鹿島茂(1991)『デパートを発明した夫婦』講談社
十九世紀前半までのフランスの商店では、入店自由の原則がなかったばかりか、出店自由の原則もなかった。つまり、いったん商店の敷居を跨いだら最後、何も商品を買わずに出てくることは許されなかったのである。(本書p.15)
極端な言い方をするなら、買いたいという欲望がいったん消費者の心に目覚めた以上、買うものはどんなものでもいいのだ。まず消費願望が先にあり、消費はその後にくるという消費資本主義の構造はまさにこの時点で生まれたのである。(本書p.70)
ブシコーが真に偉大だったのは、商業とは「商品による消費者の教育」であると見なしていたことである。(本書p.250)
著者本人がデパート大好きらしいので、その分気合いが入っている。19世紀のパリからどのようにしてデパートが誕生し、発展したのかを追っていった本。まさに題名通りデパートは出るべくして出てきたのではなく、1組の夫婦によって「発明」されたのだ。
田舎から出てきて丁稚を経てから独立したアリスティッド・ブシコーとその妻によって発明されたボン・マルシェ百貨店は正札販売、返品可能、宅配など、いまのデパートの販売体制の原型を作り出し、挙句の果てには御用記事まで新聞に掲載させた。
描かれるブシコーの戦略がまさに的を射ていて、次々に客が彼の手の上で踊らされるかのようにふるまう。正札販売、冷やかしOKというのも当時のパリでは画期的だったので人が来る、すると問屋を通さずに直接仕入れて大量購入、直接購入で原価を下げる、薄利多売路線をとる、日にちのたったものは価格を下げて販売する、といった販売戦略のほか、読書室やレストラン、清潔なトイレを設けるといった顧客満足の発想、売り場を担当させてその売り上げによって給与を変動させる、デパートの上に寮を作る、従業員専用楽団を作ってクラッシック音楽という教養を身につけさせるといった従業員教育まで、経営者としての彼の先手の打ち方はまさに顧客の心をつかむものだった。
変動の19~20世紀で似たようなエピゴーネンは出てきたものの、常にボン・マルシェ百貨店がその先陣を切っていられたのはなぜか。それはひとえに彼のスピードや演出まで含めた経営手腕にあったのだった。
これを現代に置き換えると、コストコやIKEAといった大規模な量販店、ショッピングモールに代表される複合商業施設が庶民の我々に「楽しみ」を与えてくれる場所となっている。これらがどこで発生したのか、あるいは誰の発明によるのか。そこにもまた、興味がわいた。