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45歳からは得意分野を伸ばす生き方を


佐藤 (中略)重要なのは長所を伸ばすことです。何でもかんでもやろうとすると、失敗しますから。

本書 p.34

池上 (中略)相手のほうに多くを与えて、やっと向こうは対等だなと思う。

本書 p.215

本書では60歳になる作家で元外交官の佐藤優と70歳になる作家で元NHK職員の池上彰が、定年後や老いに入っていく中で、どのような生き方をしていけばよいか対談しています。

二人は人生のセカンドハーフである45歳こそ、今後の人生の方針を見極める重要な年齢だと強調します。45歳からサラリーマンであれば65歳まで約20年残っていますが、多くの企業では50歳代の役職定年の後、65歳までは再雇用という形で雇われます。45歳からだと実質的な定年までは十数年あればいいほうです。そのため45歳からの人生では新たなチャレンジはせず、これまで行ってきたことの棚卸をして自分の得意分野(できること)を伸ばしていくほうが良いと勧めます。

外務省を東京地検特捜部による「国策捜査」により退職した佐藤優と、55歳でフリーランスになった池上彰は二人とも定年より前に勤めていた組織を退職しています。二人は多くの人たちが定年を迎え、ガクッとやる気をなくす「60歳の壁」を経験せずに済んだのはよかったと言います。

定年を見据えて重要なのは、会社以外の同世代(同級生)や違う世代とのつながりを持つことだといいます。一方で結局は健康、介護、孫自慢になりがちなので、池上彰は同窓会でその話をしないというルールを作ったそうです。では何を話すか? いろんな引き出しを持ちつつ、引用で上げた「相手に多く与える(話させる)」ことが対談のコツであると、話し方の作法まで教えてくれます。

一方で二人とも人生が順風満帆だったわけではありません。今は作家として活躍していますが、退職後は大学の公開講座に通うなど、自分の得意分野を見直してフリーランスでやっていけるようになりました。

二人とも丁寧な解説をしてくれれはいますが、佐藤優や池上彰のように向こうから仕事が来るのは、それまである程度有名だったこと、そして東京にいたことが大きな要因ともいえそうです。地方の一般的なサラリーマンがどうやって「60歳の壁」を乗り越えるのか、自分たちで解決するしかありませんが、少しヒントが欲しくなりました。

本書は『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書)』、『新・リーダー論大格差時代のインテリジェンス (文春新書)』、『知らなきゃよかった 予測不能時代の新・情報術 (文春新書)』、『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書 (文春新書)』、『僕らが毎日やっている最強の読み方―新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意』、『ロシアを知る。』、『教育激変-2020年、大学入試と学習指導要領大改革のゆくえ (中公新書ラクレ)』に続く対談本です。


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物語についての物語についての物語…


森見登美彦(2018)『熱帯』文藝春秋

「あなたは何もご存じない」

彼女は指を立てて静かに言った。

「この本を最後まで読んだ人間はいないんです」

本書 p.37

「世界の中心には謎がある」

本書 p.455

ふしぎな本です。読めば読むほど謎が深まります。読み終えたあとも謎は残ります。

話は作家・森見登美彦氏が学生時代に読んだ本を思い出すことから始まります。それは佐山尚一『熱帯』という本です。古書店で買い、読み進めたものの、ある日忽然と姿を消しました。読了しないまま、今まで来ています。

登美彦氏はある日、縁あって勧められた沈黙読書会という名の読書会に参加します。参加者は各自持ち寄った本の謎について語らいます。その場に一人の女性がいます。彼女が手にしているのは、登美彦氏の部屋から消えたあの本、『熱帯』でした。

『熱帯』は冒頭の引用にある通り、読み終えた人がいません。皆、途中で断念してしまっているのです。読んだことのある人たちがストーリーを再現すべく、結社を作ります。彼女もメンバーになっています。これまで、結社内ではあるところからストーリーが進みませんでした。しかし彼女の一言で物語はぐっと進みます…

本書のベースになっているのは『千夜一夜物語』です。さまざまな物語が語られることで、一つの物語を形作っています。本書も同様に、物語についての物語であり、語られる物語がさらなる物語を語り始め…と入れ子型の構造になっています。まるでA story which was talked by a person who received a story which was talked by a person…と、延々と続く関係代名詞のような物語です。

ふしぎな読後感を伴う小説です。この読後感を味わえただけでも、十分に価値ある読書体験でした。

森見登美彦『熱帯』 忽然と消えた一冊の本をめぐる冒険譚


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考えも反省もない日本陸軍のエリートたち


半藤一利(1998)『ノモンハンの夏』文藝春秋

服部や辻が敵の戦力を判定するのに大きな努力をした形跡は全くない。ともかく、ソ蒙軍の後方基地からは七五〇キロメートル余も離れている。不毛の砂漠地帯をこえて長大な兵站を維持するのは不可能である、と自分たちの兵站常識だけで甘く考えている。
(本書 p.140)

