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英MI6も一目置く- 金正男の密入国情報を事前に入手した公安調査庁


手嶋 日本の当局は、その男(筆者註:金正男)がシンガポールから日航機で成田に到着することを事前に知らされていたのです。この極秘情報は、警備・公安警察でも、外務省でもなく、公安調査庁が握っていた。

本書 p.30

佐藤 公安調査官は、「イスラム国」支配地域への渡航経験がある人物をマークしているうち、この古書店にA氏が頻繁に出入りしており、ここが何らかの形でコンタクト・ポイントになっていると考えたのでしょう。業界用語では「マル対」、観察対象の人物を根気よく追いかけていた成果だと思います。

本書 p.162

公安調査庁-情報コミュニティーの新たな地殻変動

本書ではこれまであまり顧みられてこなかった「最弱にして最小の情報機関」、公安調査庁に焦点を当てています。

公安調査庁は警察の5%の人員と予算しかあてられていません。その活動が注目されたのが2001年5月の「金正男密入国事件」でした。

職員数予算
公安調査庁1,660人150億円
警察300,000人2,600億円
公安調査庁と警察の規模比較

当時、北朝鮮のリーダーだった金正日総書記の長男、金正男氏がシンガポールから偽造パスポートを使って家族とともに成田空港に到着、日本への密入国を試みました。入国管理の段階で偽造パスポートであることが発覚し拘留され、4日後には田中真紀子 外務大臣(当時)らの判断と本人たちの希望により、中国に強制送還されました。強制送還時は全日空のジャンボ機の2階席を借り上げて金正男ファミリー専用スペースにし、マスコミに撮影されないよう細心の注意が払われました。

この事件は入国管理局の手柄ではありません。公安調査庁が金正男の密入国前にシンガポールを出国したとい情報を入手し、入管側に提供した結果でした。本来なら日本国内で「泳がせ」て出国時に取り調べればよかったものの、入管側の不手際もあり、入国時に拘束されました。

公安調査庁は一体どこから情報を入手したのでしょう? 手嶋龍一は本書で情報は出国地のシンガポールから情報がもたらされたと言っています。シンガポールの情報機関は麻薬や経済犯罪には強いけれど、金正男出国情報を把握することは難しく、また中華系が多いので日本に通報することもないはずです。当時シンガポールに拠点を置いていた情報機関はイスラエルのモサドと英国のMI6、マスコミが第一報を流した時に当時外務省にいた佐藤優にモサドの東京ステーション長から照会があったことから、モサドの可能性は薄い。となると残るは英国MI6です。MI6の目的も本書で推察されています。

このエピソードは公安調査庁が常日頃から良質な情報を入手し、海外の情報機関と交流していた実績を窺わせます。

本書ではそのほかにも自殺志願をしていた北大生が「イスラム国」に行ってテロリストになることを未然に防いだ例などが紹介されています。小規模でも過激派やオウム真理教の監視で培ったノウハウを生かし、大事な活動をしています。

手嶋、佐藤とも公安調査庁が出している『回顧と展望』を読めば、ビジネスパーソンに必要な国内外の情勢がわかると絶賛しています。

本書は公安調査庁をメインに扱った初めての本という触れ込みですが、調べてみたら以下のような書籍がすでに出版されていました。


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病、不景気-不条理な世の中を生きるには


佐藤優、香山リカ(2020)『不条理を生きるチカラ コロナ禍が気づかせた幻想の社会』ビジネス社

佐藤 多重人格者というのは日本にどれぐらいいるんですか?

