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レビュー

竹林に行くと美女がいる?

森見登美彦(2010)『美女と竹林』光文社

登美彦氏は腕組みをして考えていたが、「何でもいいから書いてみろ。この世にあるもので、やみくもに好きなものを書いてみろ」と自分に言い聞かせた。そして、まるで書き初めをするかのように背を伸ばし、厳粛にボールペンを握って、手帳に大きく書いてみた。

「美女と竹林」
(本書 pp.11-12)

こうして無理から始まった連載は、やみくもに始まっただけあって迷走する。

たまたま職場の同僚の鍵屋さんが持っていた竹林は手付かずで、手入れされるのを待っている。そこに竹林を美女と同じぐらい愛してやまない登美彦氏が現れる。

登美彦氏の夢は遠大だ。竹林から切り出した竹で門松や竹とんぼを売り、たけのこで稼ぐ。将来は竹林が再注目される時代がやってきて、登美彦氏の竹林事業は大成功。弁護士を目指す友人の明石氏に顧問となってもらい、MBC(森見バンブーカンパニー)を設立する。

まずは手始めに手付かずの竹林の手入れから、となるのだが、そこにも困難が立ちはだかる。登美彦氏は勤め人である。土日しか休みがない。加えて作家である。土日は執筆でつぶれる。すべての仕事が計画通りに終われば竹林の手入れも出来るのだが、計画は往々にして遅れる。さらに天気や体力といった副次的要素にも左右される。

本書を読んでいると、登美彦氏の周りにはすばらしい友人がいる。「竹林の手入れをしよう」とメールして「ええよ」とすぐ返信する弁護士を目指している友人の明石氏、竹林を貸してくれた鍵屋さん、連載と竹林への興味のためにやってくる出版社の人々。みんな、力みすぎない登美彦氏のふしぎな魅力に絡めとられて巻き込まれる。つい読み進めてしまう読者もご他聞にもれず。

果たして登美彦氏の野望は達成できるのか。それ以前に本書の結末はうまく結べるのか。二つの意味でハラハラさせられる、少しゆるい作品。疲れた日にはこれを読もう。元気が出たら竹林に行こう。そこには美女がいるかもしれない。美女と竹林、このタイトルの謎は本書で明らかにされる。すると竹林に美女がいるかも、と思えてくる。