すでに関東軍司令部の問責は六月の越境爆撃のさいの天皇の言葉により既定の方針であるが、しかし関東軍の面目を考慮してのびのびにしてきている。親ごころというものである。それを関東軍の頭に血をのぼらせた連中はまるで理解しようともしない。
(本書 p.233)

誰もが名前だけは聞いたことがあるノモンハンの戦いを、証言や資料に基づいて描いた本です。ノモンハンの戦いは、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』でも重要な出来事になりますね。のちに村上はその現場にも訪れています。

それほど有名なノモンハンの戦いですが、私たちの多くは場所すら知らないのではないでしょうか。当時の満州国とモンゴルの国境、何の地下資源もない草原です。川を勝手に国境線と決めていた満州国と、川の数キロ満州国側まで自国領だと思っていたモンゴル側の認識の違いから起こった小競り合いが、大きな戦に発展しました。

形の上は満州とモンゴルの戦いですが、実質は日本とソ連の代理戦争でした。日本軍の戦力逐次投入戦略に比べ、ギリギリまで待って戦力をため込んだソ連・蒙古軍。この違いが雌雄を決しました。

日本側の資料によったため、日本側への言及が多くなるのは仕方ないですが、当時、関東軍で指揮を担当した辻や服部といった参謀たちの、先見性や現状把握力のなさには驚きます。まさに資料もなく、思い込みや希望的観測で行き当たりばったりの作戦を組み立てていきます。それに振り回され、草原に散っていった兵隊たちやその家族の気持ちを考えるとやり切れません。

天皇も努力をしますが、内閣で決まったことには反対しないという慣例があったため、限界がありました。それをいいことに、陸軍は戦を進めます。

しかしグラスノスチの後、ソ連軍にも大打撃を与えていたことがわかりました。外国人記者をして「地下資源があるのか」と言わしめた戦は、結局お互いのメンツの張り合いで終わりました。戦争のむなしさを伝える一冊です。






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昭和史の大家と国際情勢の専門家が語りつくす近代


半藤一利、佐藤優(2016)『21世紀の戦争論 昭和史から考える』文藝春秋

半藤 (筆者註:辻政信は)眼光も炯々としていて、人を引きつける迫力のようなものはあったと思います。(本書 p.54)

佐藤 この釧路-留萌線での分割によって、ソ連は道義性も示せます。日本人民の意志によって共和国をつくり、日本人民の要請に応えて北樺太まで渡すというわけですから。スターリンには領土的な野心はまったくないという証明にもなる。そうすると冷戦が終わったとき、南北日本が統一されて、逆に樺太が「日本」になっていたかもしれない。(本書 p.143)

 昭和史の大家である半藤一利と国際情勢の専門家である佐藤優の対談本です。5回15時間以上に及ぶ対談の一部は『文藝春秋』などに連載されました。

 半藤一利は昭和5年生、東大文学部を卒業してから文藝春秋に入社し、顧問を経て退職するまで雑誌編集者として過ごします。夏目漱石の遠戚であると同時に昭和史に関する本も多く出し、1998年には『ノモンハンの夏』で山本七平賞、2004年『昭和史』で毎日出版文化賞特別賞を受賞しています。

 昭和30年代から取材を続けている半藤の話は、戦後タイで僧侶に変装、潜伏して戦犯にもならずに衆議院議員になり1968年(昭和43年)に謎の失踪をした辻政信や、関東軍幹部で細菌兵器の開発などの裏事情も知っていて、終戦後はシベリア抑留と同時にソ連のスパイになった朝枝繁春など、歴史の生き証人にインタビューした時の話や人物像などが出ていて、説得力があります。辻がラオスで処刑された話や日本が敗戦時にマニラにいたマッカーサのところにまで降伏文書を取りに行った話など、興味深い話をしています。

 さらに、ソ連・ロシア事情に詳しい佐藤優が対談をして、二人で第二次世界大戦時の日ソの戦争について語らいます。日本は戦争を始めたけれども、世界情勢を読みきれず、終わらせ方もわからなかったという意見は、戦後70年以上経った今でも変わらないと思います。

 佐藤優はモスクワのフランス大使館の前には長寿研究所があり、そこでは指導者層のために長寿を研究する一方、未だにインフルエンザが流行るとそれが自然由来のものかどうかを調べているという話を披露しています。以下のところが周辺地図ですが、どの建物でしょう?


