王道の言語学入門書


丸山圭三郎(2012[2008])『言葉とは何か』筑摩書房

ところで、道具・手段としての外国語学習の必要性は認めるにしても、もし言葉を学ぶ意義がそんな実用性のみに限られるとしたら、いささか寂しい気がします。(本書 p.14)

言語学の入門書といえばこれで決まり。といっても過言ではないほどの名著です。丸山圭三郎は近代言語学の始祖といわれているフェルディナン・ド・ソシュールの研究者で、一流の言語学者でした。そんな彼が書いた言語学についての入門書です。数多く出ている入門書の中でも、手に入れやすさ、簡明な記述、とっつきやすさからいって、一番のオススメです。

言語を音のレベルから文法、談話レベルまで分けて説明し、その上でソシュールの打ち出した重要な概念であるラング・パロール・ランガージュおよびシニフィアンとシニフィエについても説明しています。また、近代言語学の流れを簡単に説明してあるところや、言語は名付けの総体ではなく、世界の分節の表現である、という見方を紹介しているあたり、入門書とはいえども侮れません。

丸山は最後に、言語の可能性について紹介しています。世間一般に認識されていること(ラング)があるからこそ、それを転倒させる形で新たな表現の可能性が生まれるとしています。例えば、私達は家庭用品だという前提でミシンという単語を使います。しかし詩人の手にかかると、それが手術台の上でこうもり傘と美しい出会いを繰り広げたりしてしまう。そこに、私たちは日常生活の話の中にある枠組みが通用しないことを見出します。理解できそうでできない、掴めそうで掴めない、新たな想像力喚起の可能性を丸山は指摘しています。

短いけれども、スリリングな一冊です。


200ページでウィトゲンシュタインの歩みをつかむ


永井均(1995)『ウィトゲンシュタイン入門』筑摩書房

私は、私自身が読者とウィトゲンシュタインをつなぐ梯子となることを願ったのである。もちろんその梯子は、昇りきった後は投げ捨てられるべき梯子にすぎない。(本書 p.8)

ウィトゲンシュタインの難解な哲学を理解するための第一歩に適した書。主な業績である『論理哲学論考』や『哲学探究』のみならず、『青色本』、『数学の基礎」、『確実性の問題』など、その他の業績にも配慮して、それぞれの本の特徴や思考の足跡などを明らかにしている。できるだけ簡明に書かれてあり、理解しやすい。

『論考』ではかの有名な言葉、「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」(Wovon man nicht sprechen kann, darüber muss man schweigen)の通り、言語の限界、すなわち世界の限界を示したとされている。その中で世界は現実に表現されているところのものであり、夢や希望、嘘などのナンセンス(現実に現れていない言語表現、例えば「ピンクの象」や「猛然と眠る色のない緑」など)は対象となっていなかった。

では、ウィトゲンシュタインはそれらの分析を諦めたのか? 20世紀最大の哲学者である彼だから、もちろんこの問題に気づいていた。だからこそ、彼はまずは『青本』で、そしてさらに『探求』で発展させた形で言語ゲームという概念を持ちだし、すべての言語表現とそのルールについての分析を試みた。すなわち、ルールは違っても、我々はその適用方法に縛られているということだ。

たとえば、ある民族で「出会っても挨拶をしない」というルールがあるとする。そのルールは欧米や日本のルールとはもちろん違う。しかし西洋や日本の人々も彼らのどういうルールに従っているか理解できるし、彼らのルールに(ある程度は)従うことも可能だ。我々が多言語の文法に従うことが可能なように。

結局、人間である以上、その「ルールの適用方法」は同じになる。ルールは違っても、その従い方は同じだというメタルールの存在に気づいたところが、彼の天才たるゆえんだろう。

本書はそんなウィトゲンシュタインの思考の足跡のみならず、彼の人生のエピソードを踏まえて、どんな背景でそのような思考が生み出されたのかを語っている。200ページ強で20世紀最大の哲学者の思考と人生の概略がつかめる。大変お得な書といえる。


