瀧本哲史も怖くない!(3)


土俵のずらし方

 弟子: 絶望から抜け出すにはどうすればいいのですか?
ウチボリ: 本書のバックグラウンドを知ることだ。
  弟子: バックグラウンド?
ウチボリ: そう。歴史の中での本書の位置づけだ。
  弟子: この本が歴史とどう関係あるんですか?
ウチボリ: 過去にこの本と似たようなことが書かれているんだよ。
  弟子: そうなんですか!?
ウチボリ: そう。本当にクリエイティブなものも何かを参考にしている。
  弟子: 知らなかった…具体的にはどんな本ですか?
ウチボリ: マルクスの『資本論』さ。
  弟子: 大御所がきましたね…
ウチボリ: 読んだ?
  弟子: 読んでません。
ウチボリ: 正直だね。
  弟子: 教えてください。
ウチボリ: 好感もてる。
  弟子: はやく!
ウチボリ: 分かった、分かった。それが教わる態度かな…
  弟子: おおおねがいします。
ウチボリ: 『資本論』はいくつもの読み方ができるが、要点は以下の二つだ。

  1. 資本家が労働者を使って利益をあげる
  2. 資本家と労働者の関係は永遠に変わらない

 弟子: 絶望だ、また絶望がやってきた!
ウチボリ: たしかに、絶望だ。
  弟子: 希望はないのですか…
ウチボリ: あるよ。
  弟子: 教えてください。
ウチボリ: 好感もてる。
  弟子: はやく!
ウチボリ: どこかで見たな、このやりとり…
  弟子: おおおねがいします。
ウチボリ: 瀧本の本に書いてあるじゃないか。
  弟子: わかりませんよ、もう。
ウチボリ: 似たような内容の本に『金持ち父さん貧乏父さん』がある。
  弟子: 昔のベストセラーだ!
ウチボリ: そう。
  弟子: どういう内容なんですか?
ウチボリ: サラリーマンは使われるだけ、稼ぎたかったら起業しろ、という内容だ。
  弟子: 起業しても失敗するかも知れない。
ウチボリ: 成功するために著者の開発したボードゲームを薦めている。
  弟子: 買わないと!
ウチボリ: だから! それが「使われるだけ」なんだ。
  弟子: んん???
ウチボリ: 使われる方は稼げない。搾取されるだけだ。
  弟子: そうですね。
ウチボリ: 結局『金持ち父さん貧乏父さん』『資本論』と同じことを述べている。
  弟子: あれ、じゃあもしかして?
ウチボリ: そう、瀧本の本もおんなじだ。
  弟子: 周期的に似た内容の本が出るんですね。
ウチボリ: 大事なことだけど、人は忘れちゃうからね。
  弟子: 絶望から逃れるにはどうすればいいのですか?
ウチボリ: 二つ方法がある。

  1. 資本家になる(=起業する)
  2. 資本家が無視できない労働者になる(=熟練労働者になる)

 弟子: 瀧本はそんなこと言ってましたっけ?
ウチボリ: みてみよう。

『僕は君たちに武器を配りたい』

  1. トレーダー=とれた魚をほかの場所に運んで売ることが出来る漁師
  2. スペシャリスト=一人でたくさん魚をとるスキルを持っている漁師
  3. マーケター=高く売れる魚を造り出すことができる漁師
  4. イノベーター=魚をとる新たな仕組みを作り出す漁師
  5. リーダー=多くの漁師を配下に持つ、漁師集団のリーダー
  6. インベスター=所有する船に乗っている漁師に魚をとらせる