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世界を立体的に把握して時代を先読みする


池上彰 佐藤優(2015)『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書』文藝春秋

佐藤 (前略)入学歴ばかりを求めるのは、いまの日本では、何もビリギャルに限った話ではありません。そういう人間がいくら大学に集まっても、国は強くならない。国力と教育は密接に関係しています。その意味では、日本とちがって、トルコやイランには本物のエリートがいます。(本書 p.213)

池上 無闇に英語で授業をしても、自ら英語植民地に退化するようなものです。そもそも大学の授業を母国語で行えることは、世界的に見れば数少ない国にしか許されていない特権です。その日本の強みをみずから進んで失うのは、これほど愚かなことはありません。(本書 p.227)

大世界史 現代を生きぬく最強の教科書 (文春新書)

世界を立体で把握してこそ、私達のいまとこれからが分かります。

よくわからない文章になりました。しかし、これが本書のエッセンスです。本書は『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方』 (文春新書)以来の、佐藤優と池上彰による対談です。二人の冷静な眼で世界を見ると、今後の世界情勢が少し見えてきます。

二人は今の不安定な世界情勢を、中東を中心に据え、それを取り巻く中国、ヨーロッパ、米国、日本の状況を見ていきます。

中東情勢はイスラエルの情報機関ですらさじを投げたほど、近い将来の結果が予測不可能です。米国とイランの歴史的な和解により、イランは核開発を継続し、核保有国になるのも時間の問題となりました。するとイランの国教であるシーア派と対抗するスンニ派の国家、サウジアラビアやバーレーン、エジプト、ヨルダンといった国々も核兵器を持つ可能性が高まります。もしかいたらISですら持つかもしれません。世界中で核保有のハードルが下がれば実際に核開発をしていた韓国だって持つかもしれません。世界はますます混迷を深めます。

そんな状況で、米国の次期大統領(ヒラリー・クリントン?)が「公共事業」として戦争を行えば世界はますます混迷を深めます。

混迷を深めないためにはどうすればよいか。答えは簡単です。改めて世界の歴史を見返し、過去を鏡として現代に生かせばいいのです。そのためには教養を持ち、自らの能力を社会に還元することができる本当のエリートの働きが重要になります。しかし、今の日本では「すぐに使える学問」ばかりが優先されて、教養が顧みられていません。世界史的な動きを左右するときに本当に必要になるのは、「すぐに使えない学問」の代表である教養であるにもかかわらず。

今後の世界情勢と自らの立ち位置を考えるには、世界を地理的な広がりといった2次元で見るだけではなく、さらに時間を遡って歴史に目を向ける3次元的な視野が必要になります。近視眼的な発想では乗り越えられない課題が目の前にあることを知る教養が、今一番必要とされています。


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佐藤優論の取っ掛かりはコレ


佐藤優(2015)『知の教室』文藝春秋

この十年間、無我夢中で走ってきたが、このあたりで自分の作家生活について中間総括をしたいと思っていた。(本書 p.475)

佐藤優がこれまであちこちの本に掲載してきた論考をまとめたものです。

上手な構成になっていて、「読みたいな」と思っていた文章がまとまって入っている、佐藤優のエッセンスとも言える本です。月刊佐藤優ともいわれるぐらいのペースで本を出しているので、彼の思想を全部フォローするのは大変です。手っ取り早く知りたい、または一部分の論を深く掘り下げるために全体を見渡したい、そういう方に最適の本といえます。

構成としては最初に佐藤優の一日の仕事の配分、次に情報の集め方と使い方、情報を使うための基礎教養の付け方、そして最後に教養を用いた情報分析実践、となっています。これでサラリーパーソンが生き抜くための、一通りの手段と知識が見渡せるようになっています。

分量と値段を考えたら、お得な本だと思います。


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儲けより社会のためを考えた明治の経営者


鹿島 茂(2013)『渋沢栄一 下 論語篇』平凡社

渋沢が子供や孫などを実業界に進ませたがったのは、一族郎党で財閥を形成するためではなかった。(中略)息子や孫たちには、あくまで、経済界に入って自助努力で出世することを望んでいたのである。渋沢の願いは、実業界に一人でも多くの有能な人材をスカウトして、日本経済というパイを大きくすることだったのである。(本書 p.506)

渋沢栄一 下 論語篇 (文春文庫)

