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オートポイエーシスの入門はこれで決まり

山下和也(2010)『オートポイエーシス論入門』ミネルヴァ書房

オートポイエーシス・システムとは自分の環境の一部を加工して、自分の構成素として産出するシステムに他ならない。(本書 p.33)

オートポイエーシスではシステムの状態が一定に保たれるとは限らず、不可逆な変化が起きることもありうる。たとえば、成長するオタマジャクシとカエルや、芋虫とさなぎと蝶の同一性を示すのがこの理論である。(本書 p.38)

一時期もてはやされたオートポイエーシスが分かりやすく解説されている。ルーマン、マトゥラーナ、河本の3氏の主張を整理し、それぞれの利点と欠点、論理的な齟齬を明らかにして、オートポイエーシスを確実に理解できるよう書かれている。

結局、オートポイエーシスとは何かというと

  • 環境を構成素に変える仕組み
  • 自分の状態を自律的に決める
  • 環境に影響されない(=閉じた領域にある)
  • 直接は観察できない
  • 止めたら再起動できない

といったもので、具体的には生物、意識システムおよび社会システムが想定されている。

 生物は引用にもある通り、オタマジャクシがカエルになっても、息をしてものを食べて個体を維持していることには変わりはない。その個体維持のシステムをオートポイエーシスという。社会も同様で、構成員が変わっても社会とは個々人の関わりとその集合だから、全体としては維持される。意識は生体内のシステムだから少し難しいが、光の束という環境からりんごや文字といった構成素を見出すのは、そこに認識システムがあるからだ。

 言語も同じくオートポイエーシスと言えて「言語とは意味コードに対する記号体系」(本書 p.231)と定義することで二項対立や言語の変化なども説明できる。一方、エンジンなどは一度止めても再起動できること、操縦されない限りは自分の状態を決められないことから、オートポイエーシスではなくアロポイエーシスと言われる。逆に言うと、生物が関わっているものこそがオートポイエーシスといえるのかもしれない。

 環境に対する見方がアフォーダンスとは逆になってて、アフォーダンスを見つける仕組みがオートポイエーシスなのだという。アフォーダンスもオートポイエーシスも、応用範囲がとても広くてつかみ所のない理論だ。実際に使うときはピンポイントに限るのが現実的なようだ。

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商人から幕臣になった26歳

鹿島茂(2013)『渋沢栄一 上 算盤篇』文藝春秋

埼玉の農民の小倅が、代官に面罵されたのがきっかけで討幕運動に加わり、いったんは、高崎城を襲って横浜の居留地を焼き討ちにしようと試みたが、ひょんなきっかけで一橋家に仕える身となり、そこで出世して、兵制改革から財政改革までを手掛け、次の時代の到来に備えようとしていた矢先、突然、主君が徳川十五代将軍として就任したため、自らも幕府の役人となってしまう。(本書 p.131)

渋沢栄一 上 算盤篇 (文春文庫)

江戸末期に生まれて明治から大正、昭和にかけて活躍した経済人、渋沢栄一の自伝だ。鹿島茂による連載をまとめたものなので一回ずつ読み切りにしてある上に、文章も読みやすい。渋沢の足跡を学ぶには最適の本だろう。

第一国立銀行ほか、東京瓦斯、東京海上火災保険、王子製紙、東急電鉄など、渋沢栄一が設立に関わった会社は500以上にもなると言われている。なぜそれほどできたのか?

渋沢は当時において資本主義の本質を理解していた、稀有な存在だったからだ。だから幕府も明治政府も渋沢を重用した。逆に渋沢がいなかったら今の日本の経済界は全く違っていたはずだ。

もともと、茨城県の豪農の家に生まれた渋沢は、若い頃から才覚があり、藍葉の仕入れや藍玉の販売で成功を収めた。ただ、商売一辺倒ではなく、幼少時より父から読書も授けられていたため、知識人ともいえる経済人だった。

江戸末期、尊王攘夷活動に失敗し、江戸遊学で知り合った一橋家に仕える。歴史の偶然から一橋慶喜が将軍になったため、渋沢もまた幕臣となる。当時、商人から武士への身分変更は全くできないわけではなかった。しかし誰もができたわけではない。渋沢は大出世した。

