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「あなたは生きなければならない」という宗教の強さ

佐藤 (中略)われわれは、今三つの基本的なルールの中で生きていると思っています。それは合理主義、生命至上主義、個人主義です。

本書 pp.101-102

池上 (中略)「AIによってシンギュラリティがやがてやって来る。シンギュラリティが来たら、私たちの仕事はなくなってしまうのだ」という危機を訴えるAI教という宗教があるように感じます。

本書 p.194

本書は作家の佐藤優とジャーナリストの池上彰が宗教について解説した本です。特定の宗教の説明をするのではなく、宗教が現代社会においてどのような役割を果たしているかを、実例を示して説明していきます。具体的には宗教の持つ暴力性、そして資本主義、AI、国家といった概念の宗教的な性質について語ります。

宗教には人を救う側面もあれば、暴力的な側面があります。イスラム教にはISや中東でジハードをやっている団体があります。キリスト教にはかつて北アイルランドでテロ活動をしていたIRAがいます。現在、ミャンマーとバングラディシュの間でロヒンギャ問題を起こしているのは仏教徒です。

宗教の大義の前では私たちの日常で大切とされている生命至上主義(命が一番大事というルール)がないがしろにされてしまいます。宗教を知ってこそ、私たちとは違うルールで生きている人たちを知ることができ、そういう人たちとどう付き合っていくか考えることもできます。

現代日本で多くの人が無宗教かもしれませんが、国家やお金も同様です。75年前の日本人はお国のために死んでいきましたし、犯罪者はお金のために人を殺します。私たちの身の回りは「宗教的なもの」に囲まれています。だからこそ、宗教の考え方や傾向を知ることの重要性は、以下の池上の言葉に集約されています。

池上 (中略)特定の宗教を信じるも信じないも、それぞれ人の自由ですが、そうやって「ああ! そういう考え方がるのだ」と知るチャンスがある。それらを知る経験を通して、自分はどう生きるべきか、あるいはどうより良く死ぬことができるかについて考えることができるのではないでしょうか。

本書 p.84

本書ではついこの間まで世間的な話題になっていたAIの宗教性についても語られています。佐藤は2017年に出た稀覯本を紹介します。刊行の1か月後には書店で入手できなくなりました。現在、同書の著者は東京拘置所に収監されています。


人工知能は資本主義を終焉させるか 経済的特異点と社会的特異点 (PHP新書)

同書の著者である齊藤元章は国からメモリーデバイスの開発に関する助成金約1億9100万円をだまし取ったとして詐欺容疑で逮捕、経営していた会社の法人税2億3100万円の脱税容疑でも逮捕されています。

AIが人間の手を借りずに自分自身より優秀なAIを開発するようになるシンギュラリティ(技術的特異点)が来る、だからもっとAIに研究費を、といって国から助成金を得たのは、終末が来るといって不安をあおり、お金を集める宗教と本質的には変わりません。

現段階で言われているAIは、私たちより速い計算を可能にするだけです。電車や飛行機が私たちの足より速い移動を可能にし、望遠鏡が私たちの目より遠くのものの観察を可能にしたのと同じです。結局AIでは東大入試で合格できませんでしたし、家族が喜ぶ献立を作ることもできません。

佐藤 (中略)自殺を望んでいる人に対して言う場合は、「自分の命などどうでもいいというのは違います。あなたは生きなければならない。なぜなら、そうなっているからそうなのです」と、最後はトートロジー(同語反復)になってしまうのですが。

 ただ、宗教の強さはトートロジーにあるとも言えます。

本書 p.146

AIに「あなたは生きなければならない」と言われても、その人は納得するでしょうか? やっぱりそこは人の力が重要になってくるのではないでしょうか。人を相手にする以上、最後に救えるのは人であり、そこに宗教の強さがあるのだと思います。

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「下品力」と向き合うために

「明日できることは今日しない」というのがポイントです。明日できる仕事は明日に回し、どうしても今日しなければならない仕事を優先する。

本書 p.135

努力を続けない人間は劣った人間であり、排除されても自己責任だという論理は、諦めを知らない野暮な人間たちからしか生まれてきません。

本書 p.220

本書は作家の佐藤優が講演会や勉強会、読者からの手紙でメンタルの相談を受けることが多々あったことから、そうした人たちのために心が折れないような考え方をまとめた本です。

