戦をしていることに加え、アメリカではネオコンの影響下にある戦争研究所、なぜかプロパガンダが増えてきた英国のMI6の発表など、決して「中立的」な立場の発表はないからです。テレビに出ている専門家(東京大学のK講師など)のことも冷めた目で見ています。

私たちにできることは、世界各国のメディアなどからできるだけ多角的に情報を取り入れ、状況を注視し、一日も早い停戦が実現することを祈るのみです。

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国内に2000万人と言われる腎臓病患者(と予備軍)必読の書

佐藤 私が片岡先生とひじょうにうまくいったのは、「共同体」をしっかり作れたからだと思います。医療行為とはつまり、患者と医者の共同体を作ることです。だから最近よく使われる「患者様」という言い方は、共同体づくりを阻害する言葉だと思います。

本書 p.55

佐藤 大学病院勤務によっては若手医師で年収2~300万円、20年勤務していても4~500万円くらいというケースもあるのではないですか。

本書 p.158

片岡 個人病院の場合、院長が身銭を切ることがあるので、院長の実質年収が5~600万円ということもあるようです。

本書 p.164

本書は肥満腎症と闘病中の作家・佐藤優が主治医である片岡浩史医師との対談本です。佐藤優は若い時の無理がたたって肥満から腎臓病になったと理解しており、そのことを片岡医師に伝えます。片岡医師はその記憶力に圧倒されつつも専門家としての意見を述べ、二人でタッグを組んで病と闘っていきます。

現在の佐藤優の状況は最低でも週に3回、4時間の透析を受けている状態です。このままだと統計上の余命は8年ほどです。前立腺がんの手術をし、今は夫人からの腎移植手術を待っています。このような状況下で強靭な精神力を持って病と闘う姿は、同じ病で苦しんでいる人に勇気を与えるのではないでしょうか。

腎臓は一度線維化すると元に戻りません。残るは家族間の生体腎移植かドナー提供を受けるか人工透析です。片岡医師は「不摂生は自分の責任だから」と言って家族間の生体腎移植に乗り気でなかった佐藤をパターナリズム(父権的)に説き伏せます。知の巨人と言われ、おそらく医療の知識も相当程度以上に持っているであろう佐藤は、高度専門職である片岡医師の判断を尊重して同意します。最近ではネットで見た情報をうのみにする患者が増えているということですが、このような専門職に敬意を払う態度は見直されてもいいと思います。

本書では生活保護でも大学病院の治療が受けられる日本の医療体制のすばらしさが強調されると同時に、新自由主義が入り込んできて先はあまり暗くないこと、医師は死に勝てないので勝負としては負け続けであることなど、様々な話題を縦横無尽に語っています。今、病に苦しんでいなくても、いざという時のため、そして2000万人と言われる腎臓病患者の一人かもしれない自身のためにも読んでおくべき一冊です。

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地獄の人生も天国にできる

佐藤優・田原総一朗(2022)『人生は天国か、それとも地獄か』白秋社

田原 振り返ってみれば、米寿を迎えた私が私語尾を現役で続けていられるのも、不器用であり、決してエリートではなかったことが、逆に功を奏したのかもしれません。特に不器用だからこそ、唯一の趣味たる「人と会うこと」を大事にしてきました。

本書 p.23

田原 ついに私は、「実は、外務省は有本恵子さんや横田めぐみさんらが生きていないことを知っているはずだ」と畳見かけてしまいました。(中略)私は非常に心が痛み、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。私は、この発言について、有本さん、そして横田さんたちに対し、何度も謝罪しました。

本書 p.119

佐藤 また透析を始めたのを機に、公演やラジオ出演は控えるようにしました。これまでの仕事全体を見たときに、私はやはり文章を書くことを優先すべきだと考えたからです。

本書 p.153

佐藤 何がいいだろうかと迷っている人には、私は「地元の歴史や文化を調べる」ことを勧めています。日本全国、それぞれの地方や地域には、独自の歴史や文化があるからです。

本書 p.174

作家の佐藤優とジャーナリストの田原総一朗がお互いの人生について「対談」している本です。対談と言っても、お互いが短い言葉を語り合う対談本ではありません。時には数ページにわたって片方の話(エッセイ?)が載り、そのあとに片方の話(エッセイ?)が載る、といった形をとっている、一風変わった対談本です。

