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江沢民国家主席の司令でアメリカ大統領選に献金していたFBIのスパイ

デイヴィッド・ワイズ 著 石川 京子 訳(2012)『中国スパイ秘録 米中情報戦の真実』原書房

捜査局の電子機器技術者たちは今なお非公開の超高性能技術を用いてる領事館の盗聴に成功した。(本書 p.31)

荷物を回収し、中を開けて調べ、彼に気づかれないように中身を元通りに戻すのに必要な時間、ダレスで飛行機を遅らせた。(本書 p.279)

中国の恐るべき諜報活動が明らかにされるノンフィクションです。

パーラーメイドと呼ばれた中国系アメリカ人のカトリーナ・レオンはFBIのスパイとして中国側にある程度の情報を流し、逆に中国側から機密情報を取る仕事をしていました。その間、FBIの担当官だったビル・クリーブランドとJ・J・スミスとは不倫関係を結びます。レオンはJ・Jが家に来ている間、彼のバッグから書類を抜き出してコピーし、中国側に流していました。二重スパイだったのです。功績が認められ、中国に行くと江沢民国家主席を始めとする国家主席、国家安全部長(諜報組織のトップ)と面会をするようになります。逆に中国側からは大統領の選挙キャンペーン時、共和党のパパブッシュに献金を通じた応援を依頼されています。もちろん、お金は中国政府持ち。その頃から、アメリカの大統領選には外国政府の陰がちらついていました。

中国のスパイは中国系アメリカ人のみならず、脇の甘いアメリカ人を使ってあちこちに浸透しています。特に90年代までの中国はロスアラモス研究所やリバモア研究所で核兵器の技術開発をしている科学者から情報を盗み、自国の核兵器開発費を抑えることに成功したようです。

一方のFBIもむざむざ見過ごしてはいません。裁判所の許可を得て容疑者の家には盗聴器とビデオカメラをセットして監視します。また、中国の政府専用機(中国国際航空のB747)にも盗聴器を仕掛けます。いい作戦に思えましたが、盗聴器が仕掛けられることを予想していた中国政府が調査し、最新の盗聴器が中国側の手に渡ってしまいました。

著者はニューヨーク・ヘラルド・トリビューンの記者で、本書のために150人以上から500回以上のインタビューを重ねました。その中には諜報活動を行った者やFBIまで、多岐にわたります。当時はまだインターネット上のやり取りが少なかった時代です。当時、まだまだ発展した大国とは言えなかった中国とアメリカの間で、このようなスパイ合戦が繰り広げられていたのです。今ではもっと凄絶なやり取りになっていることが予想されます。ただ、実情が明らかになる日は当分来ないかもしれません。

本書の冒頭にはカトリーナ・レオンとJ・Jが二人揃っている写真が掲載されています。ワシントン・ポストに撮られたものです。なんと厚顔無恥にもまあ、と思えます。


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人民を扇動する北朝鮮文学の内情

金柱聖(2018)『跳べない蛙 北朝鮮「洗脳文学」の実体』双葉社

美人娘たちが手に持っていた大学ノートを差し出してきた。なんと、そこには『人間の証明』がびっしりと書き写されていた。(本書 p.229)

私はもうこれ以上、あの国に住む気にはなれなかった。一度見てしまった外の世界の誘惑に、勝てるはずなどない。(本書 p.260)

在日朝鮮人として生まれ、総連幹部の祖父を持つ著者が「故郷」である朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)に帰国し、文学者になった顛末とその裏事情を書いた本です。

北朝鮮への帰国船でついた人たちは、まず招待所で教育を受けます。一定期間の教育(と順応)を経て、各都市に割り振られます。みんな平壌を希望しますが、現実はそう甘くはありません。しかし総連幹部を祖父に持つ著者は幸いなことに平壌に住むことができました。しかし総連幹部は在日、日本の資本主義の影響を受けた、潜在的スパイとみなされ、割を食う場面も多くあります。

北朝鮮の文学には以下のジャンルがあります。

  1. 1号形象物
  2. 抗日パルチザン物
  3. 戦争物
  4. 歴史物
  5. 現実物
  6. 南朝鮮物
  7. 海外物

著者は在日を主人公とした文学、すなわち7番目のジャンルを担当していました。その他のジャンルを書くのは自由でしたが、金一族を題材にした1号形象物だけは限られたエリート作家にしか書くことが許されませんでした。