香山 私はほぼ30年精神科医をやってきましたが、数人は診ましたね。疫学的な調査では、人口の1~2パーセントはいるともいわれています。97パーセントくらいまでは演技しているのかな、なんて私も思ったりしましたが、実際の症例に出会うまでは不思議な人間の一つのあり方なんだろうなとしか思えないんですよね、今は。

本書 p.191

佐藤 彼女(筆者註:小池百合子 東京都知事)が強力なイニシアチブを発揮して何かをすることはないと思う。でも、それが周囲には見えていない。
その意味では小池さんはポストモダン的なのです。

香山 長期的ビジョンがないことを「ポストモダン」と言われると、何か複雑な気持ちですけど。

佐藤 目的論がない。

本書 p.257

本書では作家の佐藤優と精神科医の香山リカが不条理について対談しています。二人とも1960年生の同い年です。佐藤優は80年代末から90年代初めにかけてのバブル期にモスクワに滞在し、旧ソ連崩壊の過程を目の当たりにしました。日本にいなかったため、当時のバブルやポストモダンの雰囲気は知りません。また、神学を学んでいたのでプレモダン(近代以前)の論理を学んできたバックグラウンドがあります。一方の香山リカは80年代後半から文化人の集まる場所に出入りし、雑誌に寄稿するなど、バブルやポストモダンに学生時代を送りました。

本書はあえて「ポストモダン」的な構成にされており、一言で要約するのが難しくなっています。プレモダンの佐藤、ポストモダンの香山、エリート教育に関心を寄せる佐藤、底上げに関心を寄せる香山、といった具合に二人のスタンスの違いを描きながら、今の不条理な世の中を生きるために、より良い世の中にするためにどうすればいいかを語ります。

80年代、日本を席巻したポストモダンは「いろいろな見方があるよね」という冷笑主義まで行きつくような相対主義を広めました。そこには本来、寛容の精神があったはずです。しかしポストモダン以来30年が経っても嫌韓、嫌中などのヘイトスピーチに代表されるように、必ずしも寛容な世の中が実現されていません。

不寛容なヘイトスピーチがYouTubeで再生回数を稼ぐなど、議論とは言えないような次元で語られた言葉が独り歩きしています。いまの長期政権も証拠に基づかない言葉を語りながら、政権を維持しています。

これが現代人の限界なのでしょうか?

一部には希望もあります。現状に不健全さを感じた一部のネットユーザーは、YouTubeにヘイトスピーチ動画の削除要請を出すなどしています。こうした社会の健全さを伸ばす方法があればいいのですが、組織だって支援するにはお金が必要です。教育はもちろん重要ですが、全体の底上げの教育を優先するか、国家の方針に影響を及ぼすエリート教育を優先するかで香山と佐藤の意見は違います。

不条理な世の中でも学び続けることは大事ですが、その学びを生かす方法については、まだ確固たる答えがないようです。


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偏見の入ったビッグデータを駆使する警察国家アメリカ


ブラック・ライヴス・マターという黒人の人権運動への反動から、警察の活動と犯罪多発地域パトロールの危険性にも改めて目が向けられた。警察官は人員が少ない、訓練が足りない、それでいて日々貧困や怒りや精神疾患と直面しなければならないという現実には見合わない期待に対する不満を表明した。

本書 p.47

たいていの場合、警察に呼び止められるのはマイノリティの貧しい人々だ。膨れ上がる警察データベースに登録されているのは多くが有色人種の人々である。

本書 p.146

ブライトデータは非警察中心のビッグデータ戦略の扉を開く。ただし、市の行政にはその扉を通って、その先の未来へと進む覚悟が必要だ。

本書 p.270

2020年、アメリカでは白人警官が黒人を取り押さえた際に命を奪ってしまい、ブラック・ライヴス・マター運動が起きました。本書はアメリカで2017年、邦訳が2018年に出ています。悲劇の歴史は繰り返されます。

こうした事件は一個人の差別だけが原因ではありません。連邦政府の予算カットで一部の地域ではパトカーのガソリン代に事欠くような状況になっており、警察官の訓練も満足にされません。未熟な警察官は犯罪者を恐れるあまり、過剰防衛をしてしまいます。警察上層部は予算削減と治安改善を両立させるため、ビッグデータに基づいたパトロールを導入します。ビッグデータはそれぞれの要素の相関を説明しません、ただ結果のみを示します。たとえば、夜中にある地区の酒屋近くを歩いている黒人は薬物を所持している可能性が高い、というように。