同時通訳はソビエト生まれ


米原万里(2003)『ガセネッタ&シモネッタ』文藝春秋

「あーら、米原さんて、最近はもっぱら通訳業の産業廃棄物をチョコチョコッとリサイクルして出版部門へ流し、甘い汁を吸っているっていう評判だわよ」
とシモネッタとガセネッタに言われてしまった。(本書 p.107)

日本語の場合を例に取るならば、万葉集から源氏、大宝律令にいたるまで翻訳してしまっていたのだから、その奥行きたるや目も眩むほどで、イデオロギーの流布やKGBによる盗聴などというプラグマチズム(?)をはるかに超えていた。(本書 p.115)

ロシア語の同時通訳者にして作家であった米原万里のエッセイ集だ。

ガセネッタ&シモネッタという題名から、ガセネタとシモネタばかり書かれているのかと思ったらそうではない。女性にプレゼントできるぐらい上品な(知的な?)内容のエッセイがメインである。

同時通訳の誕生がソ連にあったことは、本書を読んで初めて知った。同時通訳の装置の開発は1926年、IBMによるものだった。当時の国際機関は国際連盟とコミンテルンしかなく、前者は英語と仏語がメインだったのに対し、後者は万国の労働者に団結を呼びかけていただけあって、マルチリンガルな組織だった。東京裁判にやってきた同時通訳陣にもソ連チームが入っていた。コミンテルン解散後のソ連でもその遺伝子は脈々と受け継がれ、BBCが56言語、NHKが22言語で放送されていたのにモスクワ放送は最盛期に85言語で放送していた。これは利益度外視の計画経済によるものか、ソ連の多民族に対する興味によるものかは定かではないが、同時通訳者の育成と少数言語の研究には大いに役だったことは確実だ。

本書で一つの山場となっているのはフィネガンズ・ウェイクを訳した英文学者、柳瀬尚紀との対談だ。二人とも市場経済に流れないことの大切さを共通認識としてもっている。市場経済を意識しすぎていたらフィネガンズ・ウェイクなんて訳せないし、テレビのようにバカになるものばかりが流通する(易きに流れる)。その点、ソ連は計画経済だった分、我々とは才能に対する考え方が違った。音楽でもバレエでも、才能があったらそれを金儲けに利用しようとはしない。才能がある子はただその才能を美的な高みへと登らせるために磨かせるのだ。

世界第3位の経済大国の日本ですら、市場経済を無視した才能の育成はかなり厳しい。となると、社会主義で計画経済(のはず)で世界第二位の経済大国である中国は人口も多いし、条件は揃っている。しかし現状は市場経済に振り回されている。世界はいま、才能の貧しい時代に陥っているのかもしれない。


言葉は相手の暮らしを知ってこそ分かる


青木晴夫(1998)『滅びゆくことばを追って -インディアン文化への挽歌』岩波書店

一度、リズおばさんの義弟に、キイチゴを取りに行こうと誘われたことがある。彼のジープに乗ったところが、そのあとが勇ましかった。(中略)七十いくつのおじいさんとは思えない猪突ぶりである。わたしは身体髪膚これを父母に受けたけれども、きょうのイチゴ取りが終わって帰り着くまでは、相当毀傷したようだ。(本書 p.131)

涼しい高原のティーピーで一週間を楽しく過ごした経験のあるわたしには、この暑い谷間に移住をしいられ、異文化のかたまりのような文化住宅で窒息しているおばあさんの姿がこの上なくみじめに見えた。(本書 p.199)

名著である。千野栄一が『ことばの樹海』(レビューはこちら)で絶賛していた消滅の危機に瀕する言語を記録する言語学者のエッセイだ。

文章からにじみ出てくるおもしろみは、著者の個性が出ている。冒頭に引用した箇所なんて孝経の「身体髪膚これを父母に受くあえて毀傷せざるは孝の始めなり」のパロディがさらりと出ている。

