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京都では狸も天狗も駆け引き中

森見登美彦(2015)『有頂天家族 二代目の帰朝』幻冬舎

「ぱおんぱおん、どうしたことか?」
 私は長い鼻をあげて西の空を見た。
 滑るように春の空から舞い降りてきたのは、ひとりの英国紳士であった。(本書 p.24)

有頂天家族 二代目の帰朝

前作『有頂天家族 (幻冬舎文庫)』は超好評を得てアニメ化までされた。だがしかし待って欲しい、アニメよりも小説の方が数倍面白い。

前作では天狗たちを巻き込んだ狸たちの毛深くも阿呆な縄張り争いを描いたが、本書はそれの続きである。

続きのキモとなるのが、どことなく頼りない下鴨家の長男、矢一郎が次期「偽右衛門」選挙に勝つかどうか。そこに落ちぶれた天狗の赤玉先生と赤玉先生が惚れている弁天、さらに帰朝した赤玉先生のご子息である二代目が関わってくるから話は面倒だ。面倒事でも楽しむのが狸の血である。阿呆の血のしからしむるところ、である。

偽右衛門になるため京都の街を駆け巡る矢一郎、遠くの狸たちとの絆を温める旅に出た矢二郎、天狗と人間と狸の間で獅子奮迅の活躍をしながらも阿呆の血は忘れない矢三郎、生真面目だからこそ阿呆だがあくどい偽電気ブラン工場オーナーの息子たち金閣銀閣にいいようにしてやられる矢四郎たちが、阿呆なりに弱くても頼りなくてもがんばって狸のため天狗のため、そして何より兄のために奮闘する。

心温まる兄弟愛の話とすれば、よくある話。本書を魅力的にしているのは、本当に起こりえそうな京都という土地のちからも十分にある。今日も京都では、毛玉たちが阿呆な活躍を繰り広げているはずだ。

ちなみに初めて明かされたが、有頂天家族は三部作らしいので、あと一作出るんだそう。楽しみ。

本書のカバーにも章ごとの区切りにも、どこかの鳥瞰図がある。どこだろう、とまじまじ見る。そして気づいた。これこそが、天狗たちが常日頃見ている、そして年に一度空を飛ぶ狸たちも見ることが許される上空からの景色なのだろう。

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異様な知性が生まれた理由

佐藤優(2014)『先生と私』幻冬舎

2日後、団地の集会場で行われた告別式には、数百人が集まった。(中略)僕は、心の片隅で「ライバルがいなくなってほっとした」と思った。「何てことを思っているんだ」と僕はその気持ちをすぐに心の底に押し込んだ。そして、この気持ちは僕の心の底で、澱になった。(本書 p.201)

「(前略)大人の社会は利用、被利用が基本だ。利用価値がない人間は切り捨てられえるか、ぞんざいな取り扱いを受ける。お父さんが優君に技術者になってほしいと思ったのは、手に職があれば、他人から軽く見られずに給料を稼ぐことができるからだ」(本書 p.232)

本書は外務省を偽計業務妨害で追われた佐藤優の少年期~青年前半期の自伝で、次に出る『十五の夏』の前編という位置づけだ。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』以来、国家や民族、マルクス主義や歴史について異様ともいえる知性を披瀝し続けてきた佐藤優がライフワーク的に書き続けている自伝の一部だ。

優少年は電気技師の父と、沖縄県久米島出身で看護学校で学んだ母の間に生まれる。本書のカバーはその母との久米島でのツーショットだ。両親は高等教育を受けていないし、戦争があって事情が許さなかった。だから優少年にはいろいろと学んでほしいと思っている。だけど教育熱心という感じではない。むしろ優少年の好奇心を伸ばす形でサポートをする。アマチュア無線がほしいといえば無線の講習会に送り、機械も買ってあげる。自分たちの手に余る質問をしてくるようになったら、清水の舞台から飛び降りる気持ちで百科事典を買う。いろんな世界を見せるために返還前の沖縄や尼崎にいる社会党の市会議員をやっている叔父の家に送ったりする。

小学校のときに肝機能の低下で半年ほど学校を休んだ優少年は、学校の勉強に遅れてしまうのではと心配する。だからみんなに追いつくために塾に入る。入った塾で教え方のうまい国語の先生と算数の先生に会ってから興味の幅が劇的に広がる。小説の読み方や少し背伸びをして哲学書を読むことも覚えた。塾の先生に質問をすると、先生たちは学び方の手ほどきをしてくれる。読むべき本や非ユークリッド幾何学の数学の世界、学生紛争や社会主義について、優少年の質問に一生懸命答える形で答える。優少年はさらに興味を伸ばす。

好奇心の強い少年とその一歩先を照らす先生や両親との化学反応で佐藤優という知性が形作られたのがよく分かる。物怖じしない知的好奇心が旺盛な少年の周りに、実力を伸ばす力のある大人が集まったのか。そんな環境だから彼の実力が伸びたのか。鶏と卵の関係だ。

学問の世界を面白く伝える教師、キリスト教の考え方を教えてくれる牧師、いろんな世界を見せようと北海道旅行やソ連・東欧の旅行へと送り出してくれる両親。優少年の興味の一歩先を照らすと同時に、いろんな選択肢を見せてさらに自分たちのオススメを示す。こう書くとamazonみたいだけど、決定的に違うのはオススメする側が自分たちの経験や考え方を元に、その理由を優少年に分かる形で伝える努力をしている。大人たちは主に以下のようなことを伝える。

  • 自分の実力から見て難しいことに挑戦しないと実力は伸びない
  • いろんな可能性を残す形で進路を決めたほうがいい
  • 本は順序だてて読まないといけない

もう少し若いときに知っておきたかった。今からでも使えるところは使いたい。

筆者はもう40年近く前のことなのに、当時の会話や食べたものまでよく覚えている。記憶力のよさは生まれつきだ。加えて中学生当時から4時間ほどの睡眠で満足できていたのだから舌を巻く。時間の使い方のうまさも、もって生まれたものも大きく影響していると感じた。