1と2は生き残れない。生き残りたければ3~6のいずれかになれ。

 弟子: 3~5が熟練労働者で6が資本家だ!
ウチボリ: そう、結局同じことを言っているんだ。

資本主義を見つめなおす

 弟子: でも、先ほど言われたように、5や6には配下の漁師が必要です。
ウチボリ: そうだ、彼らは一人では何もできない。
  弟子: 絶対に搾取される人の方が多くなります。
ウチボリ: そのとおり。
  弟子: じゃあ、多くの人にとって絶望しか残らない…
ウチボリ: 資本主義の中で生きる限りにおいてはね。
  弟子: どういうことですか?
ウチボリ: 資本主義を相対化するんだ。
  弟子: 共産主義者になれということでしょうか。
ウチボリ: 違う。組織で働くだけが人生じゃないだろう?
  弟子: その通りです。お盆に正月、週末祝日アフター5…
ウチボリ: わかった、わかった。な、仕事だけが人生じゃない。
  弟子: 余暇を充実させないと!
ウチボリ: そう。人は資本主義だけで生きているわけじゃない。
  弟子: 日本でもですか?
ウチボリ: 地域によるけど、現金収入がなくても食べていけるだろう?
  弟子: 野菜作ったり、魚を捕ったり。
ウチボリ: そう。資本主義の外で生きていくことも可能だ。
  弟子: じゃあ瀧本の本を読んで絶望する必要はないのですね?
ウチボリ: そうだ。彼が教えるのは資本主義を生き残る方法だ。
  弟子: 安心しました!
ウチボリ: 落ち着いたね。
  弟子: 資本主義の外ではどう生きればいいのですか?
ウチボリ: それぐらい自分で考えろ、と言いたいが…
  弟子: 言いたいが…何かある。
ウチボリ: その辺りは、たとえば佐藤優がよく書いている。
  弟子: 教えてください。
ウチボリ: いいよ。
  弟子: 軽い!
ウチボリ: だけど、また別枠で語り直そう。
  弟子: 分かりました。瀧本の本は読まなくてもいいんですね?
ウチボリ: そうじゃない。資本主義で生き残るには有効だ。
  弟子: 資本主義の内と外、一体どっちで生きればいいんですか!?
ウチボリ: それを考えさせるところに、本シリーズの意義があると思うね。
  弟子: セコイ逃げ方!

(了)


瀧本哲史も怖くない!(2)


一握りのための本

 弟子: 彼の本をちゃんと読んだつもりなのです。
ウチボリ: 彼の本を読んでいるとついその通りだと思っちゃうよね。
  弟子: その通りです。だから僕も世界で戦える人材に
ウチボリ: だから落ち着け。そもそもおまえは世界で戦えるのか?
  弟子: え?
ウチボリ: 語学は?
  弟子: 英語を少々…
ウチボリ: 世界で戦ったことは?
  弟子: ありません。
ウチボリ: 本1冊読んだだけで世界を相手に戦うのか?
  弟子: …準備不足かも知れません。
ウチボリ: 準備不足どころか、確実にコテンパンにされる。
  弟子: 戦ってもないのになぜ言い切れますか!
ウチボリ: もうすでに瀧本の戦略に載せられてるからだ。
  弟子: 戦略?
ウチボリ: そう、彼の言うことを鵜呑みにしている。
  弟子: はあ。
ウチボリ: ということは、世界でも相手の言うことを鵜呑みにしてしまう。
  弟子: はい。
ウチボリ: 海千山千の人たちにとって、本1冊でコロリとなる男はたやすいよ。
  弟子: むむむ。
ウチボリ: それに、この武器シリーズはどれだけ売れたか知っているか?
  弟子: 30万部を越えるベストセラーです!
ウチボリ: ということは、単純計算でどれだけが読んでいる?
  弟子: 30万人…
ウチボリ: 30万人だ。30万人の中で上位層に行ける自信は?
  弟子: 大丈夫です、ノリで買ったやつが大半でしょうから。
ウチボリ: お前がいうか! そもそも、この本のネタ元はどこだ?
  弟子: 京大の授業らしいです。
ウチボリ: じゃあ、たくさんの京大生も買ってるだろうね。
  弟子: そんな、まさか…
ウチボリ: 買ってるだろうね。
  弟子: ううっ
ウチボリ: 京大生、東大生を含めた30万人だ。
  弟子: やめて…
ウチボリ: 勝ち目があると思うか?
  弟子: ううううう
ウチボリ: どうなんだ、勝ち目があると思うか?
  弟子: …ありません。
ウチボリ: 加えて、
  弟子: 僕はもう瀕死です。
ウチボリ: 京大生、東大生だと読む前にここまで考えるやつもいる。
  弟子: 確かに…
ウチボリ: 手にした時点で差はついている。
  弟子: 勝ち目はないですね…
ウチボリ: そうでもない。
  弟子: えっ
ウチボリ: そうでもない。
  弟子: もう一回言って!
ウチボリ: もう言わない。
  弟子: ということは、僕でも勝てると。
ウチボリ: 都合よく聞いてるな。
  弟子: どっちなんですか!
ウチボリ: 普通の人では勝てないけれど、負けない方法ならある。
  弟子: 負けない方法?
ウチボリ: そう、負けない方法だ。
  弟子: どういうことですか?
ウチボリ: 土俵をずらすんだ。
  弟子: 土俵をずらす?
ウチボリ: 具体的に話していこう。