いまの日本では少子高齢化で働き手は少なくなる一方、規制は撤廃されて競争はどんどん激しくなります。数少ない勝ち組と多くの負け組が生まれる社会はまさに弱肉強食で、ずうずうしい人、すなわち下品な人が生き残る社会になっていきます。しかしそんな下品な人はごく一部、私たちの多くはそこまで下品になれない人、繊細な人ではないでしょうか。

働き方改革や懐かしのプレミアムフライデーといった活動も、政府が労働者の負担減を狙ってやっているものではありません。経済規模が大きくならない日本で、限られた労働を若者から高齢者、これまで働いてこなかった主婦層まで、多くの人に仕事を割り振るための施策です。こんな状況下で普通の人は勝ち組になれません。逆に副業を行うなど、一つの方法だけに絞らない「複線的」な生き方が必要だと著者は説きます。

副業ができるスキルのある人はいいですが、そうじゃない人はどうするか? 著者はコミュニティやアソシエーションの大切さを説きます。前者は趣味などで知り合った人たちの集まり、後者はボランティアや地域活動といったある目的のために集まった人たちのことです。そうした集まりで気の合う仲間を作り、将来は一緒の老人ホームに住んだり、ある程度の食べ物や仕事、住居をシェアする。そうした人とのつながりの大切さを説きます。

納得すると同時に、私みたいに人づきあいが苦手な人はどうすればいいのだろう、と思わされました。

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45歳からは得意分野を伸ばす生き方を

佐藤 (中略)重要なのは長所を伸ばすことです。何でもかんでもやろうとすると、失敗しますから。

本書 p.34

池上 (中略)相手のほうに多くを与えて、やっと向こうは対等だなと思う。

本書 p.215

本書では60歳になる作家で元外交官の佐藤優と70歳になる作家で元NHK職員の池上彰が、定年後や老いに入っていく中で、どのような生き方をしていけばよいか対談しています。

二人は人生のセカンドハーフである45歳こそ、今後の人生の方針を見極める重要な年齢だと強調します。45歳からサラリーマンであれば65歳まで約20年残っていますが、多くの企業では50歳代の役職定年の後、65歳までは再雇用という形で雇われます。45歳からだと実質的な定年までは十数年あればいいほうです。そのため45歳からの人生では新たなチャレンジはせず、これまで行ってきたことの棚卸をして自分の得意分野(できること)を伸ばしていくほうが良いと勧めます。

外務省を東京地検特捜部による「国策捜査」により退職した佐藤優と、55歳でフリーランスになった池上彰は二人とも定年より前に勤めていた組織を退職しています。二人は多くの人たちが定年を迎え、ガクッとやる気をなくす「60歳の壁」を経験せずに済んだのはよかったと言います。

定年を見据えて重要なのは、会社以外の同世代(同級生)や違う世代とのつながりを持つことだといいます。一方で結局は健康、介護、孫自慢になりがちなので、池上彰は同窓会でその話をしないというルールを作ったそうです。では何を話すか? いろんな引き出しを持ちつつ、引用で上げた「相手に多く与える(話させる)」ことが対談のコツであると、話し方の作法まで教えてくれます。

一方で二人とも人生が順風満帆だったわけではありません。今は作家として活躍していますが、退職後は大学の公開講座に通うなど、自分の得意分野を見直してフリーランスでやっていけるようになりました。

二人とも丁寧な解説をしてくれれはいますが、佐藤優や池上彰のように向こうから仕事が来るのは、それまである程度有名だったこと、そして東京にいたことが大きな要因ともいえそうです。地方の一般的なサラリーマンがどうやって「60歳の壁」を乗り越えるのか、自分たちで解決するしかありませんが、少しヒントが欲しくなりました。

本書は『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書)』、『新・リーダー論大格差時代のインテリジェンス (文春新書)』、『知らなきゃよかった 予測不能時代の新・情報術 (文春新書)』、『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書 (文春新書)』、『僕らが毎日やっている最強の読み方―新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意』、『ロシアを知る。』、『教育激変-2020年、大学入試と学習指導要領大改革のゆくえ (中公新書ラクレ)』に続く対談本です。