いよいよ開国も間近、パリ万国博覧会が開かれた。日本も招待されたため、幕府からは慶喜の弟である民部公子が留学も兼ねて行くことになった。民部公子の世話をしていた水戸藩の家来も何人か行くことになったが、旧来より保守的な土地、固陋な連中しかいないことを心配した将軍、慶喜の命で渋沢もパリ行きを命ぜられる。

パリで渋沢が見たのは、官と民が平等に交流している姿だった。当時の日本では渋沢家の当主であっても若い代官に偉そうにされ、商人は武士に頭を下げるのが常であった。官と民との関係はこうではならない。渋沢はパリでその思いを強くした。また、パリ万国博覧会でのサン=シモン主義(「パリ万博の壮観を再体験」を参照)にも感銘を受けた。産業発展は民衆への啓蒙も兼ねている。そうして利益を得るのみならず、産業を通して社会全体を良くしていかねばならないと開眼したのだった。

それがのちの日本での活躍につながる。

本書は渋沢の大活躍をあまり述べてはいない。むしろ大活躍の素地が形作られた背景を明らかにしている。渋沢の思想のバックグラウンドを知って、後編に続く。

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年間11日、55時間しか働かないヒキガエル

奥野良之助(2006)『金沢城のヒキガエル 競争なき社会に生きる』平凡社

ストーブを囲んで雑談していた時、「先生、ヒキガエルを掘りにいきませんか」と言い出した学生がいた。(中略)学生どもは、私の指示を待たず、といって指示を待たれたら私のほうが困ったところだったが、本丸中に散会して雪を掘り始め、つぎつぎと越冬中のヒキガエルを掘り当てていった。私は、学生に呼ばれるままに走り回り、掘り出されたヒキガエルの計測や個体番号の確認に追われただけであった。このまま放っておくと学生どもは本丸十を掘り返してしまうにちがいない。適当なところで私は、教官の権限を発動して、発掘の中止を宣言した。(本書 p.82)

金沢城のヒキガエル 競争なき社会に生きる (平凡社ライブラリー (564))

ヒキガエルの生態に迫った名著である。本書の主張は著者の9年間、399回にものぼる調査に裏打ちされている。

人は生物を見ると厳しい生存競争の中、強者だけが生き延びると考えがちだ。ヒキガエルを見ているとその発想は根底から覆される。

およそ10年ほど生きる彼らは両生類だから冬眠する。暖かくなったら土から出てご飯を食べ、子孫を残す。そして夏になると暑さを避けるように冬眠ならぬ夏眠に入る。秋に少し起きて、また寒くなると冬眠するのだ。冬眠の仕方も雑で、溝の石の隙間にちゃんと入ればいいものを、奥まで入らず適当に入ったところで冬眠してしまう。なんて力の抜けた生き物だろう。

当初、魚を専門にしていた著者は保険(論文を書く)ために、勤務先の金沢大学が当時位置していた金沢城でヒキガエルを調査し始めた。すると次第にヒキガエルの姿に心惹かれる。だが虫嫌いだから決して解剖はしない。前足に4本、後ろ足に5本ある指を解剖ばさみでパチンパチンと切って標識にし、都合1526匹の行動を調べた。そして分かった。彼らは年間11日、55時間しか働かない。これは繁殖も食事も含めた時間だ。

オスよりメスの方が少ないため、自らの子孫を残せる可能性は低い。にもかかわらず、毎日繁殖に参加するオスは極めて少ない。なんてゆるい生き物なんだ。そんな「ゆるさ」があるからこそ、著者が見つけた3本足のハンディキャップヒキガエルも繁殖に成功したから、悪いことではない。

面白い研究成果を出すには時間がかかる。昨今の短期的な成果を求める風潮ではこんな研究を再び望むことは難しいだろう。確かになにの役にも立たないし、特許などのお金に結びつくことはないかも知れない。だけど読んだ人を勇気づけ、何よりも競争社会が適用されない生物が身近にいて、そんな彼らも立派に生き延びていることを知るだけで、今あくせく働き生き急いでいる人の生き方を振り返らせてくれる。これぞ研究の真骨頂だ。