田原総一朗は42歳で原子力の賛成派と反対派に関する連載を書き、電通から圧力をかけられて東京12チャンネルを退職後、フリーになります。その後フリーになり、文字が読めなくなってチームの仲間に口述筆記を頼んで原稿を書いたり、2人の妻に先立たれ、娘の子育てをするなど苦労を経験しています。それでも人と会うことが好きな田原は、娘にご飯を食べさせている横で宮澤喜一や堤真一などの政財界の大御所にインタビューをして、仕事をし続けました。そして現在も、滑舌が悪くなり記憶力も衰えたことを自覚しつつ、「朝まで生テレビ」に出演しています。

佐藤優も42歳で鈴木宗男事件に巻き込まれ、外務省からパージされた後、作家として花開いて現在まで仕事をし続けていますが、腎機能が低下して人工透析をしているほか、前立腺がんも発覚し、自身の仕事に優先順位をつけて作家業と後進の育成に軸足を置くようになりました。

二人は人生が地獄に思えるぐらいの試練を受けています。田原は妻に2回も先立たれ、絶望の淵に追いやられたものの、今では同窓会で出会った彼女と仲良くしているそうです。佐藤はこのまま腎臓の透析をし続けても平均余命は8年、妻からの腎臓移植を決意したそうですが、それまでには多数のハードルがあるようです。

二人に共通しているのは、どんな境遇においても自分を見つめなおし、やりたいこと見つけ、自分の活躍できる範囲で活躍していることです。私たちの多くは彼ら二人ほどのバイタリティはないかもしれません。ですがやりたいことの全くない人もいなければ、できることの全くない人もいないはずです。自分のできる範囲で、できることをして余生をいじけず生きる指南書に、本書はなっています。

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選挙協力で権力を狙うしたたかな共産党


「知の巨人」が暴く 世界の常識はウソばかり 単行本(ソフトカバー)

佐藤 地方には、地道に土建屋をやっていたけれどお、土建屋はもうダメだから、介護施設でもカラオケバーでもパン屋でもなんでもやろう、というコングロマリットがたくさん生まれています。そういう経営をしている人は、船井総研のファンです。

本書 pp.37-38

副島 ダボス会議への日本人の招待状は、竹中平蔵が許可を出していると言われている。日本の首相にすら竹中平蔵が許可を出す。だから竹中平蔵が日本国の代表です。いつも民間人有識者として動き回っています。公人になったら逮捕される恐れがあるからです。

本書 p.172

佐藤優と副島隆彦の対談本第5弾だそう。世界情勢を見ていろいろと話していますが、話題の中心の一つは日本共産党です。

人新世の資本論』で話題となった斎藤幸平にも、佐藤優は「旗」(しんぶん赤旗のこと)には気をつけろ、といったようです。現在、佐藤優は佐高信と名誉棄損で裁判をしているほか、共産党への批判も多く書いているようです。

前者は電事連の広告に出たら1000万円のギャラをもらっているはずだ、という荒唐無稽な話を本の中でされたからだそうで、実際にもらった額は100万円よりもっと少なかったそう。

後者は佐藤は共産党はいまだに「敵の出方論」を堅持していて、暴力革命の可能性があること、立憲民主党などと選挙協力を通じてもしかしたら権力が転がりこむかもしれないこと、そうすると共産党にすり寄る官僚が出てきて、スターリン主義の官僚になることを恐れています。

考えたくもない恐ろしい未来ですが、自民党はもしかしたら野党になるかもしれません。しかし共産党は与党側になると決して権力を手放さないと佐藤は見ています。確かに「しんぶん赤旗」の取材力も、党としての組織力もほかの政党と比べたら強いです。スターリン主義の官僚たちが生まれる未来が来ないことを祈りつつ、選挙に臨むしかありません。

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世界を生き抜くための知識

佐藤優、岡部伸(2021)『賢慮の世界史 国民の知力が国を守る』PHP研究所

岡部 (中略)ルームサービスでボルシチを食べていたら、いつの間にか靴と服を着たまま寝てしまった。翌朝、目覚めてから驚き、パスポートは残っているのに、財布を調べるとドル札だけが抜かれている。ドアにはチェーンロックをかけていたはずで、何が起きたのかと思い、佐藤さんがモスクワに来られた折に相談しました。

本書 p.16

佐藤 (中略)あの人たちも仕事ですから、無駄なことはしない。物取りを装うわかりやすいかたちで警告を与えたのは、おそらく「会ってはいけない人間に会っている」「とってはいけない情報を入手した」「立ち入り禁止の場所に入った」という三つのいずれかに抵触したからでしょう。