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50代は戦略的に働こう

人生の選択は人それぞれなので一概にはいえませんが、いまのような時代、50代のビジネスパーソンであれば、早期退職ではなく定年まで会社に居続けることを優先すべきだと考えます。

本書 p.40

50代以降の人生で意外に重要になってくるのが友人とのつき合い。学生時代からの友人とは、利害関係を超えてつき合うことができます。

本書 p.128

 本書は60歳を迎えようとする佐藤優が自身の経験から50代の生き方を提案する本です。『40代でシフトする働き方の極意』の続きと位置づけられます。

 50代になると体力もなくなり、会社の出世でも先が見えてきます。役職定年や片道出向で給料も下がる場合もあります。若者からは突き上げられ、上司からは絞られる。いっそ早期退職や転職を視野に入れてしまうかもしれません。

 しかし、50代で転職して成功する人はごく一部です。もちろん、心身に影響が出るなど耐えられない場合はやむをえませんが、損得勘定を考えた場合、定年までの数年から10年の間は耐えて忍んで目立たぬように過ごすのが一番、 会社でも出世の限界が見えてるなら、大きなプロジェクトで目立つようなリスクを避けるべきだと著者は説きます。早期退職も同様です。会社員のいいところは決まった時間は仕事をしているため、お金を使わないことです。早期退職で時間ができると、人はついお金を使ってしまいます。損得勘定で考えた場合、転職や退職はしないほうが有利です。

 また、50代にもなると定年後の暮らしを見据えるほか、親の介護や子どもの自立など、これまでとは違った人生の局面が出てきます。そうしたときに頼りになる人間関係は会社の利害関係ではなく、学生時代からの友人関係です。利害関係もなく仲良くなれ、思春期を共に過ごした人たちとはまた仲良く過ごせます。また、いろんな業界に就職した人、すでに親の介護などを経験した人がいることから、さまざまなアドバイスを受けることができます。

 定年後を見据え、仕事中心の人生から自分や大切な人を中心とした人生へとかじを切り始めるのが50代です。備えあれば憂いなし、若いうちから読むに越したことのない本です。

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国際情勢を俯瞰して日韓関係を見直す

佐藤 (中略)日本は人口が多いので、GDPの総額ではまだ韓国の二・五倍くらいの力があります。ただし、一九六五年時点では、GDPはざっくり言って三十倍近く離れていたんですよ。三十倍が 二・五倍まで近づいてきたときに、三十倍離れていた当時の均衡戦は、成立しないのです。

本書 p.54

手嶋 (中略)「このままでは、会談は板門店に決まってしまう。安倍首相からぜひ巻き返しをしてもらいたい」、と、直接、日本側の高官に連絡してきたわけです。安倍首相も、米朝の余りに性急な接近には危惧の念を持っていたため、トランプ大統領を説き伏せ、結果的にシンガポールに決まったという経緯があります。

本書 p.171

 本書は『独裁の宴 世界の歪みを読み解く』『米中衝突-危機の日米同盟と朝鮮半島』に続く手嶋龍一と佐藤優によるインテリジェンスをテーマにした対談本です。インテリジェンスとはインフォメーションとは違い、情報を精査して絞り込まれたエッセンスを言います。外務省や軍、情報機関が取ってきたうち、政策判断に使われるような情報を言います。

 本書のテーマは大きく分けて日韓関係と中東問題にあります。2018年の年末に発生した韓国海軍の軍艦による自衛隊機へのレーダー照射問題、徴用工への補償問題など、日韓関係は悪化の一途をたどっています。特に前者のレーダー照射問題は当初軍部がミスだと公表しかけたものを政府が止めたことが本書で明らかにされています。ただ、問題はそうした手続きの話ではありません。日韓基本条約締結時と比べて両国の国力に差がなくなってきたため、当時の基準で解決済みと言っても納得しない韓国側の心情を理解すべきだと対談で両者は説きます。

 なぜここまで日韓関係を重視するのか? それはアメリカの同盟国であるという一点につきます。韓国は歴史的、地理的な経緯から中国と接近しやすい素地にあります。朝鮮戦争は現在も休戦状態ですが、トランプ政権下でアメリカが終結を試みた場合、在韓米軍は撤退します。中国は北朝鮮と韓国を引き寄せ、日本がアメリカと中国の経済、防衛圏の前線になります。

