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昭和史の大家と国際情勢の専門家が語りつくす近代

半藤一利、佐藤優(2016)『21世紀の戦争論 昭和史から考える』文藝春秋

半藤 (筆者註:辻政信は)眼光も炯々としていて、人を引きつける迫力のようなものはあったと思います。(本書 p.54)

佐藤 この釧路-留萌線での分割によって、ソ連は道義性も示せます。日本人民の意志によって共和国をつくり、日本人民の要請に応えて北樺太まで渡すというわけですから。スターリンには領土的な野心はまったくないという証明にもなる。そうすると冷戦が終わったとき、南北日本が統一されて、逆に樺太が「日本」になっていたかもしれない。(本書 p.143)

 昭和史の大家である半藤一利と国際情勢の専門家である佐藤優の対談本です。5回15時間以上に及ぶ対談の一部は『文藝春秋』などに連載されました。

 半藤一利は昭和5年生、東大文学部を卒業してから文藝春秋に入社し、顧問を経て退職するまで雑誌編集者として過ごします。夏目漱石の遠戚であると同時に昭和史に関する本も多く出し、1998年には『ノモンハンの夏』で山本七平賞、2004年『昭和史』で毎日出版文化賞特別賞を受賞しています。

 昭和30年代から取材を続けている半藤の話は、戦後タイで僧侶に変装、潜伏して戦犯にもならずに衆議院議員になり1968年(昭和43年)に謎の失踪をした辻政信や、関東軍幹部で細菌兵器の開発などの裏事情も知っていて、終戦後はシベリア抑留と同時にソ連のスパイになった朝枝繁春など、歴史の生き証人にインタビューした時の話や人物像などが出ていて、説得力があります。辻がラオスで処刑された話や日本が敗戦時にマニラにいたマッカーサのところにまで降伏文書を取りに行った話など、興味深い話をしています。

 さらに、ソ連・ロシア事情に詳しい佐藤優が対談をして、二人で第二次世界大戦時の日ソの戦争について語らいます。日本は戦争を始めたけれども、世界情勢を読みきれず、終わらせ方もわからなかったという意見は、戦後70年以上経った今でも変わらないと思います。

 佐藤優はモスクワのフランス大使館の前には長寿研究所があり、そこでは指導者層のために長寿を研究する一方、未だにインフルエンザが流行るとそれが自然由来のものかどうかを調べているという話を披露しています。以下のところが周辺地図ですが、どの建物でしょう?

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金正日の息子もソ連崩壊を目の当たりにした?

佐藤優(2016)『世界観』小学館新書

ある時この家庭教師が、北朝鮮製のクッキーとキャンデーを持ってきた。筆者が「どこで手に入れたのか」と尋ねると、「北朝鮮大使館でもらった」と答えた。金正日の息子にロシア語を教えているという。(本書 p.196)

教養を身に着けた本物の選良(エリート)になることが、ブラック企業から抜け出す最良の方法だ。(本書 p.272)

 佐藤優の『SAPIO』での連載をまとめたものです。2012年頃~2016年までの原稿をまとめています。

 少し古めに感じる記述もありますが、序文で書いてある通り、事柄の大枠については外していないといえます。

 私はサウジアラビアの石油減産政策は、イランの核開発阻止、アメリカのシェールオイル阻止を狙ったチキンレースだと思っていたのですが、佐藤氏の見立てでは現状でも赤字ではないから今後もしばらく続くだろうとのことでした。このあたりはちゃんと見ている人でないとわかりません。

 中東のイスラム国やイスラエルの他、専門のロシアから中国、北朝鮮に至るまで、佐藤氏は鋭く切り込みます。

 一番役に立つのは、昨今話題のブラック企業についてです。外務省ではルーブルの換金で大使館ぐるみの犯罪にまで加担し、上司による成果の横取りなど当たり前と思っていた佐藤氏ですが、今振り返ると個人の努力次第で実力がついたと語っています。ブラック企業から抜け出すのは、実力をつけるしかないというのは金言です。一方、努力しても実力がつかない人も一定割合で存在します。彼らをどうやって救うかが、今後の日本社会、あるいは政治の課題といえます。

 個人的には、金正日の息子にロシア語を教えている人に、佐藤優がロシア語を教わっていたというエピソードが興味深かったです。どの息子かは分からなかったと書かれてあります。おそらくはその後のソ連崩壊を目の当たりにしたその息子とは、一体、誰のことなのでしょう?