上巻と合わせて、鹿島茂が十八年近くにわたって書き続けていたライフワーク、渋沢栄一の伝記の完結編だ。

渋沢は金儲けをしようと思えばいくらでも出来るような立場にいた。確かに金持ちにはなったが、自らのためではなく、社会のために使った。

その代表例として恵まれない孤児たちを育てる養育院の運営や、明らかに儲からないと思われる企業の経営に手を挙げるなど、火中の栗を拾うようなことをしている。どちらも民業で難しければ、当時は役所への転職も簡単だったし、渋沢程度の実績があれば政治家にもなれただろうに、そうはしなかった。あくまでも民間、実業界の立場を崩さなかった。

その裏にはやはり、フランスで見た民と官の平等な姿、若い時に受けた教養もなさそうな代官からの侮辱などがある。だからこそ、日本の実業界を強くすることで社会全体をよりよくしていこうという発想があった。まさにサン=シモン主義を地で行った。渋沢が自らを犠牲にしてまで民業を育てたお陰で、王子製紙や日本郵船など、いまも残る大企業が育った。渋沢がいたからこそ、今の日本の経済界があると言ってもいいだろう。国家全体を俯瞰してより良い方向に変えていこうとする視点は、明治の渋沢が持っていたのに、現代の経済人には見当たらない。

良書であるが難点も一つ。連載が長期間に及び、多方面にわたったせいか、上巻と比べるとトリビアルな話が多く、散漫な印象を受けた。



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生きづらい世界を生き抜く知識のつけ方


池上彰・佐藤優(2014)『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方』文藝春秋

池上 もう一つ、今イスラエルが最も恐れているのは、隣国ヨルダンの王制が崩壊することでしょう。(本書 p.150)

池上 韓国(前略)北朝鮮については、佐藤さんに教えてもらって、「なるほど」と思い、『ネナラ』(北朝鮮の朝鮮コンピューターセンターが運営しているポータルサイト)を定期的に見ています。
佐藤 北朝鮮は、必要な情報を日本向けに出してくるから、あれだけ読んでいたらいいのですよ。(本書 p.234)

新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書)

言わずと知れた解説の名人、池上彰と佐藤優の対談だ。二人ともスタンスやテレビに出る・出ないの違いはあっても、世の中の複雑な事情を解説し、多くの人たちに世界の見方を発信している。

まずは今の世界で起きていることを解説し、その理解のために必要な知識(背景事情)を説明する。まずは民族と宗教、宗教には拝金主義とナショナリズムも入る。その知識さえ得ておけば、ウクライナや中東問題、それに中国や北朝鮮の動向までも探れる。

興味深かったのはネットに対するスタンスだ。二人とも、ネットでは実社会よりも右寄りの意見が多数を占めているから、ネットだけだと世の中の動向を見間違うこと、だからこそ新聞やテレビといった編集権のあるメディアと公式ウェブサイトから情報収集し、考えることが大切になると述べている。だからこそ、毎朝出勤して執務室でネットの意見を参考にしていた中国の温家宝首相(当時)の例を引き合いに出し、中国の危険性を指摘する。中国では新聞やテレビによる世論調査が行われないからだ。ネットの一方的な意見を参考に、世論よりも強硬な態度に出る可能性が出てくる。

そんな生きづらい世の中を生き残るためには世界の情勢を知る必要がある。世界の情勢を知るためには知識を得るのが大事で、その知識を得る方法が、本書では紹介されている。新聞数紙を20分で読むなどなかなか真似できないことも多いが、少しずつ真似していけば間違いなく実力のつく方法だ。

新・戦争論と銘打ったのは第一次世界大戦から100年たった現代においても、戦争は身近な問題であり続けているからだろう。


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商人から幕臣になった26歳


鹿島茂(2013)『渋沢栄一 上 算盤篇』文藝春秋

埼玉の農民の小倅が、代官に面罵されたのがきっかけで討幕運動に加わり、いったんは、高崎城を襲って横浜の居留地を焼き討ちにしようと試みたが、ひょんなきっかけで一橋家に仕える身となり、そこで出世して、兵制改革から財政改革までを手掛け、次の時代の到来に備えようとしていた矢先、突然、主君が徳川十五代将軍として就任したため、自らも幕府の役人となってしまう。(本書 p.131)

渋沢栄一 上 算盤篇 (文春文庫)

江戸末期に生まれて明治から大正、昭和にかけて活躍した経済人、渋沢栄一の自伝だ。鹿島茂による連載をまとめたものなので一回ずつ読み切りにしてある上に、文章も読みやすい。渋沢の足跡を学ぶには最適の本だろう。

第一国立銀行ほか、東京瓦斯、東京海上火災保険、王子製紙、東急電鉄など、渋沢栄一が設立に関わった会社は500以上にもなると言われている。なぜそれほどできたのか?