著者はエリート文学者の登竜門である金亨稷師範大学の作家養成班に入ろうとします。2年半に一度巡ってくるそのチャンスのため、朝鮮労働党員になり、編集者に賄賂を渡して文学雑誌に作品を掲載してもらい、文学賞まで獲得した結果、二度推薦されました。しかし、入学はかないませんでした。そこには在日という見えない天井がありました。

引用部分にある森村誠一『人間の証明』のエピソードは貴重です。100部図書といわれる作家たちだけが参考にできる外国文学の訳本です。それをまわし読みしている人たちがいること、地方の党幹部に貸したらその娘と友達が手書きで大学ノートに書き写していたエピソードが出てきます。

手書きで本を写すという中世の教会や南方熊楠を髣髴とさせる営みを、1990年代に北朝鮮のエスタブリッシュメントに近い上流階級の娘さんが行っていた。貴重な証言です。

もう一つ驚いたのは総連幹部だった祖父ですら、当時の北朝鮮の内情を知らなかったこと。どうせ日本円は使えなくなるからと日本で北朝鮮ウォンに両替するよう、帰国者に言いまわったところ、北朝鮮公式レートで両替するより日本円をそのまま持ち帰って外貨ショップや闇両替で使うほうが経済的だったのでした。

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中国朝鮮ウォッチ 北朝鮮

南北首脳会談 | 注目すべき北朝鮮関連動画

5回目 2018年9月18日

(南)文在寅大統領、(北)金正恩 委員長 於 平壌

남북정상회담 3일 연속 특별 생방송 (1일차) (풀영상) / SBS / 제3차 남북정상회담
(南北頂上会談 3日連続特別生放送(1日目)(副映像)/ SBS / 第3回 南北頂上会談)

서울에서 백두산까지… 남북정상회담을 9분으로 요약해봤습니다/비디오머그
(ソウルから白頭山まで…南北頂上会談を9分で要約してみました。/ビデオモグ)

4回目 2018年5月28日

(南)文在寅大統領、(北)金正恩 委員長 於 板門店・統一閣(北側)

깜짝 2차 남북정상회담, 문재인 대통령과 김정은 위원장 대화 풀버전!
(すぐに2回南北頂上会談、文在寅大統領と金正恩委員長対話フルバージョン!

3回目 2018年4月27日

(南)文在寅大統領、(北)金正恩 委員長 於 板門店・平和の家(南側)

[풀영상] 2018 남북정상회담 (Inter-Korean Summit)
(生中継 2018 南北頂上会談)

2回目 2007年10月2~4日

(南)盧武鉉大統領、(北)金正日国防委員長 於 平壌

Kim Jong Il Greets Roh Moo Hyun

1回目 2000年6月13~15日

(南)金大中大統領、(北)金正日国防委員長 於 平壌

6.15 남북정상회담 – 평양에서의 2박3일`
(6.15 南北頂上会談 – 平壌での2泊3日)

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雑炊の時代、平成を振り返る。

佐藤優、片山杜秀(2018)『平成史』小学館

片山 不況のなかで育った若者たちは騙されていたと気づいたんでしょうね。自由だ、自由だ、と言われて、実は捨てられているのだと。(本書 p.30)

佐藤 (中略)政治でもメディアでも情報は皇居を中心にして半径5キロ以内に集中している。『そこまで言って委員会』はそこから外れて独立している面白い存在です。(本書 p.176)

本書はタイトルで半藤一利『昭和史』を思い出させます。バブル崩壊で始まり、何度かの自然災害とテロとの戦いを経て憲政史上初の天皇生前退位で幕を閉じる(予定の)平成について語り尽くした対談です。内政、外交から東京タラレバ娘シン・ゴジラに至るまで、硬軟合わせた話題で対話が進んでいきます。

平成は何が起きるかわからない雑炊のような時代、あるいはポストモダン的なパッチワークの時代です。特に政治では世界的に独裁的な傾向が強くなりました。日本も例外ではありません。「戦後レジームからの脱却」を掲げた安倍政権は、文面通りに読めば「脱アメリカ」なのかと思いきやトランプ政権とは蜜月の関係にあります。小泉政権以降、こうしたその場の勢いでふわっと乗り切る傾向が強まりました。それは反知性主義の拡大であり、裏返していうと橋下大阪府知事やなんとかチルドレンと呼ばれる大した哲学のない、やりたいことのない政治家が増えたことにも繋がります。

