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日本のエリート教育の一端を垣間見る

上杉志成(2014)『京都大学人気講義 サイエンスの発想法』祥伝社

宗教の力も強いです。しかし、宗教の弱さは、「信心深い人しか説得できない」ということです。サイエンスでは、自分のことを嫌いだと思っている人でさえも説得することができます。(本書 p.56)

どんなアイデアでも、斬新なアイデアはなかなか万人に受け入れてもらえません。それはなぜでしょうか? 新しいからです。万人は古い方法に慣れているからです。アイデアを改良し、批判に対処し、他の人が抱える問題を新しいアイデアで実際に克服してみせることで、他の人たちに受け入れられるものになるのです。(本書 p.183)

 京都大学の上杉志成(もとなり)教授のアイデアの発想法を伝授する授業をもとにしたのが、この本です。上杉教授は1967年生。1990年に京都大学を卒業、95年に博士号を取得後、ハーバード大学を経てテキサス州のベイラー医科大学で准教授になります。そして大学卒業後15年、38歳の若さで京都大学教授になりました。

 経歴だけを見るとエリート中のエリートに見えますが、影にはやはり努力があります。寝ても覚めてもメモを傍らにおき、いつ何時でも思いついたアイデアをメモする習慣をつけています。そのアイデア力を用いて、非ネイティブという不利な環境にもかかわらず、米国で任期のない研究職ポストを得ました。

 専門の化学を舞台に、毎週学生たちに実験計画を書かせる形式で授業は進んでいきます。その中でいいアイデアは紹介され、同様のアイデアを用いて実績を出した人たちの話を紹介していきます。しばしば、ノーベル賞受賞者の実績が紹介されます。そうやって学生たちにノーベル賞クラスの業績も身近なものであることを教えているのでしょう。また、口酸っぱく自らの才能は人のために活かしなさい、決して悪用しないようにと伝えています。講義の端々に、エリート教育の一片が垣間見えます。おそらく、実際の授業ではもっと生々しい話やもっと面白い脱線が行われているのでしょう。京都大学の学生たちが羨ましくなってきます。

 引用で一箇所、物申したい箇所があります。サイエンスは宗教を凌駕するという箇所です。サイエンスも宗教も、人々が信じている体系という意味では同じです。私達が知っているサイエンスはユークリッド幾何学、ニュートン物理学の世界でしかありません。非ユークリッド幾何学や相対性理論をやっている人たちから見ると、古臭い枠組みで考えているなあ、と思われるでしょう。今やサイエンスの世界では、iPS細胞を使って精子や卵子を作り出すことができます。しかし、それらを使った臨床実験は倫理的な問題をクリアせねばなりません。キリスト教、特にカトリックの国々ではこの障壁はとても高いはずです。たとえ人類を救うと分かっていても、自由な実験の許可を出すには至っていません。未だにサイエンスは宗教を凌駕できないのです。今、私達が使っているサイエンスの歴史は数百年です。数千年続いた宗教に、サイエンスはまだ勝てません。

 なお、上杉教授はedXという無料オンライン授業も提供しています。

関連リンク:Chemistry of Life (edX)

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昭和史の大家と国際情勢の専門家が語りつくす近代

半藤一利、佐藤優(2016)『21世紀の戦争論 昭和史から考える』文藝春秋

半藤 (筆者註:辻政信は)眼光も炯々としていて、人を引きつける迫力のようなものはあったと思います。(本書 p.54)

佐藤 この釧路-留萌線での分割によって、ソ連は道義性も示せます。日本人民の意志によって共和国をつくり、日本人民の要請に応えて北樺太まで渡すというわけですから。スターリンには領土的な野心はまったくないという証明にもなる。そうすると冷戦が終わったとき、南北日本が統一されて、逆に樺太が「日本」になっていたかもしれない。(本書 p.143)

 昭和史の大家である半藤一利と国際情勢の専門家である佐藤優の対談本です。5回15時間以上に及ぶ対談の一部は『文藝春秋』などに連載されました。

 半藤一利は昭和5年生、東大文学部を卒業してから文藝春秋に入社し、顧問を経て退職するまで雑誌編集者として過ごします。夏目漱石の遠戚であると同時に昭和史に関する本も多く出し、1998年には『ノモンハンの夏』で山本七平賞、2004年『昭和史』で毎日出版文化賞特別賞を受賞しています。

 昭和30年代から取材を続けている半藤の話は、戦後タイで僧侶に変装、潜伏して戦犯にもならずに衆議院議員になり1968年(昭和43年)に謎の失踪をした辻政信や、関東軍幹部で細菌兵器の開発などの裏事情も知っていて、終戦後はシベリア抑留と同時にソ連のスパイになった朝枝繁春など、歴史の生き証人にインタビューした時の話や人物像などが出ていて、説得力があります。辻がラオスで処刑された話や日本が敗戦時にマニラにいたマッカーサのところにまで降伏文書を取りに行った話など、興味深い話をしています。

 さらに、ソ連・ロシア事情に詳しい佐藤優が対談をして、二人で第二次世界大戦時の日ソの戦争について語らいます。日本は戦争を始めたけれども、世界情勢を読みきれず、終わらせ方もわからなかったという意見は、戦後70年以上経った今でも変わらないと思います。

 佐藤優はモスクワのフランス大使館の前には長寿研究所があり、そこでは指導者層のために長寿を研究する一方、未だにインフルエンザが流行るとそれが自然由来のものかどうかを調べているという話を披露しています。以下のところが周辺地図ですが、どの建物でしょう?