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金正日の息子もソ連崩壊を目の当たりにした?

佐藤優(2016)『世界観』小学館新書

ある時この家庭教師が、北朝鮮製のクッキーとキャンデーを持ってきた。筆者が「どこで手に入れたのか」と尋ねると、「北朝鮮大使館でもらった」と答えた。金正日の息子にロシア語を教えているという。(本書 p.196)

教養を身に着けた本物の選良(エリート)になることが、ブラック企業から抜け出す最良の方法だ。(本書 p.272)

 佐藤優の『SAPIO』での連載をまとめたものです。2012年頃~2016年までの原稿をまとめています。

 少し古めに感じる記述もありますが、序文で書いてある通り、事柄の大枠については外していないといえます。

 私はサウジアラビアの石油減産政策は、イランの核開発阻止、アメリカのシェールオイル阻止を狙ったチキンレースだと思っていたのですが、佐藤氏の見立てでは現状でも赤字ではないから今後もしばらく続くだろうとのことでした。このあたりはちゃんと見ている人でないとわかりません。

 中東のイスラム国やイスラエルの他、専門のロシアから中国、北朝鮮に至るまで、佐藤氏は鋭く切り込みます。

 一番役に立つのは、昨今話題のブラック企業についてです。外務省ではルーブルの換金で大使館ぐるみの犯罪にまで加担し、上司による成果の横取りなど当たり前と思っていた佐藤氏ですが、今振り返ると個人の努力次第で実力がついたと語っています。ブラック企業から抜け出すのは、実力をつけるしかないというのは金言です。一方、努力しても実力がつかない人も一定割合で存在します。彼らをどうやって救うかが、今後の日本社会、あるいは政治の課題といえます。

 個人的には、金正日の息子にロシア語を教えている人に、佐藤優がロシア語を教わっていたというエピソードが興味深かったです。どの息子かは分からなかったと書かれてあります。おそらくはその後のソ連崩壊を目の当たりにしたその息子とは、一体、誰のことなのでしょう?

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低迷混沌の現代を最低限のストレスで生き抜くために

佐藤優(2016)『秩序なき時代の知性』ポプラ社

木暮 (中略)ある一定の基準を超えたら、そこから先の幸福度は、お金には関係ないように思いますけどね。
佐藤 ある一定の基準というのは、数字としてどのくらいをイメージされてますか。
木暮 いまだと、ひとり暮らしなら300万円だと思っています。(本書 pp.90-91)

開沼 (中略)福島には以前から、東京発信の「福島かくあるべし」に嫌気が差している人が多くいます。そろそろ「自分たちの言葉」をつくっていかなければという感覚が熟してきているのかなと。(本書 p.158)

 佐藤優の連載対談で『右肩下がりの君たちへ』の続編にあたります。

 今回は

  • 開沼博(社会学者:フクシマ)
  • 國分功一郎(哲学者:哲学)
  • 木暮太一(作家:経済)
  • 水野祐(弁護士:法律)
  • 與那覇潤(歴史学者:歴史)

の5名と対談します。

 國分功一郎は地元である小平市の道路建設に際して、住民の生活に影響がでるのに行政の判断に住民の意見が反映されない事に気づき、住民投票を起こしました。結局、住民投票の投票率が低かったとされて、開票されることなく票は焼却処分されました。市長選とほぼ同じ投票率だったにも関わらず。ここに、國分は現代日本の民主主義の限界を見ます。

 木暮太一とは経済の、特にお金にまつわる話をします。佐藤も木暮も、だいたい欲しいものは手に入ったから物欲がなくなったという点で共通しています。これは私も同じで、ネット環境と衣食住に事欠かなかったら大体満足してしまいます。この対談は身の回りの人々の金銭感覚を等身大に表していると思いました。

 この本の一番の見どころは、やっぱり開沼博でしょう。福島出身の社会学者で、地元の当事者としても発言できる強みがあります。すなわち、福島のことが皮膚感覚で分かった上で話のできる貴重な知識人です。

 反原発、反基地、反自民とパッケージ化して語られるようになってしまったけれど、現実問題として福島の問題を語るには健全な状態ではありません。反原発にしても放射性廃棄物処理と数十年単位で関わっていかないといけない、すると技術者を養成しないといけない、そのためには原子力工学が魅力的なものであると発信しないと優秀な人材が集まらない。