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200ページでウィトゲンシュタインの歩みをつかむ

永井均(1995)『ウィトゲンシュタイン入門』筑摩書房

私は、私自身が読者とウィトゲンシュタインをつなぐ梯子となることを願ったのである。もちろんその梯子は、昇りきった後は投げ捨てられるべき梯子にすぎない。(本書 p.8)

ウィトゲンシュタインの難解な哲学を理解するための第一歩に適した書。主な業績である『論理哲学論考』や『哲学探究』のみならず、『青色本』、『数学の基礎」、『確実性の問題』など、その他の業績にも配慮して、それぞれの本の特徴や思考の足跡などを明らかにしている。できるだけ簡明に書かれてあり、理解しやすい。

『論考』ではかの有名な言葉、「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」(Wovon man nicht sprechen kann, darüber muss man schweigen)の通り、言語の限界、すなわち世界の限界を示したとされている。その中で世界は現実に表現されているところのものであり、夢や希望、嘘などのナンセンス(現実に現れていない言語表現、例えば「ピンクの象」や「猛然と眠る色のない緑」など)は対象となっていなかった。

では、ウィトゲンシュタインはそれらの分析を諦めたのか? 20世紀最大の哲学者である彼だから、もちろんこの問題に気づいていた。だからこそ、彼はまずは『青本』で、そしてさらに『探求』で発展させた形で言語ゲームという概念を持ちだし、すべての言語表現とそのルールについての分析を試みた。すなわち、ルールは違っても、我々はその適用方法に縛られているということだ。

たとえば、ある民族で「出会っても挨拶をしない」というルールがあるとする。そのルールは欧米や日本のルールとはもちろん違う。しかし西洋や日本の人々も彼らのどういうルールに従っているか理解できるし、彼らのルールに(ある程度は)従うことも可能だ。我々が多言語の文法に従うことが可能なように。

結局、人間である以上、その「ルールの適用方法」は同じになる。ルールは違っても、その従い方は同じだというメタルールの存在に気づいたところが、彼の天才たるゆえんだろう。

本書はそんなウィトゲンシュタインの思考の足跡のみならず、彼の人生のエピソードを踏まえて、どんな背景でそのような思考が生み出されたのかを語っている。200ページ強で20世紀最大の哲学者の思考と人生の概略がつかめる。大変お得な書といえる。

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まなびはじめ

瀧本哲史も怖くない!(3)

土俵のずらし方

 弟子: 絶望から抜け出すにはどうすればいいのですか?
ウチボリ: 本書のバックグラウンドを知ることだ。
  弟子: バックグラウンド?
ウチボリ: そう。歴史の中での本書の位置づけだ。
  弟子: この本が歴史とどう関係あるんですか?
ウチボリ: 過去にこの本と似たようなことが書かれているんだよ。
  弟子: そうなんですか!?
ウチボリ: そう。本当にクリエイティブなものも何かを参考にしている。
  弟子: 知らなかった…具体的にはどんな本ですか?
ウチボリ: マルクスの『資本論』さ。
  弟子: 大御所がきましたね…
ウチボリ: 読んだ?
  弟子: 読んでません。
ウチボリ: 正直だね。
  弟子: 教えてください。
ウチボリ: 好感もてる。
  弟子: はやく!
ウチボリ: 分かった、分かった。それが教わる態度かな…
  弟子: おおおねがいします。
ウチボリ: 『資本論』はいくつもの読み方ができるが、要点は以下の二つだ。