読み始めたらもう遅い

 弟子: この本のターゲットは誰ですか?
ウチボリ: 意識高い系の学生だろう。
  弟子: 意識高い系?
ウチボリ: 本当に意識の高いやつは、読む前に知って行動に移してる。
  弟子: たしかに。
ウチボリ: 本書は授業の内容だろう?
  弟子: 受講生は有利ですね。
ウチボリ: 読み始めた時点で勝負は決まっているのさ。
  弟子: じゃあ、どうすればいいんですか!
ウチボリ: もう一度、最初に紹介した『僕は君たちに武器を配りたい』を復習しよう。

『僕は君たちに武器を配りたい』

  1. トレーダー=とれた魚をほかの場所に運んで売ることが出来る漁師
  2. スペシャリスト=一人でたくさん魚をとるスキルを持っている漁師
  3. マーケター=高く売れる魚を造り出すことができる漁師
  4. イノベーター=魚をとる新たな仕組みを作り出す漁師
  5. リーダー=多くの漁師を配下に持つ、漁師集団のリーダー
  6. インベスター=所有する船に乗っている漁師に魚をとらせる

1と2は生き残れない。生き残りたければ3~6のいずれかになれ。

 弟子: 3~6になるのも難しければ、どうすれば…
ウチボリ: このうち、リーダーとインベスターは一人じゃなれないだろう。
  弟子: たしかに。配下に漁師が必要です。
ウチボリ: その配下の漁師になって使われるしかないんじゃないかな。
  弟子: いじわる!
ウチボリ: 本書を読み始めた時点で、使われる側なのはほぼ確定だ。
  弟子: もう絶望しかありません!
ウチボリ: まあ早まるな、まだチャンスはある。
  弟子: 一体どんな…
ウチボリ: それがさっきの、土俵をずらす話につながるんだ。


ソ連の崩壊を見た後輩とナチスの崩壊を見た先輩の対談


佐藤優(2014)『私が最も尊敬する外交官 ナチス・ドイツの崩壊を目撃した吉野文六』講談社

沖縄密約問題の本質は、外務官僚が職業的良心に基づいて「やむをえない」と考え、行った確信犯的行為であるというところにある。従って、密約を結んだが、「そのようなものはない」と当時国民に対して嘘をついたことについて、外務官僚に良心の呵責はないのである。
 しかし、問題はその後だ。吉野は、密約を結んだということがわかる書類を公文書の形で、後世、吉野を含む外務官僚が、国民に対して嘘をついたことがわかるように残した。小賢しい外務官僚ならば、嘘をついた痕跡を消すことができる。しかし、吉野はそれをしなかった。(本書 p.277)

