読むと絵画の見方が変わる


バクサンドール, マイケル[篠塚二三男・石原宏・豊泉尚美・池上公平訳](1989)『ルネサンス絵画の社会史』平凡社

この本(筆者註:ヤコブス・デ・ケッソリス(1493)『チェスの書』)はチェスになぞえらえて社会階層を表した中世的なアレゴリーである。クイーン側のビショップのボーンは、このアレゴリーでは宿屋の主人で表される。そしてこの人物を見わけるための三つの手がかりのひとつが、勧誘の仕草である。「彼は右手を、勧誘する人のように伸ばす」。手のひらを少しあげ、指を扇状にやや下向きに開いている。(本書 pp.120-124)

フイリッポ・リッピの絵は豊富であると同時に多様性を持っているが、クアトロチェントの批評家たちが最も賞賛したのは、諸要素を効率的に使って多様性を持たせる絵画である。(中略)絵画における多様性の価値と、クアトロチェントのほかの文化の領域-すでにみたような天上的経験や文芸批評-との間には、きわめて密接な呼応関係がある。(本書 p.233)

大学院のときにとある教員が授業中に「これは名著です」と言って紹介していた本で、僕はずっと気になっていた。当然すぐに図書館に行って借りたが、やることが多くて読み始める前に返却期限が来てしまい、結局読めずじまい。今ではどうもなかなか手に入らない本っぽくて、買うのもままならないまま、数年が過ぎた。

本書はその評どおりの名著であった。おもに主眼が置かれるのはクアトロチェント(1400年代)に活躍した画家たちと、彼らの作品への人々のまなざしである。本書はまず絵画取引の話から入る。当時の画家が描いていた条件にアプローチする。すなわち、依頼主がどこに力点を置いて注文し、画家たちがどのようにそれにこたえたか、から始まる。当初は色に細かな注文が出ていたが、時代が下るにつれ、画家の技量に価値が置かれる。何で描くべきか、よりもどう描くべきか、が重視されるのだ。

絵を見る側も、それなりの階級の人たちはそれなりの知識と審美眼を持っており、画家たちはそれに如何に応えるかが腕の見せどころであった。それとともに、宗教画として描かれる場合は宗教画らしさ(ある一定のルール)も求められた。すなわち、聖書の物語から逸脱しないこと、過度な演出をしないことなどなどである。当時の文字が読めない大衆にとっては、宗教画こそキリスト教を理解するもの、聖書に代わるものであった。当然、宗教画への偶像崇拝も現れる。しかし教会側もそれをわかった上で、宗教画の教育上の必要性を理解し、画家たちに依頼し続ける。

聖書の物語が上の引用で引いたような15世紀の人たちの身振りを交えて描かれたのが、当時の絵画なのだ。それを理解するには当時の絵画と画家と依頼主の関係や鑑賞者の目の付けどころといったものを知ってこそ、深みに達することができる。多くの絵が挿入されており、大変読みやすく勉強になる本であった。

孫引きで申し訳ないが、下記の個所だけはあまりにもかわいそうだと思ったので最後に引用しておこう。

以前ナポリに駐在していたシエナの大使がいた。彼はいかにもシエナ人らしく非常に派手だった。一方アルフォンソ王はいつも黒い服を着ており、飾り留め金しかついてない帽子をかぶり、首に黄金の鎖をつけているだけだった。そして綿や絹の服をほとんど着なかった。ところが先の大使は非常に高価な金襴を身につけており、王の引見に出向くときはいつもこれを着こんでいた。(中略)ある日王は、小さく粗末な部屋に対し全員を招集して引見する手筈を整え、さらに家臣数人と相談し、ひしめきあいのなかで皆がシエナ大使を押し分けて進み、着ている錦をこするように示し合わせた。さてその当日になって、シエナ大使の錦の服はほかの大使たちばかりでなく王にまでこづかれ、こすられた。皆、部屋を出て錦の様子をみると笑い転げた。毛はまったくつぶれ、錦は深紅色になり、金がはげ落ちて黄色い絹が残るだけの見るも無残なぼろぎれになってしまったのである。シエナ大使が、すっかり台なしになった錦を着て部屋から出て行ったのを見とどけると、王も笑いを止めることができなかった。・・・
(本書 pp.34-35; この箇所はVespasiano da Bisticci, Vite di uomini illustri『名士列伝』, ed P.d’Ancona and E. Aeschlimann, Milano, 1951, p.60の引用とのこと)