二人がたびたび指摘しているのは、中間団体の消滅です。かつては労働組合などが力を持っていて、国家と個人を取り結ぶ中間団体に働きかけることで民意を選挙結果に反映させることができました。しかし公社の解体などを経て、いまや国政に影響を与える中間団体は創価学会だけになりました。そのため、マスコミや世間の空気で選挙結果が大きく左右されることになりました。そうした空気をくみとってか、手続きのかかる民主主義から劇場型政治へと変わっていきました。

二人は、平成は昭和の遺産を食いつぶし、豊かだったが幸せかどうかはわからない時代だったと結論づけます。食いつぶすことしかしなかった時代の、次の時代は何かを生み出さねば右肩下がりになります。困難な時代だからこそ、冷静に、時間をある程度かけて今後の練らねばいけません。個人レベルでは、そうした次代を見据えて生き抜く方法を考えないといけません。

本書で語られていないもう一つの大きなできごとは2度あった全日空機ハイジャック事件とネオ麦茶こと西鉄バスジャック事件でしょう。前者で警察にSAT(特殊急襲部隊)があること、後者ではバスの窓の幅にちょうど合うはしごが準備されたことから、バスジャックを想定した訓練を行っていることが明らかになりました。その後、通信傍受法などができて、日本の警察のテロ対策も着々と進みます。結果、中核派や日本赤軍の大物を検挙するに至りましたが、同時に息苦しい社会となっていきました。これもオウム真理教や911、イスラム国などとの文脈で語られていい事件だったと思います。


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中国朝鮮ウォッチ 北朝鮮

北朝鮮の指導者官邸と専用駅

指導者官邸

 北朝鮮には各地に指導者の官邸があります。特閣と呼ばれるものだと思います。

名前位置市中心からの距離座標
龍城官邸平壤市龍城区東北12km(7.5mi)39.116377 N, 125.805817 E
江東官邸平壤市江東郡東北30km(19mi)39.201381 N, 126.020683 E
新義州官邸平安北道新義州市東部8.5km(5.3mi)40.081519 N, 124.499307 E
力浦官邸力浦区東南19km(12mi)38.911222 N, 125.922911 E
三石官邸三石区東北21km(13mi)39.102224 N, 125.973830 E
平城官邸平安南道平城市西北11km(6.8mi)39.338774 N, 125.804062 E
元山官邸江原道元山市東北5km(3.1mi)39.188647 N, 127.477718 E
長水院官邸平壤市三石区長水院洞東北15km(9.3mi)39.116069 N, 125.877501 E
南浦官邸平安南道南浦市西北9km(5.6mi)38.777724 N, 125.321217 E
白頭山官邸両江道三池淵郡西北7km(4.3mi)41.857656 N, 128.274726 E
香山官邸平安北道香山郡東南15km(9.3mi)39.971916 N, 126.321648 E
安州官邸平安南道安州市東部13km(8.1mi)39.635202 N, 125.810313 E
昌城官邸平安北道昌城郡西部9km(5.6mi)40.440384 N, 125.118192 E
楽園官邸楽園郡南部5km(3.1mi)39.857744 N, 127.780674 E

龍城官邸

江東官邸

新義州官邸

力浦官邸

三石官邸

平城官邸

元山官邸

長水院官邸

南浦官邸

白頭山官邸

香山官邸

安州官邸

昌城官邸

楽園官邸

専用駅

北朝鮮の歴代指導者(金日成、金正日、金正恩)は専用列車で移動していることはよく知られています。近年でも金正恩は中国、ロシア、ベトナムを鉄道で訪問しています(シンガポールは中国国際航空のB747-400を借り上げました)。

北朝鮮国内には指導者の専用駅も存在します。ニュース映像で放送されるのは主に一般の駅を利用している姿なので、これらの駅の映像はほとんどありません。

平壌

中国に行くときなどはここからではなく、すぐ北西にある龍城駅から出発しています。

元山

元山の専用駅と特閣については38 Northが2020年4月25日の記事で詳しく解説してくれています。

参考

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中国 中国朝鮮ウォッチ

中国共産党の序列

中国共産党内の序列はあるのですが、あまり明らかにされません。日本語で比較的まとまっているのはWikipediaの記述です。ここでは最新の情報を随時更新していきます。(2019年10月1日の軍事パレードでもこの序列が使われました。)