佐藤優による吉野文六氏(外務省アメリカ局長)への聞き取りで構成されたオーラルヒストリーだ。

本書のうち、多くは佐藤の文章と書籍からの引用になり、ピンポイントで吉野のオーラルヒストリーが入る。少ないながらもその口ぶりからは、偉ぶらない、真面目、正直といったエリート官僚とは思えない(?)吉野の人柄が伝わってくる。それは自らの実力に裏打ちされた自信があるからこそ持てる態度だ。

御年94歳の吉野の若い時の経験は、まさに近代史を地で行く。松本高校から東京帝国大学に入り、法律を学ぶ。その時、ノモンハンから帰ってきた友人から戦場の悲惨さを聞き、戦争には行きたくないと思う。だから高等文官試験(いまの国家公務員試験総合職)に受かってから、採用試験にも受かった裁判官、大蔵省、外務省のうち、3年間の兵役免除を受けながら語学が学べる外務省を選んだ。

しかし、それが運命の数奇なところ。日本から戦争をしているドイツに行くには、米国経由しかなかった。だから海路ハワイ経由でサンフランシスコに行き、アメリカ大陸を横断してワシントン、リスボンについてからドイツ領を避けるようにスイスからベルリンに入った。ドイツで3年間勉強してから大使館勤務になったが、その頃には戦況は悪化、ベルリンの日本大使館勤務の時にヒトラーは自殺し、リッペントロップ外相は逃亡、大島大使もドイツ南方の温泉地に疎開してしまった。

そんな中、ベルリンの大空襲で大使館も爆撃される。防空壕で一命を取り留めた大使館員たちは、直後にやってきたソ連兵に軟禁されながらも、日ソ中立条約があったために丁重に扱われ、劣悪な環境ながらも列車でモスクワ経由、シベリア鉄道で満州まで送り届けられた。

読んでるだけでもそのスケールの大きさに酔いしれる。当時、満州で室の高い諜報活動を行っていた領事や敵前逃亡のようなことをした大島大使など、本当の危機の時にその人の人間性がよく現れている。

当時、日本とドイツは手紙も届かず、電話も最後は通じなくなった。そんな環境下でつらかったはずなのに、そうしたことは言わないところにもまた、吉野の強さを感じる。


瀧本哲史も怖くない!(1)


武器シリーズの引力

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瀧本哲史

 弟子: やっぱりこれからの世の中、ディベートが大事です。
ウチボリ: いきなりどうしたの。
  弟子: 最近本を読んでいるのです。
ウチボリ: それはいいことだ。
  弟子: 読んだ本にディベートが大事とあったのです。ふふん。
ウチボリ: ディベートの本だったら、そう書いてあるでしょう。
  弟子: 違います!
ウチボリ: 何を読んだ?
  弟子: 瀧本哲史(2011)『武器としての決断思考』星海社新書です。
ウチボリ: ああなるほど。前は「戦える人材になりたい」とかいってなかった?
  弟子: そんな過去もありました。
ウチボリ: 瀧本哲史(2011)『僕は君たちに武器を配りたい』講談社を読んだな。
  弟子: なぜ分かったのですか。
ウチボリ: 今は瀧本哲史(2013)『武器としての決断思考』星海社を読んでいる。
  弟子: 千里眼! 千里眼だ!
ウチボリ: だいたい分かるよ…君は影響を受けやすいからね。
  弟子: それが短所のようにみえて長所なんです。
ウチボリ: 捉えようだな。
  弟子: ディベートをやって、交渉もできる、世界で戦える人材になりたいんです。
ウチボリ: 気持ちは分かるが、乗せられすぎだ。
  弟子: どういうことですか?
ウチボリ: せっかく三部作とも読んでるようだから瀧本の読み方をアドバイスしよう。
  弟子: ずいぶんえらそうですね。
ウチボリ: 彼は引力が強いから気をつけて読まないといけないんだ。
  弟子: 引力が強い?
ウチボリ: まずは読んでない人のためにざっと彼の三部作の筋を振り返ろう。