ビッグデータは正確なデータが蓄積されてこそ活かされます。しかしアメリカでは白人より黒人のほうが職務質問を受ける確率も、逮捕される確率も高いのです。ビッグデータに基づく危険度は、前科があっても高級住宅街に住んでいる白人より、貧しい地区に住んでいる犯罪歴のない黒人のほうが高くなります。貧しい地区の人たちのほうが必然的に前科を持っている確率が高いためです。

危険性があるからか、ビッグデータを逆に警察の監視に使うことには警察の労働組合が反対しています。著者はビッグデータを使って犯罪者を検挙するのではなく、貧困を減らし、社会的にサポートが必要な人たちを見落とさない方向で使うことを提案します。

しかし、現実は厳しいと言わざるをえまsね。2020年の事件でも白人警官が解雇されただけで終わり、社会の構造的な問題改善には至っていません。

本書はアメリカの法学者が警察による市民の監視というプライバシー侵害と立ち向かうためにどうすればよいか、どうしたらより住みやすい社会になるか提言している本です。アメリカを知らないとピンとこないところもありますし、どこかくどく、説教くさくも感じられます。しかし逆に言うと、アメリカではアフリカ系、ヒスパニック系への人種差別がそれほど根強い問題だということでしょう。私たちの知らない側面には根深い偏見が横たわっています。


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死は救いか、無か?


中村 じゃあ、むしろ死は救いだと思いますか?

佐藤 それも思わないですね。死によってフェーズ(段階)が変わるということです。ちょうど子どもから大人に変わるのと同じようにね。その程度の感覚です。

本書 p.23

中村 しかし、生きることのほうが苦しいですよ。今回の死の体験で思ったのは、死は絶対的な「無」なんだなってね。つまり、痛くもないし、なんにも感じないわけですから。無感覚なんですよ。

本書 p.105

死ぬほどつらいけど怖くて死ねない、という人は多いと思います。

作家の中村うさぎは心肺停止で「臨死体験」をしました。目の前が突然真っ暗になり、すべての苦痛から解放されたそうです。以前からマンションにいては飛び降りたいと思ったり、もともと死ぬことに恐怖を感じていなかった彼女は、よりいっそう死ぬのは楽と思うようになりました。佐藤優は自殺することはないし、家族と猫のために生きているけれど、おそらく自身は病気で死ぬだろうと述べています。

イスラム教のジハード、ベトナム戦争中の僧侶の焼身自殺など、自殺を完全に禁止していない宗教は多くあります。しかし、現代の日本では自殺はよくないこととされています。拡大再生産を繰り返す(マーケット規模がだんだん大きくなっていく)社会で、自殺者を抱えるとその目的が達成できなくなるからです。

自殺する人としない人の違いは、何か超越的な(神様のような)ものを信じているか。自身の人生が「天と自分」との関係であるかどうかです。そういう発想を持っていると、自分がやったものごとを整理しようという気になるのでは、と佐藤は指摘します。

前回の投稿で指摘した通り、人間が生きる理由は根源的には「あなたは生きなければならない」というトートロジー(同語反復)になります。しかし自分のやったことにたいして時間をかけてでも責任を取ろう、と発想の転換をすることこそが、少しの希望につながるのかもしれません。


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「あなたは生きなければならない」という宗教の強さ


佐藤 (中略)われわれは、今三つの基本的なルールの中で生きていると思っています。それは合理主義、生命至上主義、個人主義です。

本書 pp.101-102

池上 (中略)「AIによってシンギュラリティがやがてやって来る。シンギュラリティが来たら、私たちの仕事はなくなってしまうのだ」という危機を訴えるAI教という宗教があるように感じます。

本書 p.194

本書は作家の佐藤優とジャーナリストの池上彰が宗教について解説した本です。特定の宗教の説明をするのではなく、宗教が現代社会においてどのような役割を果たしているかを、実例を示して説明していきます。具体的には宗教の持つ暴力性、そして資本主義、AI、国家といった概念の宗教的な性質について語ります。

