奥野良之助(2006)『金沢城のヒキガエル 競争なき社会に生きる』平凡社
ストーブを囲んで雑談していた時、「先生、ヒキガエルを掘りにいきませんか」と言い出した学生がいた。(中略)学生どもは、私の指示を待たず、といって指示を待たれたら私のほうが困ったところだったが、本丸中に散会して雪を掘り始め、つぎつぎと越冬中のヒキガエルを掘り当てていった。私は、学生に呼ばれるままに走り回り、掘り出されたヒキガエルの計測や個体番号の確認に追われただけであった。このまま放っておくと学生どもは本丸十を掘り返してしまうにちがいない。適当なところで私は、教官の権限を発動して、発掘の中止を宣言した。(本書 p.82)
ヒキガエルの生態に迫った名著である。本書の主張は著者の9年間、399回にものぼる調査に裏打ちされている。
人は生物を見ると厳しい生存競争の中、強者だけが生き延びると考えがちだ。ヒキガエルを見ているとその発想は根底から覆される。
およそ10年ほど生きる彼らは両生類だから冬眠する。暖かくなったら土から出てご飯を食べ、子孫を残す。そして夏になると暑さを避けるように冬眠ならぬ夏眠に入る。秋に少し起きて、また寒くなると冬眠するのだ。冬眠の仕方も雑で、溝の石の隙間にちゃんと入ればいいものを、奥まで入らず適当に入ったところで冬眠してしまう。なんて力の抜けた生き物だろう。
当初、魚を専門にしていた著者は保険(論文を書く)ために、勤務先の金沢大学が当時位置していた金沢城でヒキガエルを調査し始めた。すると次第にヒキガエルの姿に心惹かれる。だが虫嫌いだから決して解剖はしない。前足に4本、後ろ足に5本ある指を解剖ばさみでパチンパチンと切って標識にし、都合1526匹の行動を調べた。そして分かった。彼らは年間11日、55時間しか働かない。これは繁殖も食事も含めた時間だ。
オスよりメスの方が少ないため、自らの子孫を残せる可能性は低い。にもかかわらず、毎日繁殖に参加するオスは極めて少ない。なんてゆるい生き物なんだ。そんな「ゆるさ」があるからこそ、著者が見つけた3本足のハンディキャップヒキガエルも繁殖に成功したから、悪いことではない。
面白い研究成果を出すには時間がかかる。昨今の短期的な成果を求める風潮ではこんな研究を再び望むことは難しいだろう。確かになにの役にも立たないし、特許などのお金に結びつくことはないかも知れない。だけど読んだ人を勇気づけ、何よりも競争社会が適用されない生物が身近にいて、そんな彼らも立派に生き延びていることを知るだけで、今あくせく働き生き急いでいる人の生き方を振り返らせてくれる。これぞ研究の真骨頂だ。