考えも反省もない日本陸軍のエリートたち


半藤一利(1998)『ノモンハンの夏』文藝春秋

服部や辻が敵の戦力を判定するのに大きな努力をした形跡は全くない。ともかく、ソ蒙軍の後方基地からは七五〇キロメートル余も離れている。不毛の砂漠地帯をこえて長大な兵站を維持するのは不可能である、と自分たちの兵站常識だけで甘く考えている。
(本書 p.140)

すでに関東軍司令部の問責は六月の越境爆撃のさいの天皇の言葉により既定の方針であるが、しかし関東軍の面目を考慮してのびのびにしてきている。親ごころというものである。それを関東軍の頭に血をのぼらせた連中はまるで理解しようともしない。
(本書 p.233)

誰もが名前だけは聞いたことがあるノモンハンの戦いを、証言や資料に基づいて描いた本です。ノモンハンの戦いは、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』でも重要な出来事になりますね。のちに村上はその現場にも訪れています。

それほど有名なノモンハンの戦いですが、私たちの多くは場所すら知らないのではないでしょうか。当時の満州国とモンゴルの国境、何の地下資源もない草原です。川を勝手に国境線と決めていた満州国と、川の数キロ満州国側まで自国領だと思っていたモンゴル側の認識の違いから起こった小競り合いが、大きな戦に発展しました。

形の上は満州とモンゴルの戦いですが、実質は日本とソ連の代理戦争でした。日本軍の戦力逐次投入戦略に比べ、ギリギリまで待って戦力をため込んだソ連・蒙古軍。この違いが雌雄を決しました。

日本側の資料によったため、日本側への言及が多くなるのは仕方ないですが、当時、関東軍で指揮を担当した辻や服部といった参謀たちの、先見性や現状把握力のなさには驚きます。まさに資料もなく、思い込みや希望的観測で行き当たりばったりの作戦を組み立てていきます。それに振り回され、草原に散っていった兵隊たちやその家族の気持ちを考えるとやり切れません。

天皇も努力をしますが、内閣で決まったことには反対しないという慣例があったため、限界がありました。それをいいことに、陸軍は戦を進めます。

しかしグラスノスチの後、ソ連軍にも大打撃を与えていたことがわかりました。外国人記者をして「地下資源があるのか」と言わしめた戦は、結局お互いのメンツの張り合いで終わりました。戦争のむなしさを伝える一冊です。