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北朝鮮大使館ナンバー2の給料は月1000ドル以下

金正日から姜錫柱副相にどんな指示があったのか、数時間もしないうちに局長は再びスウェーデン臨時大使を呼び寄せた。局長が臨時大使に告げた内容だ。
「ノルウェーで拘束されている人物は張成沢に間違いない。(後略)」

(本書 p.84)

私が選定した観光名所の写真と説明文を三階書記室に送ると、今度はイギリスの有名なレストランを推薦してくれという指示が下った。月給が1000ドルにも満たない私が、そんな場所を知るわけがない。

(本書 p.340)

2016年に北朝鮮の駐イギリス公使をつとめていた著者が自らの半生をまとめた本です。北朝鮮から亡命した外交官としては最高位の幹部の亡命は当初から話題を呼びました。英米の情報機関が動いたとされ、ドイツにある米軍基地を経由して韓国に亡命しました。

彼は自身を謙遜して「平凡この上ない」人生と言っているものの、内実は北朝鮮のエリート街道の歩みそのものです。1962年平壌市で平壌建築建材大学教員の父、中学教員の母の間に生まれました。父方の祖父は貧農の出で、農地改革で土地をもらうなど、共産党側についたため、革命に熱心な家庭とみなされました。

母の勧めもあって中学校を出てからは平壌外国語学院に進学します。平壌外国語学院に在籍していた当時、国から海外留学の機会を与えられ、英語を学ぶために北京に派遣されました。一緒に行った留学生には金永南(前最高人民会議常任委員会委員長)の息子キムドンホ(現駐中国北朝鮮大使館参事官)、金日成の責任秘書だった崔英林の娘、崔善姫(現北朝鮮外務省アメリカ局長)などもいました。当時は文化大革命の末期、激動の中国を目撃します。

その後、平壌国際関係大学と進み、政府により外務省への勤務を命じられました。お見合いで金日成政治軍事大学総長の娘と結婚したことにより、革命パルチザン時代に金日成の戦友で政府幹部だった人、軍総参謀長などと姻族になりました。外務省ではデンマーク語担当になり、駐デンマーク北朝鮮大使館、駐スウェーデン北朝鮮大使館の勤務を経て、駐英北朝鮮大使館のナンバー2になると同時に党員としても活躍します。

そんな彼の素行の良さが目に読まったのか、ある日「三階書記室」から特別な指令を誰にも言わずに任務を遂行してほしいと依頼されます。三階書記室は金正恩専用秘書室のようなもので、各政府機関が判断を仰ぐ際に仲介をするところです。内容を上げる判断をするため、絶大な権力を持っているとされています。なお、現在のトップは金英哲が務めています。著者が受けた依頼はエリッククラプトンのロンドン公演のチケットの購入と、それに伴う出張者のホテル、レストランの手配でした。そう、ほかでもない金正日の息子、金正哲の旅行手配です。そのやり取りはパスワードつきのワードファイルで行われていたこと、そして極秘事項であるにもかかわらずイギリス側がビザ申請の段階で訪問者の素性を知ったことなどが明らかにされています。

本手記にはこれまでベールに包まれていた三階書記室の話のほか、死刑にされた張成沢が娘に会いに行き、偽造旅券所持の疑いでノルウェーで拘束されたこと、大使館は運営費を自ら稼ぐように言われていることなど、北朝鮮の厳しい様子がうかがえます。いっぽうで監視社会であるものの、お互い助け合って生きていること、自由市場閉鎖の際には市民が抗議活動をしたことから社会に変化が出ていることなどを明らかにしています。北朝鮮社会の内実を知るのにはいい本です。

なお、最初の方に出てくる黄長ヨプ書記の亡命事件の話で「卑怯者よ、去るならば去れ、私たちは赤旗を守る」とあるのは北朝鮮で歌われている赤旗の歌の一節です。

朝鮮労働党本部庁舎は以下のところです。

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人事を知って組織で生き抜く

実は、人事は組織において最も危険な仕事なのです。

(本書 p.47)

職場を息しやすい環境にする裏技として、自分が属しているラインではなく、斜め上の立場の上司で、信頼できる人を作っておくこともお奨めできます。

(本書 p.233)

鈴木宗男事件で外務省を追われた作家、佐藤優が自身の経験と日本の文学作品を通して組織で生きていく方法を指南する本です。ここでの重点は「どうやったら組織の中で生き延びれるか」です。潰れた人は「逆境を生き抜く方法」を読みましょう。

佐藤は職場で働いている人を以下の4つに分類します。

  • 仕事好き・生産力高=ハイパー
  • 仕事嫌い・生産力高=ワーカホリック
  • 仕事好き・生産力低=マイペース
  • 仕事嫌い・生産力低=バーンアウト

組織はまずバーンアウトを切り始め、続いて余裕がなくなるとマイペースを切り出します。釣りバカ日誌のハマちゃんがマイペースに該当しますが、彼は気難しい鈴木建設の社長と昵懇の仲なので、彼の人間力を持ってすれば組織の中で生きていけるでしょう。

組織の中で生きていくにはどうすればいいのか? 佐藤はまず、組織はトラブルを起こすものであること、その際のリスクマネジメントとクライシスマネジメントを考えることを強調します。リスクマネジメントは想定できる危機、クライシスマネジメントは想定外の危機に備えることです。実際の動きを自らの経験と山崎豊子『不毛地帯』を例に上げて述べていきます。

『不毛地帯』の主人公、壹岐正は陸軍中佐で大本営参謀を務めてからソ連との折衝にあたり、戦後シベリアで抑留されたあとに帰国、商社に採用されて会長になります。フィクションではあるものの、実際に同じ経歴をたどった陸軍中佐、瀬島龍三をモデルにしていると言われます。壹岐は商社で次期戦闘機選定争いの際に不正に自衛隊の情報を得たのではないかと疑われます。その際、ソ連での取り調べを思い出して自らの責任が追求される危機を乗り越え、結局は別の社員が責任を問われることになりました。

自らの人生がかかったときには何を優先し、どのように振る舞えばいいかを『不毛地帯』から学ぶことができます。

その他、赤穂浪士に組織での忠誠心のあり方を、戦時中の内務班の様子を描いた『真空地帯』では組織における仲間との連帯について具体的に見ていきます。

組織の中で生き延びる術のエッセンスを詰め込んだ一冊です。