200ページでウィトゲンシュタインの歩みをつかむ


永井均(1995)『ウィトゲンシュタイン入門』筑摩書房

私は、私自身が読者とウィトゲンシュタインをつなぐ梯子となることを願ったのである。もちろんその梯子は、昇りきった後は投げ捨てられるべき梯子にすぎない。(本書 p.8)

ウィトゲンシュタインの難解な哲学を理解するための第一歩に適した書。主な業績である『論理哲学論考』や『哲学探究』のみならず、『青色本』、『数学の基礎」、『確実性の問題』など、その他の業績にも配慮して、それぞれの本の特徴や思考の足跡などを明らかにしている。できるだけ簡明に書かれてあり、理解しやすい。

『論考』ではかの有名な言葉、「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」(Wovon man nicht sprechen kann, darüber muss man schweigen)の通り、言語の限界、すなわち世界の限界を示したとされている。その中で世界は現実に表現されているところのものであり、夢や希望、嘘などのナンセンス(現実に現れていない言語表現、例えば「ピンクの象」や「猛然と眠る色のない緑」など)は対象となっていなかった。

では、ウィトゲンシュタインはそれらの分析を諦めたのか? 20世紀最大の哲学者である彼だから、もちろんこの問題に気づいていた。だからこそ、彼はまずは『青本』で、そしてさらに『探求』で発展させた形で言語ゲームという概念を持ちだし、すべての言語表現とそのルールについての分析を試みた。すなわち、ルールは違っても、我々はその適用方法に縛られているということだ。

たとえば、ある民族で「出会っても挨拶をしない」というルールがあるとする。そのルールは欧米や日本のルールとはもちろん違う。しかし西洋や日本の人々も彼らのどういうルールに従っているか理解できるし、彼らのルールに(ある程度は)従うことも可能だ。我々が多言語の文法に従うことが可能なように。

結局、人間である以上、その「ルールの適用方法」は同じになる。ルールは違っても、その従い方は同じだというメタルールの存在に気づいたところが、彼の天才たるゆえんだろう。

本書はそんなウィトゲンシュタインの思考の足跡のみならず、彼の人生のエピソードを踏まえて、どんな背景でそのような思考が生み出されたのかを語っている。200ページ強で20世紀最大の哲学者の思考と人生の概略がつかめる。大変お得な書といえる。