 理想論ではなくて現実的な発想が必要です。廃炉だけでなく、帰村やコミュニティ形成方法なども同じことがいえます。やっとそろそろこういう議論が出来るようになってきた、というところにこの問題の根深さを感じさせました。

 情報過多の福島第一原発について語るため、百科事典形式にして出した『福島第一原発廃炉図鑑』は論点が整理されたデータブックとして、ほとんどクレームがつかなかったとのことで、興味がわきました。

 本書は若い世代との対談なので、若い世代が何を考え、どうやって社会と向き合って変えていこうとしているかが見て取れます。今の時代を生き抜く考え方が何パターンも出ていて、大いに参考にできそうです。

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「一億総滑落社会」を変えるために政治家と語る

井手英策、佐藤優、前原誠司(2016)『分断社会ニッポン』東洋経済新報社

前原 まあちょっと愚痴になりますけれども、議員年金が2006年からなくなったんです。(中略)そうすると私は国民年金だけなんです。(中略)議員生活を終えても退職金はない。いったいどうやって生きていくかというのは、私にとっては切実な問題なんですよ。
佐藤 金持ちしか政治家になれないということになっちゃいますよね、逆に。(本書 p.107)

井手 (中略)誰ということはないですけど、明らかに金持ちのボンボンが「格差是正」と言ったらみんなシラッとしますよね。
佐藤 そう。「シャッター街をなくしましょう」って、お前のおやじが創った大会社が商店街を潰したんじゃないかというような話になったらダメなんですね。(本書 p.166)

 井手英策 慶應義塾大学教授、前原誠司 衆議院議員、佐藤優による、日本の現状をいかに良くしていくかをテーマにした鼎談本です。井手は各地を調べて、例えば富山県では女性が働きに出る率が高いが、それは三世代同居に支えられているからだといった、全国に活かせそうな地方の特色を述べています。ただ、三世代同居は今後永続的に維持が可能な制度ではないこと、正社員の配偶者は配偶者控除を受けられるのに派遣社員の夫婦は配偶者控除を受けられないなど、現状の問題点も鋭く指摘します。

 三人とも、減税一辺倒ではなくて、有効活用するのだというアピールをして税をもらえば納税者も納得するのではないか、という議論を多くしています。今後の人口減を前にして、経済成長が見込みづらいとなれば、教育無償化等で充実させ、地域や共同体で助け合って暮らしていく。そうした社会にしていくのが政治の役割であると具体例を出して語っています。前原誠司という政治家が入っているからこそ、議論に真剣味も現実味も増しています。少しは政治を信じていいのかも、と思える本です。

 前原議員は八ッ場ダムの中止から再開で批判されましたが、ダム全体の見直しをして無駄を減らしたことなど、実績はあるのに有権者からは厳しい批判を浴びたなど、政治の厳しさを覗かせる発言をしています。一方で

「国民、特に政治に翻弄され続けてきた長野含め地元の皆さんには、心からお詫びを申し上げたい」(本書 p.197、太字は筆者)

と、県と書くべきところを誤変換している。電子書籍ならしれっと訂正されるのだろうけど、ちゃんと証拠が残るのは紙のいいところですね。

 前原誠司は京大法学部時代、高坂正堯(こうさかまさたか)ゼミに所属していました。弟(*1)の高坂節三 日本漢字能力検定協会理事長・代表理事は同協会の汚職事件(刑事・民事でそれぞれ裁判になった)があったとき非常勤理事でしたが、責任を取るどころか、いつの間にかトップに就任しています。そんな同氏は東京都教育委員在任中にまえはら誠司東京後援会の代表を勤めており、これは地方教育行政法違反であることが指摘されています(罰則規定はない)(*3)。

 清濁併せ呑むのが政治、私達有権者がしっかり見て、意見を言い、判断しなくてはいけません。

 冒頭の引用の「おやじが創った大会社」は某イ○ンのことを言っているのかなと思いました。

*1 【解答乱麻】日本漢字能力検定協会代表理事・高坂節三(産経新聞)
http://www.sankei.com/life/news/140823/lif1408230011-n1.html
*2 財団法人日本漢字能力検定協会について(池坊保子ブログ)
http://yasukoikenobo.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-8d56.html
*3 第177回国会 文部科学委員会 第11号(平成23年5月20日(金曜日))
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009617720110520011.htm