  1. 資本家が労働者を使って利益をあげる
  2. 資本家と労働者の関係は永遠に変わらない

 弟子: 絶望だ、また絶望がやってきた!
ウチボリ: たしかに、絶望だ。
  弟子: 希望はないのですか…
ウチボリ: あるよ。
  弟子: 教えてください。
ウチボリ: 好感もてる。
  弟子: はやく!
ウチボリ: どこかで見たな、このやりとり…
  弟子: おおおねがいします。
ウチボリ: 瀧本の本に書いてあるじゃないか。
  弟子: わかりませんよ、もう。
ウチボリ: 似たような内容の本に『金持ち父さん貧乏父さん』がある。
  弟子: 昔のベストセラーだ!
ウチボリ: そう。
  弟子: どういう内容なんですか?
ウチボリ: サラリーマンは使われるだけ、稼ぎたかったら起業しろ、という内容だ。
  弟子: 起業しても失敗するかも知れない。
ウチボリ: 成功するために著者の開発したボードゲームを薦めている。
  弟子: 買わないと!
ウチボリ: だから! それが「使われるだけ」なんだ。
  弟子: んん???
ウチボリ: 使われる方は稼げない。搾取されるだけだ。
  弟子: そうですね。
ウチボリ: 結局『金持ち父さん貧乏父さん』『資本論』と同じことを述べている。
  弟子: あれ、じゃあもしかして?
ウチボリ: そう、瀧本の本もおんなじだ。
  弟子: 周期的に似た内容の本が出るんですね。
ウチボリ: 大事なことだけど、人は忘れちゃうからね。
  弟子: 絶望から逃れるにはどうすればいいのですか?
ウチボリ: 二つ方法がある。

  1. 資本家になる(=起業する)
  2. 資本家が無視できない労働者になる(=熟練労働者になる)

 弟子: 瀧本はそんなこと言ってましたっけ?
ウチボリ: みてみよう。

『僕は君たちに武器を配りたい』

  1. トレーダー=とれた魚をほかの場所に運んで売ることが出来る漁師
  2. スペシャリスト=一人でたくさん魚をとるスキルを持っている漁師
  3. マーケター=高く売れる魚を造り出すことができる漁師
  4. イノベーター=魚をとる新たな仕組みを作り出す漁師
  5. リーダー=多くの漁師を配下に持つ、漁師集団のリーダー
  6. インベスター=所有する船に乗っている漁師に魚をとらせる

1と2は生き残れない。生き残りたければ3~6のいずれかになれ。

 弟子: 3~5が熟練労働者で6が資本家だ!
ウチボリ: そう、結局同じことを言っているんだ。

資本主義を見つめなおす

 弟子: でも、先ほど言われたように、5や6には配下の漁師が必要です。
ウチボリ: そうだ、彼らは一人では何もできない。
  弟子: 絶対に搾取される人の方が多くなります。
ウチボリ: そのとおり。
  弟子: じゃあ、多くの人にとって絶望しか残らない…
ウチボリ: 資本主義の中で生きる限りにおいてはね。
  弟子: どういうことですか?
ウチボリ: 資本主義を相対化するんだ。
  弟子: 共産主義者になれということでしょうか。
ウチボリ: 違う。組織で働くだけが人生じゃないだろう?
  弟子: その通りです。お盆に正月、週末祝日アフター5…
ウチボリ: わかった、わかった。な、仕事だけが人生じゃない。
  弟子: 余暇を充実させないと!
ウチボリ: そう。人は資本主義だけで生きているわけじゃない。
  弟子: 日本でもですか?
ウチボリ: 地域によるけど、現金収入がなくても食べていけるだろう?
  弟子: 野菜作ったり、魚を捕ったり。
ウチボリ: そう。資本主義の外で生きていくことも可能だ。
  弟子: じゃあ瀧本の本を読んで絶望する必要はないのですね?
ウチボリ: そうだ。彼が教えるのは資本主義を生き残る方法だ。
  弟子: 安心しました!
ウチボリ: 落ち着いたね。
  弟子: 資本主義の外ではどう生きればいいのですか?
ウチボリ: それぐらい自分で考えろ、と言いたいが…
  弟子: 言いたいが…何かある。
ウチボリ: その辺りは、たとえば佐藤優がよく書いている。
  弟子: 教えてください。
ウチボリ: いいよ。
  弟子: 軽い!
ウチボリ: だけど、また別枠で語り直そう。
  弟子: 分かりました。瀧本の本は読まなくてもいいんですね?
ウチボリ: そうじゃない。資本主義で生き残るには有効だ。
  弟子: 資本主義の内と外、一体どっちで生きればいいんですか!?
ウチボリ: それを考えさせるところに、本シリーズの意義があると思うね。
  弟子: セコイ逃げ方!