『僕は君たちに武器を配りたい』

  1. トレーダー=とれた魚をほかの場所に運んで売ることが出来る漁師
  2. スペシャリスト=一人でたくさん魚をとるスキルを持っている漁師
  3. マーケター=高く売れる魚を造り出すことができる漁師
  4. イノベーター=魚をとる新たな仕組みを作り出す漁師
  5. リーダー=多くの漁師を配下に持つ、漁師集団のリーダー
  6. インベスター=所有する船に乗っている漁師に魚をとらせる

1と2は生き残れない。生き残りたければ3~6のいずれかになれ。

『武器としての決断思考』

『僕は君たちに武器を配りたい』ではコモディティになるな、スペシャリストになれと説いた。今度は「エキスパートになるな、プロフェッショナルになれ」ととく。

  • エキスパート=了見の狭い職人のようなもの
  • プロフェッショナル=相手の要望に応じていくつかの選択肢を論理的に示すことができる者

プロフェッショナルになるためにディベートを挙げる。それからはディベートの技術論に入っていく。

『武器としての交渉思考』

合わない人ととどうやり過ごすか?

  1. 価値理解と共感
  2. ラポール
  3. 自律的決定
  4. 重要度
  5. ランク主義者
  6. 動物的な反応

6類型に分けてそれぞれの対応法を教える。交渉相手が何に重点を置いているかを見極め、それにあわせた対処法を取っていく。

 
ウチボリ: 大体わかったかな?
  弟子: サッパリです。
ウチボリ: 清々しいね。
  弟子: わかりやすいのが一番です。
ウチボリ: そう、わかりやすいのが一番だ。瀧本の本は論旨がわかりやすい。
  弟子: どういうことですか?
ウチボリ: 伝えたい相手(ターゲット)と伝えたいこと(メッセージ)が明確だ。
  弟子: なるほど。
ウチボリ: ここまでわかれば、あとは簡単だ。
  弟子: しっかり読んで身に付ける、と。
ウチボリ: 違う! 彼の言いたいことが自分の考えと合っているか考えるんだ。
  弟子: やっぱりわかりません。瀧本のほうがわかりやすい。
ウチボリ: 落ち着いて、順に見ていこう。


人生で得をするため、楽に生きるための1300円


佐藤優(2014)『いま生きる「資本論」』新潮社

この講座では、人生で得をするために、あるいは人生を楽にするために『資本論』を読みます。(本書 p.72)

この講座で『資本論』を読んでいくことでわれわれが具体的に何を学ぼうとしているかというと、もうお気づきの方はいるでしょうが、今の価値観からの脱出です。(本書 p.187)

佐藤優が行った資本論に関する講義を書籍化したもの。素人向けの講義なので分かりやすい上に、本になっているから更に分かりやすい。

著者の資本論読みは独特だ。学者が一般的に貨幣の仕組みとか経済活動の本質などを探るために資本論を読んでいるが、佐藤はもっと実用的な読み方へ一般の人を誘っている。

我々はどう生きるか、という問題に対する導きの書としているのだ。

『資本論』は確かに古い。江戸時代に書かれた書物だ。だけどみんな名前は知っている。100年以上生き延びて、今後もさらに100年以上生き延びるだろう本なので、普遍的な魅力と力がある。現にこの薄い本で、著者はアベノミクスからビットコイン、佐村河内問題まで分析している。どんな経済の流れも、『資本論』さえ知っていれば冷静に見つめられる。

本書の目的は、人生でより得をするために、より楽な人生を送るためのエッセンスを伝えることだ。それは『資本論』を通じて経済を知り、お金持ちになるということではない。資本主義経済の本質と限界を知り、自分たちの置かれた状況を一歩引いて見ることで、労働、貨幣、資本主義とは何かを知り、それらと関わらざるをえない人生をより良くしていく力をつけることだ。