中央政治局常務委員会委員(チャイナセブン)
中央政治局委員


中央政治局常務委員会委員(チャイナセブン)

序列 名前 肩書 備考
1 習近平 総書記、国家主席、中央軍事委員会主席
2 李強 国務院総理
3 趙楽際 全国人民代表大会常務委員会委員長
4 王滬寧 中国人民政治協商会議全国委員会主席
5 蔡奇 中国共産党中央書記処常務書記
6 丁薛祥 国務院副総理(副首相)
7 李希 中国共産党中央規律検査委員会書記

中央政治局委員(~2022/10)

序列 名前 肩書き 備考
8 丁薛祥 中央書記処書記長、中央弁公庁主任
9 王晨 全人代常委会党組副書記、全人代常務委員会副委員長
10 劉鶴 国務院副総理(科学技術、工業、金融担当)、中央財経委員会弁公室主任
11 許其亮 中共中央軍事委員会副主席、国家中央軍事委員会副主席
12 孫春蘭 国務院副総理(教育、文化、衛生、体育、退役軍人事務担当)国務院党組成員、
13 李希 広東省委書記
14 李強 上海市委書記
15 李鴻忠 天津市委書記
16 楊潔篪 中央外事工作委員会秘書長兼弁公室主任
17 楊暁渡 中央書記処書記、中央紀律検査委員会副書記
18 張又俠 中共中央軍委副主席、国家中央軍委副主席
19 陳希 中央書記処書記、中央組織部部長、中央党校校長、国家行政学院院長
20 陳全国 新疆ウイグル自治区党委書記
21 陳敏爾 重慶市委書記
22 胡春華 国務院副総理(農林、水利、商務、税関担当)
23 郭声琨 北京市委書記

参考リンク

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不安定な時代だからこそ読もう:村上春樹『ノルウェイの森』

村上春樹(2004)『ノルウェイの森』講談社

「昼飯をごちそうしてもらったくらいで一緒に死ぬわけにはいかないよ。夕食ならともかくさ」(本書上巻 p.155)

「だって私これまでいろんな人に英語の仮定法は何の役に立つのって質問したけれど、誰もそんな風にきちんと説明してくれなかったわ。英語の先生でさえよ。みんな私がそういう質問すると混乱するか、怒るか、馬鹿にするか、そのどれかだったわ。」(本書下巻 p.65)

僕は大学生が出てくる小説が好きだ。

彼らは未熟で、将来に対するぼんやりとした不安があって、人間関係に悩み、答えの出ない問いをめぐってぐるぐるしている。未熟ながらも一所懸命にもがいている。そんな大学生の出てくる小説が好きだ。

本作も間違いなく、そんなまじめな大学生の出てくる小説です。主人公の大学一年生、ワタナベは直子と緑という二人の女の子を目の前にして悩みます。緑とならすぐ付き合えるのですが、ワタナベが愛しているのは直子で、直子との間には複雑な事情があって簡単には解決できません。

そうやって一人で解決できないことをめぐって、いろんな人に話を聞き、いろんな人を巻き込んでぐるぐると悩み、もがきます。そんな中、すっと手を差し伸べてくれるのが同じ寮に住んでいる先輩(おそらく東大法学部から外務省キャリアという設定)の永沢さんです。

「自分に同情するのは下劣な人間のやることだ」

永沢さんは同情せずに、自分の力を100%出し切って、それでダメだったらそのとき考えればよいといいます。彼には多くの問題の原因と対応策が見えているのでしょう。それが見えないワタナベがもどかしく、だけどどこか他人に対して冷めているワタナベに親近感を持ちます。

一方、ワタナベはそんな永沢さんの良さを理解しているものの、心を許しているとは言えません。私がワタナベに惹かれるのも、永沢さんよりはワタナベに近いからでしょう。世の中の多くの人は永沢さんほど頭脳明晰でもなければ、自らの力に自信があるわけでもありません。

だから、不安定な足場の上で必死にバランスを取ろうとしてもがいているワタナベに共感するのです。不安定であるからこそ、よく考え、行動する大切さを彼は教えてくれます。これは先行きの見えない現代にも通じる部分といえます。私はとても共感を覚えました。