本書 p.15

本書は作家で元外交官の佐藤優と産経新聞のモスクワとロンドンの支局長を務めた岡部伸の対談風共著です。対談風と書いたのは決して対談ではなく、直前の論考を受け継ぐ形でもう一方が論考をつなげているからです。

二人の話はまずは世界情勢の生々しさを伝えるところから始まります。上記の岡部のエピソードなどはまさにその典型例で、佐藤優もあまり詳細には書いていませんが、身体がしびれる薬を飲まされた経験があるようです。外交官や新聞記者といった情報戦の真っただ中にいる精鋭には常に身の危険が伴います。

また、岡部がロンドンに駐在していたことから、英国のEU脱退や諜報活動についても話が及びます。岡部は以下のように述べます。

大陸では事前に広範囲に規制をかけるのが原則であり、英米では原則を共有したうえで規制を限りなく少なくする。両者は水と油で、いずれイギリスはEUから抜け出す運命にあると以前から見ていました。

本書 p.101

あとからでは何とでもいえますが、それでも岡部の見方は慧眼です。そして団結を示すはずのEUがコロナ禍で見せたのは、いずれの国も自国ファーストであるという生々しい現実でした。医療崩壊が起きていたイタリアを救ったのは、一帯一路で良好な関係にある中国でした。

中国、ロシアといった帝国主義的な国家が大きな存在感を示す一方、トランプ政権の誕生で混乱をきたしてしまったアメリカの存在感は相対的に小さくなりました。日本は日米同盟がある以上、アメリカとの関係を強化するのが与件です。

将来的にこれからも日本が世界の中で生き抜いていくためには、現在の教育レベルを維持し、底上げしていくしかありません。岡部は自らの息子が通っていた英国のパブリックスクールを礼賛しますが、それが成り立つのは階級社会であるからだと佐藤は指摘します。そしてぱぷりっくスクールをまねた日本の中高一貫校に入るのも、比較的裕福な家の子息たちであることも指摘します。日本は階級社会ではありませんが、徐々に階級の固定化が進んでいるのは、残念でもあります。

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米中対立のはざまに船出した「手抜き」の菅政権

手嶋 (中略)超大国アメリカは、じつに様々な問題を抱えています。アメリカ版永田町政治のような腐敗も見受けられます。深刻な人種間の対立も抱えている。しかし、ことアメリカ大統領を選ぶ過程では、これまで大がかりな不正が行われた例はありません。

本書 p.87

佐藤 (中略)今の日本の法律では、ダミー会社を使えば、簡単に戦略上の要衝を買えてしまう。それを規制する法律はありません。こうしたケースでは、一般の官庁では手も足も出ない。ところが公安調査庁は、水面下で進行するこうした事態を調査し、精緻な情報を取りまとめて官邸にあげることができる唯一のインテリジェンス機関なんですよ。

本書 p.196

本書は前回の『公安調査庁 情報コミュニティーの新たな地殻変動 (中公新書ラクレ)』に続く手嶋龍一と佐藤優による対談本です。本書では日本を取り巻く現在の国際社会の中、菅義偉政権誕生で日本がどういう方向に行くのか議論しています。

現状、菅政権は安倍政権の外交方針を受け継ぐとしていますが、肝心の安倍政権の外交方針とは何ぞや、となると見えてきません。北方領土交渉も行き詰まり、北朝鮮による拉致被害者の話も止まったままです。

さらに菅政権は政治的空白を生まないため、という理由から自民党総裁選を経ず「手抜き」で成立しています。アメリカ大統領選挙は1年にわたる熾烈な選挙活動を勝ち抜いたものだけがなれます。民主主義にはつきものの面倒な手続きを踏んで、ちゃんと選ばれてきています。日本とアメリカの民主主義の差を見せつけられる気分です。

現在、日本の周りにはアメリカを中心とした「日米豪印同盟」と一帯一路構想に代表される「大中華圏」のつばぜり合いが起きています。新型コロナウイルスのワクチンをめぐって、中国が学術都市ヒューストンで諜報活動を行った結果、アメリカはヒューストンの中国領事館を閉鎖させました。そのような生き馬の目を抜く外交戦が繰り広げられている中、安倍政権のときより機動的な外交を菅総理はできるのか。本書を読むと不安が出てきます。