宗教には人を救う側面もあれば、暴力的な側面があります。イスラム教にはISや中東でジハードをやっている団体があります。キリスト教にはかつて北アイルランドでテロ活動をしていたIRAがいます。現在、ミャンマーとバングラディシュの間でロヒンギャ問題を起こしているのは仏教徒です。

宗教の大義の前では私たちの日常で大切とされている生命至上主義(命が一番大事というルール)がないがしろにされてしまいます。宗教を知ってこそ、私たちとは違うルールで生きている人たちを知ることができ、そういう人たちとどう付き合っていくか考えることもできます。

現代日本で多くの人が無宗教かもしれませんが、国家やお金も同様です。75年前の日本人はお国のために死んでいきましたし、犯罪者はお金のために人を殺します。私たちの身の回りは「宗教的なもの」に囲まれています。だからこそ、宗教の考え方や傾向を知ることの重要性は、以下の池上の言葉に集約されています。

池上 (中略)特定の宗教を信じるも信じないも、それぞれ人の自由ですが、そうやって「ああ! そういう考え方がるのだ」と知るチャンスがある。それらを知る経験を通して、自分はどう生きるべきか、あるいはどうより良く死ぬことができるかについて考えることができるのではないでしょうか。

本書 p.84

本書ではついこの間まで世間的な話題になっていたAIの宗教性についても語られています。佐藤は2017年に出た稀覯本を紹介します。刊行の1か月後には書店で入手できなくなりました。現在、同書の著者は東京拘置所に収監されています。


人工知能は資本主義を終焉させるか 経済的特異点と社会的特異点 (PHP新書)

同書の著者である齊藤元章は国からメモリーデバイスの開発に関する助成金約1億9100万円をだまし取ったとして詐欺容疑で逮捕、経営していた会社の法人税2億3100万円の脱税容疑でも逮捕されています。

AIが人間の手を借りずに自分自身より優秀なAIを開発するようになるシンギュラリティ(技術的特異点)が来る、だからもっとAIに研究費を、といって国から助成金を得たのは、終末が来るといって不安をあおり、お金を集める宗教と本質的には変わりません。

現段階で言われているAIは、私たちより速い計算を可能にするだけです。電車や飛行機が私たちの足より速い移動を可能にし、望遠鏡が私たちの目より遠くのものの観察を可能にしたのと同じです。結局AIでは東大入試で合格できませんでしたし、家族が喜ぶ献立を作ることもできません。

佐藤 (中略)自殺を望んでいる人に対して言う場合は、「自分の命などどうでもいいというのは違います。あなたは生きなければならない。なぜなら、そうなっているからそうなのです」と、最後はトートロジー(同語反復)になってしまうのですが。

 ただ、宗教の強さはトートロジーにあるとも言えます。

本書 p.146

AIに「あなたは生きなければならない」と言われても、その人は納得するでしょうか? やっぱりそこは人の力が重要になってくるのではないでしょうか。人を相手にする以上、最後に救えるのは人であり、そこに宗教の強さがあるのだと思います。


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オーケストラの流れを引く北朝鮮ポップス


高英起、カルロス矢吹(2015)『北朝鮮ポップスの世界』花伝社

私の場合、メディアバッシング、逮捕、投獄、裁判、失職などのどん底の経験がある。どん底からどうすれば這い上がることができるかについて、それなりの経験もある。私の経験を少しでも読者が抱えている悩みを解決するために用いてほしいと思い、私はこの連載に全力で取り組んでいる。(本書 p.5)


平壌で収録されたミラクルコリアという番組での「フィパラム」(口笛)

音楽ライターのカルロス矢吹とデイリーNK東京支局長の高英起による北朝鮮のポップスがテーマの対談本です。カルロス矢吹は音楽畑から北朝鮮ポップスに興味をもった人、高英起は朝鮮学校に学んで昔から朝鮮歌謡(北朝鮮ポップスは朝鮮語で조선가요(朝鮮歌謡)といいます)に親しんできた人。音楽と朝鮮の二人が交わって出来上がったのが本書です。