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低迷混沌の現代を最低限のストレスで生き抜くために

佐藤優(2016)『秩序なき時代の知性』ポプラ社

木暮 (中略)ある一定の基準を超えたら、そこから先の幸福度は、お金には関係ないように思いますけどね。
佐藤 ある一定の基準というのは、数字としてどのくらいをイメージされてますか。
木暮 いまだと、ひとり暮らしなら300万円だと思っています。(本書 pp.90-91)

開沼 (中略)福島には以前から、東京発信の「福島かくあるべし」に嫌気が差している人が多くいます。そろそろ「自分たちの言葉」をつくっていかなければという感覚が熟してきているのかなと。(本書 p.158)

 佐藤優の連載対談で『右肩下がりの君たちへ』の続編にあたります。

 今回は

  • 開沼博(社会学者:フクシマ)
  • 國分功一郎(哲学者:哲学)
  • 木暮太一(作家:経済)
  • 水野祐(弁護士:法律)
  • 與那覇潤(歴史学者:歴史)

の5名と対談します。

 國分功一郎は地元である小平市の道路建設に際して、住民の生活に影響がでるのに行政の判断に住民の意見が反映されない事に気づき、住民投票を起こしました。結局、住民投票の投票率が低かったとされて、開票されることなく票は焼却処分されました。市長選とほぼ同じ投票率だったにも関わらず。ここに、國分は現代日本の民主主義の限界を見ます。

 木暮太一とは経済の、特にお金にまつわる話をします。佐藤も木暮も、だいたい欲しいものは手に入ったから物欲がなくなったという点で共通しています。これは私も同じで、ネット環境と衣食住に事欠かなかったら大体満足してしまいます。この対談は身の回りの人々の金銭感覚を等身大に表していると思いました。

 この本の一番の見どころは、やっぱり開沼博でしょう。福島出身の社会学者で、地元の当事者としても発言できる強みがあります。すなわち、福島のことが皮膚感覚で分かった上で話のできる貴重な知識人です。

 反原発、反基地、反自民とパッケージ化して語られるようになってしまったけれど、現実問題として福島の問題を語るには健全な状態ではありません。反原発にしても放射性廃棄物処理と数十年単位で関わっていかないといけない、すると技術者を養成しないといけない、そのためには原子力工学が魅力的なものであると発信しないと優秀な人材が集まらない。

 理想論ではなくて現実的な発想が必要です。廃炉だけでなく、帰村やコミュニティ形成方法なども同じことがいえます。やっとそろそろこういう議論が出来るようになってきた、というところにこの問題の根深さを感じさせました。

 情報過多の福島第一原発について語るため、百科事典形式にして出した『福島第一原発廃炉図鑑』は論点が整理されたデータブックとして、ほとんどクレームがつかなかったとのことで、興味がわきました。

 本書は若い世代との対談なので、若い世代が何を考え、どうやって社会と向き合って変えていこうとしているかが見て取れます。今の時代を生き抜く考え方が何パターンも出ていて、大いに参考にできそうです。

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「一億総滑落社会」を変えるために政治家と語る

井手英策、佐藤優、前原誠司(2016)『分断社会ニッポン』東洋経済新報社

前原 まあちょっと愚痴になりますけれども、議員年金が2006年からなくなったんです。(中略)そうすると私は国民年金だけなんです。(中略)議員生活を終えても退職金はない。いったいどうやって生きていくかというのは、私にとっては切実な問題なんですよ。
佐藤 金持ちしか政治家になれないということになっちゃいますよね、逆に。(本書 p.107)

井手 (中略)誰ということはないですけど、明らかに金持ちのボンボンが「格差是正」と言ったらみんなシラッとしますよね。
佐藤 そう。「シャッター街をなくしましょう」って、お前のおやじが創った大会社が商店街を潰したんじゃないかというような話になったらダメなんですね。(本書 p.166)