安倍総理はトランプ大統領とも馬が合い、プーチン大統領ともいい関係を築いていました。中国の習近平国家主席とはコロナがなければ国賓としての来日を実現させていたはずで、バランスを取りながら外交をしていました。そうした政治家個人による人脈と、安倍政権時代の官僚が変わったことで、菅総理はまた新たな外交戦略を迫られています。

コロナがあるから外交に目立った動きはありませんが、佐藤のいう「安倍機関」を引き継がなかった菅政権には一抹以上の不安が残ります。

なお、佐藤の予想では菅総理は自身の政権に疑問を抱かれないよう選挙をする、おそらく2021年1月までに行うとなっていましたが、その予想は外れました。

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英MI6も一目置く- 金正男の密入国情報を事前に入手した公安調査庁

手嶋 日本の当局は、その男(筆者註:金正男)がシンガポールから日航機で成田に到着することを事前に知らされていたのです。この極秘情報は、警備・公安警察でも、外務省でもなく、公安調査庁が握っていた。

本書 p.30

佐藤 公安調査官は、「イスラム国」支配地域への渡航経験がある人物をマークしているうち、この古書店にA氏が頻繁に出入りしており、ここが何らかの形でコンタクト・ポイントになっていると考えたのでしょう。業界用語では「マル対」、観察対象の人物を根気よく追いかけていた成果だと思います。

本書 p.162

公安調査庁-情報コミュニティーの新たな地殻変動

本書ではこれまであまり顧みられてこなかった「最弱にして最小の情報機関」、公安調査庁に焦点を当てています。

公安調査庁は警察の5%の人員と予算しかあてられていません。その活動が注目されたのが2001年5月の「金正男密入国事件」でした。

職員数予算
公安調査庁1,660人150億円
警察300,000人2,600億円
公安調査庁と警察の規模比較

当時、北朝鮮のリーダーだった金正日総書記の長男、金正男氏がシンガポールから偽造パスポートを使って家族とともに成田空港に到着、日本への密入国を試みました。入国管理の段階で偽造パスポートであることが発覚し拘留され、4日後には田中真紀子 外務大臣(当時)らの判断と本人たちの希望により、中国に強制送還されました。強制送還時は全日空のジャンボ機の2階席を借り上げて金正男ファミリー専用スペースにし、マスコミに撮影されないよう細心の注意が払われました。

この事件は入国管理局の手柄ではありません。公安調査庁が金正男の密入国前にシンガポールを出国したとい情報を入手し、入管側に提供した結果でした。本来なら日本国内で「泳がせ」て出国時に取り調べればよかったものの、入管側の不手際もあり、入国時に拘束されました。

公安調査庁は一体どこから情報を入手したのでしょう? 手嶋龍一は本書で情報は出国地のシンガポールから情報がもたらされたと言っています。シンガポールの情報機関は麻薬や経済犯罪には強いけれど、金正男出国情報を把握することは難しく、また中華系が多いので日本に通報することもないはずです。当時シンガポールに拠点を置いていた情報機関はイスラエルのモサドと英国のMI6、マスコミが第一報を流した時に当時外務省にいた佐藤優にモサドの東京ステーション長から照会があったことから、モサドの可能性は薄い。となると残るは英国MI6です。MI6の目的も本書で推察されています。

このエピソードは公安調査庁が常日頃から良質な情報を入手し、海外の情報機関と交流していた実績を窺わせます。

本書ではそのほかにも自殺志願をしていた北大生が「イスラム国」に行ってテロリストになることを未然に防いだ例などが紹介されています。小規模でも過激派やオウム真理教の監視で培ったノウハウを生かし、大事な活動をしています。

手嶋、佐藤とも公安調査庁が出している『回顧と展望』を読めば、ビジネスパーソンに必要な国内外の情勢がわかると絶賛しています。

本書は公安調査庁をメインに扱った初めての本という触れ込みですが、調べてみたら以下のような書籍がすでに出版されていました。

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病、不景気-不条理な世の中を生きるには

佐藤優、香山リカ(2020)『不条理を生きるチカラ コロナ禍が気づかせた幻想の社会』ビジネス社

佐藤 多重人格者というのは日本にどれぐらいいるんですか?