渋沢は当時において資本主義の本質を理解していた、稀有な存在だったからだ。だから幕府も明治政府も渋沢を重用した。逆に渋沢がいなかったら今の日本の経済界は全く違っていたはずだ。

もともと、茨城県の豪農の家に生まれた渋沢は、若い頃から才覚があり、藍葉の仕入れや藍玉の販売で成功を収めた。ただ、商売一辺倒ではなく、幼少時より父から読書も授けられていたため、知識人ともいえる経済人だった。

江戸末期、尊王攘夷活動に失敗し、江戸遊学で知り合った一橋家に仕える。歴史の偶然から一橋慶喜が将軍になったため、渋沢もまた幕臣となる。当時、商人から武士への身分変更は全くできないわけではなかった。しかし誰もができたわけではない。渋沢は大出世した。

いよいよ開国も間近、パリ万国博覧会が開かれた。日本も招待されたため、幕府からは慶喜の弟である民部公子が留学も兼ねて行くことになった。民部公子の世話をしていた水戸藩の家来も何人か行くことになったが、旧来より保守的な土地、固陋な連中しかいないことを心配した将軍、慶喜の命で渋沢もパリ行きを命ぜられる。

パリで渋沢が見たのは、官と民が平等に交流している姿だった。当時の日本では渋沢家の当主であっても若い代官に偉そうにされ、商人は武士に頭を下げるのが常であった。官と民との関係はこうではならない。渋沢はパリでその思いを強くした。また、パリ万国博覧会でのサン=シモン主義(「パリ万博の壮観を再体験」を参照)にも感銘を受けた。産業発展は民衆への啓蒙も兼ねている。そうして利益を得るのみならず、産業を通して社会全体を良くしていかねばならないと開眼したのだった。

それがのちの日本での活躍につながる。

本書は渋沢の大活躍をあまり述べてはいない。むしろ大活躍の素地が形作られた背景を明らかにしている。渋沢の思想のバックグラウンドを知って、後編に続く。


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同時通訳はソビエト生まれ


米原万里(2003)『ガセネッタ&シモネッタ』文藝春秋

「あーら、米原さんて、最近はもっぱら通訳業の産業廃棄物をチョコチョコッとリサイクルして出版部門へ流し、甘い汁を吸っているっていう評判だわよ」
とシモネッタとガセネッタに言われてしまった。(本書 p.107)

日本語の場合を例に取るならば、万葉集から源氏、大宝律令にいたるまで翻訳してしまっていたのだから、その奥行きたるや目も眩むほどで、イデオロギーの流布やKGBによる盗聴などというプラグマチズム(?)をはるかに超えていた。(本書 p.115)

ロシア語の同時通訳者にして作家であった米原万里のエッセイ集だ。

ガセネッタ&シモネッタという題名から、ガセネタとシモネタばかり書かれているのかと思ったらそうではない。女性にプレゼントできるぐらい上品な(知的な?)内容のエッセイがメインである。

同時通訳の誕生がソ連にあったことは、本書を読んで初めて知った。同時通訳の装置の開発は1926年、IBMによるものだった。当時の国際機関は国際連盟とコミンテルンしかなく、前者は英語と仏語がメインだったのに対し、後者は万国の労働者に団結を呼びかけていただけあって、マルチリンガルな組織だった。東京裁判にやってきた同時通訳陣にもソ連チームが入っていた。コミンテルン解散後のソ連でもその遺伝子は脈々と受け継がれ、BBCが56言語、NHKが22言語で放送されていたのにモスクワ放送は最盛期に85言語で放送していた。これは利益度外視の計画経済によるものか、ソ連の多民族に対する興味によるものかは定かではないが、同時通訳者の育成と少数言語の研究には大いに役だったことは確実だ。

本書で一つの山場となっているのはフィネガンズ・ウェイクを訳した英文学者、柳瀬尚紀との対談だ。二人とも市場経済に流れないことの大切さを共通認識としてもっている。市場経済を意識しすぎていたらフィネガンズ・ウェイクなんて訳せないし、テレビのようにバカになるものばかりが流通する(易きに流れる)。その点、ソ連は計画経済だった分、我々とは才能に対する考え方が違った。音楽でもバレエでも、才能があったらそれを金儲けに利用しようとはしない。才能がある子はただその才能を美的な高みへと登らせるために磨かせるのだ。

世界第3位の経済大国の日本ですら、市場経済を無視した才能の育成はかなり厳しい。となると、社会主義で計画経済(のはず)で世界第二位の経済大国である中国は人口も多いし、条件は揃っている。しかし現状は市場経済に振り回されている。世界はいま、才能の貧しい時代に陥っているのかもしれない。