確かに今の世の中は生きづらい。頑張っても大金持ちになれるわけでもないのに、頑張らないと暮らしていくことすら大変だ。『資本論』で培った人生を楽に生きる方法は、『資本論』と同様に100年前でも、現在でも、そしておそらく100年後も通じる知恵と言える。そんな本書の1300円を安いと感じるのも、また、資本主義の価値観に籠絡されている。


豊かになるにはハッカーになれ


Paul Graham 著/川合史朗 監訳(2005)『ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち』オーム社

封建領主がやったように私有財産を盗むにせよ、いくつかの近代の政府がやったように税金でそれを奪うにせよ、収入の格差を抑えれば、結果はいつも同じだ。社会は全体として貧しくなる。(本書 p.126)

次のマイクロソフトを探すベンチャーキャピタルは間違っているんだ。あるベンチャーが次のマイクロソフトになるためには、ちょうどいい時期に沈んで、次のIBMになってくれる会社が不可欠だからだ。(本書 p.234)

ユーザーがインターネットストアを作ることができるサイト、viawebの創始者であるポール・グレアムが書いたエッセイを邦訳してまとめたものだ。松岡正剛の千夜千冊では1534夜に紹介されている。

自らの経験をもとに、お金持ちになる方法からハッカーの好み、デザインの考え方までを書き綴っている。

ハッカーを効率的に働かせるには、理解の無い上司が数年単位でコロコロ変わるような大きな組織ではなく、規模の小さなベンチャーが一番だ、そうすることによって社会はいい方向に変わっていく。

ベンチャーはマイクロソフトを目指してはいけない、彼らはたまたま勃興期にIBMの没落が重なって、業界の覇権的地位を奪えた幸運があった。

目指すのはライバルへの徹底的な調査と、自分たちがやろうとしていることの市場ニーズの確認だ。大企業は大失敗を恐れるから大きなリスクのある事業に手出しをしない。ベンチャーが勝てる場所はそこにある。だけど戦うなら同じ土俵に持ち込まないといけない。城の中にいる相手とは戦えないのだ。Wordより優れたエディタを開発することはできるだろうが、それはWindowsというお城の中にいて勝負はほぼ確定している。城の外で戦える市場ニーズを捜し出せたら、あとはライバルを調べればいい。ライバルがどのレベルで何をしようとしているかは、求人広告で分かる。

米国人が書いた本なので、米国の事情に依っているから日本とは違うことに留意しないといけない。社会的な偏差がないととがったもの(工業製品にしてもサービスにしても)が生まれないのは日本でも真理だと思うが、労働者の流動性が低いから求人広告の量は少ないし、ハッカー文化が根付いているとも言い切れない。また、「豊かになる」ことが人間の基本的な本性だと言っているけど、日本では暮らしそこそこ仕事まったりという価値観を持った者も増えてきている。ヨーロッパのように市場の主導権を握るために各国が争ったというより、国内の人たちに自慢したいという欲求があったから、日本刀などは極限まで技術を高められたという『ドーダの近代史』も日本の実情を表していると思う。いま市場ニーズがあるのは『日本版ハッカーと画家』だろう。

本書の大部分は無料で読める。ネットで読むのもいいし、枕頭において寝る前に読むのもいい。辞書的な使い方のできるエッセイ集なので空いた時間に読み返したい。


孫正義に感じるいかがわしさの根源


佐野眞一(2012)『あんぽん 孫正義伝』小学館

外車が並ぶバラック小屋で「トラジ」を歌い、父親は息子に「お前は天才だ」と言い続ける。こんな環境で育った男は孫正義しかいない。(本書 p.112)

豚の糞尿と密造酒の臭いが充満した佐賀県鳥栖市の朝鮮部落に生まれ、石を投げられて差別された在日の少年は、いまや日本の命運を握る存在にまでなった。(本書 p.393)

孫正義の血と骨に迫った伝記である。

ソフトバンクの創始者で日本有数の大富豪でもある孫正義は1957年佐賀県鳥栖市の生まれ。鳥栖駅周辺にあった朝鮮部落に生まれている。雨が降ると水がたまり、豚の糞尿とまざる。その奥には密造酒。異臭を放つバラック小屋で生まれた。