カリフォルニア大学の言語学教室で研究をしていたある日、主任教授から「ネズパース語を調査する気はないか」と持ちかけられたことから著者の話は始まる。車を借りて2泊3日、現地調査の始まりだ。まずはモーテルを決め、紹介してもらった人やたまたま知り合った人のおばさんなどをあたってインフォーマント(調査協力者)を決めていく。午前にインタビューを行い、午後はノートの整理。そうして少しずつ言語を記述していく。記述言語学の王道ともいえるべきやり方だ。カードゲーム用の机の上にはノートなど軽いものしか載せられないから、レコーダーは床に置いた、などと書いてあって隔世の感がある。著者の時代は電源式(コンセントにつなぐ!)テープレコーダーを使っていた。

著者のメインの仕事は言語の記述だが、本書の面白みはそれに附随する調査協力者との交流だ。一緒にタルマクスという一週間、遠い山に行って行うお祭り(だけど当時はもう宗教キャンプに成り果てていた)に参加してネズパースの人たちの暮らし方を体験したり、リズおばさんとキャマス(野草の根っこ)を取りに行ったり昔話を教えてもらったり。言語の調査はその言語を使う人々の暮らし全体を理解してこそなしえることがよく分かる。

インディアンの人たちは面で暮らしているから道なき道を進むけど、白人たちは線で暮らしているから道路から少しそれた集落のことは全然知らない。だから同じ土地に住んでいても、インディアンと白人の交流は意外と少ない。その間を著者が取り持つようになったのは、先住民と学界をつなぐ記述言語学者としての役割をも持つ著者だからこそなしえたのだろう。少し足りないぐらいで終わっている分量も、余韻があってまたいい。


大言語学者同士の交遊録


オットー・イェスペルセン(1962)『イェスペルセン自叙伝』研究社

キーン自身は守ったが、私が不幸にして常に(ことに外国語で書くときはけっして)従うことができたと限らなかったいちじるしい忠告を彼は私に与えてくれた。その忠告というのは、文の冒頭の語を書き下ろす前に、自分の脳中で全文を作り、文全体を味わって発音し、舌の上で観ずるべきだ、そして人が一旦筆を下ろした以上けっして文体を訂正すべきではないということであった。(本書 p.46)

私は老伯父Mφhlからやむを得ず借金をした。やがてMφhlは私の帰国に先立って歿したので、私の負債は私の義兄Harderに引き継がれ、数年後私はこれを完済した。しかし私は自分の呑気さ・贅沢さを後悔すべきなんらの理由を持たない。なぜならその年に自由な研究をしなかったならば私は一廉(ひとかど)の学者には決してなれなかったであろうから。(本書 p.49)

高名な英語学者のイェスペルセンの自叙伝だ。かの英語学の泰斗、斎藤秀三郎の伝記である『斎藤秀三郎伝―その生涯と業績』では斎藤が後進の育成に熱心でなく、研究に専心していたらイェスペルセン以上の学者になっていただろうと何度か書かれている。当時は世界的な英語学の大家といえばイェスペルセンとされていたようだ。

そんな人の自叙伝である。自分の仕事については詳しく書いてない。いまどきイェスペルセンのことを研究している人なんてあまりいないので別にいいだろう。amazonでは訳がひどいと書いてある。時代的に仕方ないことだろう。自分で書いているので多少のエエカッコシイもあるだろう。それらを差し引いても面白い。

一番面白いのはロンドン学派の中心で音声学の大家、ヘンリー・スウィートとの交遊録だ。ヘンリー・スウィートはオードリー・ヘップバーン主演の「マイ・フェア・レディ」のヘンリー・ヒギンズ教授のモデルになった人だ。オックスフォードを出て苦学した割にはオックスフォードの教授職に就けず、偏屈な性格になったがゆえ、「ビター・スウィート」と言われていたあの難物である。イェスペルセンが彼の家に泊まった時も二人きりでいるのにかかわらず、1時間以上何も話さないでいたこともあったらしく、やっぱり少し窮屈さを感じていたようだ。その他アメリカでは人類学の祖、フランツ・ボアズ(Franz Boas)の家に招かれたり、1910年秋のミュンヘンにヘルマン・パウル(『言語史原理』の著者)を訪ねたり、ローマではムッソリーニに会ってそのフランス語の流暢さに驚いたりしている一方、日本から来た市河三喜の訪問を受けたりしている。トムセンやメイエとも関わりがあったようで、今となっては歴史上の人物の者同士の交友が書いてあって面白く読める。