代表的な北朝鮮ポップスとしては、一番上に掲載した휘파람(口笛)でしょう。片思いの人の家の前を通りすぎては、口笛を吹いて呼び出すという北朝鮮での恋愛を歌った歌です。いじらしいではありませんか!(下の方にMVがあります。)

この動画は記念すべき、ミラクルコリアという番組の平壌収録時の映像です。韓国ではたまにこんな南北共同制作番組が作られ、放送されているようです。一方、大学紛争世代~安保闘争世代に懐かしいのは臨津江という歌でしょう。日本ではザ・フォーク・クルセダーズが歌いましたが、北では림진강として親しまれています。

政治的メッセージを持った歌として近年注目されがのは2009年に存在が明らかにあった발걸음(足取り)です。金正恩第一書記を讃える歌として注目されました。

だけど、私自身もそう思います。単なる楽観論ではなく、おそらくは事実ではないかと。落ち込まずに取り組む人は魅力的だし、その様子を世間の誰かは見ているのでいずれ良い結果に恵まれます。世の中、まじめにコツコツと続けるのは意外と難しいので、半年も続けていたらそれなりの結果が出るはずです。継続は力なり、です。


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「下品力」と向き合うために


「明日できることは今日しない」というのがポイントです。明日できる仕事は明日に回し、どうしても今日しなければならない仕事を優先する。

本書 p.135

努力を続けない人間は劣った人間であり、排除されても自己責任だという論理は、諦めを知らない野暮な人間たちからしか生まれてきません。

本書 p.220

本書は作家の佐藤優が講演会や勉強会、読者からの手紙でメンタルの相談を受けることが多々あったことから、そうした人たちのために心が折れないような考え方をまとめた本です。

いまの日本では少子高齢化で働き手は少なくなる一方、規制は撤廃されて競争はどんどん激しくなります。数少ない勝ち組と多くの負け組が生まれる社会はまさに弱肉強食で、ずうずうしい人、すなわち下品な人が生き残る社会になっていきます。しかしそんな下品な人はごく一部、私たちの多くはそこまで下品になれない人、繊細な人ではないでしょうか。

働き方改革や懐かしのプレミアムフライデーといった活動も、政府が労働者の負担減を狙ってやっているものではありません。経済規模が大きくならない日本で、限られた労働を若者から高齢者、これまで働いてこなかった主婦層まで、多くの人に仕事を割り振るための施策です。こんな状況下で普通の人は勝ち組になれません。逆に副業を行うなど、一つの方法だけに絞らない「複線的」な生き方が必要だと著者は説きます。

副業ができるスキルのある人はいいですが、そうじゃない人はどうするか? 著者はコミュニティやアソシエーションの大切さを説きます。前者は趣味などで知り合った人たちの集まり、後者はボランティアや地域活動といったある目的のために集まった人たちのことです。そうした集まりで気の合う仲間を作り、将来は一緒の老人ホームに住んだり、ある程度の食べ物や仕事、住居をシェアする。そうした人とのつながりの大切さを説きます。

納得すると同時に、私みたいに人づきあいが苦手な人はどうすればいいのだろう、と思わされました。


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知らないスラヴ諸語のはなし


チェコ語字幕つきでチェコ映画を観ていたとき、わたしは思わずつぶやいてしまった。

そうか、伯爵はひなどりなのか。

さすがのカミさんも訝しげにこちらを窺う。

本書 p.90

両数のある言語なんて、一部の文法マニアくらいしか惹きつけないのかもしれない。

両数があると何かいいことあるのかな?

