アラン・コルバン / 築山和也 訳(2014)『知識欲の誕生 ある小さな村の講演会1895-96』藤原書店
一八九五年に教師の話を聞きにやって来たモルトロールの大人たちが読書の習慣を持たなかったことは明らかであり、読んでいたとしても最後の行商人が販売していた生活暦くらいのものだっただろう。(本書 p.53)
中年の聴衆が一八九五-一八九六年の冬の宵に意識的に探し求めにやって来たものとは、自分たちの想像世界を構造化する別の方法、彼らが新しいと感じる別の方法だったのだ。彼らは子供たちそして孫たちが学校で何を学んでいるのかを生涯にわたって知る必要性を少しずつ理解したのである。(本書 p.58)
資料の残っていない講演会を復元し、18世紀フランスの片田舎の様子を炙りだした、意欲的な本です。
1895年12月、場所はフランス中央部のリモージュ近郊にあるモルトロールという小さな村。人口は700人ほどです。講演者のボモール氏はその村で長年教師をしていました。当時の視学官の記録を見ると、奥様も教師で二人ともある程度評価の高い、良心的な教え方をしていたようです。
講演は当時のフランスの公教育大臣の要請で行われました。目的は、大衆教育の補完です。引用に書いたとおり、当時の聴衆はほとんどが読書をしていませんでした。公教育も始まったばかりで図書館もできたばかり、当時のこの地方の識字率は70%、新聞もあまり普及していませんでした。主な情報は講演会などの口伝えで広まっていました。
このような、一見知識欲とは無縁の土地で開かれた講演会、閑古鳥が鳴くかと思っていたらそんなことはありません。片道1時間以上をかけて歩いてきた人も含め、最大で200人の聴衆が集まりました。人口の3分の1です。
一番の盛況を呈した演題は「アルジェリア、チュニジア、スーダン」でした。そう、フランス植民地の事情について講演した回が一番人気だったのです。
女性たちに関して言えば、多くの参加者があったとしても、それが彼女たちの好みを本当の意味で反映するものではなかったが、それでも愛国心と北アフリカの植民地という二つのテーマの魅力には敏感だったようだ。(本書 p.36)
植民地の講演を行ったのは理由があります。当時のフランスとしては、植民地を広報し、居住者や出兵する兵士たちを増やすのが国家的な目標だったからです。しかしこの地方において植民地に赴いた者の割合は他の地域と比べて低かったことが統計上判明しています。
知識欲と実際の行動のズレの理由を考えながら、当時のフランス人の知識への渇望を読みとくと、本書で二度も三度も楽しめます。