 これは荒唐無稽は妄想ではありません。今やアメリカも世界の警察官ではなくなり、二方面作戦をする体力はありません。中東か東アジアであれば間違いなく中東を取ります。トランプ大統領の娘婿がユダヤ人であり、大統領にとって有力な支持層であるからです。中東情勢が悪化すると東アジアのバランスが崩れ、日本も経済や防衛の面で負担が大きくなります。

 本書では安倍首相のイラン訪問でアメリカとイランの対立激化が緩和されたエピソードも明らかにされています。日本や東アジア、中東、世界の平和が微妙なところで成り立っていることを教えてくれる一冊です。

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教養教育の軽視が日本を弱くした?

佐藤 (筆者註:千葉雅也の『勉強の哲学 来たるべきバカのために』『メイキング・オブ・勉強の哲学』は)ノリの悪さと良さをハイブリッドで行ったり来たりできるようになるのが、「来たるべきバカ」。だから、勉強の目標はバカになることだと。これは非常に面白いと思った。今の社会の空気を捉えて勉強の意義を説いた21世紀版の教養書ですよ。

本書 p.12

竹内 (中略)要するに、伸び代がないんですよ。それは私も長年、京大で教えていて感じた。
佐藤 京大に入れるところまでは来るんですけどね。
竹内 そう。それで、どうしてあんな難しい入学試験を受けて合格して、こんなつまらない卒業論文を書くのかなと思ってね。

本書 p.144

作家の佐藤優と教育史の専門家である京都大学名誉教授、関西大学名誉教授の竹内洋対談本です。二人の対談は本書で3回目だそうです。現在の教育問題を語る二人の対談はとても興味深いです。

財務省の事務次官がセクハラ疑惑を起こしたり、文科省の事務次官や局長の更迭、逮捕、新潟県知事の女性問題での辞職など、官僚の不祥事が相次いでいます。二人はこうした例を取り上げ、教養教育の軽視が今の状況を生んでいると警鐘を鳴らします。

今の受験生はマークシートで効率よく点を取って偏差値の高い大学に入れるよう努力をします。すべて効率、費用対効果を重視します。予備校などの教育産業も産業である以上、能力のある学生たちをあおり、数学の適性のない者には数学を捨てさせて高偏差値の私立大学を受験させる、本人の適性を見ずに偏差値だけで医学部を受験させるといったようなことが起きます。結果、「受験刑務所」を経た大学生たちは勉強嫌いになり、レジャーランド化した大学生活を満喫します。

大学教員や官僚も同じで、一度安住したポストを得るとそれ以上の勉強をしなくなります。結果、世間の潮流が見えず、セクハラ問題を起こしたり、特にビジョンも持たず、言われたことだけを行う官僚になっていきます。

そうした大人を生まないためにはどうすればいいのでしょうか? 一つは早稲田や同志社が行っているような、東大や京大に落ちた人は入れないような試験をつくり、不本意入学を減らすことで学生全体の学びへのモチベーションを上げることです。また、武蔵高校を例にあげ、中高一貫教育で自らの適性を判断させる時間を与え、進路を考えさせる方法です。

世間の流れについていくには自らの頭で考える力が必要です。検索エンジンや自動翻訳ソフトで結果がでても、その結果が正しいかどうかを判断するには教養が必要です。教育は時間をかけ、幅広い知識と見識を身につける唯一の方法です。偏差値だけが全てではなく、自らの適性と行動の下支えになる幅広い教養があってこそ、社会で活躍できるのだと痛感させられます。

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理不尽な世の中を生きる最強の働き方

だから多少嫌味をいわれようが嫌だろうが、会社を辞めてはいけない。問題は構造的で、個人の自助努力によって解決できる域を超えている。

本書 pp.185-186

勤務評定が厳しくなる時代において、自分自身だけで問題を抱えていると、メンタル面でやられてしまう。そうしないようにするために、一番重要なのは、話ができる友だち、できればななめ上のところで、信頼できる友だちを持っていることだ。

本書 p.146

元外務官僚で作家の佐藤優が現代日本での働き方を伝授します。派遣切りや外国人労働者の受け入れなど、日本人にとっては展望が見えづらい、給料は上がらないのに税金は上がる、年金はあてにできないし将来の貯蓄も必要…と、生きづらい世の中になってきました。こんな世の中を生き抜く方法を佐藤優が教えます。