(了)


資本論〈第1巻(上)〉 (マルクス・コレクション)

資本論〈第1巻(下)〉 (マルクス・コレクション)

金持ち父さん貧乏父さん
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まなびはじめ

瀧本哲史も怖くない!(2)

一握りのための本

 弟子: 彼の本をちゃんと読んだつもりなのです。
ウチボリ: 彼の本を読んでいるとついその通りだと思っちゃうよね。
  弟子: その通りです。だから僕も世界で戦える人材に
ウチボリ: だから落ち着け。そもそもおまえは世界で戦えるのか?
  弟子: え?
ウチボリ: 語学は?
  弟子: 英語を少々…
ウチボリ: 世界で戦ったことは?
  弟子: ありません。
ウチボリ: 本1冊読んだだけで世界を相手に戦うのか?
  弟子: …準備不足かも知れません。
ウチボリ: 準備不足どころか、確実にコテンパンにされる。
  弟子: 戦ってもないのになぜ言い切れますか!
ウチボリ: もうすでに瀧本の戦略に載せられてるからだ。
  弟子: 戦略?
ウチボリ: そう、彼の言うことを鵜呑みにしている。
  弟子: はあ。
ウチボリ: ということは、世界でも相手の言うことを鵜呑みにしてしまう。
  弟子: はい。
ウチボリ: 海千山千の人たちにとって、本1冊でコロリとなる男はたやすいよ。
  弟子: むむむ。
ウチボリ: それに、この武器シリーズはどれだけ売れたか知っているか?
  弟子: 30万部を越えるベストセラーです!
ウチボリ: ということは、単純計算でどれだけが読んでいる?
  弟子: 30万人…
ウチボリ: 30万人だ。30万人の中で上位層に行ける自信は?
  弟子: 大丈夫です、ノリで買ったやつが大半でしょうから。
ウチボリ: お前がいうか! そもそも、この本のネタ元はどこだ?
  弟子: 京大の授業らしいです。
ウチボリ: じゃあ、たくさんの京大生も買ってるだろうね。
  弟子: そんな、まさか…
ウチボリ: 買ってるだろうね。
  弟子: ううっ
ウチボリ: 京大生、東大生を含めた30万人だ。
  弟子: やめて…
ウチボリ: 勝ち目があると思うか?
  弟子: ううううう
ウチボリ: どうなんだ、勝ち目があると思うか?
  弟子: …ありません。
ウチボリ: 加えて、
  弟子: 僕はもう瀕死です。
ウチボリ: 京大生、東大生だと読む前にここまで考えるやつもいる。
  弟子: 確かに…
ウチボリ: 手にした時点で差はついている。
  弟子: 勝ち目はないですね…
ウチボリ: そうでもない。
  弟子: えっ
ウチボリ: そうでもない。
  弟子: もう一回言って!
ウチボリ: もう言わない。
  弟子: ということは、僕でも勝てると。
ウチボリ: 都合よく聞いてるな。
  弟子: どっちなんですか!
ウチボリ: 普通の人では勝てないけれど、負けない方法ならある。
  弟子: 負けない方法?
ウチボリ: そう、負けない方法だ。
  弟子: どういうことですか?
ウチボリ: 土俵をずらすんだ。
  弟子: 土俵をずらす?
ウチボリ: 具体的に話していこう。

読み始めたらもう遅い

 弟子: この本のターゲットは誰ですか?
ウチボリ: 意識高い系の学生だろう。
  弟子: 意識高い系?
ウチボリ: 本当に意識の高いやつは、読む前に知って行動に移してる。
  弟子: たしかに。
ウチボリ: 本書は授業の内容だろう?
  弟子: 受講生は有利ですね。
ウチボリ: 読み始めた時点で勝負は決まっているのさ。
  弟子: じゃあ、どうすればいいんですか!
ウチボリ: もう一度、最初に紹介した『僕は君たちに武器を配りたい』を復習しよう。

『僕は君たちに武器を配りたい』

  1. トレーダー=とれた魚をほかの場所に運んで売ることが出来る漁師
  2. スペシャリスト=一人でたくさん魚をとるスキルを持っている漁師
  3. マーケター=高く売れる魚を造り出すことができる漁師
  4. イノベーター=魚をとる新たな仕組みを作り出す漁師
  5. リーダー=多くの漁師を配下に持つ、漁師集団のリーダー
  6. インベスター=所有する船に乗っている漁師に魚をとらせる

