達人が教える最強の情報収集法


池上彰、佐藤優(2016)『僕らが毎日やっている最強の読み方』東洋経済新報社

『朝日新聞』の論調が嫌いな人も、「朝日新聞デジタル」に目を通す習慣をつけたほうがいいでしょう(本書 p.71)

いまの時代にインプットの時間を確保するには、あえて「ネット断ち」や「スマホ断ち」をする必要があるかもしれません。(本書 p.173)

僕らが毎日やっている最強の読み方;新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意

『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方』(文春新書)『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書』(文春新書)『新・リーダー論大格差時代のインテリジェンス』(文春新書)に続く二人の共著です。これまでと同様、対談形式になっています。

二人は新聞、雑誌、ネット、書籍の順番に付き合い方、情報収集の仕方を語っていきます。最近の新聞は国際面が貧弱になってきていることや、社説以外にも独自色を出して報道をしていることから、二人とも二紙以上購読することを薦めています。佐藤氏が朝日新聞の電子版購読を薦めているのは、政治エリートに影響力を持っている新聞だからです。そうした、新聞を読んでいるだけでは分かり得ない情報を教えてもらえるのが書籍の強みです。

また、二人とも意外なことに雑誌をよく読んでいます。「読書人階級のための娯楽」(佐藤)というように、あくまでも娯楽として付き合っていくべきとのスタンスは二人で共通するものの、やはり時代の流れやその取材力は侮れません。

ネットについては二人ともまだ付き合い方を模索している感じが見て取れます。ネットは玉石混淆ですが、明らかに石が多いので、二人とも有料の会員制サイトを使って情報収集しています。佐藤氏に至っては「ネットサーフィンの誘惑」を断ち切る必要があると断言しているあたり、私と変わらない誘惑に負けがちな精神の持ち主であることが見て取れて安心します。(さらにいうと、私は誘惑に負けてしまう方ですが。)

月90本の締め切りを抱える佐藤氏と月18本の締め切りを抱える池上氏の、新聞、雑誌、ネット、本との付き合い方は勉強になります。

冒頭に二人の仕事部屋が16ページ、カラーで紹介されています。大学教員の池上氏より、佐藤氏の方が知的な感じがするのは、硬派な本が多いからでしょうか。日本に数セットしかないブハーリン編纂レーニン全集があるなど、書痴的な側面が見えるからかもしれません。


知りすぎることの良否を知らない人類


野崎まど(2013)『know』早川書房

「(前略)学者の方からは非難される行為なのかもしれませんが、保管庫は思想そのものが違うのです。保管庫の思想とは”現物を、変化なく残すこと”です。古事記の冒頭にも記されていますが、記録という行為には必ず誤りが生まれます。複製からも再編からもエラーを取り除くことはできません。最初に作られたものを、最初の形のまま残す。守るために外部との接触を断つ。それが保管庫の思想なのです。(後略)」(本書p.265)

2014年のSF大賞にノミネートされた本書は、2081年の京都を舞台に「知る」ことをキーワードに展開していく物語だ。

その頃の京都は超情報化対策として、人造の脳葉「電子葉」の移植が義務化されている。また、街中の道路や建築物も情報材でできている。だからすべての人がタグ付けされ、ありとあらゆる情報がすぐに取り出せるようになっている。この社会インフラを作ったのが京都大学の研究者、道終・常イチ。彼はひと通りのことをやり終えると姿を消した。情報庁の官僚、御野・連レルは恩師である道終・常イチの後を追うべく、情報庁の官僚となって高度な機密にアクセスできる権限を得る。道終・常イチがコードに埋めたミスが自分へのメッセージだったことに気づいた彼は14年越しに暗号を解いた。

そこにいたのは14歳の少女だった。

翌日から、少女との不思議な4日間が始まる。「電子葉」をつけた二人は京都の禅寺・神護寺や京都御所など、「情報化」されてない場所に行き、「情報化」されてない知識を得る。森羅万象の知識を得るのは、あることを知るための手段に過ぎなかった…

情報をどう処理するかは、情報化社会を生きる我々にとって大きな課題だ。web2.0やビッグデータといった言葉が流行ったが、結局情報を上手に使いこなせていない。情報を使うとはどういうことか、自らの処理量を上回る情報を手に入れて何をするのか。情報とのつきあいかたを考えるにも本書の視点は参考になる。