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生涯を賭けた美しい生き方

紀田順一郎(1982)『生涯を賭けた一冊』新潮社

諸橋轍次はこの稿執筆現在、満百歳に達し、(中略)時おり寂しくなって川上を呼びつける。つい先日(一九八二・一)にも「すぐ来てくれ」といわれて出かけると、「ぼくはもう仙人の心境に入ろうとしているんだよ。毒気が全部なくなってね」と語ったという。(本書 p.140)

趣味が嵩じての官能的なよろこびと学究精神との幸福な一致-『釣技百科』の魅力は一にかかってこの点にあるといえよう。古今独歩の釣書といわれる所以である。(本書 p.181)

荒俣宏の師匠である紀田順一郎が書いた本です。この本の中には、生涯をかけて一冊の本を書き上げた人たちが取り上げられています。必ずしも一生涯のうちに一冊しか出さなかった人ではありません。ただ、ライフワークとして取り組んだ本のある人達が取り上げられています。

本書で取り上げられた本を以下に紹介します。そのうちの多くは、今となっては顧みられていない本であることが分かります。

  • 一念を貫いたライフワーク―文倉平次郎『幕末軍艦咸臨丸
    咸臨丸に惚れ込み、明治31年に現地の墓地の事務員になってまでアメリカで命を落とした乗組員の墓を見つけ、供養した人の著書。
  • 初期探検家の栄光と挫折―岩本千綱『三国探検実記
    明治29年、新たな貿易相手国を探しにシャムからラオス、ベトナムへと僧侶姿で探検した明治人のお話。現地の人に僧侶と間違われ、流行歌をお経のように歌ってはキニーネなどの西洋薬を渡して米などをもらって旅を続けました。追い剥ぎや大虎に遭遇しつつも、どうにか旅を終えました。その後、ひ孫が足跡を辿った文章を書いています。(大坪治子「『暹羅老撾安南三国探検実記』 岩本千綱の身辺」新人物往来社『歴史研究』,第351号,1990年7月号,62頁)
  • 奈落の底から―山本作兵衛『王国と闇
    炭鉱での凄絶な暮らしを絵で描いた炭鉱夫の本。小学校の頃から一銭で粗末な西洋紙を5枚買い、それを15枚に細く切って絵の練習をしていました。寿命25年と言われる山の暮らしをし、68歳で初めて画用紙を買って絵を描き始めます。出した画集は第36回西日本文化賞(社会文化部門)を受賞し、世間の注目を浴びます。その後も描き続け、福岡県教育文化功労者などを受賞し92歳で死去。山本の絵は現在、世界記憶遺産に認定されています。
  • 書物と人生を語る―田中菊雄『現代読書法
    本好きという共通点を持つ紀田順一郎が惚れ込んだ本。たくあんだけを食べて1年過ごしてまで本にお金をつぎ込んだ著者は列車給仕をしながら英語を勉強し、小学校の代用教員、中学校教師を経て戦後は山形大学教授にまでなりました。
  • 管理機構の中の野人学者―牧野富太郎『牧野日本植物図鑑
    言わずとしてた植物学者、牧野富太郎。在野の、と言われるが、そうではなくて近代学制以前の教育は受けたものの、近代の学制に上手に入れなかっただけだった。彼の残した標本は20年間に300人のアルバイトを雇って整理しました。また、標本を包んでいた古新聞から当時の採集範囲が推定されました。(牧野は覚えていたのでどこで採集したかを書き込んでいなかった。)
  • 三十年の苦闘とその協力者たち―諸橋轍次『大漢和辞典
    中国に留学して一日に7・8時間も本を読んでいたけれど、良い辞書がなくて困ったため、辞書をつくることにしました。大修館書店の創業者である鈴木一平が採算を度外視し、自らの子息に学校を中退させてまでして支援しました。諸橋は五十歳を過ぎる頃から白内障を患い、六十歳頃には失明同様となってしまいました。三十五年の歳月と二十五万八千人の労力、時価九億円を投じて大漢和辞典は完成しました。吉川英治は合計三組、大佛次郎は二組を揃えました。中国も500セットを購入しています。補巻の完成した2000年までには七十五年の歳月がかかりました。
  • ある教育者のバックボーン―玖村敏雄『吉田松陰
    同郷人の吉田松陰に惚れ込んでその一生涯を書き続けた人です。吉田松陰がいつなにを言い、何をしていたかを全て覚えていました。また筆跡も「松陰先生にしてはできすぎている」と評するほどに見抜けました。そうした松陰の思想がバックボーンにあったから、戦後は文部省でGHQと渡り合い、タフネゴシエーターとして対等に議論できました。
  • 趣味の高峰に名著一冊―松崎明治『釣技百科』
    これはamazonにも出ていない本。ヤフオクなどでたまに出ています。九百ページのうち一ページのムダもないと言われた本です。出たのは戦時中の1942年。時代だけに不要不急の本は出せなかった。だからこの本は「銃後の生活に重視されるのは『技術』である」と説いて出版した。しかし中身は釣り好きの愛が詰まった文章で書かれています。
  • 足で書いた庶民の街―山下重民『新撰東京名所図会
    我が国のグラフ雑誌の嚆矢とも言える本です。丸の内がまだススキ野で子どもたちがトンボを追いかけている様子や吉原など江戸の名残のある景色が描かれています。今となっては見ることのできない、当時の写真より迫力のある絵で東京のあちこちが描かれています。