カミさん「魚座がはっきりする」

本書 p.217

本書は著者の東欧諸語にまつわる話をつらつらと書いたエッセイ集です。しかしただのエッセイ集ではありません。話題はポーランド語、チェコ語、スロヴァキア語、スロヴェニア語、クロアチア語、セルビア語、ブルガリア語、マケドニア語といった多くの言語に及びます。

筆者は上智大学ロシア語学科、東京大学大学院を出て、東京工業大学や明治大学で教鞭をとったあと、今は文筆業で生計を立てています。専門はロシア語をはじめとするスラヴ言語で、ニューエクスプレスプラス ロシア語羊皮紙に眠る文字たち―スラヴ言語文化入門をはじめとする本を出しています。

また、言語だけではなく実際にそれらの土地に行った思い出も書いています。言葉が話せるからか、往々にして東欧の人たちの優しさ(おせっかいさ?)が垣間見えるやり取りがほほえましく読めます。出てくるお酒の話もおいしそうだし、なぜか内陸で食べたイカフライまでおいしそうに感じます。

一方でライフワーク(?)でもある映画のDVDを買う話など、大変興味深い一方、少し古さを感じさせる記述もあります。おそらく2000年代前半の話かと思うので仕方ないかと思いますが、現在では多くがオンラインに移行しているのではないでしょうか。DVDと違って多言語での字幕は出ませんが…。

映画のDVDを見ているとき、著者は上の引用で上げたように伯爵とひなどりの共通点に気づきます。それはチェコ語で14ある格変化の型が、kure(ひなどり)とhrabe(伯爵)は同じだったのです。どうもこの変化型はかなり限られているようで、映画を観ていて感嘆してしまったそうです。

また、もう一つの引用で上げたのはスロヴェニア語にはある両数(あるいは双数)という概念についてです。英語では単数、複数と区別しますが、スロヴェニア語ではさらに2つの場合には両数というカテゴリを作ります。たとえば目や耳などペアのもの、「私たち2人」という場合に使うそうです。また魚座も魚が2匹描かれているため両数となるそうです。これは知りませんでした。もちろん双子座も両数だそうですが、天秤座は単数だそうです。中国語で魚座は双鱼座というので、こちらでもまた魚座がはっきりします。

著者の奥さんが『スロヴェニア語入門』を出している金指久美子さんだったとは初めて知りました。本書にスロヴェニア語の記述が細かく出てくるのも納得しました。

もし1985年にスコピエを訪れていたら、わたしの人生は違ったものになっていたかもしれない。セルビア語からマケドニア語、さらにはアルバニア語やトルコ語をつぎつぎと勉強し、バルカン言語連合研究していた可能性もある。

本書 p.329

私にもこうした可能性が少しあったのかな、と思いました。スコピエに興味が出ました。


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45歳からは得意分野を伸ばす生き方を


佐藤 (中略)重要なのは長所を伸ばすことです。何でもかんでもやろうとすると、失敗しますから。

本書 p.34

池上 (中略)相手のほうに多くを与えて、やっと向こうは対等だなと思う。

本書 p.215

本書では60歳になる作家で元外交官の佐藤優と70歳になる作家で元NHK職員の池上彰が、定年後や老いに入っていく中で、どのような生き方をしていけばよいか対談しています。

二人は人生のセカンドハーフである45歳こそ、今後の人生の方針を見極める重要な年齢だと強調します。45歳からサラリーマンであれば65歳まで約20年残っていますが、多くの企業では50歳代の役職定年の後、65歳までは再雇用という形で雇われます。45歳からだと実質的な定年までは十数年あればいいほうです。そのため45歳からの人生では新たなチャレンジはせず、これまで行ってきたことの棚卸をして自分の得意分野(できること)を伸ばしていくほうが良いと勧めます。

外務省を東京地検特捜部による「国策捜査」により退職した佐藤優と、55歳でフリーランスになった池上彰は二人とも定年より前に勤めていた組織を退職しています。二人は多くの人たちが定年を迎え、ガクッとやる気をなくす「60歳の壁」を経験せずに済んだのはよかったと言います。

定年を見据えて重要なのは、会社以外の同世代(同級生)や違う世代とのつながりを持つことだといいます。一方で結局は健康、介護、孫自慢になりがちなので、池上彰は同窓会でその話をしないというルールを作ったそうです。では何を話すか? いろんな引き出しを持ちつつ、引用で上げた「相手に多く与える(話させる)」ことが対談のコツであると、話し方の作法まで教えてくれます。