1と2は生き残れない。生き残りたければ3~6のいずれかになれ。

 弟子: 3~6になるのも難しければ、どうすれば…
ウチボリ: このうち、リーダーとインベスターは一人じゃなれないだろう。
  弟子: たしかに。配下に漁師が必要です。
ウチボリ: その配下の漁師になって使われるしかないんじゃないかな。
  弟子: いじわる!
ウチボリ: 本書を読み始めた時点で、使われる側なのはほぼ確定だ。
  弟子: もう絶望しかありません!
ウチボリ: まあ早まるな、まだチャンスはある。
  弟子: 一体どんな…
ウチボリ: それがさっきの、土俵をずらす話につながるんだ。

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ソ連の崩壊を見た後輩とナチスの崩壊を見た先輩の対談

佐藤優(2014)『私が最も尊敬する外交官 ナチス・ドイツの崩壊を目撃した吉野文六』講談社

沖縄密約問題の本質は、外務官僚が職業的良心に基づいて「やむをえない」と考え、行った確信犯的行為であるというところにある。従って、密約を結んだが、「そのようなものはない」と当時国民に対して嘘をついたことについて、外務官僚に良心の呵責はないのである。
 しかし、問題はその後だ。吉野は、密約を結んだということがわかる書類を公文書の形で、後世、吉野を含む外務官僚が、国民に対して嘘をついたことがわかるように残した。小賢しい外務官僚ならば、嘘をついた痕跡を消すことができる。しかし、吉野はそれをしなかった。(本書 p.277)

佐藤優による吉野文六氏(外務省アメリカ局長)への聞き取りで構成されたオーラルヒストリーだ。

本書のうち、多くは佐藤の文章と書籍からの引用になり、ピンポイントで吉野のオーラルヒストリーが入る。少ないながらもその口ぶりからは、偉ぶらない、真面目、正直といったエリート官僚とは思えない(?)吉野の人柄が伝わってくる。それは自らの実力に裏打ちされた自信があるからこそ持てる態度だ。

御年94歳の吉野の若い時の経験は、まさに近代史を地で行く。松本高校から東京帝国大学に入り、法律を学ぶ。その時、ノモンハンから帰ってきた友人から戦場の悲惨さを聞き、戦争には行きたくないと思う。だから高等文官試験(いまの国家公務員試験総合職)に受かってから、採用試験にも受かった裁判官、大蔵省、外務省のうち、3年間の兵役免除を受けながら語学が学べる外務省を選んだ。

しかし、それが運命の数奇なところ。日本から戦争をしているドイツに行くには、米国経由しかなかった。だから海路ハワイ経由でサンフランシスコに行き、アメリカ大陸を横断してワシントン、リスボンについてからドイツ領を避けるようにスイスからベルリンに入った。ドイツで3年間勉強してから大使館勤務になったが、その頃には戦況は悪化、ベルリンの日本大使館勤務の時にヒトラーは自殺し、リッペントロップ外相は逃亡、大島大使もドイツ南方の温泉地に疎開してしまった。

そんな中、ベルリンの大空襲で大使館も爆撃される。防空壕で一命を取り留めた大使館員たちは、直後にやってきたソ連兵に軟禁されながらも、日ソ中立条約があったために丁重に扱われ、劣悪な環境ながらも列車でモスクワ経由、シベリア鉄道で満州まで送り届けられた。

読んでるだけでもそのスケールの大きさに酔いしれる。当時、満州で室の高い諜報活動を行っていた領事や敵前逃亡のようなことをした大島大使など、本当の危機の時にその人の人間性がよく現れている。

当時、日本とドイツは手紙も届かず、電話も最後は通じなくなった。そんな環境下でつらかったはずなのに、そうしたことは言わないところにもまた、吉野の強さを感じる。

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まなびはじめ

瀧本哲史も怖くない!(1)