本書の根底にあるのは、マルクスの『資本論』で展開された考え方です。マルクス経済学なんて、今や経済学部でも教えなくなった古臭い理論、と思われがちですが、そうではありません。社会の真理を捉えた本なので、資本主義が続く限り、現代でもその考え方は有効です。元に、本書を読むと腑に落ちるところが多いにあります。

マルクスが述べたことは以下のとおりです。

  1. サラリーパーソンが大金持ちになることはない
  2. 給料は提供した労働力以下しかもらえない
  3. 給料は労働に対しても余暇に対しても払われる

右肩下がりになり、勤務環境が厳しくなることが予想されるこれからの日本では、サラリーパーソンはまず大金持ちになれません。それどころか非正規雇用や介護離職の増加などで安定した収入が得られる人が減っていきます。そんな世の中で生き抜くためには以下のことが必要だと説きます。

  • 会社は辞めない
  • 周りの人をたいせつにする
  • 仕事以外の楽しみも見つける

今の世の中、正社員を辞めてしまうと再就職は簡単ではありません。引用にあるように、多少嫌味を言われてもしがみついたほうが得策です。非正規の人には伴侶を見つけることを勧めます。また、働き続けるには心身の健康が重要になります。自分ひとりで抱え込んでいたらメンタルを病むので、直属の上司や部下以外のつながりを持っておくことが重要になります。仕事もいつか定年が来ます。孤独な老後を迎えないために、仕事以外の場で楽しみを見つけるのも重要になります。

いずれもある程度の努力が必要です。仕事に打ち込みすぎても億万長者にはなれません。ましてや、経済状況はますます悪くなります。これからは仕事はそこそこしつつ、自分の人生を充実させることに軸足を移したほうがいい時代なのかもしれません。

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高校生に教える本物の知恵

琉球語はビッグデータがないから、琉球語の電子翻訳はできない。そういう意味において、機械が自分で考えることはできないんです。

本書 p.91

でもお金持ちになるのは、そう簡単ではありません。他方で、自分の名誉と尊厳を持って、きちんと生活していけるだけのお金を稼ぐことは、実はそれほど難しくない。

本書 p.106

本書は佐藤優が2018年6月2~3日にかけて沖縄県の久米島高校で行った講演録です。佐藤は母の母校である久米島高校の生徒たちに、これからの世の中を生き抜いていく方法を教えます。

佐藤の母は自らの戦争体験から自分で考える力の重要性を知っていました。だから息子にもちゃんとした教育を受けさせました。戦時中、佐藤の母は沖縄本島で軍属として日本軍の身の回りの世話をしていました。そのとき会った軍人には「(アメリカ軍は)女と子どもは殺さない」「戦争に負けても日本が滅びることはない」と国際法や世界情勢から見た自分の考えを伝えてくれる人がいました。偏差値教育ではない、「自分の頭で考える」教育はこういうところで真の力を発揮します。

これからの日本では経済成長はあまり見込めず、非正規雇用の増加などで不安定な立場の人たちも増えていきます。そういう社会を生き抜いていくには、偏差値教育ではなく、相手の立場を考えられる力が重要だと説きます。幸いにも久米島高校には離島留学の生徒がいて、いろんな立場の子どもたちが交流できる環境にあります。その点はとても羨ましく思いました。

高校生向けだからか語り口はとてもわかり易く、しかし中身はしっかりしています。大人でも十分勉強になる本です。

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人事を知って組織で生き抜く

実は、人事は組織において最も危険な仕事なのです。

(本書 p.47)

職場を息しやすい環境にする裏技として、自分が属しているラインではなく、斜め上の立場の上司で、信頼できる人を作っておくこともお奨めできます。

(本書 p.233)

鈴木宗男事件で外務省を追われた作家、佐藤優が自身の経験と日本の文学作品を通して組織で生きていく方法を指南する本です。ここでの重点は「どうやったら組織の中で生き延びれるか」です。潰れた人は「逆境を生き抜く方法」を読みましょう。

