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アメリカのために行われた日本・イラン首脳会談

マシュハドに飛ぶ半年前、革命防衛隊と関係があるとして米国に制裁されているマハン航空の旧式のエアバスのバンコク便に搭乗したことがある。座席に座ってシートベルトを締めると客室乗務員がやって来て、前方のトイレは壊れていて使えないと言われた。トイレが壊れていても長距離便を運航してしまうというのはイランならではである。

本書 p.38

現役の外務省員は誰も前回一九七八年に行われた福田総理の公式訪問を知らないことになる。歓迎行事で感極まって涙を流して、あやうく一行からはぐれかけてしまった外務省員も出た。

本書 p.52

2019年6月12日、イランのテヘランで日本・イラン首脳会談が行われました。安倍首相とローハニ大統領が出席しました。日本の首相がイランを訪問するのは41年ぶり、革命後初めてのことでした。通常、総理の外国訪問は1年前に決まることもありますが、これは数週間前に決まったもので、当時駐イラン日本国全権特命大使を務めていた著者から見たそのロジ(後方支援)の大変さが描かれていて、大変興味深く読めました。

さらに興味深いのは外交の内容です。共同通信の伝えたところによると、米国の制裁で肝心の外貨の稼ぎ頭であった原油の輸出ができなくなっていたイランに、米国はある提案をします。それは日本を舞台にして、イラン産原油とアメリカ産のトウモロコシ・大豆を物々交換する内容でした。結局イラン側は「経済制裁解除が先」という原理原則を曲げず、この計画は頓挫してしまいます。

イラン側は安倍首相を歓迎し、西側指導者とめったに会わないとされる最高指導者のハメネイ師と面会します。しかし、外交儀礼に反することに、その様子はすべてビデオで撮影され、テレビで公開されてしまいました。

本書はタイトルでわかる通り、「イランは脅威ではない」というスタンスで書かれており、ある種のポジショントークであることは差っ引いて読まないといけません。駐イラン日本国大使を2年務めた著者が書くのですから、イラン寄りになってしまいます。しかし、日本の多くの読者はイランのことを多く知りません。その点で、日本の代表としてイランの内部を見た著者の経験はイランを知る一つのきっかけになると思います。本書ではアメリカとイランの相互不信の原点やその歴史なども詳しく書かれていて勉強になりました。

余談ですが私も著者が書いているマハン航空のバンコク便に乗ってテヘランに3度行ったことがあります。A300の旧型エアバスでしたが、無事テヘランに着くことができました。

マハン航空のA300。バンコクのスワンナプーム空港にて。
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テロから密輸、財閥運営までやるイランの秘密警察

宮田律(2011)『イラン革命防衛隊』武田ランダムハウスジャパン

一九七九年五月、イラン革命の直後に成立した革命防衛隊は、宗教的イデオロギーを強く訴え、イスラム共和国では最も強力な組織として機能し続けている。この組織は、宗教的性格を強くもつという点で、世界でも例がない軍隊である。(本書 p.22)

シーラーズの市場でぼくの腕をつかんだ彼らは、革命防衛隊だったのか。

イランには二つの軍隊がある。正規軍と革命防衛隊だ。正規軍は旧王制が有していた軍隊で、イラン革命のあと、新政府は彼らを信用せず、新たに自分たちの軍隊、革命防衛隊を組織した。これは当時、アメリカ大使館占拠メンバーでもあったアフマディネジャド大統領の出身母体でもある。

本書ではその革命防衛隊について、筆者の中東での調査と、米英の報道や公式資料から丹念に迫っている。

イラン国内には革命防衛隊とたもとを分かった左翼防衛隊モジャーヘディーネ・ハルグなどの組織もあって、国内組織を叩くために空爆をしているとか、実はドバイはイランの貿易の玄関口となっていて、正規も非正規もどっちも取引が行われてること、革命防衛隊の粛清では90年代でも生き埋めが行われていたことなど、知らないイランがいっぱいあった。

また、シーア派の力を広げるため、イランは革命防衛隊をイラクやシリアに派遣し、訓練を施している。筆者の分析によると、アメリカがイランを攻撃した暁には、イラク以上の惨事となり、各地でアメリカ軍や親米国家の関連施設、イスラエルや同国関連施設が狙われる作戦が立てられているらしい。

本書の理解にはイスラム国家に対する理解が必要となる。イスラム国家では国家以上にクルアーン(コーラン)に忠実かどうかを決める法学者の地位が高い。そのため、法学者がそのイスラム性を否定すれば、国家もなくなってしまう。これがイラン革命だった。そのため、国家に属する軍隊と、クルアーン(コーラン)に忠実な軍隊が共存する。本書では宗教的性格を強くもつ、世界で例がない軍隊と述べているが、国家に属さず、イデオロギー的性格を強くもつ軍隊であれば、他に中国の人民解放軍(中国共産党の軍隊)と朝鮮人民軍(形の上では、国防委員会が最高軍事指導機関だけど)がある。これらを想起すれば、まだ想像しやすい。

事実と分析を書いた書であって、思想的な面にはほとんど触れられていない(十二イマーム学派の説明が少しある程度)。そのため物足りなさはあるが、現段階で得られる資料としては有益だ。イランに対する見方も変わる。