生涯を賭けた美しい生き方


紀田順一郎(1982)『生涯を賭けた一冊』新潮社

諸橋轍次はこの稿執筆現在、満百歳に達し、(中略)時おり寂しくなって川上を呼びつける。つい先日(一九八二・一)にも「すぐ来てくれ」といわれて出かけると、「ぼくはもう仙人の心境に入ろうとしているんだよ。毒気が全部なくなってね」と語ったという。(本書 p.140)

趣味が嵩じての官能的なよろこびと学究精神との幸福な一致-『釣技百科』の魅力は一にかかってこの点にあるといえよう。古今独歩の釣書といわれる所以である。(本書 p.181)

荒俣宏の師匠である紀田順一郎が書いた本です。この本の中には、生涯をかけて一冊の本を書き上げた人たちが取り上げられています。必ずしも一生涯のうちに一冊しか出さなかった人ではありません。ただ、ライフワークとして取り組んだ本のある人達が取り上げられています。

本書で取り上げられた本を以下に紹介します。そのうちの多くは、今となっては顧みられていない本であることが分かります。

  • 一念を貫いたライフワーク―文倉平次郎『幕末軍艦咸臨丸
    咸臨丸に惚れ込み、明治31年に現地の墓地の事務員になってまでアメリカで命を落とした乗組員の墓を見つけ、供養した人の著書。
  • 初期探検家の栄光と挫折―岩本千綱『三国探検実記
    明治29年、新たな貿易相手国を探しにシャムからラオス、ベトナムへと僧侶姿で探検した明治人のお話。現地の人に僧侶と間違われ、流行歌をお経のように歌ってはキニーネなどの西洋薬を渡して米などをもらって旅を続けました。追い剥ぎや大虎に遭遇しつつも、どうにか旅を終えました。その後、ひ孫が足跡を辿った文章を書いています。(大坪治子「『暹羅老撾安南三国探検実記』 岩本千綱の身辺」新人物往来社『歴史研究』,第351号,1990年7月号,62頁)
  • 奈落の底から―山本作兵衛『王国と闇
    炭鉱での凄絶な暮らしを絵で描いた炭鉱夫の本。小学校の頃から一銭で粗末な西洋紙を5枚買い、それを15枚に細く切って絵の練習をしていました。寿命25年と言われる山の暮らしをし、68歳で初めて画用紙を買って絵を描き始めます。出した画集は第36回西日本文化賞(社会文化部門)を受賞し、世間の注目を浴びます。その後も描き続け、福岡県教育文化功労者などを受賞し92歳で死去。山本の絵は現在、世界記憶遺産に認定されています。
  • 書物と人生を語る―田中菊雄『現代読書法
    本好きという共通点を持つ紀田順一郎が惚れ込んだ本。たくあんだけを食べて1年過ごしてまで本にお金をつぎ込んだ著者は列車給仕をしながら英語を勉強し、小学校の代用教員、中学校教師を経て戦後は山形大学教授にまでなりました。
  • 管理機構の中の野人学者―牧野富太郎『牧野日本植物図鑑
    言わずとしてた植物学者、牧野富太郎。在野の、と言われるが、そうではなくて近代学制以前の教育は受けたものの、近代の学制に上手に入れなかっただけだった。彼の残した標本は20年間に300人のアルバイトを雇って整理しました。また、標本を包んでいた古新聞から当時の採集範囲が推定されました。(牧野は覚えていたのでどこで採集したかを書き込んでいなかった。)
  • 三十年の苦闘とその協力者たち―諸橋轍次『大漢和辞典
    中国に留学して一日に7・8時間も本を読んでいたけれど、良い辞書がなくて困ったため、辞書をつくることにしました。大修館書店の創業者である鈴木一平が採算を度外視し、自らの子息に学校を中退させてまでして支援しました。諸橋は五十歳を過ぎる頃から白内障を患い、六十歳頃には失明同様となってしまいました。三十五年の歳月と二十五万八千人の労力、時価九億円を投じて大漢和辞典は完成しました。吉川英治は合計三組、大佛次郎は二組を揃えました。中国も500セットを購入しています。補巻の完成した2000年までには七十五年の歳月がかかりました。
  • ある教育者のバックボーン―玖村敏雄『吉田松陰
    同郷人の吉田松陰に惚れ込んでその一生涯を書き続けた人です。吉田松陰がいつなにを言い、何をしていたかを全て覚えていました。また筆跡も「松陰先生にしてはできすぎている」と評するほどに見抜けました。そうした松陰の思想がバックボーンにあったから、戦後は文部省でGHQと渡り合い、タフネゴシエーターとして対等に議論できました。
  • 趣味の高峰に名著一冊―松崎明治『釣技百科』
    これはamazonにも出ていない本。ヤフオクなどでたまに出ています。九百ページのうち一ページのムダもないと言われた本です。出たのは戦時中の1942年。時代だけに不要不急の本は出せなかった。だからこの本は「銃後の生活に重視されるのは『技術』である」と説いて出版した。しかし中身は釣り好きの愛が詰まった文章で書かれています。
  • 足で書いた庶民の街―山下重民『新撰東京名所図会
    我が国のグラフ雑誌の嚆矢とも言える本です。丸の内がまだススキ野で子どもたちがトンボを追いかけている様子や吉原など江戸の名残のある景色が描かれています。今となっては見ることのできない、当時の写真より迫力のある絵で東京のあちこちが描かれています。

今でも比較的よく知られているのは諸橋轍次と牧野富太郎ぐらいでしょうか。

山本作兵衛などの本は古本市場では高値で取引されているので、今でも根強いファンはいるようです。また、朝日新聞朝刊の鷲田清一の連載「折々のことば」でも

「先生もおらん。無学で絵の価値もなか。ばってん、ムガクは六学とも書きましょうが、五つばかり学問が多い、ち。エッヘッヘ」

http://www.asahi.com/articles/ASJ9N41LQJ9NUCVL00W.html

という山本作兵衛の言葉が紹介されています。(2016年10月2日)

生涯をかけて編まれた一冊は濃さが違います。今は顧みられていないかもしれませんが、それは価値が無いのではなく、たまたま忘れられているだけです。こうした本は、世間が忘れている間に読むのがいいのかもしれません。