Paul Graham 著/川合史朗 監訳(2005)『ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち』オーム社
封建領主がやったように私有財産を盗むにせよ、いくつかの近代の政府がやったように税金でそれを奪うにせよ、収入の格差を抑えれば、結果はいつも同じだ。社会は全体として貧しくなる。(本書 p.126)
次のマイクロソフトを探すベンチャーキャピタルは間違っているんだ。あるベンチャーが次のマイクロソフトになるためには、ちょうどいい時期に沈んで、次のIBMになってくれる会社が不可欠だからだ。(本書 p.234)
ユーザーがインターネットストアを作ることができるサイト、viawebの創始者であるポール・グレアムが書いたエッセイを邦訳してまとめたものだ。松岡正剛の千夜千冊では1534夜に紹介されている。
自らの経験をもとに、お金持ちになる方法からハッカーの好み、デザインの考え方までを書き綴っている。
ハッカーを効率的に働かせるには、理解の無い上司が数年単位でコロコロ変わるような大きな組織ではなく、規模の小さなベンチャーが一番だ、そうすることによって社会はいい方向に変わっていく。
ベンチャーはマイクロソフトを目指してはいけない、彼らはたまたま勃興期にIBMの没落が重なって、業界の覇権的地位を奪えた幸運があった。
目指すのはライバルへの徹底的な調査と、自分たちがやろうとしていることの市場ニーズの確認だ。大企業は大失敗を恐れるから大きなリスクのある事業に手出しをしない。ベンチャーが勝てる場所はそこにある。だけど戦うなら同じ土俵に持ち込まないといけない。城の中にいる相手とは戦えないのだ。Wordより優れたエディタを開発することはできるだろうが、それはWindowsというお城の中にいて勝負はほぼ確定している。城の外で戦える市場ニーズを捜し出せたら、あとはライバルを調べればいい。ライバルがどのレベルで何をしようとしているかは、求人広告で分かる。
米国人が書いた本なので、米国の事情に依っているから日本とは違うことに留意しないといけない。社会的な偏差がないととがったもの(工業製品にしてもサービスにしても)が生まれないのは日本でも真理だと思うが、労働者の流動性が低いから求人広告の量は少ないし、ハッカー文化が根付いているとも言い切れない。また、「豊かになる」ことが人間の基本的な本性だと言っているけど、日本では暮らしそこそこ仕事まったりという価値観を持った者も増えてきている。ヨーロッパのように市場の主導権を握るために各国が争ったというより、国内の人たちに自慢したいという欲求があったから、日本刀などは極限まで技術を高められたという『ドーダの近代史』も日本の実情を表していると思う。いま市場ニーズがあるのは『日本版ハッカーと画家』だろう。
本書の大部分は無料で読める。ネットで読むのもいいし、枕頭において寝る前に読むのもいい。辞書的な使い方のできるエッセイ集なので空いた時間に読み返したい。