武器シリーズの引力

takimoto_tetufumi
瀧本哲史

 弟子: やっぱりこれからの世の中、ディベートが大事です。
ウチボリ: いきなりどうしたの。
  弟子: 最近本を読んでいるのです。
ウチボリ: それはいいことだ。
  弟子: 読んだ本にディベートが大事とあったのです。ふふん。
ウチボリ: ディベートの本だったら、そう書いてあるでしょう。
  弟子: 違います!
ウチボリ: 何を読んだ?
  弟子: 瀧本哲史(2011)『武器としての決断思考』星海社新書です。
ウチボリ: ああなるほど。前は「戦える人材になりたい」とかいってなかった?
  弟子: そんな過去もありました。
ウチボリ: 瀧本哲史(2011)『僕は君たちに武器を配りたい』講談社を読んだな。
  弟子: なぜ分かったのですか。
ウチボリ: 今は瀧本哲史(2013)『武器としての決断思考』星海社を読んでいる。
  弟子: 千里眼! 千里眼だ!
ウチボリ: だいたい分かるよ…君は影響を受けやすいからね。
  弟子: それが短所のようにみえて長所なんです。
ウチボリ: 捉えようだな。
  弟子: ディベートをやって、交渉もできる、世界で戦える人材になりたいんです。
ウチボリ: 気持ちは分かるが、乗せられすぎだ。
  弟子: どういうことですか?
ウチボリ: せっかく三部作とも読んでるようだから瀧本の読み方をアドバイスしよう。
  弟子: ずいぶんえらそうですね。
ウチボリ: 彼は引力が強いから気をつけて読まないといけないんだ。
  弟子: 引力が強い?
ウチボリ: まずは読んでない人のためにざっと彼の三部作の筋を振り返ろう。

『僕は君たちに武器を配りたい』

  1. トレーダー=とれた魚をほかの場所に運んで売ることが出来る漁師
  2. スペシャリスト=一人でたくさん魚をとるスキルを持っている漁師
  3. マーケター=高く売れる魚を造り出すことができる漁師
  4. イノベーター=魚をとる新たな仕組みを作り出す漁師
  5. リーダー=多くの漁師を配下に持つ、漁師集団のリーダー
  6. インベスター=所有する船に乗っている漁師に魚をとらせる

1と2は生き残れない。生き残りたければ3~6のいずれかになれ。

『武器としての決断思考』

『僕は君たちに武器を配りたい』ではコモディティになるな、スペシャリストになれと説いた。今度は「エキスパートになるな、プロフェッショナルになれ」ととく。

  • エキスパート=了見の狭い職人のようなもの
  • プロフェッショナル=相手の要望に応じていくつかの選択肢を論理的に示すことができる者

プロフェッショナルになるためにディベートを挙げる。それからはディベートの技術論に入っていく。

『武器としての交渉思考』

合わない人ととどうやり過ごすか?

  1. 価値理解と共感
  2. ラポール
  3. 自律的決定
  4. 重要度
  5. ランク主義者
  6. 動物的な反応

6類型に分けてそれぞれの対応法を教える。交渉相手が何に重点を置いているかを見極め、それにあわせた対処法を取っていく。

 
ウチボリ: 大体わかったかな?
  弟子: サッパリです。
ウチボリ: 清々しいね。
  弟子: わかりやすいのが一番です。
ウチボリ: そう、わかりやすいのが一番だ。瀧本の本は論旨がわかりやすい。
  弟子: どういうことですか?
ウチボリ: 伝えたい相手(ターゲット)と伝えたいこと(メッセージ)が明確だ。
  弟子: なるほど。
ウチボリ: ここまでわかれば、あとは簡単だ。
  弟子: しっかり読んで身に付ける、と。
ウチボリ: 違う! 彼の言いたいことが自分の考えと合っているか考えるんだ。
  弟子: やっぱりわかりません。瀧本のほうがわかりやすい。
ウチボリ: 落ち着いて、順に見ていこう。

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人生で得をするため、楽に生きるための1300円

佐藤優(2014)『いま生きる「資本論」』新潮社

この講座では、人生で得をするために、あるいは人生を楽にするために『資本論』を読みます。(本書 p.72)

この講座で『資本論』を読んでいくことでわれわれが具体的に何を学ぼうとしているかというと、もうお気づきの方はいるでしょうが、今の価値観からの脱出です。(本書 p.187)