イェスペルセンが最初は法律を志していたこと、英語学者になる気はなく、たまたま英語を研究し始めたに過ぎないことなど、こんな大学者も想定外の顛末が重なって生まれたことは初めて知った。

以下の箇所にはスウィートの個性が出ていて興味深い。

スウィートの家では私は日刊新聞を読まなかった。なぜ新聞をとらないのかと私が尋ねると彼は答えた:「そうだ、僕は1年間やめている。そして毎朝タイムズ紙を通読する時間をアラビア語の独習に当てている。そのほうがよりよい時間の利用法だよ。」(本書 p.92)

はるかに興味があったのはスウィート夫人が夫の書き残した自叙伝に基づいてLife and Letters of Henry Sweetを刊行する計画を私に告げたことであった。(中略)それは当時生存していたきわめて多くの人たちに対する非難に充ち、到底出版される見込みがなかった。(中略)彼は信ぜられないほどひどい近視であったが、成人するまで誰一人眼鏡を用いて矯正できることを彼に告げる者がなかった。(中略)多年ののちスウィート夫人が歿したとき私はWyldをして自叙伝の行方を捜させたが、Wyld自身これを捜し出すことができずに終わった。(本書 pp.145-146)


考える力を身につけるために


外山滋比古(1986)『思考の整理学』筑摩書房

人間には、グライダー能力と飛行機能力がある。受動的に知識を得るのが前者、自分でものごとを発明、発見するのが後者である。
(中略)学校はグライダー人間をつくるには適しているが、飛行機人間を育てる努力はほんのすこししかしていない。(本書 p.13)

よくホンモノを読んでる/見てるのに、話すとイマイチな人がいる。ホンモノを読まないと話は面白くならないが、ホンモノを読んでいるからといって話が面白いとは限らないのだ(逆はまた真ならず!)。本書を上手に使えば話が面白くなることは請け合い。

タイトルは『思考の整理学』だが、本来は『考えのはじめ』といった内容の本。どうやって考えを培い、育て、アウトプットまで持っていくかを、数ページのエッセイ形式で書いている。だから空いた時間で少しずつ読んでいける。

本書の一番のキモはタイトルの「整理学」にもあるとおり、思考法ではなく整理法だ。

本書の示すところは簡単だ。インプットをするだけではグライダーになる。いい思考を生み出すには以下のことをしなくてはならない。インプットするときに、気になった点、思いついたことをとりあえず書いていく。書いたものを眺めて考える。煮詰まったらしばらく寝かせる。気分転換する。また取り出して考える…の繰り返し。

本書の一番のキモはタイトルの「整理学」にもあるとおり、思考法ではない。整理法だ。インプットしながら練り続けるだけでは、思考はまとまりのつかない大きなものとなる。雑味を抑えて純度を高めるためには思考を濾過せねばならない。不要な部分を「捨てる」のだ。これは難しい。つん読を称揚する一方で、「捨てる」こと(今の言葉でいうと「断捨離」かな?)の重要性を説く筆者の慧眼には恐れ入る。確かに蔵書を増やすのは簡単だが、今後ずっと後悔しない形で(ここが重要!)蔵書を捨てるのは難しい。

「入れる」、「捨てる」、「出す」の三つをバランスよく行ってこそ、思考を上手に育て上げることができるのだ。

ただ、本書には足りない記述が二つある。一つは著者自身の取り組み、もう一つは具体例だ。

著者は大学教員という立場でこの本を書いておきながら、引用した学校という制度(システム)の批判を行っている。それでは、いったい筆者は自分の教え子を「飛行機」にするために、どのような努力をしたのだろうか? その点を情熱を持って書かれればよりいっそう引き込まれる内容になるはずだ。

また、著者は思いついたことの整理方法については具体的に書いているものの、どのような思い付きをどのように整理して、どういったアウトプットにまで持っていったのかを書いていない。それは煮え切らないが、今の時代はそこまで書かれた、丁寧な本がある。それは鹿島茂『勝つための論文の書き方』だ。