香山 私はほぼ30年精神科医をやってきましたが、数人は診ましたね。疫学的な調査では、人口の1~2パーセントはいるともいわれています。97パーセントくらいまでは演技しているのかな、なんて私も思ったりしましたが、実際の症例に出会うまでは不思議な人間の一つのあり方なんだろうなとしか思えないんですよね、今は。

本書 p.191

佐藤 彼女(筆者註:小池百合子 東京都知事)が強力なイニシアチブを発揮して何かをすることはないと思う。でも、それが周囲には見えていない。
その意味では小池さんはポストモダン的なのです。

香山 長期的ビジョンがないことを「ポストモダン」と言われると、何か複雑な気持ちですけど。

佐藤 目的論がない。

本書 p.257

本書では作家の佐藤優と精神科医の香山リカが不条理について対談しています。二人とも1960年生の同い年です。佐藤優は80年代末から90年代初めにかけてのバブル期にモスクワに滞在し、旧ソ連崩壊の過程を目の当たりにしました。日本にいなかったため、当時のバブルやポストモダンの雰囲気は知りません。また、神学を学んでいたのでプレモダン(近代以前)の論理を学んできたバックグラウンドがあります。一方の香山リカは80年代後半から文化人の集まる場所に出入りし、雑誌に寄稿するなど、バブルやポストモダンに学生時代を送りました。

本書はあえて「ポストモダン」的な構成にされており、一言で要約するのが難しくなっています。プレモダンの佐藤、ポストモダンの香山、エリート教育に関心を寄せる佐藤、底上げに関心を寄せる香山、といった具合に二人のスタンスの違いを描きながら、今の不条理な世の中を生きるために、より良い世の中にするためにどうすればいいかを語ります。

80年代、日本を席巻したポストモダンは「いろいろな見方があるよね」という冷笑主義まで行きつくような相対主義を広めました。そこには本来、寛容の精神があったはずです。しかしポストモダン以来30年が経っても嫌韓、嫌中などのヘイトスピーチに代表されるように、必ずしも寛容な世の中が実現されていません。

不寛容なヘイトスピーチがYouTubeで再生回数を稼ぐなど、議論とは言えないような次元で語られた言葉が独り歩きしています。いまの長期政権も証拠に基づかない言葉を語りながら、政権を維持しています。

これが現代人の限界なのでしょうか?

一部には希望もあります。現状に不健全さを感じた一部のネットユーザーは、YouTubeにヘイトスピーチ動画の削除要請を出すなどしています。こうした社会の健全さを伸ばす方法があればいいのですが、組織だって支援するにはお金が必要です。教育はもちろん重要ですが、全体の底上げの教育を優先するか、国家の方針に影響を及ぼすエリート教育を優先するかで香山と佐藤の意見は違います。

不条理な世の中でも学び続けることは大事ですが、その学びを生かす方法については、まだ確固たる答えがないようです。

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死は救いか、無か?

中村 じゃあ、むしろ死は救いだと思いますか?

佐藤 それも思わないですね。死によってフェーズ(段階)が変わるということです。ちょうど子どもから大人に変わるのと同じようにね。その程度の感覚です。

本書 p.23

中村 しかし、生きることのほうが苦しいですよ。今回の死の体験で思ったのは、死は絶対的な「無」なんだなってね。つまり、痛くもないし、なんにも感じないわけですから。無感覚なんですよ。

本書 p.105

死ぬほどつらいけど怖くて死ねない、という人は多いと思います。

作家の中村うさぎは心肺停止で「臨死体験」をしました。目の前が突然真っ暗になり、すべての苦痛から解放されたそうです。以前からマンションにいては飛び降りたいと思ったり、もともと死ぬことに恐怖を感じていなかった彼女は、よりいっそう死ぬのは楽と思うようになりました。佐藤優は自殺することはないし、家族と猫のために生きているけれど、おそらく自身は病気で死ぬだろうと述べています。

イスラム教のジハード、ベトナム戦争中の僧侶の焼身自殺など、自殺を完全に禁止していない宗教は多くあります。しかし、現代の日本では自殺はよくないこととされています。拡大再生産を繰り返す(マーケット規模がだんだん大きくなっていく)社会で、自殺者を抱えるとその目的が達成できなくなるからです。

自殺する人としない人の違いは、何か超越的な(神様のような)ものを信じているか。自身の人生が「天と自分」との関係であるかどうかです。そういう発想を持っていると、自分がやったものごとを整理しようという気になるのでは、と佐藤は指摘します。

前回の投稿で指摘した通り、人間が生きる理由は根源的には「あなたは生きなければならない」というトートロジー(同語反復)になります。しかし自分のやったことにたいして時間をかけてでも責任を取ろう、と発想の転換をすることこそが、少しの希望につながるのかもしれません。