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レビュー

インテリジェンス(諜報)を実生活で役立てる

佐藤優(2009)『野蛮人のテーブルマナー 「諜報的生活」の技術』講談社

ここでは6ヵ月後くらいに話題になりそうなテーマの本を積極的に集め、読むことにしている。(本書 p.20)

実は、何かを始めるときに、まず「終わり」について、決めておくことはとても重要なのである。(本書 p.91)

雑誌『KING』に連載されていた佐藤優の連載を集めて前半に、後半には鈴木宗雄、筆坂秀世、アントニオ猪木などの著名人との対談が掲載されている。

すべて実生活に役立てることのできるインテリジェンス(諜報)の世界でのコツをわかりやすく披露してくれている。本音を悟られずに情報をとる方法、引き際の美学、そんな陰謀術数の世界にも芽生える数々の友情。読んでいて非常に面白い。

イスラエルのモサドのお偉いさんが北朝鮮に乗り込んだ時、経由地のモスクワでは行動が漏れるのを恐れてトランジットホテルに滞在せずにずっと寒い機内にいて歯をカチカチ鳴らせて寒さに耐えていたとか、たった一人で、しかも公開された情報から北朝鮮に対する正確な分析を行った毎日新聞記者とか、新聞やテレビでは知ることのできない情報がいっぱい載っている。

気軽に読めて、発見がいっぱいというお得な本。

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レビュー 大宅壮一ノンフィクション賞

真っ赤な嘘でも真実だ

米原万里(2010)[2004]『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』角川学芸出版

「牛乳の生産でアメリカに追いつき、追い越そうな!」

走り方が雌牛みたいだと言われたアーニャにこういう声のかけ方をする友情というかセンスはいいな、と思った。

こちらはノンフィクション。一般市民が普通に文通を続けることもままならなかった時代の、遠い国同士の友情の物語。

三十数年ぶりに旧友に会いに行く話が面白くないわけないのだけれど、それがまた国家や世界史に運命を翻弄された方々の話だけに余計に面白い。まさに事実は小説よりも奇なり。

個人的には一本筋を通して自分を崩さないリッツァや、一歩引いたクールな立場のヤスミンカには好感を持てたが、肝心のアーニャには、自分の都合のいいようないいわけで現状を受け入れている感じがあって、いまいち感情移入できなかった。巻末で斉藤美奈子が指摘しているとおり、これがあの国のあの時代の生き方だったのかもしれない。

面白さや感動とともに、いろいろと考えさせられる本だった。

ただ、佐藤優が『国家の罠』で書いているとおり、信念を曲げない生き方が一番幸せだというのは、一理も二理もあると改めて思った。

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Bunkamuraドゥマゴ文学賞 レビュー

時間を短く感じるには持ってこいだね

米原万里(2009)[2005]『オリガ・モリソヴナの反語法』集英社

おもしろい!

スターリン時代を挟んだソ連を中心とする共産主義陣営の中で翻弄されたダンサーの物語。著者の体験を糸口として始まるフィクションであるため、よく作りこまれている。共産主義の暗さを感じさせない登場人物の明るさ、感動とすがすがしさ。一気呵成に読み下した。

巻末にある著者と池澤夏樹の対談で、共産主義陣営にあったチェコの学校の方が、資本主義陣営にあった日本の学校より自由があった、という指摘は大変興味深かった。

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レビュー 読売文学賞

適切さと美しさの間の悩み

米原万里(2010)[1998]『不実な美女か貞淑な醜女か』新潮社

通訳や言語の話を書いたエッセイ集。語学を生業にする人にとっては、とても面白く読める本。

著者の周りが特別なのかもしれないが、下ネタやダジャレがちりばめてあって楽しく読める。

通訳とは一言一句をすべて訳すのではなく、文意を伝えられればいいのだという点には目からうろこだった。日本の大学・大学院では一言一句もらさずに読むよう訓練されるので、驚きだった。もっとも、欧米ではもっとおおざっぱな読み方をするらしいことが、鈴木孝夫・田中克彦(2008)『対論 言語学が輝いていた時代』に書かれてある。

数年前のこと、耳を疑うような発言をした女性人気アナウンサーがいた。(中略)

「私たちは子供を国際人にしたいから、家では一切日本語をしゃべらないことにします。家ではすべて英語で話すようにする」

と自信満々に云いきったのだった。(中略)

自分の国を持たないで、自分の言語を持たないで、国際などあり得るのか。
(pp.279-280)

自身も帰国子女である著者のこの指摘は、大変興味深かった。