本書は息の長い名著である。が、本書だけでは偏るもの事実だ。ともに鹿島の本と、梅棹忠夫『知的生産の技術』を読めば、バランスよく自分の「思考の整理学」を編み出す飛行機能力が身につく。


ことばにまつわるふしぎなエッセイ


千野栄一(1999)『ことばの樹海』青土社

ある言語には数詞が五までしかないというと、そんな未開な、とくる。(中略)〇と一しかない野蛮(?)な言語が、コンピューターの言語であるというのは何としても皮肉なことである。(本書 p.77)

文化を発展させていくために必要である多様性が、一つの言語が消えるたびに失われていくのである。もしこのことの意味がよく理解できたなら、次の世紀に行うべき言語学の作業はなにであるかはおのずから明白で、言語の死滅を防ぎきれないとすれば、せめてその姿を書きとどめておくことである。(本書 p.249)

言語学界きっての名文家であった千野栄一のエッセイ集。言語の多様性、いろんな言葉に興味を持っている人にはぜひお勧めの本。

このころの言語学者は危機言語(消滅の危機にひんした言語)に興味を持ち始め、まずはそれらを記述することが大事だと喧伝した。しかしポスドクの失業問題が明らかになると、就職率の問題から言語屋は大体英語か日本語か第二言語習得(教育)に逃げてしまい、本当に根性のある者か何も考えてない蛮勇のある者しか、危機言語の世界に飛びこんだ若者はいない。

確かに言語の多様性を記述するのは大事だけど、未開の言語でヘーゲルが翻訳できるか、と言われたら、必要があればできるようになる、と書いてあるのだから、未開の言語が消えたとしても、人は必要があれば既存の言語から所与の環境で行きぬくように作り替えていけるはずだ、という強弁も出したくなる。

本当は人の言語は多様で、その中に色々な叡智が集積されており、それを共時的、通時的にみることによって言語の何たるかに肉薄できるかもしれない、という点がポイントなのに、そこを押し出し切れていない。

言語を含む生活を変えて人間たるものの本質を変えようとしたコメンスキーに着目したり、二十一世紀に言語学の課題になる分野に言及したりと、その慧眼には恐れ入る。

指摘されている通り、ピジンやクレオールとともに、言語の分裂は記録されたが、コイネーにおける方言レベル以外では言語の同化は記録されていないというのは勉強になった。研究したいと思った。


やっぱり言語は思考に影響を与える!


ドイッチャー,ガイ(2012)『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』インターシフト

今日の言語学者や心理学者の大半は、母語が話しての思考に影響を及ぼし得るという見方を頭から否定したり、たとえ影響があったとしてもきわめて小さい、あるいは問題にする価値もない、という態度をとっている。しかし近年、一部の勇敢な研究者たちがこの問題に科学的手法を適用するようになった。そして、その研究からはすでに、母語に固有の特徴が意外な形で話しての心に影響を及ぼす、という結果が得られている。(本書 p.32)

ジェンダーが言語から詩人への贈り物であることはいうまでもない。ハイネの男性名詞の松の木は、女性名詞の椰子に恋い焦がれる。ボリス・パステルナークの「我が妹人生」は、ロシア語で「人生」が女性名詞だったからこそ成立した。シャルル・ボードレールの「L’homme et la mer(人と海)」の英語訳がいかに見事でも、ボードレールが「彼(人)」と「彼女(海)」のあいだに喚起した激しい愛憎を再現できる見込みはない。(本書 p.268)

Guy Deutscherの代表的著作、Through the Language Glassの日本語訳。同署は2011年にRoyal Society Prizes for Science Books(アメリカのサントリー学芸賞みたいなもの)にノミネートされた。

書いてある内容はとても一般向け。分野としては一般言語学から言語人類学と言われる分野になる。

たとえば、有名な研究である人は色をどう見るか、という問題を分かりやすく解説している。言語によって色の区分はまちまちだ。英語でgreenとblueは区別するけど、日本語だと緑でも青信号、青りんごという。ただし当然、日本人も見た目では青と緑の区別はついているわけで、それを言葉にあわさないだけだ。区別の仕方はある程度のパターンがあって(黒と赤を同じカテゴリに入れる言語はない)、色のスペクトルを全く恣意的に分類しているわけではないが、まったく同じような分類をしているわけでもない。