 井手英策 慶應義塾大学教授、前原誠司 衆議院議員、佐藤優による、日本の現状をいかに良くしていくかをテーマにした鼎談本です。井手は各地を調べて、例えば富山県では女性が働きに出る率が高いが、それは三世代同居に支えられているからだといった、全国に活かせそうな地方の特色を述べています。ただ、三世代同居は今後永続的に維持が可能な制度ではないこと、正社員の配偶者は配偶者控除を受けられるのに派遣社員の夫婦は配偶者控除を受けられないなど、現状の問題点も鋭く指摘します。

 三人とも、減税一辺倒ではなくて、有効活用するのだというアピールをして税をもらえば納税者も納得するのではないか、という議論を多くしています。今後の人口減を前にして、経済成長が見込みづらいとなれば、教育無償化等で充実させ、地域や共同体で助け合って暮らしていく。そうした社会にしていくのが政治の役割であると具体例を出して語っています。前原誠司という政治家が入っているからこそ、議論に真剣味も現実味も増しています。少しは政治を信じていいのかも、と思える本です。

 前原議員は八ッ場ダムの中止から再開で批判されましたが、ダム全体の見直しをして無駄を減らしたことなど、実績はあるのに有権者からは厳しい批判を浴びたなど、政治の厳しさを覗かせる発言をしています。一方で

「国民、特に政治に翻弄され続けてきた長野含め地元の皆さんには、心からお詫びを申し上げたい」(本書 p.197、太字は筆者)

と、県と書くべきところを誤変換している。電子書籍ならしれっと訂正されるのだろうけど、ちゃんと証拠が残るのは紙のいいところですね。

 前原誠司は京大法学部時代、高坂正堯(こうさかまさたか)ゼミに所属していました。弟(*1)の高坂節三 日本漢字能力検定協会理事長・代表理事は同協会の汚職事件(刑事・民事でそれぞれ裁判になった)があったとき非常勤理事でしたが、責任を取るどころか、いつの間にかトップに就任しています。そんな同氏は東京都教育委員在任中にまえはら誠司東京後援会の代表を勤めており、これは地方教育行政法違反であることが指摘されています(罰則規定はない)(*3)。

 清濁併せ呑むのが政治、私達有権者がしっかり見て、意見を言い、判断しなくてはいけません。

 冒頭の引用の「おやじが創った大会社」は某イ○ンのことを言っているのかなと思いました。

*1 【解答乱麻】日本漢字能力検定協会代表理事・高坂節三(産経新聞)
http://www.sankei.com/life/news/140823/lif1408230011-n1.html
*2 財団法人日本漢字能力検定協会について(池坊保子ブログ)
http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-8d56.html
*3 第177回国会 文部科学委員会 第11号(平成23年5月20日(金曜日))
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009617720110520011.htm

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生涯を賭けた美しい生き方

紀田順一郎(1982)『生涯を賭けた一冊』新潮社

諸橋轍次はこの稿執筆現在、満百歳に達し、(中略)時おり寂しくなって川上を呼びつける。つい先日(一九八二・一)にも「すぐ来てくれ」といわれて出かけると、「ぼくはもう仙人の心境に入ろうとしているんだよ。毒気が全部なくなってね」と語ったという。(本書 p.140)

趣味が嵩じての官能的なよろこびと学究精神との幸福な一致-『釣技百科』の魅力は一にかかってこの点にあるといえよう。古今独歩の釣書といわれる所以である。(本書 p.181)

荒俣宏の師匠である紀田順一郎が書いた本です。この本の中には、生涯をかけて一冊の本を書き上げた人たちが取り上げられています。必ずしも一生涯のうちに一冊しか出さなかった人ではありません。ただ、ライフワークとして取り組んだ本のある人達が取り上げられています。