同様に京都を舞台にした人工(知)脳の話としては鳥羽新の『密閉都市のトリニティ』があるが、こちらのほうがあっさりして読みやすい。まずは本書を読むのがオススメだ。


メディアが世界を変えていく


フリードリヒ キットラー著, 石光泰夫, 石光輝子(2006)『グラモフォン・フィルム・タイプライター』筑摩書房

拍節とリズムをともなった(近代ヨーロッパの言語では韻も含む)抒情詩の起源には、口承文化という条件の下での技術的な問題とその解決ということが横たわっていた。(中略)こうした必要性がすべて消滅したのは、技術を用いて音響を保存することができるようになってからである。(本書上巻 p.193)

映画は人生を痕跡保存(証拠保全)に変えてしまう。ゲーテ時代に、真実が詩(文学)によって教養になり下がったようなものだ。だがメディアは冷酷だから芸術のように美化してはくれない。(本書下巻 p.55)

『銃・鉄・病原菌』に先立つ、三名詞タイトルシリーズの嚆矢。メディア論と言えば本書、マクルーハンの後継者と言えば本書と紹介されるぐらい有名な本。ただ、長い。必要以上に長い。

中身については面白い部分もある。グラモフォン(蓄音器)を使うことで人間は生の音データをすべて記録できるようになった。これまでは文字を書くしかなかったのに、その必要が無くなった。その音を遠くに飛ばすため無線機が発明された。大体こういう発明は軍事技術と相場が決まっているもので、当初は暗号通信に使おうとした。だけど無線機は暗号通信に向かなくて、遠く離れたところに声を伝えられることはできても、みんなが傍受してしまう。これを逆手にとってラジオが広まった。

フィルムに関しても同じで、生の動きを切り取って、再現して見せるフィルムができたというのに、結局人々はグラモフォンの技術と合わせて何を作ったかというと、前時代に作られた文学作品を映画にすることだった。

タイプライターについても同様で、当初は盲人が手紙を書くために医師が発明したものが、違う使われ方をしていった。目の悪かったニーチェあたりがまず使い始め、タイピストという職業が生まれ、世界が爆発的に「書くこと」に目覚めた。この結果、DSP(デジタル・シグナル・プロセッシング)が開始され、コンピュータの開発へと至った。

いつの時代も、メディアは発明者の目的通りに使われない。人々が使いたい手法で、かつ最大限の効用をもって、その真価を発揮する。


メディアから逃れられない我々


寄川条路編・大塚直ほか(2007)『メディア論-現代ドイツにおける知のパラダイム・シフト』御茶の水書房

学問の根本問題は言語だという時代に、言語学が成立した。(中略)かつて意識という現象が占めていた地位を言語が覆したが、今度はそれを媒介が覆して、言語から媒介へと重点が移ろうとしている。つまりこれが、言語からメディアへの転回である。(本書 p.8)

言語を認識の前提としてとらえるように、メディアを言語の前提としてとらえることができる。認識や言語を一つのメディアとして、メディア論へと引き戻すのである。(本書 p.8)

本書はおもにドイツにおいて、言語を含むメディアが思想史的にどのように位置づけられてきたかを論じている、見通しのよくなる本だ。かつて、神の啓示(それは自然の中にあると考えられてきた)をより確実に読み取るために、口伝が文字におこされ、誤字をなくすために印刷技術が発達した。そして現代においては、そうして作られた文書から自然に戻ろうという動きがパンクといった音楽や、前衛的な芸術に見えている。

結局は自然と文化の二元論に縛られ続けているんじゃないか、と見える。結局遺伝子技術によって神に飼育されていた人間は、自らを飼育者の立場へと移した。この現実にぶち当たって、「人間の特権」を前提としてきた人たちは行き場を失った。

これからどういうビジョンを描くのか、或いは小さな物語に逃げ続けるのか。我々はどこへ向かうのか。


これからのメディアを知るために


佐藤卓己(1998)『現代メディア史』岩波書店

書物は19世紀半ばすでに「旧いメディア」と見なされていた。大衆社会到来の400年前にメディアとして完成した書物が、大衆を前提としていないのは当然であった。(本書 p.43)