ちなみに本作品で有名になった新宿にあるジャズバー、DUGが出てくる箇所は下巻のp.47「紀伊國屋の裏手の地下にあるDUGに入ってウォッカ・トニックを二杯ずつ飲んだ」とp.150「DUGに着いたとき、緑はすでにカウンターのいちばん端に座って酒を飲んでいた」の2か所です。

都電の駅から寮まで徒歩で帰る描写がありますが、早稲田の駅から和敬塾までは遠いなあ、と思いました。



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レビュー 谷崎潤一郎賞

二つの世界が交わっていく: 世界の終りとハードボイルドワンダーランド

村上春樹(2010)『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』新潮社

いずれにせよ、老人が指摘したように、この街にとって僕は弱く不安定な存在なのだ・どれだけ注意してもしすぎるということはない。(本書上巻 p.298)

私はこの世界から消え去りたくはなかった。目を閉じると私は自分の心の揺らぎをはっきりと感じとることができた。それは哀しみや孤独感を超えた、私自身の存在を根底から揺り動かすような深く大きなうねりだった。(本書下巻 p.393)

物語は二つの話が別々に進んでいきます。ある数字をある数字に変換する計算士という仕事をしている私が、ライバルである記号士による謀略、抗争に巻き込まれていく話が一つ、もう一つは城壁で囲まれたふしぎな街に連れてこられ、影を切り離されて夢読みという動物の頭蓋骨からそれが持っている記憶を読んでいく仕事をする私の話です。これら二つの話が、やがて一つの世界に交わっていき…。

本書では村上春樹の独特の世界観、知らず知らずのうちに不思議な世界に巻き込まれていくという筋書きが成立しています。計算士の私はあるクライアントの仕事を請けおって以来、記号士との抗争に巻き込まれてしまい、自らの力では抗しがたい運命に巻き込まれて行きます。

ふしぎな街に入って影を切り離された私はなぜここに来たかわかりませんが、夢読みという仕事を任され、街の人々と交流を広げていき、街独特のルールに従って生きていきます。こちらもまた、自らでは抗しがたい運命の中で生きていきます。

しかし、どちらの世界の主人公も運命に流されるままでは終わりません。どうにかして自らの希望が持てるほうに持って行こうともがきます。もがく中で、どちらも自分にとって大切なものが何か分かっていきます。それぞれの世界(あるいは宇宙)において、自分にとって大切なものが何かを改めて考えさせる物語、と言っていいかもしれません。

本書、私の高校の国語教師がお勧めしていました。また、職場の同僚の村上主義者も一番好きなのは本書と言っていました。しかし、私はダンス・ダンス・ダンスの方が好きです。



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現代史の最重要人物:トウ小平

エズラ.F・ヴォーゲル著、橋爪大三郎(聞き手)(2015)『トウ小平』講談社

指導者が、なるべく多くの人びとの意見を聞いて、決めるわけです。意見が正しいと思えば、そのようにやる。そうじゃないと、自分の判断で方向を決める。(本書 p.196)

全国の秩序を守るために、ときどきひとを犠牲にしなくちゃならない。というロジックの犠牲者が、天安門の学生である。そういう考えだと、私は思う。(本書 p.207)

 エズラ・ヴォーゲルが大著を記しました。それが『現代中国の父 トウ小平(上)』『現代中国の父 トウ小平(下)』です。今回はその大著を紹介する対談です。

対談が豪華です。エズラ・ヴォーゲルの相手は『はじめての構造主義 (講談社現代新書)』でも知られている橋爪大三郎です。

鄧小平は第二世代の指導者といわれます。第一世代が建国の父、毛沢東。第二世代が鄧小平です。そして第三世代から江沢民、胡錦濤、習近平と続いて行きます。ただ、中国の国家主席は毛沢東と江沢民の間に劉少奇、李先念、楊尚昆がいます。また、中国共産党中央委員会主席も毛沢東、華国鋒、胡耀邦の3人がいます。鄧小平はどちらにも就いていません。

ではなぜ鄧小平が第二世代と呼ばれるのでしょう?