本書で取り上げられた本を以下に紹介します。そのうちの多くは、今となっては顧みられていない本であることが分かります。

  • 一念を貫いたライフワーク―文倉平次郎『幕末軍艦咸臨丸
    咸臨丸に惚れ込み、明治31年に現地の墓地の事務員になってまでアメリカで命を落とした乗組員の墓を見つけ、供養した人の著書。
  • 初期探検家の栄光と挫折―岩本千綱『三国探検実記
    明治29年、新たな貿易相手国を探しにシャムからラオス、ベトナムへと僧侶姿で探検した明治人のお話。現地の人に僧侶と間違われ、流行歌をお経のように歌ってはキニーネなどの西洋薬を渡して米などをもらって旅を続けました。追い剥ぎや大虎に遭遇しつつも、どうにか旅を終えました。その後、ひ孫が足跡を辿った文章を書いています。(大坪治子「『暹羅老撾安南三国探検実記』 岩本千綱の身辺」新人物往来社『歴史研究』,第351号,1990年7月号,62頁)
  • 奈落の底から―山本作兵衛『王国と闇
    炭鉱での凄絶な暮らしを絵で描いた炭鉱夫の本。小学校の頃から一銭で粗末な西洋紙を5枚買い、それを15枚に細く切って絵の練習をしていました。寿命25年と言われる山の暮らしをし、68歳で初めて画用紙を買って絵を描き始めます。出した画集は第36回西日本文化賞(社会文化部門)を受賞し、世間の注目を浴びます。その後も描き続け、福岡県教育文化功労者などを受賞し92歳で死去。山本の絵は現在、世界記憶遺産に認定されています。
  • 書物と人生を語る―田中菊雄『現代読書法
    本好きという共通点を持つ紀田順一郎が惚れ込んだ本。たくあんだけを食べて1年過ごしてまで本にお金をつぎ込んだ著者は列車給仕をしながら英語を勉強し、小学校の代用教員、中学校教師を経て戦後は山形大学教授にまでなりました。
  • 管理機構の中の野人学者―牧野富太郎『牧野日本植物図鑑
    言わずとしてた植物学者、牧野富太郎。在野の、と言われるが、そうではなくて近代学制以前の教育は受けたものの、近代の学制に上手に入れなかっただけだった。彼の残した標本は20年間に300人のアルバイトを雇って整理しました。また、標本を包んでいた古新聞から当時の採集範囲が推定されました。(牧野は覚えていたのでどこで採集したかを書き込んでいなかった。)
  • 三十年の苦闘とその協力者たち―諸橋轍次『大漢和辞典
    中国に留学して一日に7・8時間も本を読んでいたけれど、良い辞書がなくて困ったため、辞書をつくることにしました。大修館書店の創業者である鈴木一平が採算を度外視し、自らの子息に学校を中退させてまでして支援しました。諸橋は五十歳を過ぎる頃から白内障を患い、六十歳頃には失明同様となってしまいました。三十五年の歳月と二十五万八千人の労力、時価九億円を投じて大漢和辞典は完成しました。吉川英治は合計三組、大佛次郎は二組を揃えました。中国も500セットを購入しています。補巻の完成した2000年までには七十五年の歳月がかかりました。
  • ある教育者のバックボーン―玖村敏雄『吉田松陰
    同郷人の吉田松陰に惚れ込んでその一生涯を書き続けた人です。吉田松陰がいつなにを言い、何をしていたかを全て覚えていました。また筆跡も「松陰先生にしてはできすぎている」と評するほどに見抜けました。そうした松陰の思想がバックボーンにあったから、戦後は文部省でGHQと渡り合い、タフネゴシエーターとして対等に議論できました。
  • 趣味の高峰に名著一冊―松崎明治『釣技百科』
    これはamazonにも出ていない本。ヤフオクなどでたまに出ています。九百ページのうち一ページのムダもないと言われた本です。出たのは戦時中の1942年。時代だけに不要不急の本は出せなかった。だからこの本は「銃後の生活に重視されるのは『技術』である」と説いて出版した。しかし中身は釣り好きの愛が詰まった文章で書かれています。
  • 足で書いた庶民の街―山下重民『新撰東京名所図会
    我が国のグラフ雑誌の嚆矢とも言える本です。丸の内がまだススキ野で子どもたちがトンボを追いかけている様子や吉原など江戸の名残のある景色が描かれています。今となっては見ることのできない、当時の写真より迫力のある絵で東京のあちこちが描かれています。

