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偏見の入ったビッグデータを駆使する警察国家アメリカ

ブラック・ライヴス・マターという黒人の人権運動への反動から、警察の活動と犯罪多発地域パトロールの危険性にも改めて目が向けられた。警察官は人員が少ない、訓練が足りない、それでいて日々貧困や怒りや精神疾患と直面しなければならないという現実には見合わない期待に対する不満を表明した。

本書 p.47

たいていの場合、警察に呼び止められるのはマイノリティの貧しい人々だ。膨れ上がる警察データベースに登録されているのは多くが有色人種の人々である。

本書 p.146

ブライトデータは非警察中心のビッグデータ戦略の扉を開く。ただし、市の行政にはその扉を通って、その先の未来へと進む覚悟が必要だ。

本書 p.270

2020年、アメリカでは白人警官が黒人を取り押さえた際に命を奪ってしまい、ブラック・ライヴス・マター運動が起きました。本書はアメリカで2017年、邦訳が2018年に出ています。悲劇の歴史は繰り返されます。

こうした事件は一個人の差別だけが原因ではありません。連邦政府の予算カットで一部の地域ではパトカーのガソリン代に事欠くような状況になっており、警察官の訓練も満足にされません。未熟な警察官は犯罪者を恐れるあまり、過剰防衛をしてしまいます。警察上層部は予算削減と治安改善を両立させるため、ビッグデータに基づいたパトロールを導入します。ビッグデータはそれぞれの要素の相関を説明しません、ただ結果のみを示します。たとえば、夜中にある地区の酒屋近くを歩いている黒人は薬物を所持している可能性が高い、というように。

ビッグデータは正確なデータが蓄積されてこそ活かされます。しかしアメリカでは白人より黒人のほうが職務質問を受ける確率も、逮捕される確率も高いのです。ビッグデータに基づく危険度は、前科があっても高級住宅街に住んでいる白人より、貧しい地区に住んでいる犯罪歴のない黒人のほうが高くなります。貧しい地区の人たちのほうが必然的に前科を持っている確率が高いためです。

危険性があるからか、ビッグデータを逆に警察の監視に使うことには警察の労働組合が反対しています。著者はビッグデータを使って犯罪者を検挙するのではなく、貧困を減らし、社会的にサポートが必要な人たちを見落とさない方向で使うことを提案します。

しかし、現実は厳しいと言わざるをえまsね。2020年の事件でも白人警官が解雇されただけで終わり、社会の構造的な問題改善には至っていません。

本書はアメリカの法学者が警察による市民の監視というプライバシー侵害と立ち向かうためにどうすればよいか、どうしたらより住みやすい社会になるか提言している本です。アメリカを知らないとピンとこないところもありますし、どこかくどく、説教くさくも感じられます。しかし逆に言うと、アメリカではアフリカ系、ヒスパニック系への人種差別がそれほど根強い問題だということでしょう。私たちの知らない側面には根深い偏見が横たわっています。

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江沢民国家主席の司令でアメリカ大統領選に献金していたFBIのスパイ

デイヴィッド・ワイズ 著 石川 京子 訳(2012)『中国スパイ秘録 米中情報戦の真実』原書房

捜査局の電子機器技術者たちは今なお非公開の超高性能技術を用いてる領事館の盗聴に成功した。(本書 p.31)

荷物を回収し、中を開けて調べ、彼に気づかれないように中身を元通りに戻すのに必要な時間、ダレスで飛行機を遅らせた。(本書 p.279)

中国の恐るべき諜報活動が明らかにされるノンフィクションです。

パーラーメイドと呼ばれた中国系アメリカ人のカトリーナ・レオンはFBIのスパイとして中国側にある程度の情報を流し、逆に中国側から機密情報を取る仕事をしていました。その間、FBIの担当官だったビル・クリーブランドとJ・J・スミスとは不倫関係を結びます。レオンはJ・Jが家に来ている間、彼のバッグから書類を抜き出してコピーし、中国側に流していました。二重スパイだったのです。功績が認められ、中国に行くと江沢民国家主席を始めとする国家主席、国家安全部長(諜報組織のトップ)と面会をするようになります。逆に中国側からは大統領の選挙キャンペーン時、共和党のパパブッシュに献金を通じた応援を依頼されています。もちろん、お金は中国政府持ち。その頃から、アメリカの大統領選には外国政府の陰がちらついていました。

中国のスパイは中国系アメリカ人のみならず、脇の甘いアメリカ人を使ってあちこちに浸透しています。特に90年代までの中国はロスアラモス研究所やリバモア研究所で核兵器の技術開発をしている科学者から情報を盗み、自国の核兵器開発費を抑えることに成功したようです。

一方のFBIもむざむざ見過ごしてはいません。裁判所の許可を得て容疑者の家には盗聴器とビデオカメラをセットして監視します。また、中国の政府専用機(中国国際航空のB747)にも盗聴器を仕掛けます。いい作戦に思えましたが、盗聴器が仕掛けられることを予想していた中国政府が調査し、最新の盗聴器が中国側の手に渡ってしまいました。

著者はニューヨーク・ヘラルド・トリビューンの記者で、本書のために150人以上から500回以上のインタビューを重ねました。その中には諜報活動を行った者やFBIまで、多岐にわたります。当時はまだインターネット上のやり取りが少なかった時代です。当時、まだまだ発展した大国とは言えなかった中国とアメリカの間で、このようなスパイ合戦が繰り広げられていたのです。今ではもっと凄絶なやり取りになっていることが予想されます。ただ、実情が明らかになる日は当分来ないかもしれません。

本書の冒頭にはカトリーナ・レオンとJ・Jが二人揃っている写真が掲載されています。ワシントン・ポストに撮られたものです。なんと厚顔無恥にもまあ、と思えます。