上間陽子(2020)『海をあげる』筑摩書房
秋田のひとの反対でイージス・アショアの計画は止まり、東京のひとたちは秋田のひとに頭を下げた。ここから辺野古に基地を移すと東京にいるひとたちは話している。沖縄のひとたちが、何度やめてと頼んでも、青い海に今日も土砂が入れられる。これが差別でなくてなんだろう? 差別をやめる責任は、差別される側ではなく、差別する側のほうにある。
本書 p.240
この本を読んでくださる方に、私は私の絶望を託しました。だからあとに残ったのはただの海、どこまでも広がる青い海です。
本書 p.251
本書で語られるのは、著者の日常です。著者の日常がエッセイとしてつづられ、1冊の本になっています。著者は『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』を書いた沖縄の社会学者で、今回は同書とは違って専門書ではありません。書かれているのはあくまでも著者の体験談であり、日常の一風景です。最初の結婚は数年で終わって離婚した時の顛末、子どもと過ごしている日々の暮らしのようす、調査で会った人々のこと…そうした中で紡がれる言葉が本書を織りなしています。
しかし、単なるエッセイ集ではありません。その日常のところどころに辺野古や米軍の話が出てきて、沖縄への差別が浮き彫りになってきます。著者は沖縄の問題を忘れないため、あえて普天間基地に近いところに住んだそうです。しかし沖縄の人は基地を語ろうとはしません。ある子どもは父親が米軍基地で働いているからであり、ある人はなぜかわからないが語りたがりません。その様子に基地問題の根深さを逆に感じ取ってしまいます。だからこそ上間さんは本書を「本土への果たし状」と書いたのでしょう。
またもう一つ、本書で見えるのは上間さんのやさしさです。調査協力者の家を掃除しに通ったり、ハンガーストライキをしている人のところに通ったり、辺野古の反対座り込みに行ったり、お母さんの面倒を見たり…おそらくお仕事も子育てもあってとても忙しいだろうに、どこにそんな時間があるのだろう? というぐらいいろんな人と関わり、甲斐甲斐しく面倒をみています。だからこそ、人の心のひだの奥に入り、いろんな言葉を聞いてくることができたのではないかと思います。
沖縄への差別、人との接し方、様々なことが学べる一冊です。また読みたくなる一冊です。
- 「本土への果たし状だった」 上間陽子さんが語る「海をあげる」に込めた思い
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