また、絶対座標と相対座標、言語の性などの事例を持ち出して、言語が人の思考に与える影響について考えている。サピア・ウォーフの仮説の再検証だ。著者が使える英語やヘブライ語のほかにも、ヨーロッパ言語、日本語はもちろん、オーストラリアの先住民言語まで持ち出してさまざまな言語現象を引き合いに出し、決してメジャー言語(話者数の多い言語)の常識が人類の常識でないことを示す。

一番面白かったのは2012年に話題沸騰となったピダハンの反証が載っていること。それだけでも充分にこの本の価値はある。(ここ数年、ブラジルのアマゾン流域で使われるピダハン語に従属関係がかけている、という説が学界をにぎわせた。(本書 p.151))

『言葉の眼鏡を通して』という原題は、言語哲学でよく言われる「言語は現実を大雑把に切り取るだけで、細かい部分では取りこぼしがある」という性質を含意したものなのに、日本語訳では魅力が半減している。残念だ。中身は素晴らしいのに、残念だ。


修辞学以前のレトリック


リチャード・A・レイナム 著/早乙女忠 訳(1994)『雄弁の動機-ルネサンス文学とレトリック』ありな書房

レトリック的人間は生来、単一の価値体系ではなく、複数の価値体系に支配される。つまり単一の世界観を信奉するのではなく、眼前に展開する現実の問題に専心する。レトリック的人間は熱心党にはなれない。創造的思考、新たなる認識の体系に無縁な人間なのだ。レトリック的人間は、現実を発見するのではなく、それを操作するように訓練される。彼にとって実在は、一般に現実として受容されているもの、また有用なものに限定される。(本書 p.16)

レトリック的人生観は、いたるところでシリアスな人生観を脅かす。(中略)西欧的自我はその当初から、レトリック的人間とシリアスな人間、あるいは社会的自我と中心的自我の、変わりやすくつねに不安定な結合から構成された。(本書 p.18)

レトリック的な座標軸とシリアスな座標軸は、両極限の状態である。シリアスな現実からすれば、過去にはさまざまな出来事が存在し、過去から遊離した現在という地点に立つ人物が、出来事の内容を人に語ることが可能である。レトリック的現実の場合は、それとは異なり、一切が現在である。それゆえこれら(筆者註:シェイクスピアのヘンリー諸王劇)四篇の芝居では、登場人物が真に演劇的な自我であり、単に過去に固定されている限り、彼らは真に過去に生きる。同時にその存在はたえず流動しているのだから、まさに現在しか認識しえず、彼らが演ずる劇は現在の時間の中に存在する。(本書 p.264)

本書はこれまでの西欧理解に新たな側面を付け加えてくれた。

西欧には元来、「かくあるべし」という真面目な(シリアスな)態度と「こう読めるよね/ぼくはこう読むよ」というレトリック的な態度があった。

だから戯曲の長いセリフも、シリアスな人たちは「この文章は明晰である」という前提のもと、文章の意味と、さらに深い読みをしようと試みる。

レトリック的人間は違う。彼らは人の心を動かし、不透明である現実の不透明さをさらけ出すため、言葉の美しさをたたえるため、幸せや悲しみを表すために、レトリックを用いるのだ。

衣装を考えてみたらよい。被服の本来の役割は寒さに耐えるため、身を守るためだった。そこに、自分をきれいに見せるためという、元来の役割に別の役割が付け加えられた。言葉もそれと同じである。物事を伝えるための「もの」的言葉のほかに、どういう文脈を紡ぎだし、事実をどう位置付けるかという「こと」的言葉があったのだ。「社会的自我」であるシリアスな人間は社会的に容認されるような言い方や意味付けを考える。「中心的自我」であるレトリック的人間は自分の快楽のために言い回しや道理付けを考える。

この二つの見方があると知ってこそ、中世文学の見方が変わってくる。そして、西欧への見方も変わってくる。レトリックな文脈をシリアスに読むことは無粋だし、逆もまた然りだ。それと同時に、この見方を知ることで主観対客観という西欧が有する二元論の根深さも理解できる。


