博物館だからこそ出るモノのアウラ


荒俣宏, 養老孟司, 黒田日出男, 西野嘉章(1998)『これは凄い東京大学コレクション』新潮社

西野 美しいものに打たれるっていう、感動がなきゃね。その昔、ウニの液浸標本。のアルコール液を飲んだ豪傑がいたらしいよ。まったりとした琥珀色の液をさ……。(本書 p.60)

実際のところ、東大構内のどこに、どのようあものが、どのようなかたちで、どれだけあるのか、その全体を把握できているわけでは決してない。文京区本郷のキャンパスは、首都東京のど真ん中にあるブラック・ボックスなのだ。(本書 p.118)

東京大学のそれぞれの博物館が持っている学術標本は合計600万点。国内450大学にある標本総数が推定で2500万点だから、そのすごさが分かるだろう。

トップの写真は田中芳男の『スルメ帖(するめじょう)』。その名の通り、魚拓ならぬ全国のスルメ拓を集めたものである。この田中芳男という人は元老院議員や貴族院議員も務めたエライ人なのだが、肩書以上のエラさがある。それは博物学者としてのエラさである。どれぐらいエライかというと、21世紀の我々にすら評価しづらいほどエライ。彼は手元に来たものを集めた。お菓子のラベル、役所の書類、鹿鳴館で開催された宴の招待状。その数なんと98冊。おそらくいまだすべて読破した人はいない、荒俣先生を除いては。

他にもやっぱりな内容としては鳥居龍蔵が妻と7カ月の娘を帯同して中国大陸で撮影した人類学写真コレクションや経済学部の古貨幣コレクション(日本銀行に次いで第2位の規模!)、噂だけは聞いていた医学部の刺青コレクションなんてのも紹介されている(こちらは写真はなし)。

荒俣先生と西野先生の対談は、当時特別展示が行われていた(らしい)安田講堂で行われている。液浸標本のガラス容器にウットリする荒俣先生、250kmのボーリング調査した土を保管した研究者の逸話を披露する西野先生。お二人とも博物学が好きなんだと明言はしてないが、文章からこぼれおちるように伝わってくる。

東京大学のコレクションですごいのは、1923年の関東大震災で学内の大半が灰燼に帰したにも関わらず、そこからこれだけの復興をしたところ。各国の大学に寄附を依頼するとともに、研究者も欧米に派遣した。徳川家からは紀州徳川家の蔵書が、イギリス学士院からは48部限定製作の稀覯本『ケルムスコット・チョーサー』まで送られた他、大森貝塚を見つけたマルセル・モースが遺言を書き変えて蔵書をすべて寄贈した。そのほかにもニホンオオカミのはく製や将軍の御用医の薬箱、鹿鳴館の会談から著名人の脳のホルマリン漬け、明治美男子写真集まで、薄い本で層の厚さを見せつける。

なぜこんなものが? これは一体なに? とフシギでヘンテコなものがいっぱいの本。一般人はおいそれと見に行けないものがこの一冊の中にある贅沢。何度も読み返してしまう本だ。


20世紀の夢は21世紀でもまだ夢か


荒俣宏(2000)『奇想の20世紀』NHK出版

ヘンな本かと思ったらNHK出版である。 荒俣宏である。テイストはちょっと変わってるけど中身はマトモに決まってる。実際マトモだった。奇妙な思想のコレクションという意味ではマリナ・ヤグェーロ(1990)『言語の夢想者』工作舎に軍配が上がる。

思想ではなく奇想なので、生き残らなかったマイナーな思想を取り上げている。メジャーどころとしてはパリ万国博覧会で最大瞬間風速を発揮したサン・シモン主義が挙げられる他、住まうための理想宮を建設しながら住まうところになりえなかった郵便配達夫のシュヴァルなど、独特の思想をもった20世紀の「巨人」たちが描かれている。

中でも丁寧に解説されていたのがデジタルの誕生だ。メディア学の良書と言われる『グラモフォン・フィルム・タイプライター』ではタイプライターがデジタルの端緒となった、あっさり書かれているが、それがどうデジタルにつながったか判然としなかった。本書では自動計算機にジャカード織機のパンチカードから応用したメモリーを搭載させ、チェスで人間を打ち負かせるコンピューターを夢想したプログラム式コンピューターの発明者、チャールズ・バベジの考えと業績が描かれている。荒俣宏がコンピューター関係の部署にいたこともあって、書きぶりは分かりやすく丁寧だ。

もちろんこれは19章からなる本書のほんの一部にすぎない。全体を通して、人々はファッション、自動車、飛行機、万博、新技術にどのように夢を託し、どのような未来を夢見たかが描かれている。

この本が20世紀最後の年に出たのがとても意味ありげだ。20世紀の思想大総括と言える。翻って我々はどんな夢を抱いているだろうか。21世紀版の夢想大総括は誰に、どのように書かれるのだろうか。