佐良浜では、魚は漁師と仲買いの固定された取引関係のなかで売買されるため、どの仲買いがどの魚をいくらで買い、小売りにいくらで売ったかという情報は、その日のうちに漁師たちの耳に入る。
本書 p.197
この漁師の語りによると、アナ(筆者註:漁を避ける日)にあたるこの日、漁をしていると大きいコウイカを見つけた。格闘した末に漁獲し、トンヅクと呼ばれる竿に刺した瞬間、目の前からそのコウイカは消えたという。
本書 p.217
前回の『漂流』でも取り上げられた、沖縄県宮古島市の佐良浜に生きる漁師たちの暮らしを人類学的な観点から描いた本です。漁撈(魚のとり方)とそれに伴う民俗知識が地元の社会経済活動とどのような関わりを持つか、主に社会経済活動が漁撈にどのような影響を与えているか、という問題意識をもとに書かれています。
佐良浜の漁師たちは長年の経験から、地形を熟知しています。また、風の変化などから天候を予測し、さらに潮の流れなどを見て、魚やイカなどのいる場所を推定し、魚をとります。彼らの漁の目的は売ることなので、その時の売買価格の高いものを狙うなど、マーケットの動向を見ながら漁をする様子が明らかにされています。
特に佐良浜ではウキジュ関係といった漁師と仲買人の関係があり、漁師は魚をすべて仲買人に独占的に売り、仲買人はどんな魚でもすべて買い上げるという方式を採っている人たちがいます。彼らの関係は平等で、何十年と続いている関係もありますが、信頼関係が損なわれたらどちらからでも関係を断ちます。そうした需給関係の中で、漁が行われます。
また、引用でも示したとおり、漁の禁忌や禁忌を破った場合に起きる不吉なことの具体例も聞き取りをされており、大変興味深いです。本書では資源保護などの観点から解釈がされています。民俗知識と漁撈活動、社会経済活動の関わりを15年以上の歳月をかけて描き出しており、貴重な資料と言えます。
ただ、いくつかの惜しい点もあります。例えばp.66には「一九七八年に宮古空港にジェット機が就航すると、水産物の空輸が可能となった。 一九八三年には滑走路が2000メートルに拡張され、大型ジャンボ機が就航する。 」と、 同様にp.159にも宮古空港にジャンボ機が就航したと書かれています。しかしジャンボ機はボーイング747シリーズを指し、2000メートルの滑走路では十分な離着陸距離とは言えません。現に宮古空港にはボーイング737、767、787シリーズが就航したのみです。その他の箇所で書かれている「ジェット機」という表記で統一すべきかと思います。
またp.97図2-2は「松井(1991)を参考に作成。」と書かれており、おそらく松井健の名著『認識人類学論攷』を指していると思いますが、巻末の参考文献一覧には書かれていません。 『認識人類学論攷』 でも当該図の箇所はBerlin et Keyの“Basic Color Terms: Their Universality and Evolution”をもとにしたものかと思います。本書は博士論文に大幅な加筆を加えたものとのことですから、少なくとも原典にあたるほか、以下の神戸大学のサイトにあるような説明はほしいところです。
そうした不備や理論的な整理に不十分さはあるものの、認識人類学的な調査の行い方や調査結果の図や表への表し方、海洋生物の名称や民俗分類などはしっかりと記述されており、実践的な勉強になります。