今でも比較的よく知られているのは諸橋轍次と牧野富太郎ぐらいでしょうか。

山本作兵衛などの本は古本市場では高値で取引されているので、今でも根強いファンはいるようです。また、朝日新聞朝刊の鷲田清一の連載「折々のことば」でも

「先生もおらん。無学で絵の価値もなか。ばってん、ムガクは六学とも書きましょうが、五つばかり学問が多い、ち。エッヘッヘ」

http://www.asahi.com/articles/ASJ9N41LQJ9NUCVL00W.html

という山本作兵衛の言葉が紹介されています。(2016年10月2日)

生涯をかけて編まれた一冊は濃さが違います。今は顧みられていないかもしれませんが、それは価値が無いのではなく、たまたま忘れられているだけです。こうした本は、世間が忘れている間に読むのがいいのかもしれません。

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達人が教える最強の情報収集法

池上彰、佐藤優(2016)『僕らが毎日やっている最強の読み方』東洋経済新報社

『朝日新聞』の論調が嫌いな人も、「朝日新聞デジタル」に目を通す習慣をつけたほうがいいでしょう(本書 p.71)

いまの時代にインプットの時間を確保するには、あえて「ネット断ち」や「スマホ断ち」をする必要があるかもしれません。(本書 p.173)

僕らが毎日やっている最強の読み方;新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意

『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方』(文春新書)『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書』(文春新書)『新・リーダー論大格差時代のインテリジェンス』(文春新書)に続く二人の共著です。これまでと同様、対談形式になっています。

二人は新聞、雑誌、ネット、書籍の順番に付き合い方、情報収集の仕方を語っていきます。最近の新聞は国際面が貧弱になってきていることや、社説以外にも独自色を出して報道をしていることから、二人とも二紙以上購読することを薦めています。佐藤氏が朝日新聞の電子版購読を薦めているのは、政治エリートに影響力を持っている新聞だからです。そうした、新聞を読んでいるだけでは分かり得ない情報を教えてもらえるのが書籍の強みです。

また、二人とも意外なことに雑誌をよく読んでいます。「読書人階級のための娯楽」(佐藤)というように、あくまでも娯楽として付き合っていくべきとのスタンスは二人で共通するものの、やはり時代の流れやその取材力は侮れません。

ネットについては二人ともまだ付き合い方を模索している感じが見て取れます。ネットは玉石混淆ですが、明らかに石が多いので、二人とも有料の会員制サイトを使って情報収集しています。佐藤氏に至っては「ネットサーフィンの誘惑」を断ち切る必要があると断言しているあたり、私と変わらない誘惑に負けがちな精神の持ち主であることが見て取れて安心します。(さらにいうと、私は誘惑に負けてしまう方ですが。)

月90本の締め切りを抱える佐藤氏と月18本の締め切りを抱える池上氏の、新聞、雑誌、ネット、本との付き合い方は勉強になります。

冒頭に二人の仕事部屋が16ページ、カラーで紹介されています。大学教員の池上氏より、佐藤氏の方が知的な感じがするのは、硬派な本が多いからでしょうか。日本に数セットしかないブハーリン編纂レーニン全集があるなど、書痴的な側面が見えるからかもしれません。


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