今でも比較的よく知られているのは諸橋轍次と牧野富太郎ぐらいでしょうか。

山本作兵衛などの本は古本市場では高値で取引されているので、今でも根強いファンはいるようです。また、朝日新聞朝刊の鷲田清一の連載「折々のことば」でも

「先生もおらん。無学で絵の価値もなか。ばってん、ムガクは六学とも書きましょうが、五つばかり学問が多い、ち。エッヘッヘ」

http://www.asahi.com/articles/ASJ9N41LQJ9NUCVL00W.html

という山本作兵衛の言葉が紹介されています。(2016年10月2日)

生涯をかけて編まれた一冊は濃さが違います。今は顧みられていないかもしれませんが、それは価値が無いのではなく、たまたま忘れられているだけです。こうした本は、世間が忘れている間に読むのがいいのかもしれません。

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達人が教える最強の情報収集法

池上彰、佐藤優(2016)『僕らが毎日やっている最強の読み方』東洋経済新報社

『朝日新聞』の論調が嫌いな人も、「朝日新聞デジタル」に目を通す習慣をつけたほうがいいでしょう(本書 p.71)

いまの時代にインプットの時間を確保するには、あえて「ネット断ち」や「スマホ断ち」をする必要があるかもしれません。(本書 p.173)

僕らが毎日やっている最強の読み方;新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意

『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方』(文春新書)『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書』(文春新書)『新・リーダー論大格差時代のインテリジェンス』(文春新書)に続く二人の共著です。これまでと同様、対談形式になっています。

二人は新聞、雑誌、ネット、書籍の順番に付き合い方、情報収集の仕方を語っていきます。最近の新聞は国際面が貧弱になってきていることや、社説以外にも独自色を出して報道をしていることから、二人とも二紙以上購読することを薦めています。佐藤氏が朝日新聞の電子版購読を薦めているのは、政治エリートに影響力を持っている新聞だからです。そうした、新聞を読んでいるだけでは分かり得ない情報を教えてもらえるのが書籍の強みです。

また、二人とも意外なことに雑誌をよく読んでいます。「読書人階級のための娯楽」(佐藤)というように、あくまでも娯楽として付き合っていくべきとのスタンスは二人で共通するものの、やはり時代の流れやその取材力は侮れません。

ネットについては二人ともまだ付き合い方を模索している感じが見て取れます。ネットは玉石混淆ですが、明らかに石が多いので、二人とも有料の会員制サイトを使って情報収集しています。佐藤氏に至っては「ネットサーフィンの誘惑」を断ち切る必要があると断言しているあたり、私と変わらない誘惑に負けがちな精神の持ち主であることが見て取れて安心します。(さらにいうと、私は誘惑に負けてしまう方ですが。)

月90本の締め切りを抱える佐藤氏と月18本の締め切りを抱える池上氏の、新聞、雑誌、ネット、本との付き合い方は勉強になります。

冒頭に二人の仕事部屋が16ページ、カラーで紹介されています。大学教員の池上氏より、佐藤氏の方が知的な感じがするのは、硬派な本が多いからでしょうか。日本に数セットしかないブハーリン編纂レーニン全集があるなど、書痴的な側面が見えるからかもしれません。

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いまこそ読みなおす:村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』

村上春樹(2004)『ダンス・ダンス・ダンス』講談社文庫

よくいるかホテルの夢を見る。

本書上 p.7

「でも踊るしかないんだよ」と羊男は続けた。「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。そうすればおいらもあんたのことを、手伝ってあげられるかもしれない。だから踊るんだよ。音楽のつづく限り」

本書上 p.183

これまで敬遠していた村上春樹を読んでいる。友人に勧められた『ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)』、『ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)』。これがめっぽう面白い。

妻と離婚した34歳の男性が主人公のお話です。もちろん、古い小説なので、今の日本と比べると時代錯誤的なところが目につきます。お金の使い方がバブリーだったり、渋谷でそこそこ広そうなアパートを借りて、スバルを持っているとか。もちろん、煙草も吸います。仕事はというと半年間の引きこもりのあと、フリーライターをして糊口をしのいでいます。誰かが書かなくてはいけないけどさりとて価値のあるわけではない記事を書いています。彼はそれを「文化的雪かき」と称しています。それを続けてなんとかなると思えるところが、すごい時代だったんだなあと感じさせられます。

