ノア, リュークマン著 池 央耿訳(2001)『プロになるための文章術-なぜ没なのか』河出書房新社
2点の原稿を前に、これから出版の可否を判断する閲読者の立場を想像すればいい。5ページから先を読み進むべき原稿と、そこで擱(お)くしかない原稿である。今日、出版社に持ち込まれる原稿の99パーセントまでが後者に属すると言ってもまず間違いない。何故か。その理由を説き明かすのが本書である。
(本書 p.10)作品が活字になるか否かは、つまるところ、どこまで自分を賭すかにかかっている。(中略)書いていない時間は文学を繙(ひもと)いて先人の作法を学び、文章論を読み漁って技巧の上達に努めるのである。トーマス・マンは自殺した息子の葬儀にも出ずに書き続けた。
(中略)ポーランド難民のコンラッドは船乗りをしながら、二十歳まで一言も知らなかった英語を独習し、努力一筋で優れた作家になったばかりか、英語を自家薬籠中として名文家の評価を得た。
(本書 pp.222-223)
本書はこれから小説家になろうとしている人のために書かれた指南書である。
- 第1部 序説
- 第2部 会話
- 第3部 作文から作品へ
という構成のうち、第2部以降は明らかに小説を意識した内容だが、第1部は文章を書く人全員に参考になる。特に一番最初に売り込みのノウハウから持ってきているあたり、徹底的にこれから原稿を持ち込む人をターゲットにして書いていることが読み取れる。
要としては以下の通り。
- 事前調査をして、丁寧な申し込みを以て売り込むこと。
- 文章は平明であるべし。無駄を刈り込むこと。
- 響きに気を配ること。
- 比喩は多用しすぎない。一言ですませずに話を膨らませる努力もすること。
文章にも話し言葉と同様にバラエティ(変種)があることを頭に入れておかないといけない。ただそのバラエティを使い分けて文章を書く人はそうそういないから、ついつい頭から抜け落ちがちなところなんだけども。本書では学者の書いた文章も「いったい、これは何だろう?」(p.72)と批判されているけども、学問の世界では学問の世界の、小説の世界には小説の世界の流儀があるのだということも忘れてはならない。
本書は出版する側の視点から文章をみることができるというのはありがたい。自分の文章を多くの人に読んでもらいたいなら売れる本を書け。本を売りたいならば、売れるような戦術を立てろ。戦術を立てたらあきらめずに攻め続けろ。こうした基本的な考え方は、文章を書く人以外にも大いに参考になる。
ただ、英語で書かれた本であるためか、英語の例文が多い。文体や響きなどはネイティブじゃないとわかりづらかったのが難点ではあった。