佐藤優が行った資本論に関する講義を書籍化したもの。素人向けの講義なので分かりやすい上に、本になっているから更に分かりやすい。

著者の資本論読みは独特だ。学者が一般的に貨幣の仕組みとか経済活動の本質などを探るために資本論を読んでいるが、佐藤はもっと実用的な読み方へ一般の人を誘っている。

我々はどう生きるか、という問題に対する導きの書としているのだ。

『資本論』は確かに古い。江戸時代に書かれた書物だ。だけどみんな名前は知っている。100年以上生き延びて、今後もさらに100年以上生き延びるだろう本なので、普遍的な魅力と力がある。現にこの薄い本で、著者はアベノミクスからビットコイン、佐村河内問題まで分析している。どんな経済の流れも、『資本論』さえ知っていれば冷静に見つめられる。

本書の目的は、人生でより得をするために、より楽な人生を送るためのエッセンスを伝えることだ。それは『資本論』を通じて経済を知り、お金持ちになるということではない。資本主義経済の本質と限界を知り、自分たちの置かれた状況を一歩引いて見ることで、労働、貨幣、資本主義とは何かを知り、それらと関わらざるをえない人生をより良くしていく力をつけることだ。

確かに今の世の中は生きづらい。頑張っても大金持ちになれるわけでもないのに、頑張らないと暮らしていくことすら大変だ。『資本論』で培った人生を楽に生きる方法は、『資本論』と同様に100年前でも、現在でも、そしておそらく100年後も通じる知恵と言える。そんな本書の1300円を安いと感じるのも、また、資本主義の価値観に籠絡されている。

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レビュー

豊かになるにはハッカーになれ

Paul Graham 著/川合史朗 監訳(2005)『ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち』オーム社

封建領主がやったように私有財産を盗むにせよ、いくつかの近代の政府がやったように税金でそれを奪うにせよ、収入の格差を抑えれば、結果はいつも同じだ。社会は全体として貧しくなる。(本書 p.126)

次のマイクロソフトを探すベンチャーキャピタルは間違っているんだ。あるベンチャーが次のマイクロソフトになるためには、ちょうどいい時期に沈んで、次のIBMになってくれる会社が不可欠だからだ。(本書 p.234)

ユーザーがインターネットストアを作ることができるサイト、viawebの創始者であるポール・グレアムが書いたエッセイを邦訳してまとめたものだ。松岡正剛の千夜千冊では1534夜に紹介されている。

自らの経験をもとに、お金持ちになる方法からハッカーの好み、デザインの考え方までを書き綴っている。

ハッカーを効率的に働かせるには、理解の無い上司が数年単位でコロコロ変わるような大きな組織ではなく、規模の小さなベンチャーが一番だ、そうすることによって社会はいい方向に変わっていく。

ベンチャーはマイクロソフトを目指してはいけない、彼らはたまたま勃興期にIBMの没落が重なって、業界の覇権的地位を奪えた幸運があった。

目指すのはライバルへの徹底的な調査と、自分たちがやろうとしていることの市場ニーズの確認だ。大企業は大失敗を恐れるから大きなリスクのある事業に手出しをしない。ベンチャーが勝てる場所はそこにある。だけど戦うなら同じ土俵に持ち込まないといけない。城の中にいる相手とは戦えないのだ。Wordより優れたエディタを開発することはできるだろうが、それはWindowsというお城の中にいて勝負はほぼ確定している。城の外で戦える市場ニーズを捜し出せたら、あとはライバルを調べればいい。ライバルがどのレベルで何をしようとしているかは、求人広告で分かる。

米国人が書いた本なので、米国の事情に依っているから日本とは違うことに留意しないといけない。社会的な偏差がないととがったもの(工業製品にしてもサービスにしても)が生まれないのは日本でも真理だと思うが、労働者の流動性が低いから求人広告の量は少ないし、ハッカー文化が根付いているとも言い切れない。また、「豊かになる」ことが人間の基本的な本性だと言っているけど、日本では暮らしそこそこ仕事まったりという価値観を持った者も増えてきている。ヨーロッパのように市場の主導権を握るために各国が争ったというより、国内の人たちに自慢したいという欲求があったから、日本刀などは極限まで技術を高められたという『ドーダの近代史』も日本の実情を表していると思う。いま市場ニーズがあるのは『日本版ハッカーと画家』だろう。

本書の大部分は無料で読める。ネットで読むのもいいし、枕頭において寝る前に読むのもいい。辞書的な使い方のできるエッセイ集なので空いた時間に読み返したい。