コセリウの考えを知るために


エウジェニオ・コセリウ著/田中克彦・かめいたかし訳(1981)『うつりゆくこそことばなれ』クロノス

構造主義は変化(改新の拡散)を転化(別の構造による構造の置き換え)と同一視し、古いのと新しいのとの二つの構造がならび存しているすべての中間段階を無視する。(本書 p.178)

ソシュールの中には、(中略)数々の矛盾ともめぐりあう。これらの矛盾は、かれの採った観点に起因するばかりではなく、かれの学説のいくつかの本質の側面からも生じてくるのである。すなわちa)いたずらに言語の状態と言語そのものとを同一視してしまったこと。b)言語を「出来上がった体系」、つまりエルゴンとする考え方、さらにc)言語をデュルケーム的な「大衆」というつかみようもない雲の上に追いやってしまったことである。それはプラトン主義を一まわり小ぶりにした亜流であり、これによって言語と具体的な言語活動との分離がもたらされた。(本書 pp.206-207)

ソシュールは、ラングはパロールを通じて変化するものだと教え、さらに、変化の初発の瞬間は「採用」だと見ている。それにもかかわらず、(中略)ラングの中には「状態と状態との間に生ずる変化の居場所はどこにもないのである。(本書 p.209)

共時態を無視することは、まさに時間の中に継起するところの言語を無視することになり、対象の外に立つことを意味するからである。部分は全体から、一段階は全過程から切り離すことができるのと同じ意味で、言語史の一時点は、他の時点を考慮することなく記述できる。しかし、全体の記述は部分を無視することはできないし、過程の記述は、その一つ一つの段階を無視することはできない。おなじくまた「体系化」の研究は、まさにこの体系化そのものの各瞬間を無視し得ない。(本書 p.230)

英語で論文を書かなかったせいか、英語圏ではあまり有名でないらしいコセリウの著書。日本では有名なはず。

本書は題名からわかるとおり、エネルゲイアとしての言語について焦点をあてたもの。すなわち、言語は完成された動かないものではなく、常に変わりつつあるものであるという、フンボルトのあの考え方を念頭に置いたものだ。

ソシュールやメイエといった有名な文法家たちの考え方を批判し、彼らの考え方の齟齬と、あるべき見方について論じられている。具体的には

  • ソシュールはラングを重要視したが、本来重要視されるべきはパロールとその集合体であるランガージュであること
  • ソシュールの提示した共時的と通時的な分け方は、あくまでも分析ためであって、言語がそのような二面性を持っているわけではないこと

である。

前者については最近のマクロは本当にあるのかという議論にも通じるし、実態として把握できるのは実際に話されている言語であり、言語の変化を決めるのはその言語の話者たち(ランガージュの担い手たち)であるという指摘はもっともである。

後者の視点は、とても面白い。これはトマス・クーンの『科学革命の構造』でも論じられていたけども、変化とはじわじわ起こるものではなく、ある時急に起こる。それは科学のパラダイムにしても、言語の構造にしても同じである。この点を指摘したコセリウは見事だし、やられた、と思った。

多くの言語学者は言語の変化をゆっくりと漸進的に行われると思っているのだが、それは実は違う。日本語も七つか八つの母音があったのが、いまの五つの母音になったのは、徐々に二つの母音が一つに融合していったのではない。おそらく六つの母音の体系が出現し(改新)、しばらくは六つの母音の体系と以前の体系が併存していたが、ある瞬間に大多数の話者が六つの母音の構造を選択し(拡散)、構造の変化が起こったのだろう。現にコセリウはヨーロッパの言語の音韻構造を持ち出して、その実例からこの理論を導き出す。しかし逆は必ずしも真ならず。たとえある時代のある言語で二つの母音が融合したからと言って、同じ二つの母音が存在する言語において、同じく融合するとは限らない。ただ、融合する可能性があると指摘できるだけだ。

そう考えると、結局比較言語学って何なんだろう。言語の変化の道筋を描いてきたけれど、それは単に可能性の指摘だった。やるべきはやはりサピアの言ったように、ドリフト、すなわち改新と選択の志向を探り当てることなのだろう。