主人公の僕はいるかホテルを夢で見て、行くしかないと考えます。そこはかつて行ったことのあるホテルです。だけど東京から札幌の距離です。理由も何もありません。ただ行くしかないと考えるから行くのです。するとあのとき一緒にいるかホテルに行って、行方不明となった「キキ」の消息をつかもうとします。あとのことは、あとになって考えることにします。すると、人との出会い、頼まれごとであれよあれよと運命の波にさらわれて、あちこち漂流していきます。その中でも「上手く踊る」ことで、僕は幸せをつかもうとしていきます。

本書の内容は確実に時代を越えた力を持っています。おそらく当時の人はバブルの浮かれた時代にある種の不安を感じていたのでしょう。言語化できないけれど、このままじゃダメになるぞ、という感覚。万能感に浸っているけど、ずっとは続かないぞという感覚。そういうものが本作と共鳴して200万部を越える大ヒットとなったのです。

言語化できない不安は今の日本にもあります。おそらくは当時より色濃く見える形で。時代錯誤的な箇所はもありますが、それは瑣末な問題です。不安な時代の幸せの見つけ方を、本書は今日も教えてくれます。

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国家に寄生する官僚の暴走を防ぐ方法

佐藤優(2015)『官僚階級論 霞が関といかに闘うか』株式会社にんげん出版

危機となれば官僚階級の意思が前面におしだされます。主権者が人民でなく、じつは国家であることが露呈するわけです。リーマン・ショックの金融危機での国家介入はまさにその最たるものですし、そうした国家の介入が歓迎されます。国家の介入が歓迎されるムードが昂じれば、人民によってえらばれているのではない官僚階級の支配がせりだしてくることになります。(本書 p.267)

近代は、官僚階級が、事実上の王権の位置にいるといってもいいでしょう。(本書 p.293)

モナド新書 官僚階級論 (モナド新書010)

元官僚だった佐藤優が官僚たちに立ち向かう方法を考える方法を伝えます。

出版社の紹介ページでは構想7年と書かれてありますので、月刊佐藤優と言われるほどのペースを誇る著者にあっては、かなり練りこんで書かれた本だといえます。

丁寧ですが、読みづらいのも確かです。官僚は国家に寄生する階級だから、まずは国家の成り立ちから性質を分析します。そして国家に寄生する官僚の性質を解明し、最後にこれからの社会をより良くしていくためにはどうすればいいかを考察します。その際にマルクスやハーバマス、柄谷行人の論を参考にしています。どれも一級の知識人の書いたものを参考にしていることから、解説する形で難易度を落としているとはいえ、やはり難しいです。

現代の多くの国家は民主主義で成り立っています。民主主義は投票で国民を代表する政治家が選ばれます。これがたてまえです。実際はマルクスの言うとおり、ある階層の人々は自らを代表できず、誰かに代表してもらうしかありません。だから今の貧困層を真に代表する政治家が現れず、結局は限られた選択肢の中から選ぶしかありません。民主主義は投票でもそうですが、個人の事情を考えません。誰の一票も平等に扱われます。政治家ですら個々の事情を反映せず、本当に国民の代表にはなっていないのが現状です。国は官僚が回しているものです。政治家を選ぶのは、国民が国を動かしているように見せかけるための手続きです。

国を動かすことは、公権力を持つことです。公権力には暴力性が含まれます。小さな政府として、政府の機能を必要最小限にすると警察、軍隊、外務省しか残らなくなり、かなり暴力性が高くなります。暴力性の高い国家が国民を幸せに出来るとは思えません。暴力性を低くすることが官僚の暴走を防ぐことになります。300ページほどの本書では込み入った話をまとまりよく書いています。しかし、今の新自由主義に乗って暴力性を追求している国家(官僚)の様子を見ていると、この問題を解決するにはそうとうの時間と根気が必要になのが分かります。

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世界を立体的に把握して時代を先読みする

池上彰 佐藤優(2015)『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書』文藝春秋

佐藤 (前略)入学歴ばかりを求めるのは、いまの日本では、何もビリギャルに限った話ではありません。そういう人間がいくら大学に集まっても、国は強くならない。国力と教育は密接に関係しています。その意味では、日本とちがって、トルコやイランには本物のエリートがいます。(本書 p.213)