佐藤は職場で働いている人を以下の4つに分類します。

  • 仕事好き・生産力高=ハイパー
  • 仕事嫌い・生産力高=ワーカホリック
  • 仕事好き・生産力低=マイペース
  • 仕事嫌い・生産力低=バーンアウト

組織はまずバーンアウトを切り始め、続いて余裕がなくなるとマイペースを切り出します。釣りバカ日誌のハマちゃんがマイペースに該当しますが、彼は気難しい鈴木建設の社長と昵懇の仲なので、彼の人間力を持ってすれば組織の中で生きていけるでしょう。

組織の中で生きていくにはどうすればいいのか? 佐藤はまず、組織はトラブルを起こすものであること、その際のリスクマネジメントとクライシスマネジメントを考えることを強調します。リスクマネジメントは想定できる危機、クライシスマネジメントは想定外の危機に備えることです。実際の動きを自らの経験と山崎豊子『不毛地帯』を例に上げて述べていきます。

『不毛地帯』の主人公、壹岐正は陸軍中佐で大本営参謀を務めてからソ連との折衝にあたり、戦後シベリアで抑留されたあとに帰国、商社に採用されて会長になります。フィクションではあるものの、実際に同じ経歴をたどった陸軍中佐、瀬島龍三をモデルにしていると言われます。壹岐は商社で次期戦闘機選定争いの際に不正に自衛隊の情報を得たのではないかと疑われます。その際、ソ連での取り調べを思い出して自らの責任が追求される危機を乗り越え、結局は別の社員が責任を問われることになりました。

自らの人生がかかったときには何を優先し、どのように振る舞えばいいかを『不毛地帯』から学ぶことができます。

その他、赤穂浪士に組織での忠誠心のあり方を、戦時中の内務班の様子を描いた『真空地帯』では組織における仲間との連帯について具体的に見ていきます。

組織の中で生き延びる術のエッセンスを詰め込んだ一冊です。

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現代的でもあるファシズム

佐藤 片や、ファシズムは出自や民族、人種は問いません。そこにファシストと民族主義者や人種主義者の違いがあります。

(本書 p.65)

片山 (前略)明治国家体制では、ヒトラーのように天皇は演説もしなければ具体的命令も滅多にしない。ここに同じ束ねる原理でも大きな相違があります。

(本書 p.109)

佐藤優と『未完のファシズム』の著者、片山杜秀の対談本です。二人の対談は『平成史』に続くものです。

ファシズムはイタリアのムッソリーニが第二次大戦中に敷いた体制で、同じ枢軸国だったナチスドイツと同様、独裁体制であったと思われがちです。しかし、両者には決定的な違いがありました。

ヒトラーは人種主義を掲げ、アーリア人種以外は劣っており、ユダヤ人はこの世から抹殺しなければいけない、という排除の思想が働いていました。一方、ムッソリーニが提唱したファシズムはイタリアに協力するものならイタリア人であり、国家のためにみんなで束になって協力していこうという体制でした。排除ではなく、包摂し、束ねていく発想です。

一方の日本はどうだったのでしょう。国内の体制的には行政、司法、立法が独立して存在していました、内閣と同時に枢密院があり、内閣の決定を枢密院が覆すこともできました。内閣には各省庁の調整機能を求められました。そうしたばらばらの状況をまとめたのは、天皇でした。ペリー来航の折、まだ国内は幕府を始めとする各大名が群雄割拠する時代でした。ここでもう一度戦国時代を初めて、大きな将軍を決めても良かったのでしょうが、そんな隙に西洋から入ってこられます。だからたまたま、天皇を使って統治し始めたわけです。しかし、天皇がなにか大きな権力を奮って、それの責任を問わされたり、第二の徳川が現れたりしないよう、天皇は下から上がってきた議題の説明を受け、「あっそう」と返すだけにしていました。こうしたやり方が、日本的な未完のファシズムといえると思います。

ファシズムは危機のときに発生しがちです。ろくに議論せずに勧めていく姿勢がファシズムです。「この道しかない」という発想はファシズム的です。

しかしファシズムは弱者も包摂します。国のために頑張るものが国民なのですから、強いものが弱いものを支え、自分たちの力の限り国を支えるべきだ、という発想です。国民は多いほうが強いですし、排外主義的になると束が細ります。

本書でファシズムへの理解が深まることは間違いありません。