労働者文化の伝統があるヨーロッパと違って、アメリカの移民労働者たちは共同体的娯楽から切り離されていた。教養を必要としない映画鑑賞は識字能力の未熟な移民労働者や青少年にとっての格好の「安息の場」となった。(本書 p.102)

書物、ラジオ、テレビといったメディアがどのように発展してきたのかを日米英独の比較を通して描き出している。

ここ数百年、人は書物を古いメディアと言い続けてきたが、いまだに生き残っているし、それが駆逐されそうもない。いつの時代も書物は危機を喧伝されながら生き延びてきた。

注目に値するのは、国家と人々の関わりだろう。かつてのメディアはラジオにしろテレビにしろ、大きな資本力を必要としていた。そのため、国家主導で開発され、イデオロギーを浸透させるために使われた。戴冠式をテレビ中継した英国にせよ、ラジオで戦況を伝えていた日独にせよ、国は異なれどやっていたことは同じだ。

しかし一方、比較的少ない投資額で済んだ雑誌と映画は民間主導だった。それが国民に憩いの場、公共への参加の糸口、娯楽を与えたのだった。

テレビを最後に国家がけん引するメディアは終わった。ネットや携帯を使ったメディアの登場は、いよいよ大衆主導型メディア時代の幕を開けた。これからは国家に導かれるのではなく、大衆の興味や関心が世間を導く。ネットを見てると世間が分かる。かもしれない。


雑誌じゃないよ超雑誌『キング』


佐藤卓己(2002)『キングの時代』岩波書店

雑誌メディアは、読者対象を細分化することによって発展するものであり、(中略)つまり、細分化可能な領域が存在する限り、雑誌は「専門化」していくことになる。(中略)こうした個別雑誌による読者の細分化、分節化が完成した段階で、『キング』は階級、年齢、性別を超越した国民統合メディアとして構想された。(本書 p.145)

「国民」とはそれほど消極的かつ受動的な読者だったのだろうか。売上部数の著しい伸張を見る限り、戦況を伝える雑誌に国民は殺到した。膨大な購読者に情報操作の犠牲者、メディア被害者としての免罪符を与えることは、大衆政治における政治的無関心や情緒的行動がもたらした結果に対する国民一人ひとりの責任を不問にすることにほかならない。(本書 p.342)

かつて『キング』(講談社)という雑誌があった。その名の通り雑誌界の王として君臨した。1925年創刊、1957年終刊、日本で史上初めて100万部を突破したオバケ雑誌である。

当時より人口の多い2013年現在、一番売れている月刊誌は文藝春秋の58万部、週刊誌でも週刊文春の70万部であることからも、その名に負けないキングぶりがわかるだろう。

我々と同様、著者も疑問に思う。「なぜそれだけ売れたのか」。しかも、当時の知識人、文化人たちはキングを毛嫌いしていた節がある。じゃあ、逆に何故それだけ売れたのか。どこが読者に受け入れられたのか。

キングの発行年をみてピンと来た人は鋭い。当時の日本は雑誌の揺籃期~草創期だったのに加え、ラジオ放送(1925年)、テレビ放送(1953年)も始まったばかりだった。 この疑問に対する分析の枠組みを、著者は自らの体験から編み出す。即ち、これまでは雑誌や新聞といった媒体ごとに分析する研究が多かったのだ。しかし、雑誌や新聞はテレビやラジオといった他の媒体とリンクしながら消費されていた。これまでの見方では、他のメディアとの関わり合いという観点を取りこぼしていた。 通常、雑誌は読者対象を細分化するメディアである。講談社もそうした雑誌を持っていた。男性、婦人、少年、少女と対象を絞った雑誌のラインナップをそろえた上で、それらを統合する国民雑誌『キング』をリリースした。

いろんな人に読ませる雑誌であったこと、いろんな人を満足させるだけの中身があったこと、まさに「ラジオ・トーキー的雑誌」だ。

大正デモクラシー、普通選挙と参政権、国家総動員体制、ラジオ・トーキー・テレビの誕生。歴史の荒波の中でキングは雑誌界に君臨し、100万部の栄華を極め、33年で幕を閉じた。キングと時代の共存を緻密に描き出している。

当時、大衆を対象とした講談社文化の対立軸として、インテリを対象とした岩波文化が挙げられた。大衆誌のインテリ的分析を行った本書がその岩波書店から出ているのにも、また歴史の妙を感じてしまう。