池上 無闇に英語で授業をしても、自ら英語植民地に退化するようなものです。そもそも大学の授業を母国語で行えることは、世界的に見れば数少ない国にしか許されていない特権です。その日本の強みをみずから進んで失うのは、これほど愚かなことはありません。(本書 p.227)

大世界史 現代を生きぬく最強の教科書 (文春新書)

世界を立体で把握してこそ、私達のいまとこれからが分かります。

よくわからない文章になりました。しかし、これが本書のエッセンスです。本書は『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方』 (文春新書)以来の、佐藤優と池上彰による対談です。二人の冷静な眼で世界を見ると、今後の世界情勢が少し見えてきます。

二人は今の不安定な世界情勢を、中東を中心に据え、それを取り巻く中国、ヨーロッパ、米国、日本の状況を見ていきます。

中東情勢はイスラエルの情報機関ですらさじを投げたほど、近い将来の結果が予測不可能です。米国とイランの歴史的な和解により、イランは核開発を継続し、核保有国になるのも時間の問題となりました。するとイランの国教であるシーア派と対抗するスンニ派の国家、サウジアラビアやバーレーン、エジプト、ヨルダンといった国々も核兵器を持つ可能性が高まります。もしかいたらISですら持つかもしれません。世界中で核保有のハードルが下がれば実際に核開発をしていた韓国だって持つかもしれません。世界はますます混迷を深めます。

そんな状況で、米国の次期大統領(ヒラリー・クリントン?)が「公共事業」として戦争を行えば世界はますます混迷を深めます。

混迷を深めないためにはどうすればよいか。答えは簡単です。改めて世界の歴史を見返し、過去を鏡として現代に生かせばいいのです。そのためには教養を持ち、自らの能力を社会に還元することができる本当のエリートの働きが重要になります。しかし、今の日本では「すぐに使える学問」ばかりが優先されて、教養が顧みられていません。世界史的な動きを左右するときに本当に必要になるのは、「すぐに使えない学問」の代表である教養であるにもかかわらず。

今後の世界情勢と自らの立ち位置を考えるには、世界を地理的な広がりといった2次元で見るだけではなく、さらに時間を遡って歴史に目を向ける3次元的な視野が必要になります。近視眼的な発想では乗り越えられない課題が目の前にあることを知る教養が、今一番必要とされています。

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王道の言語学入門書

丸山圭三郎(2012[2008])『言葉とは何か』筑摩書房

ところで、道具・手段としての外国語学習の必要性は認めるにしても、もし言葉を学ぶ意義がそんな実用性のみに限られるとしたら、いささか寂しい気がします。(本書 p.14)

言語学の入門書といえばこれで決まり。といっても過言ではないほどの名著です。丸山圭三郎は近代言語学の始祖といわれているフェルディナン・ド・ソシュールの研究者で、一流の言語学者でした。そんな彼が書いた言語学についての入門書です。数多く出ている入門書の中でも、手に入れやすさ、簡明な記述、とっつきやすさからいって、一番のオススメです。

言語を音のレベルから文法、談話レベルまで分けて説明し、その上でソシュールの打ち出した重要な概念であるラング・パロール・ランガージュおよびシニフィアンとシニフィエについても説明しています。また、近代言語学の流れを簡単に説明してあるところや、言語は名付けの総体ではなく、世界の分節の表現である、という見方を紹介しているあたり、入門書とはいえども侮れません。

丸山は最後に、言語の可能性について紹介しています。世間一般に認識されていること(ラング)があるからこそ、それを転倒させる形で新たな表現の可能性が生まれるとしています。例えば、私達は家庭用品だという前提でミシンという単語を使います。しかし詩人の手にかかると、それが手術台の上でこうもり傘と美しい出会いを繰り広げたりしてしまう。そこに、私たちは日常生活の話の中にある枠組みが通用しないことを見出します。理解できそうでできない、掴めそうで掴めない、新たな想像力喚起の可能性を丸山は指摘しています。

短いけれども、スリリングな一冊です。


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