一方で二人とも人生が順風満帆だったわけではありません。今は作家として活躍していますが、退職後は大学の公開講座に通うなど、自分の得意分野を見直してフリーランスでやっていけるようになりました。

二人とも丁寧な解説をしてくれれはいますが、佐藤優や池上彰のように向こうから仕事が来るのは、それまである程度有名だったこと、そして東京にいたことが大きな要因ともいえそうです。地方の一般的なサラリーマンがどうやって「60歳の壁」を乗り越えるのか、自分たちで解決するしかありませんが、少しヒントが欲しくなりました。

本書は『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書)』、『新・リーダー論大格差時代のインテリジェンス (文春新書)』、『知らなきゃよかった 予測不能時代の新・情報術 (文春新書)』、『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書 (文春新書)』、『僕らが毎日やっている最強の読み方―新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意』、『ロシアを知る。』、『教育激変-2020年、大学入試と学習指導要領大改革のゆくえ (中公新書ラクレ)』に続く対談本です。


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京都大学草創期の蹉跌


君は予が試験の為めに何頁の講義筆記を暗記せざるやを知るや。実に五千頁なり

本書 p.113

京都の教授たちは、こうした期待を受けて、京都の土地に「二番目の帝国大学」ではなく、一番目の帝大に対抗する新たな大学を作り上げようと試みた。

本書 p.210

現在の京都大学の前身である京都帝国大学は、日本で二番目の国立大学として産声を上げました。東京大学が官僚養成の大学として設立され、詰込み型の教育をしていました。一方、京都大学では学生に研究の自由を与えました。その内情と改革の結果を、京都大学法学部(当時京都帝国大学法科大学)の実例を引きながら本書は明治の帝国大学の改革競争を紐解きます。

東京帝国大学での法律の授業は熾烈なものでした。 学生が受ける授業は一週間に27.5時間にも及びました。予習復習の時間を入れると40時間、現在のサラリーマンの勤務時間程度にはなったでしょう。授業中、学生たちはまるで速記機のように教師の言う言葉をノートに書きとり、上の引用でも書いた通り、1年間で筆記講義五千頁にも及ぶ量を記憶し、1年に1度の進級試験に臨みました。中には授業中に言ったダジャレを答案に書かせる教員までいたそうですから、筆記も気が抜けません。

一方の京都帝国大学は東京のような詰め込み式教育では法典条項の中身を覚えさせるより、法的修練を身に着けるほうが大事だと考えます。どうやって身に着けるか? そこでドイツ帰りの教員たちが当地で見たゼミナールを模倣します。ゼミナールを模倣して論文を必修とする一方、必修科目を減らして選択科目を多くした結果、最短3年で卒業することができる制度に変えました。

結果、京都帝国大学は負けました。当初は期待をもって受け入れられたものの、卒業生を輩出しだし、その高文試験(現在の国家公務員総合職試験)合格者の数が少ないことが新聞はおろか、帝国議会でも問題にされました。「碌な卒業生がいない」「文部省の信任問題だ」などと批判されます。

しかし、負けたとはいえ高文試験の合格者数だけの話です。当時の高文試験の出題委員は多くの東京帝大教授、一部の京都帝大教授で占められていました。外交官試験等、ほかの試験も同様です。そうすれば東京帝国大学の教授が行う授業を受けるほうが有利に働きます。その教師たちこそが出題者であり、採点者なのですから。かなりの大差をつけられたとはいえ、東大方式の教育方法に真っ向から反対した京都帝国大学は、国家公務員になる人こそ少ないものの(この傾向はいまでもある)、学会や民間でそれなりの実績を残しているとも考えられます。

ただ公務員試験だけで成功・失敗を測るのではなく、より多面的な方向で価値判断する余地の残る議論だと思いました。少なくとも東大方式、京大方式の二つがライバルとなる形で試行されたのは学生にとっても、大学にとっても、ひいては社会にとっても良いことだったと思います。