教師になりたかったが韓国席だったために諦めて渡米し、以来、通名の安本を捨てて本名の孫を名乗った。帰国後、ソフトバンクを立ち上げて、数々の批判や紆余曲折がありながらも大富豪にのし上がった立志伝中の人物だ。

ここまでが世間に流布しているイメージだ。しかし同時に疑問を感じる。なぜそんな貧しい暮らしをしていた孫が米国の大学に行けたのか。どのように事業を始めたのか。そしてなぜ今も「塀の中」に落ちずに第一線で活躍できているのか。

孫正義成功の影には父親・三憲の影響がある。密造酒を売ってお金を稼ぎ、朝鮮部落を脱出した。その後、焼肉屋やパチンコ屋、金融業と事業を手がけ、パチンコ屋に至っては九州市のチェーンを作った。だからこそ米国の大学に行き、仕送りを受けて学業に専念できる経済的余裕があったのだ。そんな事業に成功した父、三憲の相談相手が正義だった。

何から何まで違うのだ。どん底の家に生まれ、金持ちの家で育ち、幼い頃から成功した事業化である父の相談を受けた。さらに親戚は「怖い人」もいれば嘘をつき、事業を潰そうとし、流血沙汰の喧嘩を起こすような人たちもいる。切った張ったの世界を間近で見てきた孫正義は、実業家としての英才教育を受けてきたと言える。

いっけん普通の人に見えながらも、平均的な日本人とは全く違う浮沈の激しい環境で生きてきた孫正義。我々が彼に感じるいかがわしさは、うちに秘めた親譲りのエネルギーを嗅ぎとるからではないだろうか。


真の教養は紙の本でこそ身につく


佐藤優(2014)『「知」の読書術』集英社

つまり、教養とは「知識に裏打ちされた知恵」なのです。(本書 p.117)

「電子書籍の外側」にある紙の本が、まだしばらくは基礎教養を身につけるベーシックな手段であり続けるのです。(本書 p.133)

これまでの濃い読書術とは打って変わって、軽めの読書術の指南本だ。

佐藤優のこれまでの読書術は導きの書をいくつか紹介していく『功利主義者の読書術 (新潮文庫)』、知の巨人同士の対談である『世界と闘う「読書術」 思想を鍛える一〇〇〇冊 (集英社新書)』(佐高信)、『ぼくらの頭脳の鍛え方 (文春新書)』(立花隆)などがあるが、本書は断然初心者向きだ。

前半の危機の時代に生き残る方法を書いているのはこれまでもあった。本書の白眉は教養を身に付けるための電子書籍の使い方を伝授している点にある。

インターネットから出た電子書籍派と旧来の紙の本派は折り合いが悪い。両者を橋渡しする階層が日本にはいないからだ。電子書籍派は本をコンテンツとみなすいっぽう、紙の本派は本への愛がある。この温度差はいかんともしがたい。じゃあ紙の本派が愛をこめて電子化すればいいと思うのだが、佐野眞一『だれが「本」を殺すのか』で明らかな通り、日本の出版社が行った電子書籍化計画はいまいちパッとしない。

著者も紙の本派だから電子書籍に重きを置かない。基礎教養は紙の本でしか身につかないと断言する。しかし電子書籍にも利点がある。それは一度に数百冊でも持ち歩けること、電子版限定の良いコンテンツもあることだ。だから紙の本の補完的なデバイスとして電子書籍の利用を薦めている。

これまでの著者はどんな本でも役に立たせられる、という立場からさほど注目されてない本でもその有用性を紹介してきた。電子書籍を薦めるのも、そのスタンスの延長だ。さほど広まっていない電子書籍でも、上手に使えば教養が身につけられる。紙の本派から電子書籍の有用性を冷静に言語化した端緒といえる。