村上春樹(2004)『ダンス・ダンス・ダンス』講談社文庫
よくいるかホテルの夢を見る。
本書上 p.7
「でも踊るしかないんだよ」と羊男は続けた。「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。そうすればおいらもあんたのことを、手伝ってあげられるかもしれない。だから踊るんだよ。音楽のつづく限り」
本書上 p.183
これまで敬遠していた村上春樹を読んでいる。友人に勧められた『ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)』、『ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)』。これがめっぽう面白い。
妻と離婚した34歳の男性が主人公のお話です。もちろん、古い小説なので、今の日本と比べると時代錯誤的なところが目につきます。お金の使い方がバブリーだったり、渋谷でそこそこ広そうなアパートを借りて、スバルを持っているとか。もちろん、煙草も吸います。仕事はというと半年間の引きこもりのあと、フリーライターをして糊口をしのいでいます。誰かが書かなくてはいけないけどさりとて価値のあるわけではない記事を書いています。彼はそれを「文化的雪かき」と称しています。それを続けてなんとかなると思えるところが、すごい時代だったんだなあと感じさせられます。
主人公の僕はいるかホテルを夢で見て、行くしかないと考えます。そこはかつて行ったことのあるホテルです。だけど東京から札幌の距離です。理由も何もありません。ただ行くしかないと考えるから行くのです。するとあのとき一緒にいるかホテルに行って、行方不明となった「キキ」の消息をつかもうとします。あとのことは、あとになって考えることにします。すると、人との出会い、頼まれごとであれよあれよと運命の波にさらわれて、あちこち漂流していきます。その中でも「上手く踊る」ことで、僕は幸せをつかもうとしていきます。
本書の内容は確実に時代を越えた力を持っています。おそらく当時の人はバブルの浮かれた時代にある種の不安を感じていたのでしょう。言語化できないけれど、このままじゃダメになるぞ、という感覚。万能感に浸っているけど、ずっとは続かないぞという感覚。そういうものが本作と共鳴して200万部を越える大ヒットとなったのです。
言語化できない不安は今の日本にもあります。おそらくは当時より色濃く見える形で。時代錯誤的な箇所はもありますが、それは瑣末な問題です。不安な時代の幸せの見つけ方を、本書は今日も教えてくれます。