まず、中国では共産党がすべてを支配します。まず国があり、いずれかの党が運営するのではなく、まず党があり、党が国を運営します。そのため、党が何よりも優先され、党のトップ(総書記)が国のトップ(国務院総理)を指導します。

当時、党主席だった華国鋒は鄧小平によって権限を剥奪されてました。そして中央書記処総書記の職を設置します。中央委員会主席が党の最高指導者、中央書記処総書記が党の日常業務の最高責任者という運営にしました。そして鄧小平の信頼厚い胡耀邦が就任、再び党首と党の日常業務の最高責任者が分離する体制となります。

追い詰められた華国鋒は党書記を辞任、代わりに胡耀邦が党主席に就任、鄧小平は党中央軍事委員会主席に就任して人民解放軍(これまた国ではなく党の軍隊)のトップに就きます。一方で国の方には鄧小平の信頼厚い趙紫陽が国務院総理(首相)に就任していました。こうして鄧小平体制を確立しました。

現在は党総書記、国家主席、軍事委員会主席の三つの役職を担うと中国の名実ともにトップになったといわれます。




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会社で生き延びるに意外と使える旧日本軍のマニュアル

佐藤優(2017)『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』講談社

読みたくないのに読ませてもだめです。そういう人は出世しませんから時間の無駄です。だから、やる気のない人を相手にしない方がいい。人生は短いですから。(本書 pp.277-278)

いま、日本の内外にはさまざまな危機が取り巻いています。このクライシスを乗り越えるためにも、着実に力をつけることが求められているのです。(本書 p.282)

 会社は教養で生き抜けます。逆に言うと、教養を使わないと生きづらい社会が会社だということです。よほどの零細企業や個人事業主出ない限り、会社には仲間がいます。その中では比較的波長の合う人、合わない人が出てきます。自分が教養をつけてしなやかになる(思考の柔軟性を持つ)とともに、波長の合う人と上手に付き合っていくのが生き抜くコツです。

 本書で佐藤は独断専行、宗教、論理学、地政学、資本主義、日本史、数学がビジネスパーソンが生き抜くにあたって必要な牙だとしています。具体的には以下の見出しをつけて身につけるべき教養をあげています。

  1. 旧日本陸軍マニュアルに学ぶ仕事術
  2. 世界のエリートの思考法を理解するための宗教入門
  3. 論理の崩れを見抜く力をいかに鍛えるか
  4. 地政学を知ることで、激動する国際情勢がわかる
  5. 資本主義という世の中のカラクリをつかむ
  6. これだけは知っておきたい日本近現代史
  7. エリートの数学力低下という危機
  8. 本をいかに選び、いかに読むか……

興味深いのは一番初めに独断専行の研究として旧日本軍のマニュアルを持ってきたことでしょう。負けた軍隊のマニュアルなんて、何の役に立つの? と思われるかもしれません。ここで使われているのは陸軍のエリートに向けて書かれた『統帥綱領』ではなく、兵卒に向けて書かれた『作戦要務令』です。後者では戦況に応じて撤退をすることまでもマニュアル化されていました。一方、「死して虜囚の辱めを受けず」をよしとした戦陣訓を大事にした陸軍のエリートたちは柔軟な思考ができず、撤退の指示ができませんでした。

『作戦要務令』で興味深いのは独断専行を認めていることです。独断専行はある程度、上司の信頼という後ろ盾がないとやりづらい。だけど独断専行という形を取って上司の思いつかないこと、上司が踏ん切りつかないことをするのは、軍隊のような年功序列で硬直した組織が柔軟化するには必要だったのです。

だからといって準備もなしに独断専行をするのは危険です。大体、上司は「うまくやれ」と言って、できた時は「よくやった」と手柄を取り上げ、できなかった時は「なぜ指示通りに動かなかった」とこちらに責任を擦り付ける形で叱責します。そして独断専行をした人はトカゲのしっぽきりにあってしまいます。

そうならないために、うまくいかなかったときはその原因を突き止め、上手に上司に責任を押し付けることが大事だと佐藤は指摘します。結局、仕事をするにあたっては常に冷静な判断をすることが一番大事なようです。

その他の項目は宗教に代表される人々を魅惑する論理、論理学、国際情勢、数学、読書は仕事に役立つとなんとなくわかります。日本史については、過去のパターンを知れば、現代起きている事象のパターンがわかります。佐藤は歴史に二分法を入れて時流に乗った人物として小泉純一郎、田中真紀子、そして小池百合子をあげています。歴史に学ぶと、現代から近未来が見えてきます。

なお、『作戦要務令』は以下の国会図書館のサイトで画像として読めます。
http://iss.ndl.go.jp/books?ar=4e1f&any=作戦要務令&op_id=1&display=&mediatype=6