歴史をつくった負け組みたち


山口昌男(2005)『「敗者」の精神史〈上・下〉』岩波書店

覚馬も結局は、公の世界に足を突っ込む権威高官の地位に身を置かないという意味では、敗者の立場を貫いたと言えるのかもしれない。覚馬なくば、京都は学問の府の位置を獲得することなく、影の薄い第二の奈良というにとどまったかも知れない。このような覚馬に対して与えられたのは、従五位という位であった。(本書上 p.319)

薩長閥を中心に原型が形成された、近代日本の単一階層分化社会による学歴・政治・経済の堅い組織が行きづまりを見せている今日、薩長閥的官僚機構から排除されるか、一歩外に出た人士が形成したネットワークは、人は何をもって他人とつながるかという点で示唆するものが極めて大きいと言わなければならないだろう。(本書下 pp.442-443)

歴史に残る負け組みたちの話である。もともとユリイカに連載されていたものだけあって、学術書っぽくはない。しかし、ここにこそ山口昌男の博覧強記ぶりがいかんなく発揮されている。

本書の言う敗者とは、明治維新後に賊軍となった幕府側の人たちを指す。政治的な配慮から、彼らは明治新政府で重用されず、公的に活躍する場は与えられなかった。

しかしそこは幕臣、優秀な人材も多かった。戊辰戦争で負けた会津藩出身の山本覚馬は同志社を作ったし、静岡に逃げた徳川家臣の一人、渋沢栄一は近代日本の土台を作った。

学問のヒエラルキーをつくる近代科学とは相いれない、学問の曼荼羅を形成する本草学をはじめとする江戸的学問を推し進めて、鳥居龍蔵や柳田国男に疎ましがられた山中共古など、公ではない私の世界で、政財界ではなく市井で存在感を示した人たちが多くいた。

実力ある人は一つの世界で重用されなくても、別の世界で活躍の場が見つかる。そして、ネットでつながった今こそ、あらたな活躍の方法があるのではないだろうか。著者は明治維新後に敗者がもう一つの日本をつくったのに、なぜ戦後はそれが起きなかったかいぶかしがるが、それは当然、明治維新では国内に勝者と敗者ができたが、第二次大戦では一億総敗者だったから、国内でヒエラルキーができなかったのだ。逆に格差社会の今こそ、負け組の巻き返しを図るタイミングだと言える。

この本の特徴として、引用が多いのが気になるが、ほとんどが古書店でしか手に入らない本からのものゆえ、それもやむなしなのかな。