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方言分布考:言語地理学へのいざない

E・コセリウ著、柴田武、W・グロータース訳(1981)『言語地理学入門』三修社

比較言語学による史的研究では、個々の細かいことは無視するか無視せざるを得ないが、こうした事柄を単純に扱う形式主義にジリエロンは反対した。ジリエロンの関心は、複雑きわまりない一語一語の歴史の探求にあった。

本書 p.71

最終的には、一言語の個性は、同系統のすべての言語と関連しつつ、このように革新と保持の緊張関係のなかで一瞬保たれる特別な平衡状態によって決まる。

本書 p.99

言語地理学は方言の分布を調べる学問分野です。最近では顧みられることがなくなりましたが、ヨーロッパの言語学の碩学、エウジェニオ・コセリウが本書を書いています。本書の底本はスペインで出た言語地理学の入門書だそうで、スペインやフランスなどの例が多く出てきます。

言語地理学はヨーロッパではフランスの言語地図を作製したジリエロンが端緒とされています。それ以前にも言語地図を作製した人はいましたが、調査者が複数人だったり、「科学的」な条件がそろっていない状態でした。

ジリエロンはフランスの言語地図を作製することが目的だったわけではありません。「言語変化に例外なし」とする青年文法学派のテーゼへの反証を示すなど、言語の変化にはもっと多様な原因があることを示すことにありました。

本書ではヨーロッパの、おもにラテン語圏の言語地図が引用されています。ラテン語圏だと過去の資料も充実しているし、比較言語学が発展を遂げたため、それなりの比較や検討はできます。

比較言語学では変化の原因には気を払いませんでした。正確にはそこまで探求できなかったのです。しかし言語地理学では現代(正確には調査時)の言語変化がわかるため、なぜそうした言語変化が起きたのか、考える余地があります。個々人やラジオ・小説などが原因となっている場合など、言語地図から様々なことがわかります。

ジリエロンは方言周圏論(首都から離れた地方ほど古い形が残る)を提唱した学者です。日本では柳田国男が『蝸牛考 (岩波文庫 青 138-7)』で日本でも同様の状況が起きていることを実証しました。地方によって「かたつむり」の呼び名が違い、その名前は京都を中心に円を描くように分布していたのです。

言語地図を作製するのは地味な作業です。そして言語変化を考えるのもまた、今ではあまりなされていない学問分野です。しかし人と言語の付き合いを考えるうえで重要なポイントであることに変わりはありません。